150. 大胆な告白は概念的存在の特権

いん、今回は動揺しなかったね」

「動揺したわよ!いくら身代わり人形を持ってたって知ってても心臓に物凄く悪かったんだからね!」


 とはいえダイヤの状況に気を取られず目の前の敵との戦いに集中出来ていたからこそ、いんが連鎖して殺されるなんて羽目にはならなかったのだ。あそこでいんまで崩れていたら魔物の勢いを止められずに壊滅していた可能性が高い。


「じゃあこれお詫びにどうぞ」

「何よこれ」

「ハツ」

「わぁ~心臓だ。って何でよ!」

「あはは、内臓系苦手なのかな?」

「大好きよ!食べるわ!」


 ダイヤが差し出した串を奪うように手にしたいんは、思いっきり齧り付く。


「~~~~!」


 ダイヤの強引な誤魔化しに怒り心頭な感じだったのは何だったのか。香ばしく焼かれたハツの美味しさに満面の笑みで咀嚼する。


「ダイヤ~にくぅ~にくぅ~」

「はいはい。たんとお食べ」

「さっすが親友!って俺はレバー苦手だって言っただろおおおお!」

「好き嫌いしたら夏野さんに嫌われるよ」

「お前らあいつの名前出せば俺が面白い反応すると思ってるだろ」

「バレたか。お詫びにはい、カルビ」

「そう!これだよこれ!」


 脂滴るカルビ串。高校生男子にはやはりこれだろう。


「くぅ~!これで米があれば最高なんだがな!」

「仕方ないよ。ご飯は家の中で作るつもりだったから用意して無かったんだもん」

「ハーレムハウスでBBQか。いいなぁ。俺も参加してぇなぁ」

「ゼッタイダメ」

「だよな」

「でも他の場所なら良いよ」

「マジで!?じゃあ夏休みにやろうぜ!」

「うん」

「よし、これでまだ頑張れる!」

「あはは、この程度で頑張れるならお安いものだよ。ほら、お肉お食べ」

「は~い!」


 魔物の大軍を退けたダイヤ達は疲労困憊で酷くお腹が空いていた。そして疲れ果てた朋が地面に横たわりながら『BBQ……肉……喰いたい……』などと漏らしたところ、ダイヤが『ポーチにBBQセット入ってるからやる?』などと言ってしまったのがBBQ開始の合図となった。


「……どうして……BBQセット……買ったの?」

「それ私も気になる。あんなに食費とかにお金かけなかったのに」

「ハーレムハウスの庭を修繕しているところを見てたら皆でBBQやりたくなってさ。気が付いたら買ってたんだ」

「ダイヤにもそういうのあるんだ~」

「てっきりダンジョンとエロ以外は無欲なのかと思ってた」

「そんなことないよ!」


 ダイヤにだって欲望は沢山ある。

 それがこれまではダンジョン中心だっただけで、色々と生活に余裕が出て来たから他の物にも興味が向き始めたというだけのこと。


 BBQはダイヤの目標の一つである『高校生らしい青春』に関係することもあり、強い興味を抱いたのだろう。


「まさかダンジョンの中でBBQすることになるとは思わなかったですよ」

「望君の焼きそば期待してるよ」

「普通ですよ普通」


 せっせとお肉を焼くダイヤの隣で焼きそばを作っているのは望だ。大きな鉄板で一度作ってみたかったとのことで、二枚のヘラを使って豪快に炒めている。


 そこに密と暗黒のペアがやって来て、一年生が固まった。


「こんなことしていて良いのかしら」

「休むのも大事だ」


 ダンジョンの中でBBQをすることに一歩退いているかのような雰囲気だが、二人ともその手には何本も串を持ち食べまくっている。やはり高校生にとって肉は正義なのだ。


 そんな一年生ズの元へ、騒がしい女性がやってきた。


「若いのたっぷり食うとるか?」

「俯角先輩だって若いじゃないですか~」


 焼くのに夢中なダイヤに変わっていんが応対する。


「ウチなんてもうおばはんやおばはん」

「なら歳を考えて猫耳は止めた方が良いと思いますよ」

「なんでや、可愛いやろ!」

「そりゃ可愛いですけど、それはやっぱり俯角先輩がまだ若いからですって」

「やっぱりウチ可愛いよな!貴石君が全然褒めてくれへんから自信喪失するところやった」

「ダイヤが女性を褒めないなんて珍しいですね。どんな人にもアプローチする節操無しなのに」


 節操無しじゃないよ!


 そうツッコミが来るかと思っていたのにダイヤは変わらず無言で肉を焼いていた。


「あ、あれ、ダイヤ怒った?ごめん……」

「ううん、全く怒ってないよ」


 普段と違う反応に気分を害してしまったのかと恐れるいん。だがダイヤは全く別のことが気になっていて話どころでは無かったのだ。


「それよりも何か御用ですか?」

「ウチのこと?えらい冷たい反応やな。ちょいと仲良くなりたいだけやのに」

「それは本心ですか?」

「ひど!その言い草は酷いで!」

「だってそんな風に演技されてると……」

「演技なんてしてへん!ウチはいつも素やで!」

「ダイヤどうしちゃったの?いつもの俯角先輩じゃない」


 いつもと違い俯角に対するダイヤの反応が冷たいことにいんは不思議に思った。

 というよりもダイヤが冷たい反応をすることは滅多にないのだ。やはり何か怒っているのではと不安になる。


「あれ、もしかして誰も気付いてないの?」

「何が?」


 ダイヤは不思議そうに一年生ズを見渡すが、全員がダイヤの反応を不思議そうにしていた。


「わぁお。僕だけなんだ。俯角先輩と話をする機会が僕は多いからかな?」


 自分の中で勝手に何かを納得したダイヤは、何故自分の反応がいつもと違うのかを説明する。




「この人、俯角先輩じゃなくて地球さんだよ」

「「「「!?」」」」




 地球さんが俯角の姿をして話しかけて来たのだから、何か裏があると疑って反応が冷たくなってしまっていたのだ。


「え?でも?あ、向こうにもう一人俯角先輩がいる!」


 いんが年上組の方を見たら、背を向けた俯角らしき人物が気配を消して立っていた。つまりこの場には俯角が二人いるということになる。どちらかが地球さんなのだが、どうしてダイヤは話しかけて来た人物がそうだと気付いたのだろうか。


「俯角先輩は地球さんと話をしたがっているのに、それを『待て』の状態でBBQが始まっちゃったから少し拗ねてるんです。こんなに楽し気に話して来ませんよ」


 次の戦いに備えての休憩タイム。

 敵が出て来ないように核となる話はしないようにとの休憩ルールが設けられているが、俯角はそもそも休憩なんかせずにやりたいことをぶっ続けでやるタイプであるため不満を抱いているのだ。もちろん休憩が大事だと言うことは分かっているため反対はしなかったが、理屈と感情は別でありダイヤ達と敢えて距離をとっていた。


 なんてことは全く説明されていないが、そこそこ付き合いが長くなってきたダイヤはそのことを察していたのだった。


「それで、そんな俯角先輩の姿を装って、一体何が目的なのでしょうか?」

「あ~あ、バレてもうた。つーても目的なんかないで。本物にこっそり弄ってくれってお願いされたんや」

「え?」


 てっきり地球さんが何かの意図があってやっていることなのかと思ったら、俯角から頼まれたことだと言われて驚くダイヤ。


「ちょっとした仕返しやーとかって言ってたな」

「あ、あはは……」


 要は拗ねさせられた仕返しに、地球さんを使って混乱させてやろうという話だったのだ。


「なんかすいません、勘違いで冷たい態度をとってしまって」

「気にせぇへんといて、仕方ないことや」


 必要以上に警戒してしまったことを謝ったが地球さんはすぐに許してくれた。


「う、う~ん。私には本物にしか見えない。ダイヤ良く気付いたわね」

「実はこっちが偽物と思わせておいてあっちが本物ってオチはないわよね」

「……あの人なら……やりそう」


 女性陣がガン見して地球さんの変装を見破ろうとしているが分からないらしい。ダイヤも見た目ではなく俯角の行動から推測しただけなので、普段は絶対に見分けがつかないだろう。


「じゃあせっかくなので何かお話ししましょう。話しても問題ない内容で何か無いですか?」

「そう言われてもなぁ……そうや、君らが来たらこれ言いたかったんや」


 偽俯角、もとい地球さんは肉を焼いているダイヤの正面へと回った。

 その動きを確認したダイヤは焦げそうな肉を端に寄せてから焼くのを止めて地球さんを真っすぐと見る。


 地球さんは俯角らしからぬ自然な笑みを浮かべてこう告げた。




「大好き!」




「「ダメええええ!」」


 即座に反応したのはヒロインズだった。

 何故かいんは肉串を三本手に取りダイヤの視線を塞ぐ。

 奈子は食べ終わった串の先っちょでダイヤの脇腹をつつき抗議をする。


いん、それまだ焼けて無いから。奈子さんも汚れちゃうから止めてー」


 いんの手から串を奪い、再度網の上に置いたら今度は視界を手で塞がれてしまった。


「だからダメー!」

「もう、嫉妬してくれるのは嬉しいけど落ち着いてよ。地球さんにはそもそも性別が無いんでしょ」

「え……あ!」

「だから異性として、という意味じゃないんだって」

「あ……あうあう……」


 早とちりだと分かり真っ赤になってしまったいん

 奈子は自分の腕をプスプスと串で刺して反省している。


「そうやで。それにウチはここにいる全員が大好きや!」

「あれ?そうなの?」


 地球さんは地球上に暮らす人間のことが好きということなのだろうか。


「せやせや。その中でも特に君と、君と、君が大好きや!」


 ピックアップされたのは『精霊使い』の面々だった。


「(やっぱり僕がここに呼ばれたのは『精霊使い』だからなのかな)」


 そして『精霊使い』は地球さんに特に好かれている。


「今の三人と他の人達で何が違うの?」

「何が…………?う~ん……」


 ごく自然な疑問のはずなのに地球さんは答えに窮して悩んでしまった。


「なんやろなぁ……もぐもぐ……これ旨いなぁ……もぐもぐ……お肉ええなぁ……もぐもぐ」

「(考えながら一心不乱にお肉を食べてる。地球さんもお肉食べるんだ。それか俯角先輩の好みが反映されてるだけなのかな?)」


 シリアスな話だとダイヤ達は勝手に思っていたのだが、地球さん的にはそうではないらしく、考え事をしながら一心不乱に食べる姿はどこか微笑ましい。それこそ本物よりも、なんて言ったら消されてしまうだろうか。


「そうや、相性や!相性が抜群なんや!」

「相性?」

「せや。本来の・・・ウチを視て触れて心を通わせられる。特にそれが顕著なのが君達なんや」

「じゃあ僕って……」

「さいっこうに相性抜群なんや!そういう子がウチは大好きなんや!」


 つまり地球さんと意思疎通が可能な度合いが高い人ほど、地球さんに好まれるということ。

 ダイヤはそのレベルが格段に高い人物だった。


「ど、どうして僕が?」

「さぁ?」

「さぁって、地球さんが決めたんじゃないのですか?」

「ちゃうちゃう。そうなって勝手に生まれるんや。ウチはな~んもしてへん」

「そんなもんですか……」


 ダイヤが何かをしたから地球さんに好まれるようになったわけではなく、好まれることは生まれた時から決まっていたことだった。


 何故そうなのかは地球さんにも良く分かっていない。


 俯角達考察班の新たな研究テーマの候補になりそうな話である。


「あれ、それじゃあ精霊って」

「待った!」

 

 朋が大事なことに気付きかけたがダイヤはそこでストップをかけた。


「その話は危ない気がするから止めておこう」

「そうなのか?」

「だって精霊さんはあの時から見かけるようになったんだもん。多分核となる話に関係しているよ」

「ん~まぁダイヤがそう言うなら良いか」


 精霊が目撃されるようになったのはダンジョンが世の中に生まれてから。つまり核となる『ダンジョン』に関係する話に繋がりかねない。


 その話はBBQが終わったらすることになるだろう。


「(問題は全部の話を聞き終わるまでに何回戦わなきゃならないかだよね)」


 今のところ戦闘は二回。

 こうして休憩したところで疲労は簡単には抜けないものだ。


 出来れば次の戦闘までの間に大事な話を全て終えたいところだが、果たして希望は叶うのだろうか。


 そんな不安を抱きつつ、ダイヤは程よく焼けたカルビ串を手に取り口に入れた。


「おいしい!」

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