第三章 『私が貴方を愛する理由』

113. 狙ってたわけじゃないのにランクアップのチャンスが来ちゃった

 ゴールデンウィークが明けた直後の朝のホームルーム。


「皆さん、おはようございます」


 いつものように柔和な笑みを湛えたおばあちゃん先生が入って来た。事件の影響で少し不安気な生徒達だが、ほっこりする笑顔によりリラックス出来た。おばあちゃんの優しい笑顔は正義である。


 なお、事件については全校集会で説明されることになっているため、このホームルームではその話をする予定はない。とはいえ『精霊使い』クラスは被害者がいるため、何も触れないというのも変な話だ。


「貴石さん、李茂さん、見江春さん、夏野さん、常闇さん。ご気分が優れないようでしたら休んでくださいね」


 事件後に一日の休日があったとはいえ、ハードな洞窟探索で相当疲れが溜まっているに違いない。しかも昨日は事情聴取などに積極的に協力したため完全休養とはいかなかった。無理せず登校しなくても良いとおばあちゃん先生でなくとも言うだろう。


「僕なら大丈夫です。学校好きだから登校した方が元気になります」

「私も同じ!」

「俺も引きこもるよりこっちの方が良いかな」

「私は別に休んでも良いけど、そんなに疲れて無かったしまぁ来ても良いかなって」

「俺は貴石とは違って探索はしてないから……」

「あらそう? くれぐれも無理はしないでね」


 学校が好きというダイヤの言葉が嬉しかったのだろう。おばあちゃん先生の笑顔がより深いものになった。


 なお座席は自由なのでゴールデンウィーク明けに席が少し変わった。ダイヤの左隣に朋が、右隣に桃花が、そして朋の三つ隣に向日葵が座っている。ゴールデンウィーク前まで向日葵は朋やダイヤとはかなり離れたところに座りたがっていたので大きな変化であり、クラスメイト達はニヤニヤと彼女の様子を見守っていた。


「では連絡事項を伝えるわね。まずは六月に行われる球技大会について。参加希望者は今週末までにスマDで登録して頂戴。参加人数に応じて複数のクラスを合わせてチームを作ることになるわ」


 球技大会はスキル無しの普通の高校イベントだ。男子の場合は一年生がハンドボール、二年生がサッカー、三年生が野球、四年生がラグビー、五年生がバスケットボールとなっている。ただし全員が参加したとしても一クラスでチームを作れない場合が殆どなので、複数のクラス合同でチームを作ることになる。


 もちろん学生生活を満喫したいダイヤは参加だ。そしてダイヤに匹敵するくらい学校行事を楽しみたい桃花もまた参加は確定事項で、参加した後のことが気になって一つ質問をした。


「先生!一緒になるクラスは選べますか?」

「要望は聞くけれど、バランスの良いチーム分けにしたいから通るとは限らないです」

「そっかー、それじゃふりちゃんや奈子ちゃんと同じチームになるのは無理かな」


 少なくとも合宿で一位と二位だった『精霊使い』クラスと『英雄』クラスが一緒になることは無いだろう。桃花としてはダイヤのハーレム仲間と一緒にイベントを楽しみたかったのだろうが、上手くはいかないものである。


 他に質問は無かったのでおばあちゃん先生は次の話をする。


「スマDに新たにクラン相談窓口を設置しました。どのクランに入るか相談したい場合はそちらに相談内容を投稿すると専任の先生からアドバイスをもらえるわ」


 これは先の事件の対策の一つだ。裏で悪事を働いているクランの存在が明るみになったことで、新入生達はクランに入って良いかどうかを例年以上に悩むようになるだろう。失敗したら自分も悪事の片棒を担がされたり、クランメンバーに酷い目に遭わされるかもしれないと想像するようになってしまうからだ。ゆえにそう言った心配を解消するために、そして大半のクランは真っ当で安全だからと安心を促進するために、急遽設立されたのがクラン相談窓口である。


「でも皆さんには不要だったかしら」


 『精霊使い』クラスはダイヤ渾身のクランリストを持っている。そこにはクランの良し悪しまでもまとめられているため、改めて先生に相談する必要は無いだろう。利用するにしてもダイヤの調査が正しいかどうかを確認する程度か。


 おばあちゃん先生の言葉に生徒達は大きく頷き質問は無さそうなので、この話はこれだけで終わりだ。


「先月の合宿を終えて、皆さんにはランクが設定されました。もしその設定に不服がある場合は来週末までにスマDで申請してください。そうすれば再審査して、合格すれば希望のランクに変更できるわ」


 ランクは重要だから間違えないようにしっかりと設定して欲しい。そう思う人が多いかもしれないが仕方のないことだ。何しろ一学年に千人近くの新入生がいるのだ。短期間で判断すると多少は間違いや実力とのズレが生じてしまう。その補正のために、この再審査期間が設けられている。


 なおこの審査期間後にランクを上げたい場合は、時間のかかる試験を突破しなければならない。今ならば四月の評価と、追加の簡易審査を合わせて判断してくれるため、通常よりもかなり楽にランクアップ可能だ。


「それだ!」


 再審査の話を聞いて満面の笑みで立ち上がったのはダイヤだった。


「ダイヤ君? いきなりどうしたの?」


 珍しく興奮しているダイヤの様子を桃花は不思議そうに見上げていた。再審査の話に食いついたのだから再審査を希望するのだろうとは思ったが、だとしてもホームルーム中に立ち上がるほどに強く反応するのは意外だった。


「桃花さん!一緒にDランクになろうよ!」

「ええええ!?私も!?」


 魔物が怖い自分がDランクになるなど考えたこともなかったため、あまりにも予想外な提案に桃花も大声をあげて驚いてしまう。


「無理無理無理無理!Dランクダンジョンなんて無理!」

「何言ってるのさ!僕達はDランクの魔物をあんなに倒したじゃないか!」

「…………あ!」


 確かに桃花はつい最近までDランクの魔物が蠢く魔窟を攻略していた。しかもボスまで協力して倒した。


「僕も、桃花さんも、朋も、夏目さんも、Dランクになれるチャンスだよ!」

「俺も!?」

「わ、私も?」


 四人とも四月はダンジョンで真面目に戦っていた。合宿での評価も高い。その上でDランクの魔物相手にも戦えることを証明すればDランクになれる可能性は確かにあるだろう。


「そうすればスキルポーションを取り放題!」

「「「「!?」」」」


 スキルポーションはDランク以上のダンジョンで入手できる。そこに入り放題ということは、魔物さえ倒せればスキルポーションを大量ゲット可能だ。それすなわち、大金持ちになることも、大量のスキルを覚えて強くなることも可能と言うこと。


 Eランクのままなのと、Dランクに上がるのとでは雲泥の差がある。再審査に挑まない手はないだろう。


「芙利瑠さんと奈子さんは合宿の時の様子は分からないけれど、四月は頑張ってダンジョンに入ってたみたいだし、夜職のお姉さんは全く分からないけれど、皆でDランクになれるかも!」


 それは決して過大評価ではない。Dランク相当の洞窟を生き延びて帰って来た彼らは、Dランクダンジョンに挑めるだけの経験を積んでいる。四月の評価が余程酷くない限りはランクアップの可能性は高いだろう。


「(それに廃屋、じゃなかったハーレムハウスクエストも進められるようになる!)」


 ハーレムハウスの改築や増築には、Dランク以上の素材が求められる。ダイヤだけでなく、ハーレムメンバーの多くがDランクに設定されれば、素材の回収も協力してどんどん進められる。


 Dランクになることでやれることが格段に増え、思わずテンションが上がってしまったのだ。


「貴石さん落ち着いて。審査は逃げませんよ」

「あ……ごめんなさい」

「いえいえ。嬉しい気持ちは良く分かるから気にしないで頂戴。あなた達なら問題なくDランクになると思うから、是非申請して頂戴ね」

「はい!」


 最底辺クラスと思われていた『精霊使い』クラスから、Dランクの生徒が一気に四人も登場する。それはあまりにも信じがたいことで喜ばしいことなのだが、ダイヤ慣れしてしまったクラスメイト達は驚くよりも先に自分もDランクになりたいと願う気持ちの方が大きかった。決してネガティブにはならず、自分達もそうなれる可能性があるのだと心から信じられるようになり、未来に希望を抱けているから。


「それともう一つ。ランクアップするということは決闘されやすくなるということよ。その点も気にしましょうね」


 決闘システム。


 何かを賭けての対人戦闘は、月に一度まで下位ランクからの挑戦を断れない。Eランクの場合はFランクが対象だが、Dランクの場合はFランクとEランクが対象になるのでより狙われやすくなる。支援職のDランクと攻撃職のEランクの組み合わせなどの場合に波乱が起きやすいが、その場合は賭ける内容で支援職側が有利になる調整が為される。と言っても、攻撃職が支援職に決闘を挑むことそのものが恥ずかしい行いで、しかも負けでもしたら赤っ恥なことこの上ないためあまり行われない。


「あ、そっかぁ。決闘もあったね。どうしよう。私がDランクになってもEランクの人に負けちゃうよ」

「桃花さんなら簡単には負けないと思うけどな。バトルロイヤルでも最後の方まで残ってたでしょ」


 それにローブの女とも対等に渡っており、魔物相手よりも人が相手の方が得意なタイプのように見える。今のスキルは支援職寄りだけれど、十分に攻撃職とも渡り合えるだろうとダイヤは感じていた。


「だってあれは……ううん、ネガティブなこと考えるのはやめよう。やっぱりDランクを目指すし、決闘に挑まれても勝つ!」


 つい負ける言い訳をしようとしてしまうが気持ちを切り替えた。これからダイヤの隣を歩こうと言うのに、この程度で恐れていたら隣どころか背を追うことすら出来ないだろう。

 『精霊使い』は弱いという先入観と、魔物が苦手で恐れてしまう自身の特性からつい卑屈になってしまいがちだが、この調子だと徐々に変わって行けそうだ。


「そうこなくっちゃ!それじゃあいっそのこと狩須磨先生に挑んでみようよ!」

「よし、それじゃあ……ってなんでやねーん!」

「あはは。でもいずれ挑めるほどに強くなろうね」

「うん!」


 微笑ましい決意表明ではあるが、今はまだ朝のホームルームの途中ということを忘れてはいないだろうか。


「仲が良いのは素敵なことですが、終わってからやりましょうね」

「はい」

「……はい」


 ダイヤのことしか見えていなかったことに桃花は真っ赤になって恥じらい、そんな桃花の様子をニマニマと堪能するダイヤであった。


 もしかしてこれから毎日バカップルっぷりを見せつけられるのでは。


 そう思ったそこのクラスメイト。まだまだ甘いぞ。このクラスには朋と向日葵というツンデレケンカップルという爆弾も存在しているのだ。君も早くお相手を見つけなければ、甘酸っぱい空気にダメージを受けること間違いなしだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る