149. いいなー!いいなー!いいなー!僕も派手な魔法使ってみたいなー!

「きゃああああ!」

「交代!」


 バラリスティックと呼ばれる宙に浮く剣型魔物にいんの右の二の腕がざっくりと深く斬られてしまった。愛用の槍を持つことも出来ず地面に落としてしまい、見かねて密が交代に走り込んできた。


「お願い!」


 いんは落とした槍を背後へと思いっきり蹴り飛ばし、自分も全力で後退する。


「これ」

「ありが……とう……」


 暗黒から差し出された上級ポーションを震える手で受け取り一気に服用する。ポーションは飲んでも傷にかけても効果があるが、傷にかけるのは気分的に痛そうで嫌だった。


「ふぅ」


 流石高級な上級ポーション。深い傷もあっという間に完治した。金に糸目をつけずに大量の回復アイテムを持ち込んでいるのだ。死なない限りはなんとかなる。


「これだけ続くと心が折れそうになるわね」


 すでに戦いが始まってから一時間は経過している。いくらダイヤに付き添いスタミナを鍛えているとはいえ、そろそろ限界が近い。


 しかも何人も複数回致命傷を喰らっているため、体が治っても精神的な疲労が溜まりに溜まってしまっていた。


「戦力になれなくて悪いな」

「そんなことないわ。十分助かってる」


 密や暗黒が背後から武器や攻撃アイテムを投げて魔物を牽制してくれることで何度命が助かったか分からない。暗黒本人は己の至らなさを歯がゆく思っているが、いんは本気で感謝していた。


「よし、行ってくるわ」


 ほんの少し休憩しただけですぐにまた前線へと向かってしまった。密でも前衛は可能だが、彼女には他にやってもらいたいことがある。


「ありがとう、交代するわ!」

「上!」

「きゃあ!」


 偶然交代するタイミングで上から炎の球が降って来て慌てて左右に飛んで避けた。


「気を付けて!」

「うん!」


 軽く拳を突き合わせて交代すると、密は投げ短剣を使って飛んでくる火球を撃ち落としながら後退した。


 途中から敵に魔法使いが混じり、魔法が飛んでくるようになったのだ。

 四方八方から飛んでくる魔法の迎撃に密と暗黒は手一杯である。


「(いんは無事に戻ってきたかな)」


 目の前の筋骨隆々なハイオーガを斬り裂きながら、ダイヤはいんの様子をチラりと確認して無事であることに安堵した。


 その一瞬の隙を狙って二体のバラリスティックが両サイドから斬り付けて来た。


「甘いよ!ストリームコンボ!」


 だがダイヤはそれを軽やかに僅かなバックステップで躱すと、万極爪ばんごくそうの爪を格納し、拳で二本の剣の腹を流れるように交互に連打した。するとバラリスティックはすぐにヒビが入り割れて壊れた。バラリスティックの弱点は剣の腹への打撃攻撃であると知っていたため、格闘スキルを選択したのだ。


「(複数の敵が混じるようになってきた。でも強さは下がって来てる)」


 ハイオーガもバラリスティックもどちらもCランクの魔物だ。ダイヤがいんの状況を気にする余裕があったり、隙を狙われても的確に対処出来ることからも、明らかに敵の質が落ちていることを実感出来た。


「(でもその代わりに工夫して来たからまだまだ油断は出来ない)」


 後衛を呼び出して遠距離攻撃を仕掛けてきたり、傷ついた魔物が回復して戻ってきたこともある。強い魔物を生み出せなくなってきたから、力任せに倒すのではなく工夫して攻めてくるようになったのだ。


「(このまま耐え続ければ僕達の勝利だ。でも僕達もそろそろ疲労の限界が近い。特に……)」


 チラっと朋の方を見ると、見るからに動きがフラフラだった。

 敵にボコボコにされてチャージするも、剣を振るいカウンターを放つ気力が無さそうだ。


 他のメンバーとは違い全身鎧を着ていることからスタミナの減りがより速いのだ。しかもスタミナそのものもメンバーの中では下から数えた方が早いくらい。最初に崩れるとしたら間違いなく朋の所だろう。


『そろそろ私が行きましょうか?』


 ダイヤの脳内でスピが囁く。

 スピの強さは身体能力の高さによるものであり技術は無い。しかもその技術をスキルで補うことも出来ない。それゆえ戦闘技能が高いナイトフェンサーなどとは相性が悪く実体化させられなかった。


 しかし今の個々の能力が弱くなった魔物が相手ならどうだろうか。


 Dランクの魔物を圧倒する程度の実力があるのだ、Cランクならば相手を選べば安定して戦えるのではないか。


『無茶しないでね。すぐに回復できるとは限らないんだから』

『はい』


 スピにはポーションの類が効果が無いことが事前の実験で分かっている。回復には魔物を倒して緑の靄を吸収する必要がある。今は目の前に候補魔物が沢山いるが、倒しきった後に回復チャンスがあるかどうかは不明なため、無茶をしてまたダイヤの中に籠りっきりになるといった事態は避けたい。


 それにそもそも緑の靄はスピの回復ではなく人の心を付与するために使いたいのだ。


 その点を考慮して、かつスピもなるべく怪我をせずに消耗せずに戦って欲しいというのがダイヤの希望だった。


『それじゃあお願い!』


 戦場に出現したスピはやはりメイド服だった。ただし、クラシカルな物ではなく丈が短く胸元の谷間が見えてしまうえっちぃ物だ。


「守備力考えて!」

「当たらなければ良いのです!」

「えぇ……」


 スピはいきなり魔物の群れに特攻し、格闘術だけで魔物をいとも簡単に屠っていく。特に打撃に弱いバラリスティックはボーナスのようなもので、相手が不規則な動きで宙を飛び回ろうともスピの拳は的確に腹を捕らえて一撃で粉砕する。


「つっよ」


 しかも精神的な余裕がまだありそうだ。


「てえい!」

「こっちに向いてハイキックとかしないで良いから!今の普通にパンチで倒せたでしょ!」

「こうですか?」

「だから前かがみにならないで!真面目にやってよ!」


 短いスカートの中をダイヤにだけ見えるように足を高くあげて回し蹴りしたり、ストレートパンチの直後に何故か上半身を屈めてダイヤに胸元を見せつけたりと、いつものスピ変態だった。


「(というかスカートの中何も履いて……)」

「では行ってきます!」


 ダイヤが何かに気付こうとした時、それを誤魔化すかのようにスピは魔物の群れの奥深くに入ってしまった。


「あ~あ、行っちゃった。狩須磨先生と二人なら後衛は直に消えるかな」


 ディスティニー・ソーサラーのような厄介な敵が出現しなくなったことで、狩須磨は少し前に敵の後衛を潰すべくダイヤ達の元を離れたのだ。スピの応援も加われば後衛壊滅待ったなしだ。


「このまま終わってくれると良いけど……」


 敵の弾が切れかけているのは確実だ。そう思わせておいて油断させるという罠の可能性もなくはないが、ダイヤ達が疲弊しまくっているのは明らかなので、それならそれでまた魔物を強化して襲わせるはずであり、そうなっていないということはやはり敵にも余裕が無いのだろう。


「(もし僕が敵の立場だったらどうするかな)」


 襲い来る魔物を万極爪ばんごくそうで牽制しながら考える。


 一番弱っている朋を狙って戦力を集中させるか。

 一番涼しい顔をしている望が実は本当は一番疲れているかもしれないと考えて狙うか。

 一番致命傷を負った回数が多いいんを狙うか。

 一度殺せたダイヤならもう一度殺せるかもと思い狙うか。 


「(どれも前衛が集まってフォローし合って対処する未来しか見えない)」


 だとすると他に何か手は無いのか。


「(魔物を全部オーラに戻して、強い魔物を出現させる?)」


 疲弊したダイヤ達であれば、キングメカエレファント程度でなくともBランク上位からAランク相当のボスを出現させれば倒せるのではないか。


「(ううん。それが出来ればもうやってるはず。多分そんなに強い魔物はもう出現させられないんだ)」


 だから戦力の種類を工夫して攻めてくるようになっているのだろう。


「(じゃあもう手は無い?このまま倒され続けるのを待つだけ?)」


 果たして本当にそうだろうか。

 敗北が濃厚な状況で、何もしないなんてことがあるのだろうか。


「(もしも僕だったら……どうするんだろう……)」


 すぐには思いつきそうにない。


「(他の人ならどうするのかな。例えば望君とか)」


 勇者として絶対に諦めない望の立場になって考えてみれば、起死回生の一手を思いつくかもしれない。


「(望君なら……あ!)」


 ダイヤは望のとあるスキルの存在を思い出し、敵の次の一手を思いついた。


「降ってくる魔法の数が減って来た。今なら交代できる。長内さん!」


 密と前衛を交代したダイヤは、急ぎ俯角の元へと走った。


「俯角先輩。思いっきり広範囲に範囲魔法を放ったとして、どれだけ倒せますか!?」

「なんや藪から棒に。一割倒せれば良い方や」

「でも倒せなくてもかなりのダメージは与えられますよね?」

「かなり……そこそこやとおもうで。なんでそんなこと聞くねん。ウチはこれの維持で忙しいから出来へんで」


 疲れすぎてありもしない希望に縋り始めたのではないかと心配する俯角。だがダイヤは決して心が折れた訳でも暴走した訳でもない。


「あの魔物達、もしかしたら集団で攻めるのを諦めて合体するかもしれません」

「ありそうや。でも今更それをやったところで大した魔物にはならへんやろ」


 その辺りの感覚はダイヤと同じだった。俯角も壁を維持しながらしっかりと状況を分析していたのだ。


「普通の魔物なら大丈夫だと思います。でも一撃必殺のスキルを使える魔物ならどうでしょうか」

「弱い魔物がそんなえらそうなスキルなんか…………自爆か!」

「はい、強力な自爆スキルを持つ魔物に変化する可能性は大いにあると思います」

「せやな。十分考えられる話や。なるほど。それで今のうちに全体に大ダメージを与えて自爆の威力を抑えようっちゅう魂胆か」

「ここまで来たら壁の維持はもう気にしなくて良い気がするんです」

「ふぅむ……」


 一般的に自爆のような犠牲技は、代償が大きいが故に威力が高く設定されている。たとえランクが低めの魔物が出現したとしても、まともに喰らってしまっては大ダメージ間違いなしだ。ここまでで相当に疲弊しているダイヤ達であれば、何人かは殺せる可能性もあるだろう。


「ええでやったろうやないか」


 ダイヤが言う通り、敵が弱くなってきた今なら背後から攻められたところで対処は可能だ。それならば俯角の魔法で広範囲にダメージを与えて全体的に弱らせた方が良いだろう。


「出来れば狩須磨先生も欲しいわ」

「呼んだか?」

「いつの間に!」

「スピの嬢ちゃんが頑張ってるから後衛潰しはあっちに任せて戻って来たんだ」


 そしてダイヤ達が作戦会議をしていることに気付いたからその足でここまでやってきたと。


「話は聞いたぜ。俺と俯角ででっかいのをお見舞いしてやろう」

「お願いします。後衛を潰されたことで相手はもう最終手段を選択するかもしれません。急いで下さい」


 相手が弱ってきた今であれば、朋を休ませて残りのメンバーで攻勢に出ることが出来そうである。これから状況が改善されないことが確実であるならば、ダイヤが想像したように自爆が使える魔物に変化する可能性は十分にある。


「ならフォーメーションを変えるで」


 壁を削除し、密と暗黒を前衛とし、後衛と狩須磨を円で囲んで守るような形にする。


 魔物達が一斉に動き出しダイヤ達を囲もうとするが、そのおかげで範囲魔法を撃ちやすくなった。自分を中心に広がるように攻撃すれば良いのだ。


「ほないくで」

「俺がフォローするからまずはそっちからやってくれ」


 狩須磨は魔力を高め、ある魔法を重ねて発動した。


土生成クリエイトアース


 何重にも何重にも重ねられたその低級魔法は、なんと魔物達の頭上に巨大な土の層を生み出したでは無いか。


「はぁ~なんちゅう無茶苦茶な。これがAランクかいな」

「あまり長持ちしないので早くやってくれ」

「すまんすまん。アースアイシクル!」


 サウンドウェイブケイブバットを倒した時のように、土のツララが魔物達に降り注ぐ。叫びがこだましてもの凄い騒音になる中、ダイヤは思った。


「(あの土の層をそのまま落としちゃえば良いじゃん)」


 パッと見はそう思えるが、実際に落とすと大した威力じゃ無かったりする。土の層をより分厚く硬くすれば相当な威力になるかもしれないが、狩須磨の今の実力では柔らかめで薄めの土の層を生成することまでしか出来なかったのだ。


「それじゃあ俺は残った土を使おうかな!」


 土のツララとして使われなかった残りの土が細かく分離し、無数の丸い球に変化した。


「アースバレットレイン!」


 土の弾丸が物凄い勢いで雨のように魔物達に降り注ぐ。

 ツララのように尖ってはいないためアースアイシクルよりも衝撃ダメージは少ないが、この技には強力なおまけ技がついている。


「ドオオオオオン!」


 狩須磨が掌をひっくり返したその時、なんと狩須磨の言葉に合わせて無数の土の弾が激しく爆発したのだ。

 弾丸の衝突からの爆破という二段構えのスキルである。


「わぁお、ほぼ倒しちゃったじゃん」

「こんなのが出来るなら早くやってよ!」


 てっきり生き残りが束になって襲いかかってくるものとダイヤは予想していたのだが、俯角狩須磨ペアの攻撃があまりにも威力が高すぎて戦闘がほぼ終わってしまった。


 後は微かに息が残った魔物にトドメをさすだけのお仕事だ。


「俺は一体何を見せられてるんだ」

「それなりに強くなったんじゃないかなんて、自惚れすぎだったのね」


 一部茫然とするメンバーがいる中、魔物の大軍との戦いは終わりを迎えた。









「……一回も……成功しなかった……ぐすん」


 一度でも炎の奇跡か盾の奇跡が発動すればぐっと楽になるのに全く発動せずにいじけている人が一人いるということだけ最後に伝えておこう。

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