間章三
161. 早く戻ってこおおおおおい!
「いちまんろくせんさんびゃくにじゅうご……?」
謎の数字を呟きながら教室で茫然としているのはハッピーライフの副団長、取巻蒔奈。
その眼は手元のスマDに向けられており、謎の数字は今もなおカウントアップしている。
「一日でコレとかどうなってるんだよ!多すぎだろうが!」
思わず立ち上がり叫んでしまう彼女の元に、元気の良い犬猫コンビがやってきた。
「大変そうだワン」
「乙だにゃん」
「でたな犬猫。お前ら今からでも遅くないからうちに入れ、そしてメールの対応手伝え」
謎の数字の正体は『ハッピーライフ』に届いたメールの総数。
スキルポーションが欲しい。
転職ポーションについて教えてください。
ハッピーライフに入団するにはどうすれば良いですか。
外部向けのクラン用メールアドレスを作って公開したら、毎日大量のメールが届くようになってしまったのだ。
「事務仕事なんて嫌いだワン」
「体動かす方が好きだニャン」
「チッ、つかえねー。でもそれならそれでやっぱり入れば良かったのに。そうすりゃあの馬鹿と仲良くなった扱いで着いて行けただろ」
今年の一年の中でも屈指の身体能力を誇る犬猫コンビ。
彼女達が扉の向こうへ着いていけたのならば強力な戦力になったに違いないが、残念ながら仲良し度が後少し足りなかったようだ。同じ『精霊使い』クラスの仲間というだけでは条件を満たさず、ダイヤのクランに入るかどうかが扉の向こうに着いて行くための条件の分かれ目となってしまっていたのだ。
犬猫コンビはハッピーライフとも戦ってみたいとの希望があり入らなかった。そのためお留守番になってしまっていた。
「危険なのは怖いワン」
「そういうのは彼に任せるニャン」
「それはまぁ同感だが、それはそれとして手伝え」
「がんばれわーん」
「さよならにゃーん」
「あ、おいこら、逃げるな!」
このままでは無理矢理手伝わされると野生の勘が働いたのだろうか。犬猫コンビはすぐに蒔奈の元から離れてしまった。
「大変そうだね」
「ガラにもないことやってるからでしょ」
次にやってきたのは咲紗と萌知。
というか、今日のホームルームはこのメンバーしかいない。
『精霊使い』クラスの他のメンバーは色々と忙しいようで珍しく不参加なのだ。
忙しくなるくらいにやることが見つかったということは素晴らしいことだ。
蒔奈は少しの寂しさを覚えたが、良いことだと思い気にしないようにしていた。
「手伝ってくれよぉ、この量は一人じゃ捌けねーよ」
「どうして副団長がそんなことやってるの?」
「クランのメンバーに押し付ければ良いじゃん」
「押し付けるって言うな。大事なメールかもしれないから決定権のある私が見てるんだよ」
「うわ、まじめ」
「あの蒔奈が」
「うっせ」
団長が不在なのだから自分が代役としてトップの代わりを務めなければならない。なんて堅苦しく考えている訳では無いが、副団長になったからにはそれなりのことはやらなければならないとは思っているようだ。
「そもそもそれ、全部見なきゃダメなの?」
「分からん」
「じゃあスルーすれば良いじゃん」
「でも見なきゃスルーして良いかも分からん」
「そりゃそっか」
大量のメールが送られてくることが分かっていたため、クランとして一つ一つのメールに丁寧に返信しないと宣言してある。ゆえにスルーしても良いのだが、そもそもスルーして良いかどうかは確認しなければ判断がつかない。たとえ読むだけだとしても一万通を越えるメールを読んでいたら、流し読みだったとしても時間がかかりすぎる。
「団長さんはどう言ってるの?」
「見なくてスルーで良いって。でもそんなわけにはいかないだろ」
「どうして?」
「そりゃあ……本気で困ってる人とかいるかも……」
「……」
「……」
「……」
「あんたそんな良い子ちゃんだったんだ」
「びっくり!」
「うっせ!」
せっかくメールを送ってくれたのに無下に出来ない。
まさかそんな性格だったなんて、蒔奈自身ですら気付いていなかった。
「でも真面目な話、割り切りって大事だと思うよ」
「そうそう。どうせ美味しい思いをしたいって人だらけだろうしさ」
「分かっちゃいるんだがな……」
どうしても気になってしまうのだから仕方ないではないか。
「そもそもどうしてメールアドレスなんて作ったの?」
「こうなること分かってたよね?」
「あ~なんか学校でルールで決まってるらしい。クラン作るなら外向けのメアドかSNSのどっちかを用意しろって」
それはクランの影響力はクラン外にも強く及ぼすものだということを若いうちから理解して欲しいがためのルールだった。身内だけでひっそりと閉じこもって怪しいことをやってるんじゃないよとクギを刺しているという意味もあり、連絡先だけではなくクラン会議やクラン間のイベントへの強制参加など、外とのつながりを重視するルールがいくつか用意されている。
「ルールじゃ仕方ないか」
「がんばれ、ぷぷ」
「笑うな。ったく、こんなことなら副団長なんて引き受けなければ良かった」
「ふ~ん」
「ほ~ん」
「なんだよ、その意味深な笑いは」
「べっつに~」
「楽しそうな顔して何言ってるんだかって思ってるだけだよ~」
「な!た、楽しくなんかねーよ!」
全く説得力が無いなと、逃げた犬猫コンビも離れた所で笑っている。
誰がどう見ても蒔奈の顔には『充実感』が満ち溢れていて、現状があまりにも楽しいのだと言うことがバレバレだったからだ。
だがそんな明るい顔も、ダイヤ達のことを想うと影が射す。
「はぁ……早く戻ってこねぇかな……」
それはもちろん仕事が溜まっているからではなく、彼らの命を心配してのこと。
世界的なとんでもないことに巻き込まれていることは何となく察しているし、今頃死闘を繰り広げているのではと思うと冷静にはいられない。むしろメールの対応をすることで無理矢理忘れようとしている感すらあった。
「なんか世界中で怖いこと起きてんでしょ。団長が戻ってきたらそれも終わるのかな」
「怖くて街中歩けないよね。島の中でも暴れる人が出てきちゃってるんでしょ?」
「さぁな。頭が良い人がなんとかしてくれんだろ」
「他人事なんだね」
「そりゃあ他人事だからな。むしろあの馬鹿が関わりすぎなんだよ。もっと休んでろ」
「心配しちゃってるね。何々?蒔奈もハーレムに入っちゃう?」
「ぜっっっっっっったいに無い。それだけはあり得ない。気持ち悪いこと言うな」
「うわ、ガチ鳥肌じゃん。そこまでかー」
ダイヤに靡かないからこそ副団長の役目に相応しいのだ。
人として心配することはあっても、男女の仲になることはありえない。
むしろたっぷりと遠慮なく叱れる母親的存在になるのだろう。
「うお!」
「何々?」
「どしたの?」
「いきなりメールが三千通も増えた。これ絶対機械使って送信してる迷惑メールだろ。訴えてやる!」
そんなことを叫びながらも蒔奈はまたメールに目を通し始める。
ダイヤ達が戻ってくるその時まで、不安を紛らわせるかのように。
そんな彼女の様子をクラスメイト達は温かく見守るのであった。
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