153. いやいやいや、こんな相手と戦えって無茶すぎるでしょ!
「おいおい……マジかよ……」
「強化Aランクボスかいな。しかもこいつらは……」
出現したのは二体の魔物。
片方は武装した騎馬に乗った全身甲冑を纏った騎士。右手に大剣を手にしていて物凄く重そうだが騎馬は平然としている。そしてこの騎士と騎馬の最大の特徴は半透明であること。
亡霊騎士。
当然物理攻撃は意味を為さない。
もう一体は地面から少し浮いている真っ赤に染まった三日月の上に乗る、着物を着た日本人形のような見た目の少女。足をぶらぶらさせて退屈そうにしていて、髪の毛が自動で伸び縮みしているのは恐怖感を煽るためだろうか。
狂月の堕女神。
こちらもAランクのダンジョンに挑む者達にとっては有名なボスだ。
「情報共有済みです!」
「でかした!」
どちらもかなり特徴がある魔物であり仲間達に説明したいのだがそんな時間が無い。その中でどうやって戦略を立てるべきか悩みかけた狩須磨だが、ダイヤのおかげでどうにかなりそうだ。
実はダイヤは今回の行動の前に、一年生を集めて遭遇したら厄介な高ランク魔物についてレクチャーしたのだ。その中で亡霊騎士と狂月の堕女神は両方とも説明済み。
「(絶対に戦いたくない相手だって説明したのに、出てきちゃうんだもんなぁ)」
ダイヤ的には説明してない厄介でない魔物の方が出て欲しかった。
だが出て来てしまったからにはやるしかない。
「俺と猪呂と聖天冠は亡霊騎士、貴石と………見江春と長内と常闇は鳳凰院のフォローを受けながら狂月の堕女神!」
「「「はい!」」」
「俯角は木夜羽を守りながら出来ればフォロー!」
「任せてや!」
「……今度こそ……奇跡を起こす!」
速攻で役割分担を決めたことで、相手が攻撃を仕掛けてくる前に準備を整えることが出来た。
「皆、プランEだよ!」
ダイヤの指示に一年生ズはしっかりと頷いてくれた。相手がこちらの言葉を理解する可能性があるため、事前にいくつかの
「(プランEは敵が複数体現れた時にどうにかしてお互いの距離を取ること。特に狂月の堕女神は先生達の方に近づけちゃダメ!)」
ゆえにダイヤは速攻で狂月の堕女神へと突撃し、爪を振るうことで背後に移動させようとした。
「
フワフワと浮いていた紅い月は、ダイヤの接近を察知すると物凄い勢いで急発進して後ろへ移動した。なお、乗っている少女は全くふらつく様子が無かった。
「(でもそっちの方向へ逃げてくれたならオッケーだ!)」
攻撃を当てることが目的なのではない、相手を動かすことが重要なのだ。
「よし、次は俺に任せろ!」
朋は細いレイピアのような剣を何本か手にしていた。それをやり投げのように投擲すると、狂月の堕女神の目の前に落下し爆破四散する。
『!?』
慌てて狂月の堕女神は更に背後へと移動した。
「よっしゃ!」
「異剣使いが様になってきたね」
ちょっとの衝撃で爆発してしまうため、普通に剣として使うと使い手までも爆破に巻き込まれてダメージを負ってしまう。ゆえに投擲でしか使えない使い捨ての剣である。
「まだまだ行くぜ!オラオラオラ!」
調子に乗った朋はそのまま狂月の堕女神に向かって走りながら自爆細剣を投げまくる。それらは決して当たることは無かったが、激しい爆発を嫌がってか狂月の堕女神はどんどんと後退して行く。
「(おかしいな。上手く行きすぎている気がする)」
こんなにも簡単に亡霊騎士から距離を取らせることが出来るとは思わなかったのだ。狙った方向に逃げてくれるのは助かるが、罠では無いだろうかと訝しむ。
「長内さん、常闇くん、どう思う?」
「分からない。この先に罠は無さそうだけど」
「俺も分からない。ただ、誘われているようにも見えるが、あいつが自分から亡霊騎士から離れたがっているようにも見える」
「う~ん、セットだとダメな理由があるのかな。でもそれならセットで出現させないか」
考えても分からないということが分かっただけだった。それならば警戒しながらやるしかない。
「朋、このくらいで大丈夫だよ!」
「おうよ。ちょうど弾切れだぜ!」
亡霊騎士からは十分に距離が離れた。
後衛の俯角達ともかなり離れてしまったが仕方ない。
「例のアレに気を付けてまずは全員で連撃!」
ダイヤは今度は攻撃を当てるつもりで狂月の堕女神に全力で接近する。
だが。
「やっぱり
全力での攻撃ですら簡単に避けられてしまう。Aランクのボス相手に単純な攻撃など簡単には通じないということだ。だが今回の攻撃はそれで終わりではない。
「もらった!」
ダイヤの攻撃を躱し終えた狂月の堕女神を狙い、密がショートソードで斬りかかったのだ。
「!?」
それすらも狂月の堕女神はあっさりと躱してしまう。
「ならこれでどうだ」
今度は常闇がクナイのようなものを投擲して攻撃をしてみるが当たらない。
「チッ」
それでもダイヤ、密、暗闇の三人は攻撃を止めない。相手の避ける動きを予測し、いずれはヒットすると信じてしぶとく攻撃を続ける。
それでも当たるどころか掠る気配がない。
新人三人がAランクを相手にするなど無謀であり、遊ばれているということなのだろうか。
「動きが不規則すぎて読みづらい」
「何なのよあの三日月!動きが気持ち悪い!」
「普通の乗り物を意識したらダメだな」
背後に高速で移動しているにも関わらずその途中で慣性を無視して直角に曲がるなんてことを平然とやってのけるのだ。物理法則に従っていると想定して相手の動きを予測していては絶対に捉えられない。
狂月の堕女神は逃げるだけで何もしてこない。
だがそれも飽きたのか、鼻歌を歌い出した。
「来るよ!」
いや、それは決して飽きた訳では無い。
それこそが狂月の堕女神が放ってくる最凶最悪のスキル。
『~♪~♪~♪~♪クケハハケハハ!』
不吉さを予感させる笑いと共に放たれるのは、狂月の堕女神を中心とした衝撃波。
それそのものには威力は殆どない。
問題なのはそれがもたらす特殊効果。
「うわああああ!うぐっ……うう……んん……」
ダイヤは恐怖で慄き、体中を巡り出した毒にふらつき、体が小さくなった上に、そのまま眠ってしまった。
「嘘、なんで動かな!あ、ああ……冷た……」
密は麻痺で体が動かず、ダイヤや暗黒が敵に見え、体が凍結してしまう。
「チッマジか」
暗黒は何らかの症状を感じる前に、体が石化してしまった。
「皆!どこだ!?俺はゆっくりだけど体が動かせそうだ!」
朋は視界が真っ暗になり何も見えず、体を酷くゆっくりとしか動かせない。
狂月の堕女神のオリジナルスキル、狂乱のレクイエム。
数多くの状態異常の中から、最大で五つの異常が同時にかかってしまう範囲攻撃。
これこそが狂月の堕女神が厄介と思われる理由である。
一方で狩須磨達もまた亡霊騎士に苦戦していた。
「絶対に受けようと思うな!避けろ!」
「きゃあああ!」
馬上からの大剣の一振りを避けきれず、
亡霊騎士の攻撃によって負った傷は回復が遅くなるのだ。
「もう、こっちの攻撃は当たらないのに、そっちの攻撃だけ当たるのって卑怯じゃない!?」
相手は霊体であるため物理攻撃が効かないのに、相手の攻撃は普通にこちらに傷を負わせる。理不尽と憤るのも当然だがダンジョンなんてこんなものだ。
「私としてはそれよりも馬の動きが不自然な方が嫌です。ああもう、またそんな変な避け方して」
狂月の堕女神の三日月が不規則な動きをするように、亡霊騎士の馬もまた馬とは思えない不規則な動きで三人を翻弄していた。せっかく何でも斬れるブレイブソードがあっても当たらなければ意味がない。
「チッ、やっぱりこいつは厄介すぎる!」
それならばと一番の技量がある狩須磨が、大剣の攻撃を躱しながらカウンター気味に手持ちの剣で斬り付ける。霊体を攻撃するために聖属性をエンチャントした武器による攻撃なのに、まるで鋼鉄に弾かれたかのように固い感触が帰ってくる。
「亡霊のくせに鎧に耐性つけるのは卑怯だろうが!」
なんと亡霊騎士と騎馬が装備している鎧は、聖属性への耐性が付与されているのだ。流石Aランクと言うべきか、弱点はしっかりと消してある。
「ライトニング!」
狩須磨のフォロー目的で望が魔法を放つが、それも効果が薄い。魔法耐性もかなり高い装備らしい。
「ダイヤが言う通り、耐性は完璧なのね」
「あいつはどうしろって言ってたんだ!?」
「耐性を上回るくらいの超高威力の攻撃をするしかないって」
「ハハ、分かってるじゃねーか」
そして狩須磨もまたそれが分かっているから、この三人を亡霊騎士の担当にしたのだ。何でも斬れるブレイブソード。重ねがけで超威力の魔法攻撃が可能な狩須磨。
だが相手の攻撃があまりにも苛烈で動きが掴めず、狙い通りの攻撃を放つことすら出来ない。
『ブヒイイイン!』
「来るぞ!」
まさにやりたい放題。
普通に戦っているだけでも劣勢なのに、亡霊騎士が必殺スキルを放ってきた。
騎馬が嘶きと共に
「きゃああああ!」
全力で横っ飛びして躱したものの、まだ攻撃は終わっていない。
騎馬はそのまま全力で真っすぐ走ると突然消えた。そして今度は狩須磨の前に出現した。
「俺か!」
不意を突かれたが上手く反応して大剣の攻撃を躱すと、またしても騎馬ごと消えて望の前に出現する。
騎馬が全速力で前に進み、方向転換せずに空間転移で相手の前に出現する。それを延々と繰り返すことで縦横無尽に戦場を駆け巡り大剣を振るい続ける。しかも騎馬の視点ではひたすら真っすぐ走れば良いだけなので、徐々にスピードが上昇して行く。
「無理無理無理無理ぃ!」
「うお、あぶねぇ!」
「これは……きつい……」
『ブヒイイイン!』
騎馬が嘶きようやく攻撃が終わったかと思うと、そこには死屍累々と言った感じで地面に横たわる三人の姿があった。
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