118. 志望動機を教えてください

「勝者!貴石ダイヤ!」


 審判による勝利宣言がなされると会場は爆発したかのような歓声で埋め尽くされた。


「お疲れ様」

「……ええ」


 そんな中でダイヤは全く動揺せずに紳士的に密に握手を求める。彼女は逡巡してからその手を握り、偶然そのタイミングで決闘場の特殊フィールドが解除されて二人の身体が綺麗になって行く。血が染み込んだ服すら元に戻るのだから不思議なものである。


 握手を続ける二人に浴びせられるのは観客からの賛美の嵐。


『良くやった!』

『面白かったぞ!』

『すげぇなお前ら!』

『今年の一年ヤバくね!?』

『精霊使いも隠密も戦闘職じゃないはずなのに……』

『良いもん見せてもらったわー』

『あの二人マジでうちのクランに欲しいんだけど!』


 拍手、拍手、拍手。

 もちろんスタンディングオベーションだ。


 どちらにも見どころがあり、最後までどちらが勝つか分からないハラハラした展開。舞うように鮮やかな舞闘に、負けたくないという気持ちのこもったあがき。


 決闘は一瞬で勝負がついたり、一方的になったり、地味だったり、大味すぎたりと面白くない試合もかなり多い。その点、実力が拮抗している上に戦い方も似ている二人の激突は、たとえ技術的にまだまだだったとしても観客達の眼を十分に満足させるものだった。


 だが密はダイヤはともかく自分までもがこんなにも褒められるとは思っていなかったようで困惑していた。握手の手を離して観客の様子を眺めた彼女はぽつりと呟いた。


「不思議ね。てっきり最後の朧スキルについて苦言を呈されるかと思ったわ」


 困惑の理由は、使わないと宣言していた朧スキルを使ってしまうという卑怯なことを責められなかったからだ。


「あはは。だって何も悪く無いし、良くある作戦だもん。ダンジョンは正々堂々が褒められる場所じゃないでしょ」

「それはそうだけど……ふふ、こういうところも負けた理由なのかもね」


 だがダイヤが彼女の正々堂々に付き合い、力を試し合うような青い戦い方をしたからこそ、観客達は面白く感じたのだろう。最後に前言撤回したとしても、負けたくない気持ちの表れであると思えば何も違和感は無かった。


「僕が勝ったのは運が良かっただけだよ。ほら、途中で即死スキルが発動してたら負けたわけだし」

「あんな低確率な一撃、発動したところで気持ち良く勝っただなんて思えないわよ」

「それに武器に毒を塗らなかったり『隠密』らしい戦い方をしなかったじゃないか。ハンデをもらっているような気分だったよ」

「それはごめんなさい。失礼なことをしちゃったよね」

「ううん。それはそれで楽しかったから気にしてないよ」


 『隠密』なのだから『隠れて密かに行動する』のが基本なのだ。だが彼女は朧スキルや武器透明化などの隠れることを最後の手段としてとっておき、普通の戦士として戦った。今回は決闘なのでダイヤは精霊を準備出来ていたが、これが野良試合で隠れられたら姿を見失ってからの一撃であっさりとダイヤは負けていただろう。


 総合的な実力で考えるとダイヤの方こそ勝った気にはならなかった。


「負けたのにこんなこと言うのはあり得ないんだけど……お願いがあるの」

「良いよ。はい、スキルポーション」

「ちょっ!? いきなりなんてもの出してるのよ!?」

「あれ違った?」


 てっきりどうしてもスキルポーションが欲しいという話なのかと思ったのだが、彼女の反応的に全く違ったらしい。


「違うわよ!決闘で負けたのに勝利賞品なんて貰えるわけないじゃない!」

「う~ん。でも僕が良いって言ってるんだからあげるよ?」

「ダメだって!ほらみんな滅茶苦茶それをガン見してるわよ!早く仕舞いなさい!」


 二人の健闘を讃えるさわやかな空気が一転して、超絶お宝の登場に一気にドロドロした感情が渦巻き出した。


「でも強くなりたいんでしょ」

「それは……」

「どんなことをしてでも」

「…………」


 ここでそれを受け取ってしまうのは彼女の理性がダメだと言う。全ての人が欲しがる超レアなスキルポーションを、勝負に負けたのにタダで貰うなんてあり得ない。そんな施しを受けるだなんて人として間違っている。


 だが彼女は強くなりたいのだ。

 人の道を踏み外さないのであれば、どんなことだってやってみせる。


 それならばここは間違うべきではないだろうか。


「…………その話は後で」

「は~い」


 悩んだ密は保留にした。仮にここで貰ったとなると、観客にその場を見られることになり色々と面倒なことになりそうだからだ。そのことをダイヤも分かっていたのか、これ以上は強く勧めなかった。


「それで本当のお願いって何なの?」

「貴方が作る予定のクランに入れて欲しいのよ」


 ざわ、と再び観客達がざわめいた。


 すでにダイヤがクランを作るという噂は学校中に広まっていた。

 そしてスキルポーションとはまったく別のベクトルでそのクラン作りの話は注目されていたのだ。


 そのクランに入れば渦中の人物であるダイヤと強い接点が出来るのだから当然だろう。実際、ダイヤはすでに複数の人物からクランに入りたいと申し出を受けている。だがそのほとんどを断り、当確なのは知り合いばかり。ゆえに知り合いだけで作る仲良しクランにするつもりなのではとも言われていた。


 全ては噂の範囲内。

 実際にどうなのかは分からない。


 この場でそのクランについての情報が公開されるとなれば、誰もが興味を抱き耳を傾けた。


「じゃあ今から面接するね」

「今から!?」


 なんと、衆人環視の元でクランの入団審査が始まった。流石に気恥ずかしいので止めて欲しいと密は申し出ようとしたが、その前に質問が始まってしまう。


「僕が作るクランは『やりたいことを全力でやる』ことを目的とするつもりなんだ。長内さんは僕のクランに入って何をやりたいの?」

「強くなりたい」


 即答だった。

 面接を後回しにして欲しいと願うよりも先に答えが口をついて出てしまった。


 それは彼女が心から強さを求めているから。その想いは間違いなく、ほんの一瞬の検討すら必要無いものであると自信を持って言えるから、余計なことを話すより前に答えてしまったのだ。


「あなたやクランメンバーと模擬戦を沢山したい、訓練方法を共有したい、共にダンジョンに潜り強敵に挑みたい」


 それが強くなることに間違いなく繋がるだろうと、今日のダイヤとの決闘で感じた。もっとダイヤに踏み込み、共に強くなる道を選ぶことこそが強さへの最速の道では無いかと考えた。


「でもそれってクランに入らなくても出来るよね。僕は友達として・・・・・普通に協力するよ?」


 ダイヤは基本的に悪意のないお願いは自分の予定が空いていれば聞いてあげる優しい性格なのだ。ダイヤ達と切磋琢磨して強くなりたいと願うだけなら、クランに所属する必要は無い。


「いいえ、クランに入ってあなたとの接点が多くなることが重要なの」

「どうして?」

「あなたと一緒に行動する機会が増えれば、私も一緒に何かに巻き込まれる可能性が高いでしょ。そうすれば命を懸けた戦いを経験できる」

「わぁお」


 イベントダンジョン、洞窟での冒険。

 それに匹敵する次の事件に共に巻き込まれ、文字通りの死闘を経験することでより強くなりたい。


 そのためには巻き込まれ体質のダイヤのなるべく近くで行動する必要がある。ゆえにクランに入りたいと彼女は願ったのだ。


「自分から死地に飛び込むのは感心しないなぁ」

「貴方がそれを言う?」


 誰かのために躊躇することなく死地だろうがなんだろうが飛び込んでしまうダイヤだけは言ってはならないセリフだった。


「それもそうだね。それじゃ合格」

「え?」

「だから合格だって。クランを作ったら呼ぶからよろしくね」

「え、ええ……」


 もっと根掘り葉掘り聞かれるのかと思っていたらあっさりと合格を貰ってしまい困惑する。そんな曖昧な条件で良いのなら自分も入れるかもと希望を抱く観客も多い。


「本当にこんな少しの質疑だけで良かったの?他に条件は無いの?」

「あるにはあるけど問題無いよ」

「参考までに教えて貰っても良い?じゃないと物凄く沢山応募が来ちゃうよ」


 その応募の対応だけで時間が潰れてしまうなんてことになったらクラン作りを再考することになるかもしれない。せっかく多くの人が聞いているのだ、もう少しクランの入団条件について具体的に聞かせた方が後々楽になるだろう。


「あ~そうだね。でもはっきりとした条件じゃないんだよね」

「例えば?」

「僕やクランメンバーとの相性とか。楽しくやれる相手じゃなきゃ嫌だし」

「それもそうね」


 ぶっちゃけ楽しそうであれば誰でも合格なのだが、そんなことを言ったら大惨事になる殺到することは分かっているので敢えて言わない。


「他には僕のクランに入ってまでして『やりたいこと』がちゃんとあるかだね」


 手伝って欲しいことがある、程度のことであればクランになど入らずともダイヤは助けてくれるだろう。あるいは助けたくないこともあるかもしれないが、その場合はそんな人物はそもそもクランになど入れないだろう。


 具合的にその人がやりたいことは何なのか。

 そしてそれはダイヤへの直接の相談では無くクランに入らなければダメなことなのか。


 初対面の相手・・・・・・の入団条件として、この点について納得できる答えが必要だった。


「なるほど……案外ちゃんと考えてるのね」

「案外ってのは失礼じゃないかな」

「てっきり気の合う仲間同士で楽しくやりたいだけのエンジョイクランだと思ってたから」

「間違っては無いけどね」


 というか大正解である。『精霊使い』の受け入れ先を作る、的な隠れた目的もあるにはあるが、本当はダイヤ自身が充実した学生生活を送りたいがためのクランだった。


「でもエンジョイの濃度が他の類似クランとは違うのでしょう?」

「そうかな」

「そうよ。だってあなたって私と同じでワーカーホリックな気配があるもの」

「あはは、まっさかー」

『『『『そうだよ!』』』』


 観客席から聞き覚えのある何かが聞こえてきた気がするが無視した。


「興味深い話をしているところ申し訳ないが、そろそろ良いだろうか」


 決闘が終わっても長々と話をしていたため、決闘委員会の審判の先生が話しかけて来た。強引に話を遮ったら観客が暴動を起こしそうな内容だったため、区切りが良くなるのを待っていたのだろう。


 決闘場は普段は訓練場としても解放されているため、あまり占有して欲しくは無いのだ。


「あ、ごめんなさい」

「ごめんなさい。じゃあ終わりましょう」

「それじゃあまた」

「ええ、今日は決闘を受けてくれてありがとう」

「こちらこそ楽しかったよ」


 二人はそう言って背を向け、お互いの控室へと歩いて行った。




 しばらくして密の控室にて。


「悔しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 嘆きの叫びが聞こえたことは公然の秘密である。

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