117. 決闘のゆくえ
「今度はこっちから行くよ!」
先ほどのお返しと言わんばかりにダイヤは真正面から密の元へと走る。しかし彼女はダイヤとは違って攻撃を真っ向から受け止める選択はしなかった。
「ほっ、はっ、ふっ!」
ダイヤが振るう爪を軽やかにステップで避ける。ステップの間を狙った連撃はショートソードで逸らしたり、受け止めるフリをして爪の力を借りて大きく跳んだりとひたすら躱す。男と女には力の差があることを考えれば躱す防御に注力するのは無難な選択か。
「疾風」
効果が切れそうになった疾風を重ね掛けしながら考える。
「(速いけど対処しきれない程じゃない。ここは攻撃に出る!)」
疾風を使えばダイヤよりは素早く動けるらしく、密はそこそこ余裕で避けられる。だが大きく躱してばかりでは体力が消耗するばかり。よってダイヤの攻撃の隙を狙って反撃に出ることにした。
「(ここ!)」
「!?」
ダイヤが右爪をやや大振りした隙を狙って前に出て、左手のショートソードを振り降ろす。慌てたダイヤは体を強引に捻り左爪でどうにか受け止めた。
このチャンスを密は逃さない。最初のように再度連撃を仕掛け、ダイヤは再び防戦一方となってしまう。
「(そうは……させないよ!)」
ただ受け止めるだけでは状況が何も変わらない。今回は受けながらも攻めに転じることに決めていた。
「ふっ!」
「きゃ!」
力の差があることを利用し、ショートソードを受け止めたタイミングで思いっきり前に押し込んだのだ。そうして密の攻撃バランスを崩し、その隙に再度ダイヤが爪による連撃を繰り広げる。
ダイヤが爪を横薙ぎ、密はそれを大きくバックステップで躱してからの突撃で攻撃に転じる。
それをダイヤが受け止めると、流れで密が下から斬り上げようとして来た。
上昇するショートソードをダイヤは爪で強引に押さえつけて体を前方へと進ませ攻撃を中断させると、密は慌ててバックステップで距離を取る。
ダイヤが追えば密が躱し、密が攻めればダイヤが力づくで連撃を防ぐ。
攻守が目まぐるしく入れ替わり、まるで二人して舞闘を繰り広げているかの様子だ。二人の息遣いと甲高く武器が鳴る音がリズム良く決闘場に響き続ける。観客達も思わず彼らの舞に見惚れてしまい固唾を飲んで見守っている。
互角。
そう見えるのは
「(このままなら僕が勝つよ。どうする?)」
現時点で優劣が付かなかったとしても、時間が経てば差は徐々に開いてしまう。何故ならば両者の間にはスタミナという最大の差があるからだ。それは最初にぶつかった時に密だけが少し息を切らしていたことからも明らかだろう。
ゆえにダイヤはこのまま打ち合い続ければ良く、密は何か手を打たなければならない。
「(油断せずにしっかりと彼女の様子を観察するんだ。起こりを見逃すな)」
普段とは違う何かを観測し、即座に適切な対処をする。そうして密の次の手を防ぐ。
スピードに緩急をつける。
攻撃タイミング、場所、角度を変える。
フェイントを入れて攻撃すると見せかけてサイドステップをする。
そのいずれもしっかりと見極めて受け止め、力任せに弾き返す。
視えている。
反応出来ている。
集中力はこの上なく高まっている。
今なら何をされても対処できる。
そう思った。
そう思わされた。
「木の葉の舞」
それは舞い散る木の葉のように不規則なステップを刻みながら攻撃するスキル。
人が意識して『不規則さ』を演出しようとしても、意思や癖などを消しきることは難しく、どこかしらに流れのようなものが残ってしまう。守る方もその流れをなんとなく意識して自然に対応出来てしまう。
だが木の葉の舞のスキルに身を任せることで、意思を完全にシャットアウトして本当に不規則な動きを実現できる。
そしてその不規則な動きを視えてしまっているダイヤは、その動きにつられて体を動かし不自然な体勢になってしまう。今回で言えば、足をもつれさせてしまったのだ。
「しまった!」
「もらったわ!」
かろうじて倒れることは免れたダイヤだったが、足を踏ん張り体勢を整えた時には密が鋭い突きを放って来ていた。
「(避けられない!)」
すでに切っ先は胸元間近まで近づいており、サイドステップもバックステップも間に合わないだろう。このままでは
それならば避けきることは諦めていっそのことカウンターを仕掛けたらどうだろうか。
「うおおおお!」
「!?」
胸を貫かれたらその時点でゲームオーバーだ。防具はつけてあるが、防具の隙間を狙ってきているため放置は出来ない。
ダイヤは右肩を前に出して体を斜めに傾け、ショートソードの突きを体を滑らせるように受けた。
ショートソードは喉と心臓の間の辺りを真横に大きく抉り、そのまま左の二の腕まで傷つける。
しかしただでやられたわけではない。
「くっ!」
体を傾けると同時に右手の爪を突き出し、密の左脇腹をこれまた抉り取ったのだ。
お互いに大ダメージを負った両者は一旦その場を離れる。
「いっっっったーい!」
「はぁ、はぁ、ま、まさかあの状態で反撃するなんて、なんて奴なの……」
両者共に血まみれであり、ポーションを取り出して回復する。これがダイヤだけが大ダメージを負っていたのであれば、密は攻撃を続けて回復の隙など与えなかっただろう。あの状況でカウンターを狙ったのは正解だった。
「毒は塗ってなかったんだね。『隠密』の武器だから掠っただけでもヤバいって思ってたんだけど」
「
「というと?」
「貴方と戦うことが良い訓練になるってこと」
「あはは。そう言ってもらえるのは嬉しいな」
密がダイヤに決闘を申し込んだもう一つの理由。
それは自分よりも強い相手と戦い訓練することだった。ギリギリの戦いをすることで戦闘経験を積みたかったのだ。
「まだまだ敵わないみたいだけど」
「何言ってるのさ。今のは偶然どうにかなっただけで、僕の負けパターンだったよ」
「いいえ違うわ。今のを耐えられるのが貴方の強さ。そこを越えられなければ私に勝ちは無いわ」
「褒めすぎじゃない?」
「事実よ」
以前は『精霊使い』もダイヤも見下していた彼女だったが、合宿でダイヤに負けたことで少なくともダイヤを見下すことは無くなった。というよりも、逆にダイヤを強者として強く意識するようになってしまった。極端な女なのである。
「僕なんてまだまだ至らないところばかりだよ。今もスキルをもっと磨けば良かったって後悔してるしね」
「木の葉の舞のこと?」
「うん。アレは真似するのも難しいし、真似するくらいならスキルに頼った方が楽なやつだ」
「それは確かにそうね。私もスキルなんて自力で再現すれば良いと思ってたタイプだけど、木の葉の舞を覚えてからは考え方が変わったもの」
「木の葉の舞の再現はやってみた?」
「もちろん。でもランダムに動いているようで、何かの癖に従っているような気がしてコレジャナイ感が強いのよ」
「やっぱりかー」
激しい戦いの合間の休憩扱いなのか、二人はスキルの話で盛り上がっていた。そんな二人の様子を見て面白くないのはハーレムメンバーだ。
『ダイヤったら楽しそうなんだけど』
『あ~あ、私ももっとスキルの勉強しないとな~』
『長内さんは仲間になるのかしら』
『なんか……腹立つ……』
スキルについて、そして強くなることについて強い興味を抱き、共感しながら楽しそうに話をする姿は彼女達に見せないものだ。ダイヤのこれまでに無い一面を引き出したことで、長内に対する嫉妬心が生まれてしまった。彼女達の場合はその嫉妬心をダイヤへの甘えで解消するタイプであるため、決闘の後にダイヤは大変なことになるかもしれない。
「!?」
「!?」
そんな嫉妬心に
「な、なんだったのかしら今の」
「……多分、僕の好きな人達じゃないかと」
「うっわ。もしかして私メンバー入りするんじゃないかと疑われてる?」
「どうだろう。単に僕達が楽しく会話してたのがもやもやしてただけかも」
「別に楽しくなんかないし。にしてもあんたも大変ね」
「好きでやってるので大変じゃないかな」
「チッ」
「わぁお。本気の舌打ちだ」
予想外のこととはいえ、話を終わらせるきっかけにはなった。
両者共に傷は消えたが噴き出した血の跡は消えていない。装備を真っ赤にさせながら三度構える。
「それじゃあここからは本気で戦ろうかな」
「……今まで本気じゃなかったの?」
「本気だったよ。ただ、長内さんが武器に何も塗らなかったり朧を封印しているように、僕も真っ向からやってみたかっただけ」
「そう……それなら私も出し惜しみはしないわ」
お互いが持てる全ての力を使ってぶつかると宣言した。ここからは単なる技比べではなく、勝つための戦いになる。
次に戦いが止まる時は勝敗が決した時。
そのことを二人は確信していた。
「すぅ~はぁ~」
「すぅ~はぁ~」
同時に深く深呼吸をする。
ざわめいていた観客も再度静かになる。
最初は密から。
次はダイヤから。
三度目の激突は果たして。
「木の葉の舞!」
動いたのは密だった。いきなり木の葉の舞を使いダイヤを撹乱させようと試みる。
しかしダイヤはもう今までのように真っ向から攻撃を受け止めることなどしない。彼本来の自由なスタイルでの戦いに切り替えた。
「
相手が嫌がる音を聞かせて気分を悪くし、動きを鈍らせる。悪戯スキルのカウンターに密は慌てて動きを止め、何が起きるのかと警戒する。
「何かしたの?」
「え、何も聞こえないの?」
「?」
スキルの発動に失敗したのだろうか。いや、そんなことはない。
『ぎゃああああ!鳥肌がああああ!』
『発泡スチロールの音はらめなのおおおお!』
『★!%☆)$▽>?』
何故ならば全力で放ったスキルの音が観客にも届いて苦しませているから。
「長内さんが苦手な音が聞こえてると思うんだけど……」
「苦手な音?そういえば微かに何か聞こえるわね」
「微かに?結構大きな音になると思うんだけど」
「全然大きくないわ。これは……ああ、蚊が飛ぶ音ね。確かに私これ苦手なのよ」
「まさかのモスキート音!」
それを苦手とする人はいるだろうが、静かな部屋の中で小さく響くから嫌なのであり、爆音で鳴り響いたらナニカチガウとなってしまうため音が小さいのだろう。そしてそれは戦いの上ではなんら邪魔にはならない悪戯だった。
「長内さんは発泡スチロールをキュッキュする音とか、黒板をひっかく音とかは平気なの?」
「気にならないわね」
「なるほどそれで」
だとするとこの悪戯は彼女に効果が無いということになる。こんなこともあるのかとダイヤはまた一つ勉強した。
「それよりこれ、そろそろ止めた方が良いんじゃない?」
「そ、そうだね」
長内に効果が無いのであれば、ただいたずらに観客を苦しめるだけだ。
『てめぇ覚えてろよ!』
『絶対許さねえ!』
『なんて凶悪なスキルを覚えやがったんだ!』
ダイヤの攻撃は観客の怒りを買ってしまっただけで終わってしまった。
「…………」
「…………」
これで決着をつけるぞ、なんて雰囲気だったのに中途半端に止まってしまったがゆえ、妙にきまずい。
「そ、それじゃあそちらからどうぞ」
「そ、そうね」
なんとも締まらない微妙な空気のまま戦闘が再開された。
「こ、木の葉の舞!」
再度木の葉の舞でダイヤを翻弄せんと密が仕掛けて来た。空気は一旦弛緩したが、流石にダイヤは直ぐに集中モードに戻る。
「
密の足元に細いロープが出現し、足をひっかけようとする。単純な悪戯だが戦闘中に突然出現したら邪魔なことこの上ない。
「なんて嫌らしい技なの!」
仕方なく密は木の葉の舞を止め、体を屈めてロープをショートソードで切断する。
「精霊さんお願い!」
「きゃ!何々!?」
次にダイヤは朧対策のために集めておいた精霊にお願いして色々とやってもらった。
チカチカ光る。
音が鳴る。
一瞬実体化する。
甘い香りがする。
弱い風が吹く。
微かに笑い声がする。
それぞれ意味のない行動ではあるが、相手の警戒心を煽るには十分だ。密はとまどい動けないでいる。全ての精霊がお願いを聞いてくれるダイヤだからこそ可能な『精霊さん全員で適当に暴れちゃって』作戦である。
「(今だ!)」
密が困惑している今が攻撃の大チャンス。悪戯スキルで再度密の足元にロープを出現させ、彼女が屈んでそれを切断している隙に一気に近づいた。
「来ると思ってたわよ!」
「ちぇっ」
だが密にはバレバレだったようで、ロープを斬らずに体を素早く起こしてバックステップで距離を取った。
「(惑わされちゃダメ。一気に行くわ!)」
腹を括った密はダイヤの小手先の技を無視して攻撃に集中すると決めた。
木の葉の舞は使わずに一直線にダイヤの元へと向かい、両手のショートソードを下から交差して斬り上げる。
「月光」
防御力無視の魔法系物理スキル。ダイヤはそれを両手の爪で押さえつけるように受け止めた。
「それは当たれば必殺だけど、当たらなければ効果が無いんだよ!」
「知ってたけど試してみたかったのよ!」
「うわ!危ない!」
突然の頭突きにどうにか頭を後ろに反らすと、密の頭がギリギリ鼻先を掠めた。そのまま密は反動をつけて頭を起こすと押さえつけてきている爪を思いっきり上へと弾いた。するとダイヤの両腕は万歳する形になり、懐がガラ空きだ。
「やあああ!」
ここがチャンスだと言わんばかりに体ごと押し込むようにショートソードを両脇腹に向けて振り下ろす。思いっきり体を寄せられているため、このままではバックステップで躱してもついてきて斬られてしまう。
「(それなら前に!)」
ゆえにダイヤは咄嗟に後ろでは無く前へと移動し、密に抱き着いた。お互いの距離をゼロにすることで密の攻撃の内側に入り込んだのだ。
だが抱き合った体勢では背中を攻撃してくれと言っているようなものだ。
ダイヤは爪で、密はショートソードで。
どちらも素早く背中に攻撃が可能な武器である。
だがそれよりも早く攻撃する手段があることにダイヤは気付いていた。
「ガブ!」
「きゃああああ!」
なんとダイヤは武器で攻撃をせずに密の首元を思いっきり噛んだではないか。露出が多い装備であるがゆえ、素早さは上昇するが防御力は低い。密は肌を嚙み切られ、あまりの激痛に思わず大きく距離を取った。
「ぺっ!」
口に含んだ考えたくも無い物を吐き捨てたダイヤは、ここがチャンスだと彼女を追い爪を振るう。
口周りが真っ赤なため見た目が怖すぎる。
ポーションで治す時間を与えず、かなりの激痛により密の動きは鈍い。足元は問題無いが、特に嚙み切られた場所に近い右腕を動かすのに痛くてラグが生じてしまう。
「(このままじゃ……こうなったら一か八かやるしかない!)」
明らかな劣勢にも密はまだ諦めてはいなかった。痛む体を押して何度か反撃を試みるが、精度を欠いた攻撃は軽々とダイヤに捌かれてしまう。
「(このまま押し切る!)」
ダイヤの攻撃が掠るようになってきた。密の全身に傷が増え、このままなら致命傷を与えるのも時間の問題だ。
この男、いくら死んでも復活出来る決闘とはいえ傷だらけの女子に遠慮なく攻撃できるとか鬼畜ではないだろうか。などと思っているのは一年生だけであり、ダンジョンで揉まれた上級生達は実はなんとも思ってなかったりする。か弱い生物に擬態する魔物など山ほど出てくるのだから。
「
避けるのに必死な状態で逃げ道をロープで塞がれては万事休すだ。密はロープに足を取られ倒れそうになったが、ロープが脆く簡単に切れてしまったこともあり、少し足をもつれさせただけでどうにか踏ん張れた。
「これで終わりだ!」
だがその間にダイヤがトドメの爪を突き刺そうとしてくる。
「(まだよ!)」
「ぐげ!」
密は敢えて踏ん張るのを途中で止め、思いっきり背後に倒れることでダイヤの突きを躱した。そしてそのままバク転して躱すことで、突きのために体を前に出していたダイヤの顎へ一撃をお見舞いした。
「疾風!」
着地した密は即座にダイヤへと向かう。顎へのダメージは脳を揺さぶることもあるが、今回は当たり所が良かったらしくダイヤは冷静にそれを迎え撃つ。
密は決意した。
このタイミングでとっておきを披露することを。
「武器透明化!」
「!?」
それはその名の通り、武器を透明化して見えなくするスキルだ。覚えたてでスキルレベルが低いため短時間しか効果が無いが、武器の軌道を確認して受け止めることに慣れてしまっているダイヤには効果が抜群だ。
「ぐわああああ!」
左手の突きは躱したが、右手の袈裟切りは躱せず胸当てが吹き飛びざっくりと斬られてしまった。
だが大ダメージではあるが戦闘不能レベルではない。
首元を噛まれた影響で右腕が痛み、本来の力が発揮できずに傷がやや浅かったのだ。ダイヤはそれを見越して右腕の攻撃は被弾しても仕方ないと判断し、威力が高そうな左腕の動きに特に集中して避けたのだ。
「即死スキルは外れか」
「危なかったぁ……」
発動確率は低いが、即死スキルが発動していたら試合は終わっていた。逆転の一手ではあったが、まだダイヤに運が向いている。
「でもその状態ではもうまともに戦えないでしょう!」
回復する隙など与えない。今が勝機であることに間違いない。密は疾風を切らさず鋭い突きを放つ。
「ぐっ!」
それをどうにか体を反らして躱したダイヤだが、痛みにより明らかに動きが鈍っている。これなら右腕が不調だろうが連撃を続ければすぐに防御を突破できるだろう。
「はああああ!はっ!はっ!えい!」
「ぐうっ!」
ショートソードを受け止める爪は震え、突きを躱そうにも体が動かず掠ってしまう。つい先ほどまで攻撃が当たる気配が全く無かったにも関わらず、今はどんどんと小さな傷が増えて行く。受け止められた攻撃も、今なら密の力でも強引に弾けそうだ。
「(いける!)」
決して油断した訳では無い。手負いのダイヤを着実に追い詰めるべく、最善の手を選んでいた。
「武器透明化!」
「それは嫌!」
適度に嫌らしい行動を混ぜ、万全の状態であっても防ぎきるのが大変な連撃を続けている。
しかし。
「(なんで倒しきれないの!?)」
防戦一方なダイヤが中々倒れない。
致命傷を与えさせてくれない。
細かい傷は増えているのに、今にも崩れ落ちそうなのに、最後の防壁を突破できない。
その理由は経験の差であった。
どれだけダンジョンで長く戦い続けようとも、本物の命を懸けた戦いという経験には敵わない。
イベントダンジョンで、そして先日のキングコブラ戦でダイヤは生死を賭けた戦いを強いられた。そしてギリギリのところでそれを突破した。特にレッサーデーモン戦では半死半生の状態で勝利をもぎ取った。
その経験があるからダイヤは諦めない。
死にかけていてもどうにか逆転しようとあがける。
ダイヤを倒したいのであれば、ここからが本当の本当の本当の本番なのだ。
「武器透明化!」
「っ!」
「うそ!」
圧倒的に優勢だったはずが、状況が徐々に変わりつつある。
攻撃が掠る回数が減って来た。
透明化攻撃をまともに受け止められるようになってしまった。
「はああああ!」
攻撃を受け止める爪に力が戻り、ダイヤが反撃するようになってきた。
「(あれだけの傷でどうしてそこまで動けるの!?)」
簡単な話だ。
動かなければ負けてしまうから動くだけのこと。
そしてそれだけの痛みには経験があり、多少の慣れがあるということ。
「ウオオオオオオオ!」
柔和なダイヤからは考えられない獣のような咆哮が密を委縮させる。
「
「っ!無い!?」
スキルを使うフリをしただけだ。ロープが出現したと思い込んでしまった密は視線を下にやり逃げながらそれを探してしまう。その僅かな隙を狙いダイヤが全力で彼女に向かって跳び鋭い爪による突きを放ってくる。
「シッ!」
「!?」
手負いにも関わらずこれまでで一番のスピードに密は避けきれないと悟った。どの方向に逃げたとしても、確実にダイヤは追いかけて来て密を貫くだろう。
「(負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない!)」
だが密は諦めない。
諦められない。
これまで誰よりも鍛錬して来たという自負があるから。
ここで負けたらこれまでの努力が無駄になってしまいそうだから。
そして何よりも負けず嫌いだから。
彼女は禁断の選択をしてしまった。
「朧!」
使わないと宣言していたはずの朧スキルを解禁してしまったのだ。姿を隠してもダイヤには見破られてしまうが、使った直後なら驚いて見失ってくれるに違いない。
卑怯だと罵られようが、ここで負けるよりかは断然良い。
ダイヤだって手負いでフラフラなのだ。なんとしてもこの一撃を避け、再度攻勢に出て叩き潰す。
スキルにより姿を隠した密は左斜め後ろに思いっきり跳んだ。
しかしダイヤは彼女と同じ方向に跳び、彼女の首元に爪の先端を突き付けた。
その動きはまるで彼女の姿が見えているかのようだった。
「!?!?」
何故、どうして、見えていないはずなのに。
密は混乱している。
それは彼女が武器透明化スキルを使ったことが原因だった。
攻撃途中で武器が視えなくなるのが非常に厄介だったため、精霊にお願いして彼女の全身に纏ってもらっていたのだ。そして武器ではなく精霊の動きを視てガードをしていた。
だから武器透明化スキルを使っても受け止められるようになったし、朧スキルを使っても
「…………」
「…………」
理由はどうあれ、事実として喉先に爪を突き付けられている。ダイヤが寸止めしなければ、それは間違いなく喉を貫いていただろう。それが意味することはもちろん決まっていた。
「……私の負けよ」
一年生同士による初の決闘はダイヤの勝利で幕を閉じた。
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