156. VS狂月の堕女神 前編

「皆大丈夫!?」


 状態異常祭りになったダイヤ達。

 治したのは狂月の堕女神の状態異常攻撃から距離を取っていた躑躅つつじだった。


 全員が行動不能にならないように一人だけ距離を取るのは、狂月の堕女神を相手にするのによく用いられる戦法だ。


「ありがとう、鳳凰院先輩。でも準備していたのにどうして……」

「それを考えるのがキミの役目だよ。私はまた離れてるね」

「あ、はい。敵がそっちに行くかもしれないから気を付けて」

「は~い」


 狂月の堕女神はダイヤ達から少し離れた所でこちらの様子を見ている。流石に初見殺しすぎるからか、初撃だけは間を空けてくれるのだ。だがそれは次回以降は休みが無いと言うことでもある。


「皆、気をつけて。あいつの状態異常攻撃は本に書かれていたのとは違って耐性を突破してくる!」


 状態異常。

 それはかかってしまえば戦力が大幅ダウンし、死に最も近くなる。


 ゆえにダイヤ達は状態異常に耐性のある装備を俯角達から配られて装備していた。


 指輪やネックレスやリストバンドなど形は様々だが、重要なのは全ての状態異常を完璧に防ぐ装備は今のところ存在していないということだ。しかも装備で対応できる状態異常は個数が限られていて、じゃらじゃらと大量に耐性アクセサリーを付けたとしても、その中のいくつかしか効果を発揮しないのだ。


 ゆえにダイヤ達はその中でも致命的な状態異常を防ぐようにと準備して来た。


「(睡眠、麻痺、凍結、石化、混乱、魅了。この辺りは体の自由が利かなくなるから自分で回復が出来ない。だから耐性装備を用意したのに普通にかかっちゃった。これもオーラで強化されたからなのかな?)」


 だとすると凶悪なことこの上ない。連射でもされようものなら躑躅つつじが助けに入ることも出来ず、ただただ状態異常に喘ぎ苦しむことしか出来なくなるのだから。


「(でもいくら強化されたとはいえ、本当にそんな無茶苦茶なことある?)」


 この世界はゲームではなくリアルだ。

 だとしても、クリアさせる気のないボスなど存在して良い物だろうか。


「(もしかしたらまだあのスキルには攻略方法があるのかもしれない)」


 そしてその攻略方法を発見し、状態異常攻撃を乗り越えなければダイヤ達に撃破という未来は訪れない。


「来る!」


 これまで逃げるだけだった狂月の堕女神。

 その紅い月が妖しく明滅すると、バチバチと電気のようなものを放電し始める。


 不逃の赤雷。


 狂月の堕女神を中心とした全体電撃範囲攻撃だ。


万極爪ばんごくそう、雷ガード!」


 ダイヤは万極爪ばんごくそうを装備した手の甲の部分でソレを受け止めるように構えた。すると襲い掛かって来た雷の一部が万極爪ばんごくそうに吸収された。万極爪ばんごくそうに秘められた属性魔法防御の機能だ。


「ぐっ……こっちの攻撃は調査通りっぽいね」


 一部吸収しきれなかった雷を体に受けてしまい痛んだが、十分に耐えられるレベルだ。


 狂月の堕女神は日本人形が状態異常を、そして月が高速移動と属性魔法攻撃を繰り出して来る。魔法攻撃の属性の種類は多く、単体と全体のどちらもありえる。


「皆、話した通りやるよ!」


 事前に狂月の堕女神について情報共有した時、戦い方についても共有済み。ポイントは相手のダメージソースの月を先に破壊すること。そうしてしまえば相手は状態異常攻撃しか出来なくなり、こちらに直接ダメージを与える手段が無くなるのだ。


「そうは言ってもダイヤ!追いつけねーんだよ!」


 朋が必死で狂月の堕女神を追いかけるが、物凄い勢いで移動して攻撃が届かない。


「私でも追いつかないなんて!」


 しかもそれは鍛えていて足が速い密ですら同様だ。


「来るぞ!」


 誰もが追いつけず、隙を見てからの魔法攻撃。


 今回は全体炎攻撃であり、薄い炎が熱風と共に一気に広がった。


「きゃああああ!」

「ぐっ」

「あっちいいいい!」

「皆!」


 このままでは一方的にやられてしまうだけだ。 

 どうにかして突破口を考えなければならない。


「(方法はある。でもそれは状態異常攻撃を耐えられること前提なんだ。耐えられなかったら逆にピンチになっちゃう)」


 つまり結局のところ、躑躅つつじが言うように状態異常攻撃をどうにかする手段を思いつかなければならないということ。


「(どうしよう。何も思いつかないよ!)」


 焦るダイヤ。

 だが敵はダイヤが思いつくのを待ってくれるなんてことは無い。


『~♪~♪~♪~♪クケハハケハハ!』


 狂乱のレクイエムがまたしても襲ってくる。


「やっぱりダメだ!」


 ダイヤの身体が石化しようとしている。石化を完全に防ぐリストバンドを装備しているにも関わらず効果を為さない。


「(よりによって石化!まずいまずいまずいまずい!)」


 他の状態異常ならまだしも、石化だけはかかってはならなかった。

 何故なら石化した状態で攻撃を喰らうと、破壊されて死んでしまうからだ。


 ダイヤはすでに身代わり人形を使っている。

 このまま攻撃されてしまったら本当の死が待っている。


 全身が石化しようとする中で、視界の端に紅い月が明滅する姿が目に入った。


 それがダイヤが人生で最後に目撃する光景になってしまうのだろうか。


「(どうすればどうすればどうすればどうすれば。僕はこんなところで死にたくない!絶対に死なない!生き延びるんだ!)」


 絶体絶命。

 ダイヤの命が潰えるまで残り僅か。


 それでもダイヤは絶望せず諦めずにもがこうとする。

 全身が動かず、もう声も発せられないというのに、それでも打開策が無いかを考える。

 愛しい人を思い浮かべ、心を必死に奮い立たせる。


「(いん、桃花、芙利瑠、奈子……スピ!)」


 その時、ダイヤの脳裏に閃光が走ったかのような感覚があった。


「(スピ!スピ!どうして僕はスピのことを!)」

『旦那様、それよりも早く私を!』

「(スピ!僕を助けて!)」

『かしこまりました!』


 ダイヤの体の中からスピが飛び出し、上級状態異常回復ポーションを使ってダイヤを回復させる。紅い月から襲い掛かるブリザードはスピが身を挺して防いだ。


「スピ!僕は平気だから!」

「いえ。やらせてください。お願いです!」

「スピ……」


 敬愛するダイヤの命の危機に何もすることが出来ない悔しさ。

 それが盾になりダイヤを守ろうとする強い理由となっていたのだ。


「(どうして僕はスピのことを忘れてたのかな。というよりも、皆も忘れてたよね)」


 スピは一体いつからいなくなっていたのだろうか。

 茶会の時はまだ居たのを覚えている。


 だが二体の魔物が現れた時にはもう姿を消していた。


「違う」


 何が違うというのか。

 実際、狩須磨が分担を指示した時にスピはカウントされていなかったではないか。


「居た。スピはあの時も確かに居た。先生はスピに僕達と一緒に戦うように要請した」


 だがその記憶は曖昧で、はっきりと思い出せない。


「どうして大事なスピの事を忘れてしまったんだ。どうして……どうして忘れ……わす……れる?まさか!」


 ブリザードが止み、スピがダイヤの盾となることも止めると、ダイヤは狂月の堕女神を睨んだ。


「忘却の状態異常。それでスピのことを忘れさせたな!」


 大事な人のことを忘れさせたことに激しい怒りを覚えた。普段は怒る姿を滅多に見せないダイヤだが、流石に今回のことは受け入れがたいことだったらしい。


「上級状態異常回復ポーションですら治らなかったってことは、わざわざ忘却の状態異常だけ特別な効果にしたってことだよね。なんて酷いことを。ごめんねスピ」

「お気になさらないでください。むしろ思い出して下さったことが驚愕です」

「僕にとって大事な人だから当然だよ。だったらもっと早く思い出せって感じだけどさ」

「いいえ、そんなことは決してございません!決して!」


 スピは珍しく動揺し、顔を紅潮させながらダイヤに抱き着いた。


 ダイヤの身体に彼女の震えが伝わってくる。


 それはダイヤが思い出してくれたことへの嬉しさによるものなのか、ダイヤが失われるかもしれなかった恐怖によるものか、あるいはその両方か。


「ちょっと戦闘中だよ!っていうかアレ?スピさん?どうして忘れてたんだろう?」


 こんな状況だと言うのにいちゃついているのかと勘違いした密が突っ込みながら、スピの存在を忘れていたことに気付いて不思議に思う。どうやらダイヤ以外は躑躅つつじに状態異常を治して貰ったらしい。


「僕らは皆、あいつの状態異常でスピのことを忘れさせられたんだ!」

「そしてどうやらそうなると私は外に出れなくなってしまうようなのです」

「マジか。忘れて悪い!」

「俺もだ。すまん。だが、これで頼りになる戦力が出来たな」


 とはいえ状況が劇的に改善されたわけでもない。

 スピが追加されようとも、敵の状態異常と魔法のコンボが凶悪なことに変わりは無いのだ。


「みんな、あいつを追いながら、今回どんな異常を喰らったか教えて!」


 朋は火傷に恐怖に猛毒。

 密は眠りに暗闇に小人化。

 暗黒は凍結にスロウに老化。


 魔法が使えなくなる封印や傷が回復されなくなる病気など、すぐには分からない異常もあるため、申告しているよりも多くの異常にかかっているはずだ。だが、ランダムで最大五個の異常にかかるというスキル仕様通りにかかってはいそうに感じる。


「(あれ、朋だけ動けなくなる異常にかかってない)」


 初回も暗闇とスロウにかかっただけで、自力で回復できる異常だった。


「(偶然?それとも……)」


 たった二回の試行であるため法則性など見つからないはず。だがダイヤはその気付きが大事なことのように直感的に思えて、朋に確認した。


「朋、状態異常防止のアクセサリーって何を装備してる!?」

「あぁ!?そんなの打ち合わせ通りに……あれ!?無くなってる!?」


 朋は鎧の下のアクセサリーの様子を確認すると、慌てた様子でソレを探すが見つからないらしい。


「うお、切れた後がある!どこかで落としたのかも!」

「激しく攻撃に晒されてたからかな……」


 キングメカエレファントの時も、大軍の時も、朋はタンクっぽい役目として攻撃をかなりその身で受けていた。その衝撃が鎧の中に伝わり、装備にダメージを負ってしまったというのはありえる話だ。


「だとすると朋は状態異常防止のアクセサリーが無いのに移動阻害系の異常にかかってない。これは偶然なのかな?」


 偶然にしろ必然にしろ、アクセサリーの効果が意味を為さないのであれば、つけている必要もないはずだ。


「試しに外してみよう」


 そのチャレンジは大正解だった。


『~♪~♪~♪~♪クケハハケハハ!』


 狂月の堕女神による次の状態異常攻撃で、朋とダイヤだけが行動阻害系の状態異常にかからなかったのだ。


「やっぱり耐性が高い状態異常を狙って貫通させに来ている気がする」


 となるとやるべきことは一つだ。


「長内さん!常闇君!」


 アイコンタクトで指示を出し、アクセサリーを外して貰った。

 その上で、ダイヤはかかっても問題なさそうな状態異常の耐性を付与するアクセサリーを装備した。その異常を誘発させるためである。


「種さえ分かればこっちのもんだよ。さぁ反撃だ!」

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