158. VS亡馬の堕女神 前編
「(自分を中心とした半径十メートル以内を強制的に状態異常にしながら時速六十キロくらいで縦横無尽に暴れ回る。近づかれた相手は状態異常になり体が硬直した直後に体当たりを喰らって致命傷間違いなし。状態異常の内容を体が硬直しないものだけになるように誘導出来ればまだマシだけれど、合体したことでさっきまでとはどの状態異常にかかるかの条件が変わっている可能性がある。こんなところかな)」
必死に逃げながら亡馬の堕女神の特徴を脳内でサッとまとめたダイヤだが、すぐに一つの結論に辿り着いた。
「何このムリゲー!まともな調整してよ!」
攻略させる気など更々ない設定に嘆きの言葉しか出て来ない。
『クハハケケハケ!~♪~♪クハケケハケ!~♪~♪クケハハケハハ!』
不快な
「くっ……そっちに行ったぞ!」
狩須磨が叫ぶが相手の動きが早すぎてどうしても避けきれない。
狙われた密は麻痺にかかってしまい、そこに新たな主を迎えた怒れる馬が突撃してくる。
「(もうダメ、避けられない!)」
「うおおおおおおお!」
絶体絶命のピンチに飛び出してきたのは暗黒だった。上級状態異常回復ポーションを密に浴びせて回復させつつ、体当たりで彼女をその場から大きく突き飛ばしたのだ。
「常闇君!?どうして!?」
密はまだ身代わり人形を持っていたため、一度の死であれば耐えられる。無理する必要は無いはずだ。
「体が勝手に……」
常闇はその言葉を最後に全身が石化してしまい、亡馬の堕女神の激しい体当たりで全身が砕け散ってしまった。
「常闇君!」
暗黒の犠牲を無駄にしてはならない。密は駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、その場から離れてピンチを脱出した。
なおバラバラの石片となった暗黒だが、身代わり人形の効果で何事も無かったかのように少し離れた所で復活した。
「ライトニング!」
「サンダーアイシクル!」
近づけないのならば遠距離攻撃だ。
望や狩須磨が遠くから魔法で狙うが、亡馬の堕女神は軽やかなステップでそれらを避けてしまう。
「必中フレイムアロー!」
それならば絶対に当たる性質を持った魔法を放てば良いと、狩須磨がどこまでも追い続ける炎の矢を放った。
『クハハケケハケ!』
「なにぃ!?消えただと!?」
だがそのフレイムアローは亡馬の堕女神に当たる直前に消えてしまったでは無いか。
「まさか必中無効まであんのか!?やりすぎだろうがバカ!」
つまり高速で動き回る相手から逃げつつ、自力で遠距離攻撃を命中させなければならないということになる。
「ダイヤ!」
亡馬の堕女神がダイヤをターゲットにしたのだ。
ダイヤはすでに身代わり人形の効果を使ってしまっている。もし攻撃を喰らってしまったら本当の死が待っている。
だがダイヤは全く焦っていなかった。
むしろ逃げるペースを弱め、迎え撃とうとしているようにも見える。
「(色々と試してみよう)」
ダイヤは右手を軽く挙げて、かなり離れた所にいる俯角に合図をした。
「ウチの出番やで!アースウォール!」
分厚い土壁が地面からせりあがり、亡馬の堕女神の進行方向を塞いだ。迂回させて相手のスピードを落とす作戦だ。
「(もし成功すれば壁で囲って封じてしまおう)」
だがそんな単純な作戦で止まる訳が無かった。亡馬の堕女神は移動スピードを全く落とさず壁に真正面から激突したのだ。そしてまるで何にも当たっていないかのように無抵抗で貫通して通過した。
「なんやて!?」
衝突の衝撃で多少はスピードが落ちるだろうと誰もが考えていたが、この結果はあまりにも予想外だった。
「アースウォール!アースウォール!アースウォール!ダメや!!」
ムキになって何度も土壁を作ってみるが結果は何も変わらない。亡馬の堕女神は変わらず一直線にダイヤへと向かってくる。
「それならこれはどうかな?」
俯角がアースウォールを連発しているのは、単にムキになっているだけではない。ダイヤの狙いを隠して貰う意図もあったのだ。
「(悪戯スキル・落とし穴)」
本職の罠師の落とし穴ではないため、ダイヤが生成可能なのは足首が少し埋まる程度のもの。
しかしそれが突然足元に生まれたとなれば、いくら亡馬の堕女神といえども躓いてバランスを崩すに違いないと考えたのだ。
「跳んだ!?」
亡馬の堕女神は壁を貫通しながらも突如出現した落とし穴に気付き、軽く跳んで越えてしまったでは無いか。
「これもダメだなんて……」
地味だけれど効果が大きい小技を、派手なアースウォールを隠れ蓑にして発動させたのに全く効果が無かった。
「もしかして暴走状態のあの馬は何をしても止められないっていう特殊なスキルでも発動されてるのかな……」
そうとでも思いたくなるくらい、馬の動きを止める手段が全て無効化されてしまう。
「ダイヤ!もう逃げて!」
これ以上は試す時間は無い。
いや、もうすでに今から逃げても間に合わない位置まで近づかれている。
「ダイヤああああああ!」
「
最後にそんな言葉を残して。
今から
その答えは俯角が教えてくれた。
「アースウォール!」
地面からせり出した分厚い土壁が、ダイヤを遥か上空へと連れて行ったのだ。
『!?!?』
流石に上に逃げられたら追えないのか、亡馬の堕女神は壁の周りをグルグル回るようにして困っていた。
「ダイヤ!」
「ありがとう」
そして
「先に説明してよね!とまでは言わないけど、いつの間に俯角先輩と作戦立てたのよ!」
「そりゃあもちろん、これだよ」
ポーチについている盗聴器。
それは今でも俯角と連絡が可能なままであり、ダイヤから一方的ではあるが俯角に作戦を伝えてあったのだった。
「このままあいつが僕に何も出来ないなら、全員で壁の上に登って一方的に遠距離攻撃すれば良いだけなんだけど……」
「壁を常時出し続けないとダメだから俯角先輩の負担が大変ね」
「それもあるけど、本当に何も出来ないのかなってのが不安でさ」
亡馬の堕女神は壁を何度も通過して破壊しようと試みているが、その度に俯角が補強しているから倒れることは無い。その程度の対応しか出来ないのであれば問題無いが果たして。
「
「分かったわ」
ダイヤと
「上から狙ってみようかな」
せっかく相手がダイヤに拘って壁をどうにかしようと四苦八苦してくれているのだ。上を取れている大チャンスの状況。攻撃するしか無いだろう。
「
今回はそもそも攻撃が当たるかどうかがポイントなので、
両手を下に向けて亡馬の堕女神の動きを予測しながら左右のタイミングをずらして放つ。
「発射…………発射…………う~ん、やっぱり当たらないかぁ」
そこそこのスピードは出ているが、このランクのボス相手では遅すぎる。亡馬の堕女神は上空を見ていないにも関わらずあっさりと避けてしまった。
「でも一度くらいは当たるかもしれないし、やるだけやってみよう」
回収したドリルを再び回転させ、何度も何度も亡馬の堕女神に向けて放ち続ける。
「発射…………発射…………発射…………発射…………発射…………発射…………発射…………」
やはり掠る気配すら見えない。
「やっぱり僕だけじゃなくて全員で壁の上に移動して、そこから弾幕を浴びせるのが一番かな」
他の人達は亡馬の堕女神がダイヤを狙っている間にかなり距離を取っている。変にフォローしようものならターゲットが変わってしまうかもしれないため、何もせずに戦況を観察して作戦を考えているというのが現状だ。
この場に大量の壁を生み出し、全員がその壁の上に乗り、一か所に集まって亡馬の堕女神を引きつけ、集中攻撃。
その作戦を提案しようとダイヤが考えたその時。
「あれ、動きが変わった」
壁の下をウロウロしていた亡馬の堕女神が壁から離れ始めたのだ。諦めてダイヤ以外を狙いに行くのかと思いきや、移動したのは誰も居ない方向。
「まさか助走をつけてる?」
亡馬の堕女神は壁の上のダイヤに再度目標を定めると、走り込んで来た。
「これは!?」
そして今度は壁に近づくと、力強く地面を踏み込み跳んだのだった。
猛烈なスピードでダイヤへと迫る亡馬の堕女神。
このままでは状態異常の範囲に入り、動けないままに体当たりを喰らってしまう。
「
「レーザービーム!」
だがそうなることを見越して
レーザービームは亡馬の堕女神以上のスピードでダイヤに近づき、ダイヤはそれを左手でしっかりと掴んだ。
するとダイヤの身体はレーザービームに引っ張られるように宙を移動し、遥か遠くにゆっくりと着地したのである。
「よし、練習の成果が出たね!」
このダンジョンに来る前に
「でも結局あいつは上空まで来ちゃうから上は安全圏じゃない。有効な攻撃手段もまだ見つかってないし、どうしよう……」
最初の状況から何一つとして改善されていないのだ。瞬間的に上空へ逃げる方法は有効だが、それは生存時間を延ばせるだけであり、撃破するための方法はまだ見つかっていない。
これ以上新しい作戦が思い浮かばない。
ダイヤが困り、亡馬の堕女神が新たなターゲットを決めて走り出そうとしたその時。
「煉獄すら焼き尽くす極大にして極上なる原初の炎よ、矮小なる彼の者を滅せよ!」
それはこれまで全く役に立てず苦しんでいた奈子の破れかぶれの詠唱。
意味など無く、なんとなくそれっぽい言葉を並べただけもの。
だが詠唱に意味が無かろうと、奇跡を起こさんとする姿勢には確かに意味があった。
何十回、いや、何百回と諦めずに願い続けたからこそ、絶好のタイミングでついにそれが起きたのだ。
「え、うそ、成功した?」
そんな間抜けな言葉と共に生まれたのは、視界を埋め尽くす程の赤・赤・赤。
ギリギリ仲間を攻撃範囲に含まないくらいの規模の炎の奔流が亡馬の堕女神を襲った。
超広範囲の攻撃を喰らってしまっては、流石の亡馬の堕女神も逃げきれない。炎の奔流はあっさりと亡馬の堕女神を飲み込み彼方へと消えて行った。
やったか?
という言葉を誰もが口にしたかったが、必死に堪えた。それ自体がフラグになってしまうということもあるが、亡馬の堕女神ならば特殊スキルで何か対応してくるのではとも思えたからだ。
不思議な程に周囲がシンと静まる中、炎が消えたその場所には何も残っていなかった。
焼け跡すらも存在していなかった。
全員で必死に周囲を警戒し、観察し、亡馬の堕女神の痕跡を探そうとする。
しかし無い。
何も無い。
何もかも完全に焼き尽くされてしまったようにしか思えない。
そう。
奈子の奇跡は本当に亡馬の堕女神を倒したのだ。
その事実に間違いはなく、亡馬の堕女神がどこかに隠れているということもない。
確実に炎に焼かれて消滅した。
だからこそそれが起こった。
亡馬の堕女神が元居た場所。
そこに無傷の亡馬の堕女神が突如出現する。
その傍らには一つの人形が落ちていて、ソレは炎に一瞬で蒸発されたかのような形で消滅した。
狩須磨は思わず叫んでしまった。
「
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