157. VS狂月の堕女神 後編

「後はどうにかして魔法攻撃を耐えて攻撃するだけだ」


 だがそれがまた難しい。


 状態異常が無かろうと、今のダイヤ達では追いつけないのだ。


「スピ!」


 届く可能性があるならば、人間離れした身体能力を誇るスピ。

 しかも彼女は靄と化して別の場所に出現する疑似瞬間移動も可能だ。


「おまかせください」


 物凄いスピードでスピが狂月の堕女神へと走り、狂月の堕女神はソレを不規則かつ高速な動きで翻弄しながら逃げる。


 目で追うのがやっとな鬼ごっこは、参加することすら出来そうに無い。


「いや、待てよ。今ならあの方法が使えるじゃないか!」


 ダイヤはチラりと密に視線をやる。


「(いいの?)」

「(うん、僕達が合わせるから)」

「(分かった。でもあまり期待しないで。月光が効かないんでしょ?)」

「(少しでも破壊してスピードを落としてくれればそれで良いよ)」


 紅い月には特殊効果が全く効かず、純粋な物理攻撃で破壊しなければならない。

 そしてその特殊効果には防御力無効の『月光』も含まれるのだ。つまり密と常闇が近づいたところで、スキルによる破壊は不可能だ。


 相手の無効効果を貫通可能なスキルは少ない。

 とはいえ勇者のブレイブソードなら問答無用でバッサリだが。


「(だから狂月の堕女神はあっちの戦場から離れたのかも)」


 自分に対する特攻攻撃を持つ相手とはまともに戦いたくないのだろう。


「(スピ、聞こえる?)」

「(はい、何でしょうか?)」


 先ほどの密との会話はアイコンタクトによるなんとなくの意思疎通であったが、スピとの場合は彼女が実体化しても脳内で会話が可能だった。


「(長内さんと常闇くんが例のアレやるから、練習通りいける?)」

「(もちろんです。お任せください)」


 スピの自信満々の返答を確認したダイヤは、密に再び視線を向けて軽く頷いた。すると密は暗黒と共に一旦戦場から離れて背後の躑躅つつじの元へと移動した。


「いくよ、常闇君」

「ああ、頼む」

「隠密」


 そして得意の隠密スキルで姿を消したのだ。


 相手が逃げるのならば姿を隠して接近すれば良い。だがAランクともなると気配で察知されてしまう可能性がある。とはいえスピとギリギリの追いかけっこをしている状況で察知出来るかと言われると、その手の行為が特別得意でない限りは難しいだろう。


 一方でスピは二人が近くに寄ってくることを知っているため、気配に気を付けながら相手を追う。そんなことが出来るのかなと思いきや、練習の時には上手く行った。改めてスピのポテンシャルの高さに感心したものだった。


「(これまでは状態異常攻撃で身動きが取れなくなるから隠密は危険だった。でも自力で治せるなら隠密を使っても問題ない)」


「朋!」

「おうよ!」


 ダイヤもまた、朋と一緒に狂月の堕女神を追い始めた。


 追いかけっこには混ざれないが、密たちのアタックが成功して相手の機動力が削がれた瞬間、一気に攻めるためになるべく近くに移動しておきたいのだ。


「(頼んだよ、みんな)」


 狂月の堕女神を倒すカギは、仲間達にある。自分が何か出来ないのは心苦しいが、その悔しさは今後更に己を鍛えるモチベーションとするしかない。


『~♪~♪~♪~♪クケハハケハハ!』

「ぐっ……でもこれなら大丈夫!」


 猛毒、暗闇、老化、恐怖。

 恐怖だけはしんどいが、躑躅つつじの支援があれば身動きが取れなくなるとまでは行かない。上級状態異常回復ポーションを服用してサッと治した。


「(毒、暗闇、老化、恐怖、病気の五つの状態異常だけ耐性を強化したら、それしかかからなくなった。これはもう確定だね)」


 もちろん相手がこの先、やり方を変えて来る可能性は十分に考えられる。

 そうなる前に速攻で撃破出来るかどうかは仲間達の行動にかかっている。


「今度は魔法攻撃!」


 紅い月が妖しく光り、三日月上の光のレーザーが放たれる。


「スピ!」


 それはスピ単体を狙ったものであったが、かなりの近距離でそれを受けながらもスピは軽やかに躱した。


「ふぅ」


 大丈夫だと信頼していても、やはり不安に思ってしまうのは当たり前か。

 いんがダイヤのことを心配する気持ちも似たようなものであり、ダイヤはそのことをちゃんと分かってはいるのだ。ダンジョンで生き延びるためにはそれでも耐えなければならないという厳しい世界というだけのこと。


「(そろそろかな?)」


 密達が隠密行動を始めた時間を考えると、もう敵の近くまで移動していそうだ。


「(それでも全く動きを変えて無いように見えるスピってホントすごいなぁ)」


 動きに不自然さが感じられず、何かを企んでいるなどとは全く思えなかった。


 ふと、スピが力強く踏み込んだ。

 良く見ると向かってやや左側にズレて移動しており、狂月の堕女神は避けやすい逆方向へと移動する。


 それが罠だった。

 そこには姿を隠した密と常闇が待っていて、狂月の堕女神を前後で挟むように位置取っていた。


『!?』


 流石に狂月の堕女神も気付いたようだがもう遅い。

 至近距離からの両者の一撃が紅い月を襲う。


「月落」

「月闇」


 そんなスキルは存在しない。

 ただ月を破壊するイメージを言葉に乗せて気持ちを高めただけのこと。


 月光とは逆に天に構えた二本の短剣をクロスするように振り下ろす。


 全体重を乗せた両方向からの全身全霊の一撃が、紅い月に直撃した。


『!!!!!!!!』


 ピシリ、と目に見えて大きなヒビが入った。

 狂月の堕女神は慌ててその場から離れようとするが、明らかにスピードが落ちている。


「もらいました」


 すかさず背後へと移動したスピが、物凄い勢いの回し蹴りで狂月の堕女神を吹き飛ばす。その先にはダイヤがいて、腰を構えて待機している。


「パワーーーーーーーーストレート!」


 クロウではなく格闘。

 それはその一撃が紅い月を破壊するためのものではないから。


 狂月の堕女神を所定の場所へと移動させるため。


「朋!」

「いくぜええええええ!」


 火傷、封印、封技、病気、暗闇。


 先ほどの狂乱のレクイエムで受けた状態異常を朋はまだ回復させていなかった。


 それは朋が持つ異剣の性能を存分に発揮させるため。


 状態異常にかかっている数だけ攻撃力が上昇するその剣は、禍々しいオーラが剣心に宿っていた。


「(熱い、だるい、見えねぇ。それがどうした。親友あいつがお膳立てしてくれたんだから、信じてそれを振り抜くだけだ!)」


 目の前に本当に敵がいるのか分からない。

 この剣が通じるのかどうかも分からない。


 だが親友ともがやれと言うのならば、百パーセント成功すると決まっている。


「うおおおお!くらええええええええええええええ!」


 技術は封じられているため、ただ単に全力で剣を振り下ろす。

 そのあまりにもシンプルな一撃は、ダイヤによって移動させられた紅い月に見事にヒットする。


『!!!!!!!!』


 その瞬間、紅い月はガラスが割れるかのような大きな音を立てて砕け散った。


「やったよ朋!」

「お、おう!もう治して良いか!?」

「うん!」

「うおおおお、あっちいいいい、痛ええええ!」


 素晴らしい成果を成し遂げたにもかかわらずどうにも締まらないのは朋らしいと言ったところか。


「やるじゃない」

「ふぅ、どうにかなったか」

「皆様お疲れ様です」

「おめでとう。素晴らしいチームワークだったね」


 朋の元へと仲間達が駆け寄ってくる。


 だがこれで戦いが終わったわけではない。

 地面に蹲る日本人形らしい少女を撃破しなければならないのだ。


 見た目が人間らしすぎるがゆえに攻撃し辛いが、そんなことを言っている場合ではない。

 ダイヤは容赦なく爪を振り上げ、彼女にトドメを刺そうとする。


『~~!~~!~~!~~!』

「っ!?」


 その瞬間、日本人形は口から物凄いノイズを放ち、ダイヤの身体が勝手に硬直してしまった。


「(まさか新たな状態異常!?)」


 視線はどうにか動かせるようで、仲間達の様子を横目で確認するとダイヤと同じように不快な音に顔を顰めながら動けないでいる。


「(この感覚はスタンなのかな。だとすると一時的な物ですぐに動けるようになるとは思うけど)」


 だが猛烈に嫌な予感がする。

 これは狂月の堕女神が苦し紛れに放った一撃ではない。


 とてつもない攻撃のきっかけとなるものではないのか。


 その予感は悲しいことに的中してしまう。


『ブヒイイイン!』


 ダイヤ達の背後から、聞こえてはならない何かが聞こえて来た。

 そしてそれが物凄い勢いでダイヤ達の元へとやってくると、狂月の堕女神を背中に乗せたのだ。


「嘘……でしょ……」


 主を失くした騎馬が、乗り物を失った堕女神を新たな主として選んだ。


 新種の魔物、亡馬の堕女神。


 ダイヤ達の戦いはまだ終わらない。

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