148. スナイパーは何処だ!

「警戒!」


 狩須磨が戦場全体を確認した時には、弓矢を使う魔物は見当たらなかった。

 つまりナイトフェンサーと戦っている間に新たな敵が出現したか、あるいはどこかに隠れていたということになる。


 ナイトフェンサーは決して外部からの攻撃に気を逸らしながら戦える相手では無いが、ほとんど撃破して次の魔物のダンスウォールが相手になっているところが多いから警戒しながらの戦いになっても大丈夫だろう。ダンスウォールは硬さがウリの人型の壁の魔物であり武術の技量がそこまで高くないからだ。


「貴石は俺と交代だ!後ろで自分を殺した相手を探せ!」

「はい!」


 殺されたはずのダイヤの元気な声が戦場に響いた。


 胸元に突き刺さった矢は既に抜け、傷口も無くなっていた。


 すでに立ち上がり予期せぬ攻撃者を探そうと戦場を可愛く睨んでいる。


「(身代わり人形を持ってて良かった)」


 死地に向かうかもしれないというのに、死への対策をしていないわけがない。メンバーの大半は身代わり人形という一日に一回だけ死を肩代わりしてくれる道具を所持している。ただし同等の効果はたとえ別のアイテムであっても発動しない仕組みになっているため、ダイヤはもう死から逃れられない。


「あれ、おかしいな?」

「どうしたの?」


 首をかしげるダイヤに、中衛として短剣投げなどの中距離攻撃で前衛をサポートしていた密が話しかけて来た。


「弓矢を使う魔物が見当たらないんだ」

「そうなの?」

「うん。どこにもいない。大きな魔物の陰に隠れてるのかな。ちょっと上に行ってくる」

「上?」


 ダイヤは後衛の元へと走り、なんと俯角が作りだした防壁の上に登った。


「ちょお!そんなところにいたら格好の的やで!」

「気を付けます!」


 むしろ弓矢で狙ってくれるのならば、相手の位置が特定できる。

 だがそんなことは相手も分かっているのか、ダイヤに向かって二度目の弓矢は飛んでこなかった。


「やっぱりおかしい。どこにも弓矢を持った魔物がいない」


 だとすると考えられるのは隠密のようなスキルで姿を消しているということだろうか。


「Bランク以上で姿を消して弓矢で攻撃してくる魔物」


 脳内データベースをフル回転させて探すが、該当する魔物は複数存在する。そもそも隠密スキルのように他者に姿を消して貰う方法を考えれば、弓矢を扱う魔物は全て対象になってしまうのだ。これでは全く絞れない。


「待てよ。そういえばあの矢、僕の強化した胸当てを貫いたのに妙に綺麗だった気がする」


 ダイヤの胸当てはレッサーデーモンの胸当てをベースに超強化してもらったものだ。いくらBランクやAランクの魔物の攻撃とはいえ簡単には破壊出来ない代物である。

 それなのにそれを貫いた矢が無傷に近い状態というのは妙な話だ。ダイヤが衝撃で吹き飛ばされる程の威力だったのだ。せめて矢の先端が潰れているくらいでなければ不自然だった。


「貫通系のスキル。しかも相当に高レベルだ」


 これである程度候補が絞れてきた。

 ただし確定させるにはもう少し情報が必要だ。


「どうしてまだ皆は無事なんだろう」


 上から戦場を見下ろしてみると、望がブレイブソードで硬さがウリのダンスウォールを虐殺し、朋はボコられまくってからのカウンターで気持ち良く破壊しまくっている。狩須磨もいんも大きな怪我無く戦えている。


 そして何よりも不思議なことがある。


「姿を隠して潜入できるのなら、俯角先輩を倒すのがセオリーのはずなのにどうしてやらないのだろう」


 ダイヤを狙ったのは前衛ラインを崩すためと考えれば理解できる。だがダイヤを排除しても狩須磨が交代で入りラインが維持されたことを考えると、また前衛を倒しても次も交代されると思うだろう。それならば後衛の俯角を狙い背後の壁を消すことで、ダイヤ達を囲って攻撃できるようにするべきだ。キングメカエレファントがオーラにより知性が向上したことを考えると、魔物がそこまで考えることは普通にあり得る話だ。


「もしかして連発出来ないのかな?」


 ダイヤの超強化した胸当ては単なる貫通スキルならば通用しない。だがそれでも貫通したと言うことは余程強力な貫通系の別のスキルを放ったということになる。スキルが強力であればあるほど長いリキャストタイムが存在する可能性は高い。


「ペネトレイト・ザ・フューチャー」


 それが貫くのは物体でなく未来である。

 ゆえに何ものにも抵抗されず放たれた瞬間に貫いたという未来が確定する。


 そんなとんでもスキルを放つ魔物にダイヤは心当たりがあった。


「ディスティニー・ソーサラー」


 運命を操る不定形の魔物だ。決まった形を持たず普段はガスのような形で漂い、攻撃手段に応じてその形を変化させる。


「他の魔物の姿に擬態しているのかな。そりゃあ見つからない訳だ」


 だとすると俯角を狙っていない理由も予想できる。


「姿を隠している訳じゃないから俯角先輩には近づけなくて、単純に射程範囲外なんだ」


 ペネトレイト・ザ・フューチャーは威力が強力であるがゆえ、長めのリキャストタイムだけではなく射程が短いという欠点がある。


「俯角先輩が超分厚い壁を生成したのは正解だったね」


 もしも強靭だけれど薄い壁を生成したならば、ペネトレイト・ザ・フューチャーで壁を貫通して攻撃されていた。案外これまで似たような経験があったからこそ、壁を分厚くしているのかもしれない。


「おっと、そろそろリキャストタイムが切れる時間だ。対策を立てないと」


 ダイヤが射られた時間からカウントすると、次の発射までそう時間はかからない。来ると分かっていれば対処のしようがあるため、狩須磨ならば相手を教えるだけで上手く対応するだろう。だが戦闘慣れしていない他の前衛、特に朋が狙われたら即死間違いなしだ。身代わり人形を持ってはいるが、一度しか効果が無いのだから出来ることなら温存したい。


「射られる前に見つけられるのが一番楽なんだけど……」


 ディスティニー・ソーサラーを優先して排除するのはこの状況では必須のことだ。だが完璧に他の魔物に擬態されると区別がつかない。


「擬態を解除させるスキルを誰かが持っていれば……いや待てよ?」


 ダイヤは改めて戦場全体を見渡した。そこには様々な魔物が蠢いているが、ダイヤはその全てをっていた。名前も、特徴も、攻略法も、何もかも。本で書かれた内容は全部頭に入っている。


「これだ!」


 ダイヤは急いで壁を降りると、後衛として『激励』していた躑躅つつじの元へ向かった。


「鳳凰院先輩!」

「何をすれば良いの?」

「先輩の『威圧』スキルってどのくらいまで届きますか!?」

「ここからなら前衛より十メートルくらい前までってところかな。長内さんの辺りまで前に出ればもう少し先まで届くけど」

「十分です!お願いします!」

「あのレベルの相手だとほとんど効果が無いけど良いの?」

「はい!」


 それならば何も言うことはない。

 何故『威圧』スキルが必要なのか聞くような無駄な時間を取るようなことはしない。


 忠臣を信じられない王になど、なるつもりはないのだから。


「控えろ!誰の許しを得てわらわの前に立ち塞がる!」


 その瞬間、猛烈な怒気が躑躅つつじを中心に放たれた。もしもこれが敵味方無差別に効果を及ぼすものであったならば、ダイヤ達は全員が硬直してしまっていただろう。


 そして肝心の魔物達がどうなったかと言うと、僅かに動きが鈍った程度の効果しか得られなかった。


 だがそれで良いのだ。

 僅かであろうが目に見えて変化があるのならば、それこそがダイヤが求めていたもの。


 ダイヤはすぐにソレを見つけると、狩須磨の元へと走った。


「狩須磨先生!変わります!その代わりに朋の方に向かって、動きが良いバルシグを優先して倒して来てください!」

「了解!」


 バルシグとはダンスウォールの背後から迫っていた猿と鳩が融合したような魔物だ。ダイヤはその群れの中で『威圧』スキルの効果を受けずに従来通りの動きをしているバルシグを発見した。


 ディスティニー・ソーサラーは『威圧』スキルに対して、強い耐性を持っている。ゆえに擬態した同種の魔物は動きが鈍っているのに、ディスティニー・ソーサラーは変化が無いということになる。


 これがダイヤの考えたディスティニー・ソーサラーの正体を見破る方法だった。


「(他にもディスティニー・ソーサラーが紛れているかもしれない。でも同じように『威圧』スキルの影響を受けない活きの良い魔物を狩須磨先生に優先的に倒して貰えれば安心だ)」


 これで不意を突かれて殺される危険性は格段に減っただろう。


 だがそれでも戦況は芳しくない。

 ダイヤがナイトフェンサーと相性が悪く苦戦したように、前衛の誰かが苦戦するような相手が出て来てしまえば戦線が崩壊するのは直ぐなのだから。


 魔物は着実に減っている。

 だが同時に少しずつ増えてもいる。


 ダイヤ達の長い戦いは、まだまだ終わりそうにない。

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