能登半島地震

響恭也

2024年元日

 2024年元日、会社が休みのため昼前まではのんびりと過ごしていた。大みそかまで仕事をしていて、紅白を見てゆく年くる年を横目にウトウトしていて、まさかこんな大騒ぎが起きるなど知る由もなかった。


「おはよ、あけましておめでとうございます」

「うーい、あけおめー」

 ひと月ほど前から一緒に暮らしている彼女と新年のあいさつをする。ぼけーっとお正月番組を見つつ膝の上のダックスを撫でていた。


「今日はどうしよ?」

「んー、食材微妙なんだよねえ」

「あー、んじゃどっかで食べてくる?」

「んだねー」

「どこか開いてるところは……イオンだなあ」

「おっけい、んじゃそこでー」


 冬のシンと冷え切った空気、空は晴れて日差しが少し暖かかった。


「わんこのせたよー」

「はいよー」

 後部座席にお気に入りのクッションを置き、ハーネスからリードを繋いで座席にゆるく固定する。


「んじゃ出発ー」

「ほーい」


 愛車のエンジンをかけ、車を出発させる。元日の昼過ぎで車はそれほど多くなく、最寄りのイオンへ向かう。屋上の駐車場に何とかスペースを見つけると、犬はお留守番させて店内に入った。

 イオンの中は初売り目当ての客でにぎわい、飲食店もかなり混雑していた。


「むう、このパンおいしい」

「うん、美味しいねえ」

 おかわり自由のパンをぱくつきつつ、ドリンクバーのコーヒーを飲む。そうして服や本を見てぶらつきつつ、次はどこ行こうかーなどとのんきなことを言いつつ車に戻った。


 車に戻ると犬が落ち着かない。なぜか身体を震わせ吠える。お帰りなさいと鼻を鳴らすのはよくあったがこんなことは初めてだった。


 そうして、屋上から降り路上に出た直後、曰く16:10すぎ、車がぐらりと横に揺れた。


「え? 地震!?」

「すぐ止める!」


 ハザードランプを出してすぐに路肩へと車を移動させ、サイドブレーキを引く。後部座席では犬が恐怖からか泣きわめいていた。

 ゆさゆさと車を真横から押されたような感じで揺れが続く。隣では彼女がSNSやニュースサイトで情報を集めていると、着信音がなった。


「もしもし、うん、何とか大丈夫」

「どなた?」

「うん、関東の方の友達。向こうも揺れたって」


 関東でも揺れた、富山でも体感できるほどの揺れ。相当大規模な地震だということがそれで推測できる。


「あー、それでね……震源地は能登半島だって、震度7」

「……まじか」


 それまでも震度5とかの揺れは何度かあった。夕方の地震で風呂につかっていた父が溺れかけたのは当時笑い話になっていた。

 珠洲の軍艦島が崩れたと聞いたのは数年前の話で、実家がその時の地震で老朽化していたところが破損して直したとも聞いていた。


「震度……なな?」

 その時点でもう頭が回っていなかった。ショックを受けていたのだろう、あとで彼女から「表情が抜け落ちてたよ」と言われた。


 そして彼女のスマホから呼びかける声が聞こえる。電話の向こうの友人から、沿岸部に大津波警報でたよ! 海の側に居るならすぐ逃げて!


 自分のスマホを操作してニュースサイトを見る。ストリーミングで流れてきたニュース映像には能登半島を真っ赤に覆う津波到達予想地点と、大津波警報の大文字だった。


「まじか……」


 これからどこかに出かけようと考えていたこともすべて吹き飛び、揺れが収まった街中を車で走る。家の中にいると危ないと考えたのか、1月の寒空の下、座布団や毛布を抱えて路上に避難している人が見えた。


「お母さん、大丈夫かな……?」

 先月、挨拶に行ったときうちの母は彼女を大歓迎した。どちらかというと人見知りな性質があり、身内と認めるまでに時間がかかる。けれどこっちに引っ越してきてからはなにくれとなく差し入れを送ってくれたり、電話して来たりしているようだった。


「兄がいるからたぶん」

「心配だね」

「そうだなあ」

 会話も弾まない。ついさっきまでは正月休みで実家に顔を出そうと言い合っていたはずだった。お正月気分はどこかに吹き飛び、能登にいる母、兄、また親類や友人たちの顔が思い浮かぶ。


 自宅アパートは幸いにして被害はなかった。本棚も倒れておらず、キッチンのカウンターに置いてあったカップが落ちていたくらいだ。犬を連れだしていたことも結果として良かった。パニックになって割れたカップを踏んでいたらと思うと恐ろしい。


 TVをつけ、ニュースを見る。そうして夕方、薄暮の中に浮かび上がるのは、炎が広がる輪島の街並みだった。

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