114. らくらくランクアップ
『フシャアアアア!』
四足歩行のDランク猫型魔物、ハイスピードキャットを相手にダイヤは腰を落として爪を構える。
「(相手の動きを良く見るんだ)」
魔物は素早いステップで縦横無尽に走り回りダイヤを翻弄させんとする。だがダイヤはあくまでも冷静に眼でしっかりと相手を追い、最低限の足の動きだけで体の軸を回転させて常に魔物を自分の正面に捉え続けた。
「(ここだ!)」
我慢比べに先に根負けしたのは魔物の方。ダイヤのロックオンを外せないと観念したのか、今度はスピードに乗って真正面からダイヤに飛び掛かって来た。
だがダイヤはその瞬間を待っていた。
『フギャアアアア!』
魔物にすれ違うように爪を振るい、その体を大きく抉り取る。魔物はそのまま地面に落ちることすら無く霧散した。
「ふぅ」
「うんお見事。そしてお疲れ様」
確実に撃破したことを確認したダイヤは軽く息を吐き、近くで戦いの様子を観察していた狩須磨教師が彼にねぎらいの言葉をかけた。
この戦いはランクアップ簡易試験であり、狩須磨が試験官だった。
「念のために確認しておきますけど、今の戦い方を選んだ理由は?」
「ハイスピードキャットは行動スピードが速い魔物ですが、威力が高い攻撃は正面からのものだけなので、それだけはまともに受けないようにと相手の動きをしっかりと見ました。また、防御力がかなり低く爪を軽く振るうだけで倒せることも知ってましたので、相手の攻撃を避けるタイミングで軽くカウンターを当てられればラッキーくらいの気持ちで行動し、上手く行ったという感じです」
試験内容は全く伝えられずにハイスピードキャットと戦うように指示されたのだが、ほとんどの魔物の情報が頭に叩き込まれているダイヤであれば、的確な行動を取るのは余裕だった。
「知識もあり、冷静に行動出来ています。Dランクの相手では物足りないって感じでしょうか」
「そんなことないです。今回の相手だって少しでも油断したら一方的にやられていたでしょう。これ以上の相手に挑むのはまだ早いです」
「あっはっは!実力を過信していないのですね。良いでしょう。合格です」
「え?」
「貴石ダイヤ君。君のランクをEランクからDランクに訂正します」
「あ……ありがとうございます!」
元々、身体能力の面では新入生の中で屈指のレベルなのだ。しかもダンジョンについての豊富な知識を有し、何があっても冷静に行動できる。そんなダイヤが爪という武器を手にして攻撃力を確保したのならむしろDランク以上でなければおかしい。
「でも狩須磨先生。Dランクの試験にしては相手が強すぎませんか?ハイスピードキャットってDランクの中でもまぁまぁ強いですよね」
中位とまではいかないが、下位の中でも上位に入る強さがある魔物だ。なお集団になると一気にDランク上位になるので注意が必要だ。眼で追えなくてパニックになっている間に無残に斬り刻まれるというのがお約束の事故と言われている。
「このくらいでないと君の実力を測れないと思ったからですよ。尤も、この程度では足りなかったようですが」
「えぇ……普通より難しい試験内容にするとか酷いですよ」
「ごめんごめん」
「全く、桃花さん達は大丈夫ですよね?」
「ええ、あちらは普通ですね」
現在、事件に巻き込まれた面々が同時に試験を受けている。ダイヤだけは難易度が高い特別試験を受けさせられているが、他は同じ場所で普通に試験を受けさせられているとのこと。
もちろん試験の難易度も気になるところだが、本当に気になるのは合格できるかどうか。
特に後衛の桃花や奈子、そしてどれだけ強くなったのか分からない朋チームが不安だった。もちろん信じてはいるが、それはそれこれはこれである。
「この審査はDランク下位のダンジョンで十分に戦えるかどうかを確認するためのものです。ですから彼らは合格しますよ」
「先生は皆の強さを知ってるのですか?」
「先日の事件で事情聴取を担当しましたからね。話を聞けばどんな冒険をしてきたのかは大体分かります。貴石君のチームで言えばキングコブラとの一戦が非常に大きな経験となったでしょう。魔物との戦いが苦手な桃花さんは戦う勇気を身に着け、探索に相応しくない格好に固執していた金持さんは殻を破り、発動確率が低い奇跡に頼りきりだった木夜羽さんは諦めない気持ちを奮い立たせて杖を使った接近戦も出来るようになった。実力的にも精神面でも十分に合格ラインに達しています」
これがCランクとなると話は全く別になる。
Fランクの魔物は練習相手。
Eランクの魔物は普通に攻撃を仕掛けてくる。
Dランクの魔物はスキル、魔法、状態異常攻撃など何かしらの目立った特徴がある。
Dランク中位くらいまでは、スキルも何も持たない普通の人間が戦って倒せる相手なのだ。だがDランク上位からCランク以上になると、通常攻撃では攻撃が通じなかったり、とんでもない高威力の攻撃を放ってきたりと、単なる素の身体能力やダンジョン慣れだけでは対応できなくなる。ゆえに何かしらの手段でCランクの魔物に対抗できるようにならなければCランクとは認定して貰えない。
「先生楽しそうですね」
ダイヤの仲間達の評価を口にする狩須磨はとてもご機嫌だった。
「君達と同じ年頃に友と切磋琢磨したことを思い出しましてね」
「そのお友達は?」
「今も世界のどこかで探索してますよ。時々会って話をしたり一緒に探索することもありますね」
「(普通で良かった)」
昔友達と何かをした、という思い出話をするとその友とは疎遠になっていたり最悪死んでいるなんてことが良くある話だ。そういう良くないテンプレで無かったことにダイヤは少しほっとした。
「さて、試験はもうこれで終わりなのですが、私から一つ良いですか?」
「何でしょうか?」
時間があるなら桃花達の試験の様子を見に行きたいと思っていたダイヤだが、お願いされたら断れないタイプなので素直に話を聞く。
「俺と一戦やらないか?」
「え?」
いきなり戦意を剥き出しにしての予想外のお願いに、ここがダンジョンの中だと言うのに呆けてしまった。
「ご冗談を。僕がAランクの先生に敵う訳ないじゃないですか」
「それは分からないぞ。ランクなんてものは所詮スキルとか魔法をどれだけ上手く活用できるかっつー話だ。人間の限界以上の動きなぞ出来ん。漫画みたいに眼で追うことも出来ない高速バトルだなんてあり得ない訳だ。なら下位ランクのお前にだって勝てる可能性があるだろ」
姿を隠したり防御力を無効にするなどの魔法系物理スキルはあれども、人間が不可能な動きを実現するスキルは存在しない。身体能力向上のバフをかけても、実力以上の動きによる
つまりはAランクの相手であっても戦いになるのだ。
「魔法無しでやってやるから戦ろうぜ」
「はぁ……そっちが先生の本性だったんですね」
「ああ。教師なんてやってる手前、大人ぶった態度じゃなきゃ怒られちまうからな。猫被るのも大変なんだぜ?」
「大人って大変ですね。だからといって同情して戦うなんて言いませんが」
「なんでだよ!Aランクの相手と戦う機会なんて滅多にないぜ!せっかくの成長の機会をふいにする気か!?お前はそんなタマじゃねーだろ!」
強くなれるのであれば喜んで挑戦するのがダイヤである。ここで尻込みするのも断るのもどうにも彼らしくない。狩須磨の煽りに対し、楽しく煽り返すいつものダイヤとは何かが違う。
「だってここはダンジョンの中ですよ。いくら先生が手加減してくれたとしても万が一があります。僕はそんなので死にたくない。Aランクと戦える機会
なんてことはない。
ダンジョンの中だから警戒を怠っていないというだけの話だった。
狩須磨が魔物を近づかないようにしてくれるかもしれない。
狩須磨が程良い感じでダイヤを傷つけないように手加減してくれるかもしれない。
だがそんな他人任せの安全の可能性になんの意味があるのか。
もし狩須磨が生徒に危害を加えるような人間だったら、もし狩須磨が手加減を失敗してダイヤを殺してしまったら、もしDランクの魔物が最悪のタイミングで乱入して来て二人に致命傷を与えてしまったら。
狩須磨のことをまだ殆ど知らないダイヤが彼を百パーセント信頼することなど、いくら相手が教師でもあってはならない。
ダイヤはあくまでも現状を冷静に判断し、危険極まりない戦闘を回避しただけのこと。
「…………」
ダイヤの答えを聞き、狩須磨は眼を閉じて無言で何かを考えている。
ダイヤを説得する言葉を考えているのか。
戦いに応じない消極的な姿勢にがっかりしているのか。
無理やりにでも戦わせるにはどうすれば良いか考えているのか。
やがて狩須磨はゆっくりと目を開けてダイヤに告げる。
「合格です」
「え?」
好戦的な雰囲気は霧散し、いつもの生真面目そうな先生モードだ。
「貴石君は宝を前に冷静さを失わずに判断出来ました。Dランク以上のダンジョンではレア素材などを囮に罠にかけるような仕組みもあります。そのような場合にも対処可能かどうかを試させて頂きました」
「じゃあ『戦ろうぜ』ってのは試験の一環だったんですか?」
「はい。合格を貰って油断したところでこっそり追試をして受験者の本質を見極めるのが狙いです」
「性格悪いなぁ」
だがその性格の悪さがダンジョンにはあるのだ。この追試で不合格になることは実は無いが、ダメ出しして凹ませて気を引き締め直させる目的がある。
その目的は理解したが、ダイヤにはそれでも少し気になることがあった。
「どうして『戦ろうぜ』なんて言ったのですか? その手の罠があるところに実際に誘導する方が簡単だと思うのですが」
「貴石君は『精霊使い』の能力のおかげで大抵のアイテムは入手し放題じゃないですか。物欲では『欲しい』と思う気持ちを十分に引き出せないかと思いまして。その点、Aランクとの命を懸けた戦いは君の能力でも得られない貴重な経験です」
「なるほど、命が守られた『決闘』では得られない真剣勝負に僕が惹かれると思ったのですね」
「はい」
実際、ダイヤは心の中で狩須磨の誘いを非常に魅力的に感じていた。冷静だったがゆえにデメリットの方が大きいと判断して却下した訳だが、もし狩須磨のことを心から信頼し、ここで戦っても本当に安全だと確信出来ていたのであれば喜んで戦いの提案を受けただろう。エサの選択としては最適だったわけだ。
「ではもう一つだけ聞かせてください」
「何でしょうか?」
「さっきまでの先生は演技だったのですか?」
「はい」
「本当に?」
「本当です」
「本当の本当に?」
「本当です。どうしてそこまで気になるのですか?」
「いえ、あっちの方が素に見えたもので」
「…………」
好戦的な姿こそが狩須磨の真の姿であり、猫を被っているというのは本当のことなのではないか。ダイヤはそう感じていたのだ。
「僕としてはさっきまでの方が好みですけどね」
「…………」
「でも大人には色々あるのでしょうから、このくらいにしておきます」
「…………感謝します」
ということはやはりダイヤの感覚は正しかったのだろうか。気にはなるけれど、どうしても知りたいことでも無かったので考えないことにした。
「ではそろそろ戻りましょうか」
「……はい」
「もう試験は本当に終わりですから、そんなに警戒しないでください」
「ダンジョンの中なので普通に警戒しているだけですよ」
「そうですか」
警戒しないで良いと言われて素直に従う訳が無い。ダンジョン内の様子にも、狩須磨の様子にも細心の注意を払って入り口までの道を進む。
「貴石君」
「はい」
「いずれ本当に戦いませんか?」
「『決闘』で良ければ」
「もちろんです。お待ちしてます」
今のダイヤではAランク相手に良い経験を積めるほど強くはない。先程はカリスマがランクが低くても勝負になる可能性はあると言ったが、実際問題挑んだところで瞬殺されるのがオチだ。もっとスキルと魔法を揃え、経験を積む必要がある。
最高難易度のダンジョンを攻略するならばAランク相手に勝てなければ話にならない。
ダンジョン・ハイスクールでのダイヤの目標がまた一つ生まれた瞬間だった。
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