151. お茶会でまったりお話ししよう(話の内容がまったりしてるとは言ってない)

「どうぞ」

「ありがとう。う~ん、良い香りだね」


 ダイヤが手にしたティーカップにはスピが注いでくれた紅茶がなみなみと入っている。紅茶の良し悪しはダイヤには分からないが、それが良い香りだなと思ったのは本心だ。


「ふぅ。落ち着く」


 一口だけそれを飲んだダイヤは、ティーカップをソーサーに置くとリラックスした様子でふかふかの椅子に深く腰掛けた。


「なんで午後のティータイムみたいに寛いでるねん!ここダンジョンやで!?」

「いやぁBBQでお腹いっぱいになっちゃってつい」

「つい、でソファーやらテーブルを出すな!」

「俯角先輩もどうぞお休みください」

「ほな遠慮なく、ってなんでやねん! 飯食い終わったから大事な話をする場面やろ!」


 確かにその通りなのだが、俯角以外のメンバーはめちゃくちゃリラックスしていた。


 あまりにもポーチの容量が大きいためソファーやテーブルなどを大量に入れて、いつでもどこでも休めるようにしてあるのであった。なおベッドはまだであるが、いずれ入れるつもりである。


「こ、この紅茶は……!」


 何故か躑躅つつじが驚愕の目で紅茶とスピを交互に見比べている。お嬢様のお口に合う程の紅茶の腕前ということなのだろうか。色々と聞きたそうにしているが、マイルールでまだ積極的に関わらないと決めているから行動出来ずむず痒く思っている感じだ。


「BBQもそうでしたが、ここがダンジョンとは思えない行動ですね」


 狩須磨は教師モードに戻り、この休憩を批判してそうなセリフを言いつつ、一人がけのソファーに座りゆったりと紅茶を楽しんでいる。その顔はほころんでおり、なんだかんだ言って堪能している様子だ。


「(先輩達ともお話ししたかったな)」


 三者三様の反応を見せた年上組を見ながら、ダイヤは交流が足りてないなと思った。BBQの時はリラックス出来るようにと年上組が敢えて一年生組だけで話が出来る場を作ったのだが、ダイヤ的にはあまり気にせずに全員でワイワイやりたかったのだろう。


「どこ見とるんや!さっさとやるで!」

「分かりましたって。皆一息ついたようですし、再開しましょう」


 そう言って肝心の地球さんを探すと、最初に話をした時と同じように望の姿になっていた。

 もちろんダイヤならどちらが本物かはすぐに見破れる。


 俯角が空いている席に座ったのを確認すると、ダイヤはついに本題の続きに入った。


「それじゃあ地球さん、続きを教えてください」

「はい」

「ええと、さっきまでの話をまとめると、異世界から侵略して来た概念的存在を地球さんがダンジョンに閉じ込めて魔物として実体化させた。でもソレは徐々に力をつけて外に出ようとしていて、外で見かける赤黒いオーラはソレの一部で、僕達はソレに暴走させられそうになっている。でもどうしてソレは僕達を食べないで暴走にとどめているのかって質問したら、ダンジョンについてもっと詳しく説明が必要ってところで魔物が出てきちゃったんだよね」


 ということは、話の続きは『ダンジョン』についての詳細説明からになる。


「私はソレを『ダンジョン』に閉じ込めた直後、大きな問題に気付きました」

「大きな問題?」

「実体を持たない私は、実体化したソレを倒す術を持たなかったのです」

「えぇ!?ダンジョンを生み出せるのに!?」


 強い生物を生み出して魔物を駆逐することくらい出来そうなものだ。


「私にとってはダンジョンを生み出すよりも、ソレよりも強い存在を生み出すことの方が難しいのです。しかもソレがダンジョンから出て来ないように必死に抑えていたから尚更です」


 人智を越えた存在ならば何でも出来るのかと思えそうだが、地球さんにも色々と制限があるらしい。


「そこで私は考えました。すでに私の上で暮らしている皆さんにソレを駆除してもらおうと」

「ま、まさかあの緑の靄って……」

「はい。皆さんにダンジョンを攻略してもらうために、必要な能力を付与させて頂きました」


 人類の誰もが知りたかった最大の謎。

 大虐殺と職業付与を同時に引き起こした緑の靄の正体がついに明らかになった。


「も、もしかして既存のエネルギーが弱くなったのも……」

「皆さんにダンジョンに入ってもらうために仕方なくそうさせて頂きました」


 全ては地球さんが人類に概念的存在を駆除してもらうために仕組んだことだった。そのための『やり方』に文句はあるが、俯角から『価値観の違いで不毛な議論にならないように気をつけろ』と注意されているので指摘はしない。


「ちょっと待って!」


 しかしいんはどうしても聞きたかった。地球さんを責めるためではなく、普通に納得出来ないことがあったのだ。


「そんな回りくどいことしないで、どうして私達に詳しく説明してくれなかったの? 伝えることくらい出来たよね?」


 世界中に謎の声を響かせてお願いする。あるいは謎の遺跡を突然出現させ、そこに説明を記す。

 強い生物を生み出せずとも、探索の邪魔者を排除する能力付与の靄を使わなくても、素直に協力を求めれば良かったのではないか。


「私もその方法は真っ先に検討しました。ですが、ソレは狡猾で封印される時にその手段を潰したのです」

「潰した?」

「私が皆さんに『世界の敵だからダンジョンを攻略してください』と説明すると、ソレが外で実体化して襲うように設定したのです」

「な!?」


 それは地球さんにかけられた呪いのようなものだった。

 せっかくソレを閉じ込めたものの、それを駆除しようと他者に委ねようとしても、その行為をキーにソレが出現し、他者を蹂躙する。


 たとえ閉じ込められてもいつか外に出て来てやる。

 それまでの間に自分が殺されないように呪いをかけてやる。


 そうすることで地球さんはこれまで直接的な説明が出来なかったのだ。


「もしかして僕達がここに来る前に、スピが詳しい説明が出来なかったのも」

「もしも説明していたら、先ほど皆様が戦ったような魔物が出現していたでしょう」

「わぁお。無理に聞き出さなくて本当に良かったぁ」


 外であれほど強大な魔物が出現したら大惨事間違いなしだ。

 特に大軍の方は世界中に魔物が広がり多くの人々を虐殺していたかもしれない。


「ゆえに私は間接的にダンジョンを攻略したくなるような環境を整えることにしました」

「僕達に職業やスキルを与え、魔石エネルギーだけをエネルギーとして使えるようにしたことだよね」

「それだけではございません。数多くの新たなダンジョンも生み出しました」

「え?」

「皆様がオーラと呼んでいる物。ソレが纏っていない扉のダンジョンは、私が皆様の訓練用に用意したものです」

「そうなの!?」


 てっきりあらゆるダンジョンの全ての魔物がソレが実体化したものなのだとダイヤは勘違いしていた。


「なるほどな。トップトゥエンティのダンジョンだけがソレとやらを閉じ込めたものなんや。でもそれが一個もクリアされへんから敵さんが弱体化せず、どんどん強くなってしまった。そんでそろそろダンジョンから解き放たれようとしてるっちゅうことやな」

「はい。その通りです」


 今のところ、地球さんの狙いは見事に失敗したということになるのだろう。


「ちょっと待て。奴らの強さは異常だぞ。あれを倒せなんて無茶苦茶だ!」


 いつの間にか教師モードから探索モードへと切り替わっていた狩須磨が、トップトゥエンティを人類にクリアさせようとしていることに強い抗議をした。彼は二十番目の扉に入ったことがあり、中の魔物の異様な強さを目の当たりにしたことがあるのだ。


「それもまたソレの狡猾さによるものです」


 実は途中までは地球さんの狙いは成功していた。

 だがソレは虎視眈々と地球さんの隙を狙っていたのだ。


「ソレは私に呪いをかけた後、ダンジョンから出ようと抵抗していました。ですがその抵抗は私が抑えられる程度の物でしたので、私は余力を使って先ほど説明したようにその他のダンジョン生成やエネルギー調整などをしていました。ソレもまた余力を残しているとは全く気付かずに」


 それゆえ地球さんはソレを滅するために積極的に行動した。


「ソレを封じたダンジョンを模したダンジョンを生成しただけでは、探索が活発化しませんでした。エネルギー効率を変えてもまだ足りません。その原因がダンジョン内での死を恐れることだと理解した私は、よりダンジョンに入りやすくするための初心者用練習ダンジョンを生成しました」

「まさかそれって!」

「この場所もその一つです。島ごと生み出すことで、その場で集中して練習して欲しいと思ったのです」


 それがダンジョン・ハイスクール・アイランド発生の理由だった。そして地球さんが狙った通りに、若者のダンジョン探索の練習の場として機能し始めた。


 そのこと自体は正しい取り組みだった。

 実際に探索人口は激増し、それらの島で練習した人々が強くなりトップトゥエンティに挑戦できるまでに育ったのだ。


「ですが罠だったのです。ソレは力を隠し油断させ、私が他で大きな力を使う時を待っていたのです」


 世界中に新たな島を出現させるというのは、地球さんにとってかなり負担のある行為だったのだろう。疲れた直後にソレは動き出した。


「私が疲弊した隙を狙い、ソレは一気に力を爆発させました。焦った私はどうにか必死にソレが外に出ないようにと頑張ったのですが、ソレの狙いは外に出ることではありませんでした」

「そうなの?」


 ソレの狙いは外に出て概念化し、地球さんを喰らうことではなかったのか。


「私は探索難易度順に、ダンジョンに一から二十の番号を付与しました。一にはソレの核が封じられています。一方で二十はソレの欠片が少し入っている程度のものになっているはずでした」

「アレで欠片だと!?そんな馬鹿な!」


 だとすると本体となる核はどれほど強大だと言うのか。狩須磨の顔が珍しく露骨に青褪めている。彼らの強さを体験したからこそ、絶望してしまったのだろう。


「いいえ、今は違います。ソレが二十のダンジョンの戦力を増強してしまったのです」

「なにぃ!?」

「不要な犠牲が起こらないように、二十から順番に攻略しなければならない設定にしたのですが、それが仇となってしまったのです……」


 二十番目のダンジョンは本来想定していたよりも難易度が激増していた。

 誰もクリアできず、トップトゥエンティに挑戦する気がなくなるわけである。


「私はソレの目的が本能のままに私を喰らうことだと思い込んでいました。ですがソレの行動原理は食事ではなく自己防衛。ゆえに外に出ることよりも攻撃されないことや攻撃されても負けないことを優先しています」

「あれ?でもそれならやっぱりソレは僕達を殺さなきゃおかしくない?」


 人類を殺してしまえばダンジョンを攻略する者はいなくなる。赤黒いオーラが人々を暴走させるにとどめている理由にはなっていない。


「ソレは単純な思考回路しか持たないのです。ソレが皆様を殺すというのは喰らうという行為と同等。今は自己防衛に全てを注いでいるため食事以外の防衛行動に繋がる行動を優先する。ゆえに皆様を殺さず、ダンジョン探索をさせないように暴走させているのでしょう」

「う~ん、分かったような分からないような」


 呪いによる自動迎撃モード、そして入り口の超強化、人類を暴走させての探索行動の妨害。


 全ては己を守るための行動になっている。


 そしてその結果、ダンジョンから解放されたら満を持して『食事』を始める。


「知性はそれほど高くないっちゅーこっちゃな。でもいつまでもそうとは限らへんか……」

「俯角先輩が恐ろしいこと言ってる」

「いえ、可能性はございます。私も存在の危機の際にこうして変化したのですから」


 ソレを追い詰めたら、知性を獲得して抵抗してくるかもしれない。

 そうなったら今度こそ人類は暴走ではなく殺されてしまうだろう。あるいは意図的に戦争を起こすなんて真似すらしてくるかもしれない。


「ひとまずソレの話は分かったよ。じゃあソレが二十に戦力を集中した後はどうなったの?」


 知りたいことの一つは理解した。

 そして話の流れの途中だったのでひとまず最後まで聞くことにした。

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