120. これが僕の日課だよ (トレーニング)

 ハーレムハウスがある森の中は真っ暗で、夜の生物の気配が微かにする程度で寝静まっている。


 時刻は朝の五時。


 森の出入り口付近に、学校指定のジャージ姿の六名の生徒が集まっていた。


「ふわぁあ。ダイヤ君……本当にこんな時間に毎日起きてるのぉ……?」

「うん」


 眠そうなのはいん、桃花、奈子。

 シャキっと目が覚めているのはダイヤ、芙利瑠、そしてだ。


「お願いしたのは私なんだから、他の子は寝てても良いのに」

「僕もそう言ったんだけど、興味があるって聞かなくてさ」

「そんな調子でトレーニング出来るのかしら」

「あはは」


 密がダイヤにトレーニング内容を聞いてみた所、早朝トレーニングをしているとのことだったので参加させてもらおうと思ったら、色々とついてきたのだ。早朝に女子と密会するのが心配だ、なんてことはなく純粋にダイヤのことを知りたかっただけなのだが、昨日引っ越しで疲れていたからか大半がおねむだった。


「それで何からやるのかしら」

「最初は三十分くらい柔軟だよ」

「そんなに長く?」

「うん、ゆっくりと体を起こして温めると怪我しにくくなるんだ」


 柔軟信者というわけではないが、柔軟をしている時間は色々と考え事が出来るので重宝している。今日は仲間がいるので彼女達との会話の時間になってしまうだろうが。


「ほらいん、足を広げて腰を曲げて」

「うう~ん……ダイヤ……そんなハレンチな……」

「どこが!?というか奈子さんみたいな話し方になってるよ」

「遺憾…………ぐぅ…………」

「ダメだこりゃ」


 おねむ組は使い物にならなさそうなので諦めて放置し、元気なメンバーで続けることにした。


「んっ、んっ、あっ、ふぅん、、、柔軟は私も少しやるけど、ここまではやらないわねっ」

「わたくしはっ、、、あんっ、、、んんっ、、、体が硬い方ですからっ、、、もっとやるべきですわねっ」

「(これ柔軟だよね)」


 声だけ聴いていると邪なことを考えてしまいそうだが、本当に柔軟体操をしているだけである。ダイヤ的には合法的に女子の身体におさわり出来る背徳感もありドキドキしてしまっている。


「貴石さん、手が止まってますよ?」

「え、ああ、ごめんごめん」


 雑念を頭から追い出すべく、突き出された芙利瑠のお尻をなるべく見ないようにして彼女の背中をぐっと押してあげる。


「ああんっ!」

「(僕にとってこの時間が一日で一番の試練かもしれない)」


 今はまだ耐えられるが、くんずほぐれつな性活をするようになってからのこの柔軟で果たしてリビドーを我慢出来るのだろうか。


 そんなこんなで時間をかけて三十分間じっくりと柔軟を行うと、体が大分ポカポカしてきた。


「ふぅ、結構気持ち良いわね」

「でしょ?」

「わたくしも体がいつも以上に動く気がしますわ」

「目指せタコさんだね」


 密との決闘の際にダイヤがギリギリのところで体を捻って攻撃を躱せたのは、体がタコさんになっていたからでもある。芙利瑠も前衛として鈍器を振り回すのであれば、体が柔らかいに越したことは無いだろう。


「さて、次は何をするのかしら」

「ランニング」

「来たわね」


 ダイヤの無尽蔵なスタミナの秘訣。それは幼い頃から毎朝早朝ランニングを欠かさないからである。


いん達はどうしよう」


 柔軟もまともに出来ず、フラフラ眠そうにしているだけだ。この状態でランニングを初めても怪我をしてしまうかもしれない。かといってここに半分眠っている女子の集団を置いていくだなんて出来る訳が無い。彼女達をハーレムハウスに送っていくにしても、森の入り口からそこまではかなり遠いので時間がかかりトレーニングにかける時間が減ってしまう。


「よし、目が覚めた。私が見てるから大丈夫だよ!」

「桃花さん、いいの?」

「うん、柔軟出来なかったし、今日は諦めるよ」

「それじゃあお願いするね」

「任された」


 シャキっと起きている人がいるのならば問題無いだろう。ダイヤ達は桃花に後を任せてランニングを開始した。


「どこを走るの?」


 まずはジョギングくらいのペースで学校沿いを走りながら密がルートについて確認した。


「最近は湖の周りを走ってる」

「今から湖?まさか一周するだなんて言わないでしょうね」

「もちろんするよー」

「な!?」

「冗談ですわよね!?」


 湖の大きさを考えると、軽いランニングで一周二時間以上はかかる。それだと戻ってきた頃には七時半を過ぎてしまい、洗濯などの朝の仕事、朝食、汗を流す、身嗜みを整える、などをやっていたら朝のホームルームに間に合わない。


 だがダイヤは毎日必ず時間に余裕をもって登校している。つまりはこれからのランニングは軽くは無いということだ。


「今日は自分のペースで走って、時間を見ながら引き返すのが良いと思う。最初の方はルート案内と僕の走るペースを知ってもらうために一緒に行くけどね」


 せっかくなら最後まで一緒に走りたいが、それだとダイヤのトレーニングにならないと芙利瑠は分かっているため素直に頷く。一方で頷けないのは密だ。


「わ、私は貴方についていってみせるわ!」

「無理しないでね」


 そう言うとダイヤはジョギングからランニングへとペースアップする。


「速い!?」

「いきなりですの!?」


 全力ダッシュとまではいかないが、かなりのペースに慌てて二人はついていく。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

「芙利瑠さん大丈夫?」

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 運動がそれほど得意ではない芙利瑠はダイヤの問いにどうにか頷いて答えた。


「じゃあもう少しペースアップするね」

「!?」


 ちょっと待ってと止める間もなく、宣言通りペースがぐっとアップした。学校の周囲を添うように南へと走り、バスの停留所を抜けて一気に湖まで駆け抜ける。


「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」


 どうにかついてきた芙利瑠がすでに死にそうな顔をしている。ダイヤは一旦ジョギング程度のペースに落とした。


「よく頑張ったね芙利瑠さん。でもここからはもっとペースを上げるから、無理しないでやろうね」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、は、はいですわぁ……」

「でも理想はさっきまでのペースで走り続けること」

「!?」

「はっ、はっ、あんた鬼畜ね」


 すでにスタミナが尽きかけている芙利瑠には酷な話だ。


「でもそれがトレーニングだから」

「…………」

「…………」


 これは日々の健康管理を目的としたランニングでは無く、体を鍛えるためのトレーニングであるのだ。強めに負荷をかけなければ意味が無い。それに辛い方がメンタルが成長するだろう。


「やってみますわ!」

「うん、頑張って。ここまで来たらルートは分かり易くて、この遊歩道をずっと進むだけだから」

「はい!」


 これで芙利瑠への対応は終了だ。後は彼女がどれだけ自分で頑張れるか。


「長内さんは僕についてくるつもりなんだよね」

「もちろんよ!」


 負けず嫌いで強くなりたい密は、どれだけ辛くとも絶対に諦めずについて行こうとするだろう。


「なら頑張ってね」

「え?ちょおおおお!」


 ダイヤが突然ダッシュに近いくらいの猛スピードで走り出し、密は慌ててついて行く。


「嘘……ですわよね……?」


 そのペースで走り切れるとは到底思えず、芙利瑠はペースアップするのも忘れしばしの間茫然と見送るのであった。




「(ペースが全然落ちない!?)」


 冗談でダッシュをしたのかと思いきや、ダイヤのペースは全く落ちる気配が無い。ぐんぐんと風を切るマラソンランナーのようなペースこそがダイヤのトレーニングであると密はようやく理解した。もちろん、いくら鍛えているとはいえ本職のマラソンランナー程のスピードは出ていないが、それでも普通のランニングとは比較する意味が無いくらいのペースである。


「(こんな!ペースで!走り続けるだなんて!馬鹿げてる!)」


 後数分もすれば密はスタミナが切れてついていけなくなるだろう。ダイヤのスピードが虚勢であり、いずれ落ちることを信じるしかない。


「はっ!はっ!はっ!はっ!」


 あまりにも速いため大きく息を吸うことも出来ず、小刻みな呼吸を強いられる。全身の筋肉が悲鳴を挙げ、肺がもっと空気を寄こせと無茶を言う。ここまで頑張ったのだから十分だと脳内の自分が言い訳してくる。徐々に遠ざかる背中をもう追わなくて良いと思いそうになる。


「(負ける……ものかああああ!)」


 だが負けず嫌いの密は諦めない。諦められない。

 どれだけ苦しくても、ここで目の前の背中を見送ってしまったら、自分は決してダイヤがいる高みへと辿り着けない。ダイヤと自分を別次元の存在だと分類し、勝手に格付けを終えてしまう。


 そもそも実力でも負けているのに、トレーニングですら負けるだなんて負けず嫌いの密にとっては耐えられない。このまま諦めたら差が開く一方なのだから。


「(…………)」


 密は歯を食いしばり考えることを止めた。


 ただ目の前の背中が消えてしまわないように追い続ける。

 それだけを考える。

 たとえどれだけ距離を離されようとも、彼女の瞳は決してダイヤの背中を見失いはしない。


 そしてどれだけ走り続けただろうか。


「お疲れ様」

「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!え?」


 気付けば彼女は湖を一周走り切っていた。

 果たして本当にダイヤについていけたのか、あるいは幻を追い続けていただけで絶望的なまでに距離を離されてしまったのか。


「いやぁ。まさかここまでついてこれるだなんて思わなかったよ。凄いね」

「はっ!はっ!はっ!はっ!せめて、はっ!はっ!はっ!はっ!息を、はっ!はっ!はっ!はっ!切らしてから、はっ!はっ!はっ!はっ!言いなさいよ!」


 軽い疲労は見られるものの、ダイヤの呼吸は落ち着いていた。自分がフラフラで倒れそうなのを考えると驚愕、というよりも恐怖に近い感情が湧いて出た。


「これなら明日からはもっと速く走っても大丈夫かな?」

「…………」

「長内さん!?大丈夫!?」


 ダイヤのとんでもない一言により長内は白目を剥いて倒れ、人様に見せてはいけない顔をしてビクンビクンと陸に上がった魚のように震えるのであった。




「昔は山の中とか走ってたから、今は温い方なんだよ」

「冗談よね。冗談って言って!」


 湖の入り口付近で芙利瑠が戻ってくるのを待ちながら、ダイヤは目覚めた密に追い打ちをかける。


「本当だよ。もちろん速さとか時間は今とは違うけどね。足場の悪いところを出来るだけ早く走り続けるっていうのを小さい頃からずっとやってきたからスタミナだけは自信があるんだ」

「…………勝てない訳だわ」


 積み重ねてきたものがあまりにも違いすぎる。密とて幼い頃からトレーニングを続けていたが、ダイヤほどはストイックでは無かった。スタミナで追いつくのではなく、別の手段で上回るのが現実的な案だろう。もちろんスタミナも出来る限り向上させるつもりだが。


「それに苦しい時でも諦めない理由が分かったわ。普段からそれだけ追い込んでたら、辛くても思考停止には陥らないでしょ」

「それを狙って負荷をかけてるからね。どんな時でも動けるようになりたいんだ。強敵相手にはそれが一番大事だと思うから」


 どんな時でも最後まで諦めずに必死に行動する。そのためには、常に頭を働かせ続け、強い体を持ち、思いやる心を忘れず、生き残るのだという強い覚悟と勇気を抱けるようにならなければならない。このハイスピードランニングはそのためのトレーニングになっている。

 今回は二人のことを考えたペースで走ったが、本来はダイヤ自身が苦しくて苦しくてたまらないと思えるようなペースで走る必要があり、今日は温い走り方だったというのは本当だったりする。


「もしかしてこんなトレーニングばかりやってるの?まさかこの後も筋トレで徹底的に体をいじめるつもりじゃないでしょうね」

「そんなことないよ。この後は三十分くらいを目途にトレーニングするんだけど、その日によってやる内容が違うかな。魔物との戦いのイメージトレーニングとか、スキル習得を狙った運動とか、筋トレやる時もあるけどあまり無理はしないね。筋肉は最低限あれば良いと思うし、子供の頃に鍛えすぎると背が伸びなくなるかもって聞いたことがあるし、ぐすん」

「あら、背が低いの気にしてたのね」

「もちろんだよ!」


 平均よりもやや背が低くて童顔寄りなことを武器にしている感じがあるが、本心では気にしていたらしい。


「背が高い方がもてるし、セックスする姿が絵になるしね!」

「やっぱり最低ね」


 激しいトレーニングをケロっとこなすところに好感度が上昇していたのだが、一気にマイナスに振り切ってしまった。いくら相手が今のところハーレム対象では無い女子とはいえ、エロネタ攻めは勇気がありすぎだろ。


「あ、戻ってきた!」

「ふひぃ、ふひぃ、お、おまたぜじばじだぁ……」


 まさに息も絶え絶えと言った様子の芙利瑠は途中で引き返してきたらしい。ただし疲れようからすると相当に努力したように見える。


「(芙利瑠さん強くなりそうだなぁ)」


 エセお嬢様ぶっているけれど内面はとても真面目な女の子。トレーニングもダイヤが指示した通り必死にこなしたのだろう。その愚直さは成長に直結する。ダイヤの探索仲間として最後の方までついて来てくれる未来がダイヤの脳裏を過った。


「さあ、それじゃあ森の入り口まで最後のダッシュだ!」

「ぴええ!」

「鬼かあんた」

「あはは、冗談冗談」


 この日からダイヤと密と芙利瑠。そこに早起きに慣れてきたいんと桃花が合流し、朝のトレーニングが活発化することになるのであった。なお、奈子だけはすやすやからは逃げられなかった。




 この日の晩。


「筋肉痛が酷いですわーーーー!」

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