災害の情報

 呆然とTV画面を眺めていると、電話の着信音が鳴った。発信元は……母だった。

 津波の情報は断片的に入ってきていて、富山でも河を海水が遡上していくところが映し出され、いろいろな想像が頭をよぎる。


「もしもし」

「ああ、もしもし。そっち大丈夫だったかい?」

「いや、こっちは大丈夫だけどそっちは? 寝るところある?」

「うん、びっくりしたわあ。外におったらいきなりぐらぐら言うてねえ。兄ちゃんが手を掴んで山の方に走ってくれたんよ」

「波は来た?」

「来たよ。兄ちゃんの車が波かぶったみたいでね。今波来んようなところに動かしとる」

「そう、無事ならよかった」

「そんでもねえ。隣の家、空き家になってたやつ。ぐしゃって言ってねえ。うちの中も足の踏み場もないのよ」

「どっか泊めてくれるところある? 今からそっち行こうか?」

「また揺れるかも知れんしやめときなさい。あんたが大丈夫ならよかったわー」


 電話の向こうから母のあっけらかんとした声が聞こえてきて、ものすごく安堵した。実家もとりあえず建ってはいるようで、それでも危険なので丘の上の体育館に避難するとのことだった。

 

「どうだった?」

 彼女が心配そうな表情でこちらを見てくる。犬はたびたび来る余震にも慣れたのかクッションで寝息を立てていた。


「大丈夫だって、怪我とかもないらしい」

「そう、良かったねえ」

 屈託のない彼女の表情にささくれた気分が癒されていく。それと同時に、家族を守らないといけないという使命感で無理やり気分を落ち着かせた。


 それからは色々とあった。かいつまむと、まず職場から安否確認の連絡があり、明日出勤できるかと上司から聞かれた。実家が被災して津波をかぶったと言ってもそんなことはどうでもいいという対応をされて殺意が沸いた。

 ニュースを見ながら友人知人にメッセージを送り、安否確認をする。能登方面はおそらくだが携帯電話の基地局が一部動作を停止しているのか、連絡そのものが付かない先が結構あった。後日メッセージの返信が来て、自分の知る限りでは人身被害を受けた人はおらず、一安心だった。


 翌日、高岡市内の職場に出勤するとひどい有様になっていた。飲料や酒の瓶が床に落ちて割れており、まずは清掃からスタートだった。

 休みを取っていたパートスタッフも出勤しており、自宅は問題ないのか聞くと、問題はないと返答は来る。それでもいつ余震が来るかわからない異様な緊張感の中で仕事をする。

 実家は大丈夫かと心配の声をかけてもらい、少し救われた気分になったが上司は相変わらずで、お前の都合なんぞ知らんという態度だった。物流も混乱しており、通常入荷するはずの商品が入荷せず、それは他の小売店でも同様で、例えば飲料水の買い占めなどが起きていると注意喚起が回って来ていた。開店1時間ほどでミネラルウォーターは完売し、紙皿や紙コップなどもあっという間になくなった。なぜパンがないのかと詰め寄られるが、そもそも入ってきてないと伝えるとこちらを罵って去って行く。

 非常時こそ人間性が出るものだなと痛感する出来事だった。


 そうして勤務を終え、帰宅するといつもと変わらない雰囲気で彼女が出迎えてくれた。

 翌日は元々休みだったので保存のきくものを買いだしに出かける。幸いにして水道やガスなどのライフラインは無事だったので、数日分の食料があればなんとかなるという計算だった。

 このころにはSNSには膨大な量のデマ情報が飛び交っていた。現地を知る人間が見れば明らかに嘘だとわかるような内容もあり、非常に腹立たしかった。

 輪島市の惨状や能登への動脈である里山海道の破損。大規模な断水など様々な状況が明らかになって行く。早速というか募金の広告や呼びかけも多くみられるが、明らかに怪しい物も見受けられる。


 そこで母と連絡を取り合ってはいたが、現地へ向かうことは断念すべきという結論に至った。すでに自衛隊をはじめとする災害派遣が進められており、個人が向かうことの無意味さがまずあった。ただでさえ山がちで、いうなれば山と海のわずかな隙間に人がかろうじて住んでいるのが奥能登の集落である。崩落や倒木で道路が寸断されており、主要な道路も大きく破損している状況で、通常3時間もかからないはずの実家への道は、そもそもどこが通れるのかすらわからない状況だ。

 二次遭難すらあり得ると考えるのが自然な状況と思われた。


 そんな中でパフォーマンス目当てで現地に入る政治業者やユーチューバーには怒りを覚える。もちろん現地の状況をリアルタイムで発信することには意義があるだろう。ただ、それを自分のバイアスをかけ、自身の利益に誘導したり敵対する相手を貶める手段に使うのはあきらかに意味合いが異なる。

 非常時ならばそう言った都合はいったん棚上げして、現地はこうなっていますという生の情報を共有するのであれば震災直後に現地入りする意味があるだろう。


 少なくとも現地の被災者の都合はどうでもよくて自分のパフォーマンスだけが目的で動いた連中は非難の的になっていただきたいと切に思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る