159. VS亡馬の堕女神 後編

 奇跡の一撃により撃破したかと思いきや、まさかのボスが身代わり人形を持っているという悪夢。


 もう一度奇跡の発動を願うのはあまりにも運否天賦だろう。


 手も足も出ないと表現するのにふさわしい状況だった亡馬の堕女神との戦い。

 それが終わったかと思ったのにまだ続けなければならないというのは、心を折りそうなものだ。


 しかし。


「よくやったぞ木夜羽!」

「これでいけます!」

「いける、いけるで!」

「やったね奈子!」


 狩須磨が、望が、俯角が奈子の奇跡を大喜びし、ダイヤが満面の笑みで彼女を褒める。


 それは決して彼女の奇跡がムダでは無かったと勇気づけるためだけのものではない。


 彼らは本気で今の事態が好転していると感じているのだ。


合体・・したことがお前の敗因だ!」


 これが合体ではなく、単に馬の上に日本人形が乗っただけであればダイヤ達は苦しいままだった。奈子の奇跡のおかげで合体していると分かったからこそ、そこに勝機を見出せる。


 全力で魔法を唱え始めた狩須磨達の様子を観察しながらダイヤは思う。


「(一つの身代わり人形で人馬共に復活したってことは、元々別だった二体が完全に合体したってこと。つまり、馬を狙って倒したらセットで倒せる。馬だけを倒したら乗ってる人形が暴走するかもって思ってずっと攻撃し辛かったんだよね)」


 亡霊騎士の馬だけを倒してはならないという性質が引き継がれているのだと予想していたため、遠距離攻撃をするにしても馬に攻撃を当てずに乗っている日本人形だけを狙っていたのだ。高速で移動し続けているボスを相手にそれはあまりにも難易度が高く、いくら狩須磨と言えども当てることは至難の業だった。


「(馬を狙って良いなら、難易度は格段に下がるよね)」


 なにしろ余計なことを考えずに的を狙って攻撃すれば良いだけの話なのだ。繊細な狙いなど不要であり、これまで使えなかった数多の魔法が使い放題。


 むしろ今までの鬱憤を晴らすために敢えて馬を狙って攻撃したって良いのだ。


 奈子の奇跡のおかげで相手の正確な特性が明らかになり、状況が大幅に改善されたというのは確かに間違いなかった。


「いくぞオラァ!サンダーレイン!」


 それはまさにその名の通り雷の雨だった。


 亡馬の堕女神の上空から高密度かつ広範囲の豪雷が降り注ぎ、面攻撃は流石に躱せなかったようで直撃した。


『~♪~♪』


 これはたまらんと、亡馬の堕女神は狩須磨を攻撃のターゲットに決めて猛スピードで突っ込んできた。


「おっと、そうはいかねえ」


 ダイヤが発見したように亡馬の堕女神の弱点は頭上。

 ということで狩須磨はまた謎の技術で宙を蹴り上へと逃げようとするのだが。


『~♪~♪』

「まぁそうくるよな!」


 ダイヤを狙ったように大地を大きく踏み込み跳んできた亡馬の堕女神。

 だがそれは狩須磨が仕掛けた罠だった。


「今だ!」


 狩須磨の合図で宙にいる亡馬の堕女神に向かって大量の魔法が降り注ぐ。


「アースバレット!」

「ライトニング!」

「エアカッター!」

「ダークフレイム!」

「ソードボム!」


 流石に跳んでいる途中で急な方向転換は難しいのか、全ての魔法が見事にヒットした。


 なお、最後のソードボムは朋の持つ異剣の能力による魔法である。魔法攻撃が可能だけれど、ヒットすると同等のダメージを自分も負ってしまうというなんとも使いにくい剣だ。


「ぐおおおお、いてええええ!」


 痛みに苦しみゴロゴロと地面をのた打ち回っているが、誰もフォローしてくれない。自業自得の自爆野郎よりもボスの方が大事だからだ。当然である。


「(狩須磨先生はどうにか逃げ切った。こっちの攻撃が通るようになったけど、攻められたら危険なことにはまだ変わりない。気を付けないと)」


 亡馬の堕女神は魔法職を狙って走り回る。それは魔法で攻撃する機会が減ってしまうということになる。


「(せめて前衛も攻撃に参加できれば……いや、本当にそうなのかな?)」


 ダイヤは改めてこれまでの戦いと、現在の戦いの様子を合わせて考える。


「(さっき長内さんは麻痺になって、常闇君は石化した。二人ともそれらの異常の防御アクセサリーを意図的に外していたはず)」


 何故ならば狂月の堕女神は耐性がある状態異常を耐性突破してかけてくるという特性があったため、かかりたくない状態異常の耐性を無くしてかかっても良い状態異常の耐性を付与し、かかる状態異常を誘導させていたからだ。ゆえに麻痺も石化も耐性がゼロなのでかかることはない。


 だが亡馬の堕女神に接近されて麻痺と石化になってしまったということは、狂月の堕女神の時とはかかる状態異常の条件が変わっている可能性がある。もしかしたら普通に状態異常耐性があればかかりにくくなる可能性もあるだろう。


「(まだ身代わり人形が残っている人で試してみる?)」


 それで状態異常への対策方法が判明するのであれば、やってみる価値はありそうだ。


「(…………ううん、違う。そうじゃない)」


 自分がやるならともかく、他人に命を張らせるなんて指示を出せる訳が無い。


 なんて甘い話では無い。


「(たとえ状態異常の問題が解決しても、近づいちゃダメなんだ。あの馬、どう見てもおかしいもん)」


 それはダイヤがアースウォールの上で亡馬の堕女神について色々と考えながら実験し、その後も打開策を考え続けているからこそ気付けたこと。


「(あの馬って、アースウォールだけじゃなくて、他の魔法も効果が無いように見える)」


 狩須磨たちの魔法攻撃は亡馬の堕女神にヒットしているが、乗っている日本人形はダメージを負っている様子があるが、馬そのものは綺麗なままだ。


「(しかも何があってもスピードが全然変わらない。アースウォールの上の僕にどうやって手出ししようか壁の周りをグルグルしている時も、勢い良く跳んでいる時も、魔法を喰らっている時も、常に一定だ)」


 それはまるで泳ぐのを止めると死んでしまう魚のようであり、絶対に止まらないという強い意思が感じられる。しかもそのスピードは速くも遅くもならず常に一定。


「(一定で必ず走り続けるという呪いのような何かがあるのかも。だからアースウォールにぶつかった時も魔法攻撃を喰らった時もスピードが落ちない。もしも僕達が接近戦を挑もうものなら、その呪いによって強制的に吹き飛ばされるか、体を貫通してしまうかして大ダメージを負わされる気がする)」


 ゆえに状態異常が無くても近づくことそのものが危険であるとダイヤは結論付けた。

 いんが亡霊騎士に対してやったように体を張って止める方法も考えたが、それは最悪の悪手となってしまうだろうし、もしかすると同じことが出来ないように馬の設定が変更されたのかもしれない。


「(ごめんねスピ。結局力を借りられなかったよ)」

『(状態異常には相性が悪いですので仕方ありません)』


 スピはダイヤの体内に戻り出番を待っていたのだが、状態異常という搦手には滅法弱いため出すわけには行かない。万が一にでも混乱して敵対されようものなら地獄でしかないからだ。

 とはいえ、今回はダイヤの役割があまりなさそうなこともあり、声色からは焦った様子は見られない。


『(ただ、このまま何もせずに逃げているだけというのも寂しいですね)』

「(安全ならそれが一番だよ)」

『(ですが旦那様があれほど苦労させられて、最後は他の方が魔法でチクチク攻撃するのにお任せというのは……)』


 強敵相手に生きているだけで十分だ。派手な戦い方とか倒し方を求めるなどあってはならない。

 それはダンジョンを探索し、魔物と戦う上で基本中の基本だ。


 だがそれでも、やられたらやりかえしたいと思うのは人として当然の感覚だ。

 そしてその方法があるのであれば、余程危険で無ければやってみても良いのではないか。


「…………集合!」


 ダイヤは近接組を呼び寄せ、ある作戦を伝える。

 彼らはその内容に驚きながらも、全員がそれをやろうと言ってくれた。


 やはりこれまで良いようにやられ続け、逃げることしか出来ない現状に対して少なからず想うところがあったらしい。


「それじゃあ『ブルジョワ作戦』開始だ!」




「何やってるんだあいつら!?」


 亡馬の堕女神から必死で逃げつつチマチマと攻撃魔法を放っていた狩須磨だが、魔法が使えない近接組が戦場に近づいてきたことに驚きを隠せない。


「せっかく離れた所に誘導したのに……いや、意味もなく無謀なことをする連中じゃねぇ。何をやる気だ!?」

「先生、私は彼らをフォローします!」

「その迷いの無さ、良いねぇ。だがフォローはいらねぇみたいだぜ」

「え?」


 ダイヤ、いん、密、躑躅つつじ、スピの五人は亡馬の堕女神に近づくと、俯角にお願いしてアースウォールの上に乗せて貰った。そしてそのまま壁の上を移動して亡馬の堕女神の上部をキープする。


「う~ん、完全に無視かぁ」

「そりゃあ私達の攻撃なんて当たらないって思ってるから当然よ」

「ここまで舐められると腹が立つを通り越して呆れるわね」

「まさか私が最後の一撃に関われちゃうなんて。貴石君と一緒だと飽きないなぁ。早く条件クリアしてね!」

「ようやくお役目を果たす時が来そうです」


 亡馬の堕女神が跳んで来れば危険だというのに緊張感の欠片も感じさせないのは、これで勝利だと油断しているからではない。この程度の軽口を叩きながらも集中できる程に成長しているからだ。


「それじゃあお願い」


 ダイヤは万極爪ばんごくそうをドリルモードにし、激しく回転させながら下で動き回る亡馬の堕女神に狙いを定める。


 いん、密、躑躅つつじ、スピの手には、ダイヤがポーチから取り出したとある薬品が大量に握られている。


 ブルジョワ作戦。


 それはその薬品の一つ一つがあまりにも高価であるが故につけられた名前だ。


「良いよ!」


 十分にドリルが回転し、威力が申し分無くなった。


 四人は亡馬の堕女神が真下に移動するのを確認すると、手にしたものを一斉に叩きつけるようにぶちまけた。


「これで終わりよ!」

「よくも常闇君を!」

「王の手にかかることを光栄に思いなさい!」

「旦那様!」


 亡馬の堕女神は慌てて逃げる、ような反応はしなかった。


 何故なら彼女達がぶちまけたのは攻撃アイテムでは無いからだ。


 では一体何をぶちまけたというのか。


 一本一本が高価であり、攻撃アイテムではない。


 それを浴びることで果たして何が起きるのか。


「止まった!」


 これまで決して止まることの無かった亡馬の堕女神の動きが、まるで時が止まったかのようにピタリと止まった。


 今こそ最大の攻撃チャンスだ!


「はっしゃあああああああああ!」


 まるで空間を捩じ切ろうかと言わんばかりに猛烈に回転するドリルが放たれた。

 しっかりと狙いを定めたその一撃は真っすぐに日本人形へと向かって行く。


 だが亡馬の堕女神は動かない。

 避けるそぶりすら見せられない。




 何故なら亡馬の堕女神は転職・・の真っ最中だからだ。




 いん達が投擲したのは大量の『下級転職ポーション』。


 それを使われたことで、亡馬の堕女神は転職の選択を突き付けられた。

 転職しない選択肢を選べば良いだけのことなのだが、突然の事態にパニックになり選べないでいるのだ。


 その一瞬の隙を狙い攻撃するというのがダイヤが考えた作戦だった。


 『下級転職ポーション』の効果がそもそもボスに対して発揮するのか、効果が発揮したとして職業選択中に亡馬の堕女神の動きが止まるのか、動きが止まったとして冷静に対処されて直ぐに効果が解除されてしまわないか。


 不安要素は沢山あったが、それらをクリアして狙い通りにことが進んだ。


 そして今、ついにダイヤの渾身の一撃が亡馬の堕女神を捉えようとしていた。


『~~~~~~~~~~~~!』


 ダイヤのドリルは亡馬の堕女神の脳天を貫き、日本人形は叫ぶことも出来ずに弾けるように吹き飛んだ。

 そして同時に一体化していた馬も物凄い爆音と共に弾けて消滅した。


「ブルジョア作戦の勝利だ!」

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