116. わーい!強い人との決闘だ!

 大量の観客が集まった決闘場。

 ダイヤが再び決闘をするとなれば注目度は抜群だ。しかも配信によりダイヤの強さが知れ渡っている上に、今回の相手が中々の強敵ともなれば好ゲームになるのは間違い無しで興味を抱かない方がおかしい。


 その観客に見守られる中、ダイヤと対戦相手の女性が舞台の中央で対峙していた。

 

「誰かが仕掛けてくるとは思ったけれど、まさか長内さんだとは」

「合宿での借りを返させてもらうわ」


 ダイヤに決闘を仕掛けて来たのは『英雄』クラスの『隠密』長内ながうち ひそか。バトルロイヤルでは朧スキルを見破った隙をついて撃破したが、合宿後もダンジョンに籠ってストイックに鍛え続けた彼女は紛れもない強敵だ。


「それにしても良く考えたよね。僕がDランクになるのを待ってから『決闘』を仕掛けて、その後に自分も簡易審査でDランクに上がろうだなんてさ」

知光ちみつ君がアドバイスしてくれたのよ」


 知光は『英雄』クラスの『軍師』の男子である。


「あ~なるほど、彼ならそういう小狡いこと考えそう」

「小狡いって、あなた彼の事嫌いなの?」

「今のところはあまり好きになれないかなぁ」


 仲間を駒として考えるやり方がダイヤにはどうにも気に入らないのだ。知光の考え方が変わるまでは相容れない間柄になるだろう。


「そう。向こうは貴方の事をつよ~く意識しちゃってるみたいよ。残念ね」

「でしょうね。そういうタイプだとは思ってたし、仕方ないかな。何かされたら返り討ちにしてやるさ」

「おお、怖い怖い。でも私はそう簡単にはいかないわよ」

「それも知ってる」


 覚えているスキルのレベルだけではなく、体の締まり具合などの見た目からも強そうであることが一目瞭然だった。素の身体能力であればいんよりも上だろう。


「そろそろ良いですか?」

「はい」

「はい」


 話が途切れたタイミングで『決闘委員会』の男性教師が話しかけて来た。三年生のクラスの担任教師で二人には接点が無い人物だ。


「では改めて報酬の確認をします。長内さんが勝利した場合は、貴石さんが彼女にスキルポーションを提供する。貴石さんが勝利した場合は、長内さんが彼に『分身』スキルの覚え方を伝授する。でよろしいでしょうか」

「はい」

「はい」


 密が何故ダイヤに決闘を仕掛けて来たのか。その理由の一つはスキルポーションを入手するため。より強くなるためにまだ入手困難なそれを求めたのだ。


 なお、多くの生徒達が彼女と同じようにスキルポーションをDランク『精霊使い』との決闘により入手したがっている。だがスキルポーションに匹敵する価値のある賞品を用意できずに断念していた。

 では密がどうやって何千万以上もの価値があるスキルポーションに見合う賞品を用意したのか。それは社会的価値とダイヤにとっての価値が異なることに着目したやり方だった。


「貴石さん。価値が明らかに見合ってないようですが、本当によろしいのですか?」

「僕にとっては見合ってます。というか、スキルポーション一つじゃ申し訳ないくらいですよ」

「で、ですがスキルの覚え方など眉唾物が大半ですよ。彼女が教える方法が正しいか分からないというのに……」

「それでも構いません。僕にとってはどうしても欲しいスキルなので」

「…………そこまで言うのであれば良いでしょう」


 狙ったスキルを覚えるための特定の行動が分かれば誰もがそれを実施するだろう。実際、多くの人が色々と調査検討してはいるのだが、確信をもってこれだと断言できるものは見つかっていないとされている。密が知っているやり方も、彼女の周囲で何人か成功したのかもしれないが偶然の可能性もある。ゆえに信憑性という面では薄く、それとスキルポーションの価値は社会的に考えたら明らかにマッチしていない。


 だが重要なのは社会的な価値ではない。ダイヤがその情報にどれだけの価値を見出しているのかだ。ダイヤが本気でその情報にスキルポーションに匹敵する価値を見出しているのであれば、決闘委員会としても否定は出来ない。もちろん脅されるなどして賞品を強要されているのであれば止めるが、ダイヤは心の底からその情報を欲しがっているように見えるためそれもない。


 ゆえに誰が見ても不釣り合いだが、ダイヤ視点では十分に満足する賞品であったことにより決闘が成立したのである。


「ハーレム作る奴らってホント……」

「そんなジト目で見られると誘いたくなっちゃうから止めてくれないかな」

「ぜっっっったいお断りよ!」


 ダイヤが何故そこまでして『分身』スキルを欲しがっているのか。それはハーレム用途だった。分身を作って全員で彼女達とイチャコラすればハブられる子が出て来なくてみんなハッピー!


 なお誰も公言していないが、ハーレム男達は漏れなくこのスキルを切望しているとかなんとか。


「それでは両者少し離れて準備してください」

「はい」

「はい」


 指示通りに数歩下がり、装備の具合を最後にもう一度確認する。


「(長内さんはショートソード二刀流か)」


 隠密なので刀身が短いナイフを使うイメージがあったが、ナイフよりも少し長めのショートソードが密の武器だった。右手は順手で前に、左手は逆手で後ろに構える独特のフォームだ。

 口元は隠しているのに露出が多いくノ一風隠密装備は性的興奮よりもむしろ強者感を漂わせている。急所だけを守っているダイヤのレッサーデーモン製簡易装備よりも装備っぽくてダイヤ的には少し羨ましかったりする。装備の質ではダイヤの方が圧倒的に上なのだが。


「宣言するわ。今回は朧スキルは使わない」

「良いの?」

「ええ。だって貴方には効果が無いんだもの」


 念のために精霊を沢山呼んであったのだが、どうやら今回は使わなくて良さそうだ。


「…………」

「…………」


 お互いに睨み合い、準備万端だ。


 勝敗は相手を殺すかどちらかが敗北を宣言するまで。死んでも戦闘後には生き返り傷は全快するが、死はトラウマになってしまうため適度なタイミングで敗北宣言をすることが推奨されている。また、敗北宣言出来ない状態に陥った場合は審判が判断して止めることもある。


 お互いに集中力が高まり、準備完了したと判断した審判が合図を告げる。


「はじめ!」


 その瞬間、密がいきなり動く。


疾風はやて


 移動速度を向上させるスキルを使い、ダイヤに真正面からぶつかる。


「(速い!)」


 相手が人、しかもとりわけ憎んでいる相手でもないにもかかわらず、躊躇なく両手のショートソードを振るってくる。その眼には確かな理性が宿っており、狂人と化している訳では無い。確固たる戦う覚悟を抱いた人の眼だった。


「ぐっ、くっ、あぶ!」


 躍るような連撃をダイヤは両手の爪で必死に受け止める。密の動きは確かに素早いが、守るだけならば良く見ればギリギリ対応できる。


 このまま耐え続け、慣れてきた頃には相手も攻め疲れて来るに違いない。

 その時が逆襲のチャンスだ。


 だがいくら待ってもそうはならなかった。


「(逆手のせいでリズムがバラバラで対応しにくい! しかも逆手と順手を途中で変えてるし!)」


 順手と逆手。

 それぞれ攻撃の動きが異なるためリズムに乗っているようで、微妙にずらしが入ってくる。しかも連撃の途中で左右の持ち方を変えることで一定のリズムにならないようにと工夫している。


 右の順手で振り下ろしてきたかと思えば、左の逆手で斬り上げ即座に突き刺すように振り下ろす。右の順手で水平に凪いだと思えば左の逆手で腹を突き、いつの間にか逆手に持ち替えていた右手で肩口を上から突き刺そうとする。


 攻撃のタイミングも、狙う場所も、何もかもがバラバラで予測が難しい。肉体的な体力自慢のダイヤだが、極度の集中力を継続しなければならないため精神力の方がガリガリと削られてしまう。


『なんだあの一年!すげぇ連撃だぞ!』

『あれが『英雄』クラスの実力なのか』

『馬鹿いうな。いくら『英雄』クラスっつっても一年だぞ。あの女子がおかしいだけだ!』

『俺、三年なのにあの子と戦ったら普通に負けそうなんだが……』

『あれじゃあいくら貴石でも勝てないだろ』

『なんであれでEランクなんだよ!』


 ダイヤが何をしてくれるのかと期待していた観客達は、対戦相手の女子のとんでもスペックに驚愕し、あまりにも心地良い連撃に酔いしれる。


 だが当の本人にはそんな余裕など一切なかった。


「(押しきれない!)」


 脳をフル回転させてタイミングをずらし攻めを途切れさせていないのに、ただの一度も攻撃が掠ることすら無く爪でガードされている。当たる未来が全く見えない。相手は密の動きを見てから後攻で守備をせざるを得ないため、集中力を研ぎ澄ませての反射的な防御行動が必須だ。それをミスすることなく続けられるなど信じられない。


『待て待て。どうしてあれを防ぎきれるんだよ』

『スキル使ってないんだろ?』

『そう言われてみれば貴石もヤバいな』


 観客達もダイヤの異常さに気付き始め騒然とする。

 そしてもちろんそのダイヤも焦っていた。


「(このままじゃダメだ!)」


 防戦一方から反撃のチャンスを伺うやり方では押し切られてしまう。どうにかして態勢を立て直して攻めに転じなければならない。


 攻める方と守る方。

 どちらも内心焦っている状況で場を動かしたのは。


「っ!」

「っ!」


 両者とも全く同じタイミングで後方に跳んだ。仕切り直したいという両者の思惑が偶然重なった形だ。


「はぁ、はぁ、なんて人なの。今のを全部防ぐなんて」

「いやぁギリギリだったよ」

「しかも息を切らしていないし。どうしてそんなに体力あるのよ!」

「さあどうしてかな」


 相当努力して鍛えていたはずなのに、それが通用しないどころか、まだ届かない点があると分からされてしまった。とはいえ苛立ちを覚えるが冷静さは失っていない。


「ふぅ……そっちからは攻撃してこないの?」

「沢山攻撃を受けたから手が痺れちゃって」

「そうやって私の息が整うのを待ってくれてるんでしょ。甘く見られたものね」

「本当なんだけどなぁ」


 爪は攻撃にも防御にも使えて便利だと思っていたが、守備に使うと衝撃がダイレクトに伝わってくるため手が痺れやすいということにダイヤは気が付いた。レッサーデーモン製のグローブをしてなかったらすでに使い物にならなくなっていただろう。


「(攻撃の手段をもっと増やさなきゃダメかな)」


 一つの武器に拘るのも良いが、ダイヤは極めるタイプではなく、複数の攻撃手段を組み合わせて工夫するのが得意なタイプだ。少なくとも遠距離攻撃やガードに関する別の手段が欲しい。そのことに気付いただけでもこの決闘を受けて良かったと言えるだろう。


「それじゃあお互い休んだところで第二ラウンドと行きましょうか」

「だね」


 今度は両手共に順手に構える密。

 そしてこれまで同様に腰を落として爪を構えるダイヤ。


 彼らの決闘はここからが本番だ。

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