152. お隣さんってことで良いのかな?
「その時以降、ソレは弱った私に対し、とてつもない抵抗を見せるようになりました。ゆえに私は余力を失い、耐えることしか出来なくなってしまいました」
「せやから島が出現して以降、世界に変化が起きなかったっちゅーことやな」
だとすると新たな疑問が湧いて来る。
「でもそれならどうして今になってこうやって話しかけて来たの?」
ダンジョンから漏れて来てしまうくらい敵が優勢な現状で、ダイヤ達にアプローチする余力など無いはずだ。それなのに洞窟や扉を生み出したのはどういうことなのか。
「その理由は三つあります。一つはソレの封印の限界が近く、どうにかしてこの事実を皆さんに伝えなければならなかったため無理をしました」
我慢しているだけでは状況が改善せず、終焉を迎えようとしているのだから無理をして話しかけようともするだろう。
「もう一つは、私がこの島の中心部に住んでいるからです」
「え、ここに住んでたの!?」
「はい。住んでいると言っても明確な意識は無く大地に同化して眠っているような形でしたが」
それこそまるで概念に近い状態で揺蕩いながら、ソレの抵抗に必死に抗っていた。だがその抵抗は限界に近く、無理をして今の状況を伝えようにも、伝えた相手が強力な魔物に襲われて殺されてしまうギミックに防がれている。
手詰まりだった状況に、ある日変化が訪れた。
「最後の一つは、あなたがここに来てくれたことです」
「僕?」
「私と最も深く心を通わせられる存在。しかもすでに私の欠片を概念から解放して傍に置いてくれている。そんなあなたが私が眠っているところに近づいて来てくれたから、私の意識があなたに反応してこうして具体的な行動を起こせるようになったのです」
「僕が地球さんが眠っているところの近くに来たから……じゃああの時に洞窟で穴に落ちたのは、地球さんが僕の存在に気付いて目が覚めて、世界の危機を知ってもらうために呼んだってことだったんだ」
直接伝えられないため曖昧な壁画を用意し、オーラで纏った魔物を倒して欲しいと思ったから
「あれ? そういえばさっき、『私の欠片を概念から解放して傍に置いてくれている』って……もしかしてそれってスピのこと!?」
「はい」
「じゃあもしかして精霊さんって地球さんの一部なの!?」
「はい」
「だから地球さんが住んでるこの島は精霊さんが他と違って多かったんだ……」
『精霊使い』は地球の意思と相性が良く愛される存在。
それゆえ彼らには『精霊』が視え、好かれているからお願いを聞いてもらえる。
その中でも特に相性が良い存在として生まれたダイヤは全ての精霊に好かれ、大元である地球さん本体とも交流が可能となる。
「これからはスピのことを地球さんだと思った方が良いのかな?」
「いえ、私はもうすでに別個の存在として実体化してます。ですので、今まで通りスピとして扱ってください」
「そうです。すでに彼女は私とは切り離された独自の個体として活動しています。例えるなら私の娘のようなものでしょうか」
私の娘。
その言葉にダイヤは今はどうでも良いことを考えてしまった。
「(もしも僕がスピとも結婚したら、僕は地球さんをお義母さんって呼ぶことになるのかな?でも地球のことを母なる大地って呼ぶこともあるから変じゃないのかな)」
「ダイヤ、何を考えているの?」
「わぁお、相変わらずこういうことについては心を読むのが上手いね」
考えることは色々とあるはずなのに目ざとく察してジト目を送ってくるあたり、ある意味ハーレムメンバーの素質があるのだろう。
「こんな状況でもダイヤはダイヤなのね。他に聞きたいことは無いの?」
「他に?」
改めて聞きたいことを考える。
ダンジョンとは何か。
異世界からの侵略者を閉じ込めた物。それと地球さんが練習用に作った物。
今世界に何が起きているのか。
異世界からの侵略者がダンジョンから外に出ようとして、溢れて来た一部が人間を暴走させてダンジョン攻略をさせないようにしている。
人類は何を求められているのか。
ダンジョンを攻略して異世界からの侵略者を倒して欲しい。
謎の存在の正体。
地球さんの意思的な概念的存在
事前に用意してあった質問リストは回答が埋まったので、最低限聞きたいことは聞けたことになる。
それに加えて精霊の正体や、どうしてダイヤが呼ばれたのか、この話をすると外でも魔物に襲われる理由も判明した。
個々の情報の正確性は後で精査するとして、他に急ぎ聞き出さなければならない情報はあるだろうか。
「俯角先輩、何かありますか?」
思考の海に沈んでいる俯角に聞いてみた。この中で一番情報を欲している人物だ。お世話になっているということもあり、一番優先して聞きたいことを聞かせてあげたいとダイヤは考えていた。
「ここに来れば地球さんとは今後も話が可能かいな」
「難しいですね。今でもかなり無理をしています。これからは皆さんに任せてソレを抑えることに注力することになると思います」
だとすると聞きたいことは今のうちに聞いておかなければならない。しかし俯角にとって聞きたいことは山ほどある。判明した事実が正しいかどうかを確認するだけでも一日二日では終わらないのだ。
優先度を設けなければならないが、いずれも最大級に優先度が高すぎて何を優先すれば良いか分からない。あまりの時間の無さに俯角は唇を噛むが、彼女にとっての救いはまだ残されていた。
「ですが皆さんがダンジョンを攻略することで私の負担は軽減され、こうしてお話する余裕も生まれるでしょう」
「はは、まるで地球さんと話がしたかったらダンジョンを攻略しろって取引されているみたいやな」
「そのようなつもりは毛頭ございません。ただの事実をお伝えしたまでです」
どちらにしろ人類には戦う以外の選択肢が無いのだ。地球さんの言葉が正しかろうと、実は裏があろうが、このままだと滅びてしまうからお前ら戦えと言われたらやるしかない。
俯角的には今すぐに話が出来ないもどかしさを嫌がらせで少しぶつけてしまっただけの事。
むしろ今後も話が可能と分かるとテンションが上がった。
「ほんならお望みどりダンジョンをクリアしてやろう、って言いたいところなんやが」
上がったテンションは見る見るうちに下がってしまう。
それもそのはず、ダンジョンをクリアしろと言われても世界中の強者達が集っても攻略不可能だったのに、今更どんな手が打てるのか。
それに問題はそれだけではない。
「ウチらが聞いた話を外で共有しようものなら、魔物が襲ってくるんやろ。ウチらだけでやるしかないなんて無茶や!」
人類がダンジョンに入り異世界からの侵略者を撃破しなければならない。その話を広めようとすると強大な魔物が自動的に出現する呪いがかかっている。つまり外に出ても何も言えず協力を求められないのだ。
「その点についてですが、状況が変わったかもしれません」
「どういうことや?」
それはダイヤ達が危険を顧みずにここまでやってきて、強敵を撃破して情報収集を行ったことが理由だった。
「ここまで長くお話をしていますが、
ダンジョンの核となる話をしているにも関わらず、ソレが次の魔物を送って来ない。話をすると自動的に襲ってくる呪いがかけられているはずなのに変な話だ。
「前回えらい沢山倒したから、次のオーラがまだ集まってないんやないか?」
「いえ、ソレそのものはここに集まって来ています。
「つまり何かルールが変わったんやないかっちゅーことか」
「はい。同じことを繰り返しても皆様を倒せないと判断したのではないでしょうか」
それゆえ呪いを解除し、次の手段を取ろうとしている。
「今度は一体何をするつもりなのよ」
もう疲れたと
「必要分だけ集まっても何もしないっちゅーことは、もっと溜めてより強い魔物をぶつけようっちゅーこっちゃろ。ここが正念場やで」
その決戦に勝利すれば俯角達は外に出て、呪いが解除されたことで詳しい話を世界中に共有できるかもしれない。そうすれば世界中が本気でダンジョン攻略について考え、これまでのように極一部だけが頭を捻らせる状況とは一変する。実力が無くとも知恵がある人物など山ほどいる。強化されたダンジョン二十の攻略手段を誰かしらが思いつく可能性は従来よりも格段に上昇するだろう。
絶望的な情報しか得られず暗い雰囲気だったダイヤ達だが、未来に希望が見えたことで一気に生気が蘇った。
「せや、まだ時間があるなら、二十のダンジョンの攻略方法についてアドバイスあらへんか? いくら強化されたとはいえ、元はあんさんが作ったダンジョンやろ」
「残念ながら中は私が知っているものとはかけ離れたものになっております」
「ふ~む、そりゃ残念や」
「ですが……」
「何かあるんかいな?」
これまでほぼ全ての質問に淀みなく答えていた地球さんが、珍しく何かを言い淀んだ。
「実は私はソレに対抗可能なアイテムを作成しました。それを使えばソレを大きく弱体化させることが可能でしょう」
「特攻アイテムかいな!そんな便利な物があるなら一番に教えてくれなアカンやろ!」
「…………それが、そのアイテムがあるのはダンジョン二十なのです」
「なんでやああああ!」
敵の本拠地に敵の弱点武器を置くなど意味が分からない。ゲームでは割と良くある話だが、現実ではそうする意味がない。
つまりこんな状況になったのは地球さんが原因では無いと言うことか。
「当初は別のダンジョンに設置していたのですが、ソレが奪ってしまったのです」
「…………そりゃそうやな」
自分を害するアイテムなのだから回収するに決まっている。
「破壊せぇへんかったのは、そこまで出来なかったからかいな」
「恐らくはそうだと思います。回収して強化したダンジョンに移動させ、奪われないように固めていると想定されます」
「じゃあどうにかしてそれを奪えば……」
「申し訳ありませんが、今のは少し前までの話なのです」
「ん?」
「少し前からそのアイテムの存在を感知できなくなりました。恐らくはもうこの世には存在していないかと」
「(白目)」
何かしらの方法でソレはそのアイテムを処分してしまったということなのだろう。ちらりと見えた希望があっさりと砕かれてしまい俯角は泡を吹いて倒れそうだ。そりゃあこの話をするのに言い淀みたくもなるものだ。あったはずの希望が無くなってしまったという話なのだから。
「もう一度作れへんの?」
「今の私の力では難しいです」
「せやろな」
出来たらとっくにやっているはずだ。
つまりそのアイテムには頼れないということ。
「やっぱり僕達だけでどうにかしなきゃダメってことですね」
「簡単に言ってくれるわ。それがどれだけ無理難題か……」
「でもやらなきゃ滅ぶのですから、やるしかないですよね」
「せやなぁ……凹んでてもしゃーないか。うっしやるで!」
俯角がやる気を取り戻し、もっと情報を仕入れようと地球さんに問いかけようとしたその時。
ぞくり。
と全員の身体が大きく震え、反射的にある一点を凝視する。
何かがあるようには見えない単なる荒野。
ダイヤは慌てて家具や食器をポーチにしまい、他のメンバー達も武器やアイテムの再確認をしながらそれが起きるのを準備した。
「来るで!」
これまでとは違い、呪いの自動反応ではない。
彼らを排除せんとする明確な意思の元に、強大な魔物が生まれようとしていた。
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