162. それはそれとして貰えるもんは貰っとくわ
「お~い、そこの兄ちゃん、見てかないか?」
「…………」
往来が激しい大通りの一角にて、ハッピーライフの商人、細目宇良は近くを歩く少しいかつい雰囲気の成人男性を自分の露店に呼び込もうとした。だが、その人物は宇良が販売している商品をチラりと見ると、すぐに興味を失いスルーして通り去ろうとした。
「ちぇっ、せっかくここには並べて無い『とっておき』も出そうかと思ったのにな」
「!」
宇良がハッピーライフのメンバーであることを知っているのか、男は宇良のその言葉に強く反応して戻って来た。
「売るのか?」
「そりゃあ俺は商売人だから売れるものがあれば売りますよ。で、どれが良いっすか?」
「…………」
並べられている商品を勧めようとしても男はそれらに目もくれず宇良をジッと見つめるだけ。初心者用のありふれたアイテムなど不要であり『とっておき』にしか興味がないということだ。
「お客さん、こっちも商売でやってるんですよ。お得意様でも何でもない人にホイホイと何でも出すわけがないじゃないですか」
『とっておき』で釣ろうとしていたのにいざ釣れたら出し渋りする。怒られそうなものだが、相手は宇良の機嫌を損ねてせっかくの機会を不意にすることの方が嫌だったのだろう。怒るどころか宇良の言葉の意図を冷静に受け止めて察した。
「全部買おう」
「まいどあり!」
男にとって不要なはずの初心者向けのアイテム。
しかもその中でも特に不人気とされていて中々売れない在庫……ゲフンゲフン、商品を男は一括で買い上げた。
宇良は男の気が変わらないうちにと急いで商品をまとめて袋に入れて手渡した。
「んじゃこれ、お釣り。まとめ買いサンキュな!」
そしてそのお釣りに紛れて一枚の紙を男に手渡すと、男はそれをチラっと見ると満足そうにその場を離れて行った。
「いやぁ、売れた売れた。大儲けだ」
完売してしまったからには露店を出し続ける意味など無い。宇良は露店を片付けると、
「チッ、分かりにくすぎるだろう」
夜の八時。
空は暗く、街灯も少ない裏路地を男は彷徨っていた。
まるで迷路のように入り組んだ道を、小さな紙きれを見ながらゆっくりと進んで行く。周囲を警戒し、誰にも見られていないことを確認しながら進む姿は不審者そのものだ。
だが今のところはまだ何もしていない。たとえ警備員に見咎められようが、迷い入ってしまったとでも弁明すれば通じるだろう。
「だがまさかあのガキの方から声をかけてくるとはな。運が向いて来たぜ」
男は最初からハッピーライフに用があって島に来た。だがどうやってコンタクトを取ればよいか分からずあても無く大通りを歩いていたのだ。ハッピーライフのメンバーである宇良のことも知っていたが、話しかけた所で目的のブツは売ってくれないだろうと思っていた。露骨に尋ねると警備員がやってきて島外に追い出されるだなんて話も聞いていたから迂闊に手が出せなかったのだ。
しかし幸運にも向こうから男の事を商売相手として声をかけて来た。他にも島外からの商売人が多数やってきている中で、自分が選ばれたということを幸運と呼ばずして何と呼ぶ。
目的のブツが手に入ればガラクタを大量に売り付けられようともお釣りが来る。
「この先か?」
宇良から手渡された地図は、この先の角を曲がった行き止まりを示している。男は逸る気持ちを抑え、周囲を警戒しながら冷静に角を曲がる。
「いらっしゃい」
そこに居たのは黒いローブをまとった男と暗い雰囲気の露店だ。店主は顔を隠しているが、唯一露出している目元の細さから誰なのかが一目瞭然だ。
もちろん敢えてそれを指摘などしない。
それを指摘したことで気が変わっただなどと言われたらたまったものではないからだ。
「商品を見せてくれ」
「どうぞ」
「!?」
並べられたのは二本の薬品。
スキルポーションと転職ポーション。
誰もが欲しがるソレを前に、男は笑みを抑えきれなかった。
ライバルたちが辿り着けなかったソレを自分が入手することが出来るのだから。
「い、いくらだ」
問題は価格だ。
こんな明らかに非合法な雰囲気の裏路地で売ろうというのだ。なんらかのルールを破ってまで売ろうとしていることは明らかだ。通常のポーションよりも高価である可能性は否めない。雇い主から多額の金を用意して貰っているが、果たして購入できるかどうか。
「言い値の通り、としましょう」
「は?」
それなら一円と言えば一円で売ってくれるのか。
超高級な商品の値付けを客に任せるだなんてありえない。
一体どういう意図があるのかと男は訝しむ。
「悪いが意図が読めない。何故俺が値付けするんだ?」
男はそもそも雇われてこの島に来ただけであり、生粋の商売人では無い。こういう商売のやりとりは苦手であり、変に考えて失敗するくらいなら己の至らなさをゲロってしまった方が上手く行くかもしれないと考えた。
すると露天商の男は何ら気分を害することなく意図を説明してくれた。
「ここでの誠意が次につながるかもしれない、ということですよ」
「なるほど!」
つまりここで一円なんて言おうものなら次は無く、価値ある価格を提示したのならばまた売ってくれるかもしれないということだ。次の商売の権利もセットで売ってくれるとなれば、男としてはここで日和る意味など全く無かった。
「なら俺が出せる全額で買おう。コレでどうだ」
男はスマホを取り出すと露天商にとある金額を提示した。それで問題無ければこの場で振り込んでしまうということだ。
「お客さん、気前が良いねぇ。気に入ったよ」
「そ、そうか!」
どうやらその金額は露天商を喜ばせる程度のものだったらしい。これで目的のブツが手に入るだけでなく、次回の購入の権利までも入手できた。大成果を挙げたと考えても良いだろう。
「それじゃあ取引成立だ」
「おう、すぐ入金するから入金先を教えてくれ」
超大金による取引が完了し、男は震える手で二つのポーションを手に取った。
それを小型のアイテム袋に大事にしまうと、満面の笑みでその場を去った。
「それじゃあまたよろしくな!」
「こちらこそ」
ローブの下では露天商も満面の笑みを浮かべているに違いない。胡散臭い細目だけでは笑っているかどうかは分からないが、きっとそうだと男は思い込んでいた。
「ふぅ、終わった」
一仕事終えた宇良は、男の姿が見えなくなると深く溜息を吐いた。
笑顔どころか疲れたような顔をしていた。
「何度やっても緊張するわ」
失敗しても問題は無いとは言われているが、色々な人達と協力して作業している以上、失敗したらどうしようかと不安で一杯だったのだ。それに今回の相手の男がいかつくて怖かったというのもある。
「でもこの程度で島内が安全になるなら、やるしか無いよな。個人的にも、ハッピーライフの商人担当としてもさ。島内で見ず知らずの大人達がうろついているとか、あんまり気分良くないもんな」
学生島とはいえ、そこには沢山の大人達も住んでいる。だが島のスタッフかどうかは不思議と何となく分かり、しかも彼らは学生の妨げにならないようにと申し訳ないくらいに気を使って行動してくれる。ゆえに島内は学生中心の雰囲気になっているはずなのだ。
だがハッピーライフの商品を狙ってか、怪しい島外の人が最近増えて来た。基本的に無関係の人は島内には入れないのだが、学生の関係者だと書類を偽装したり、こっそり泳いできたりと、あの手この手で島内に侵入を試みている。その大半が警備員に捕まってしまうのだが、今回の男のように侵入者なのか一見して判断がつかず捕まえられない相手もいる。
そんな怪しい人物を捕まえるための囮役を宇良はやっているのだ。
「な、なんだお前ら。うわー!」
遠くで男の悲鳴が聞こえた。
この路地裏の出口付近は警備員で固められているのだ。
男が島の関係者では無くハッピーライフの商品を狙った人物であると判明したことにより、堂々と捕まえることが可能となったのだ。もちろん宇良が襲われないようにと、近くで超有能な人材が姿を隠して守っている。
「良い加減諦めれば良いのに。島外にも販売を始めてるんだからさ」
もちろん僅かばかりの供給では足りていないということは分かっている。
だが外にだって『精霊使い』はいるだろうし、彼らを手厚くもてなせば入手は可能なのだ。
ここまでしなくてもと思わなくも無いが、同じ商売人としては今が最大の稼ぐチャンスだという気持ちも良く分かる。
「俺を受け入れてくれた皆に迷惑をかけようってんなら、俺は俺のやり方で戦うからな」
商売人としてではなく、人として。
見るからに怪しい細目の自分を心から受け入れてくれたハッピーライフのためであれば、多少危険が伴う囮にだってなってやる。そして恩人達が笑顔で歩ける島作りに協力する。
それが細目宇良が心に誓ったこと。
ダイヤ達が世界の命運をかけて戦っている裏で、宇良もまた己の戦いに身を投じていた。
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