107. ギスギスギスギスギスギスギスギス

「はぁ……鹿目しかめ大丈夫かな。心配だ」


 ゴールデンウィークが明けてから数日。普通クラスの雄渋おぶ不断ふだんは、いつもならパーティーメンバーの鹿目しかめ壱豆いちずが座っているはずの空席に視線をやりながら溜息をついた。


「真面目なあいつが登校もせずに自室に引きこもるだなんて、余程ショックだったに違いない」


 寡黙だが体を張ってパーティーメンバーを守ろうと奮闘してくれる壱豆のことを心から信頼していた。パーティーメンバーとしてだけではなく、友人としても末永く付き合うことになる相手だと感じていた。


 だからこそ彼が苦しんでいるのであれば不断は助けてやりたいと強く思う。しかし今回は何をしてやれば良いのか分からず、声をかけることすら難しい。


「失恋した友達をどうやって慰めてやれば良いんだ……」


 せめて自分が恋愛経験豊富であれば対処方法を思いつくかもしれないが、不断は恋愛初心者だ。失恋した者を相手に何を伝えてどのような行動をすればOKなのか、逆に何をしたらアウトなのかが全く分からない。適当に思いついたことをやってアウトなことをしてしまい、友情にヒビが入るだなんてことになったら最悪だ。


「しかしまぁ、よりにもよって好きな人が懸想したのがハーレム男だとか可哀想すぎる。こういうのなんて言ったっけか、寝取られだっけ? それともBSSだっけ?」


 恋人関係だったわけではないため寝取られではなく、BSSは正しいかもしれないがハーレム男に堕とされたこととそれとは関係無いためここでその言葉を使うのは微妙だ。所詮ネットで聞きかじったスラングであり、不断は何となく口にしただけで真意など気にしていない。


「しかも合宿の時にはもう無理だったってのが悲しいよな。愛想あいそさんと苗笛なえふきさんが正しければだけど」

「呼びました?」

「何かな何かなー」


 話をすればなんとやら。不断のパーティーメンバーの女性陣がやってきた。


 神官の愛想あいそ 重深しげみと魔女っ子の苗笛なえふき 秋茶玖あきさく


 彼女達は不断の両隣に座り、肩がくっつくのではと思えるくらいに近づいてきた。


「おはよう二人とも。な、なんか近くない?」

「そうですか?」

「ふつーふつー」


 壱豆が失恋凹みして自室に籠り出してから、二人の距離が妙に近い。それも不断が最近困っていることの一つだった。


「それで私に告白ですか?」

「告白なら私だよねー」

「何でそうなるんだ!? 鹿目しかめのことを考えてたんだって!」


 二人とも笑顔なのに何故か背筋に恐ろしいものを感じた不断は慌てて訂正した。


「そっちですか」

「なんだー」


 すると彼女達が何故か不断により近づき腕に温もりを感じるようになったが、変に反応して勘違い・・・したら申し訳ないため気のせいだと思い込むことにした。


鹿目しかめ君は好きになった相手が悪かったですね」

「うんうん。オリエンテーリングの時にはもうすでに李茂さん・・・・堕ちてたしねー」

「本人は気付いていなかったようですが」

「男子と一緒にいてあんなに楽しそうにしてたら丸分かりだよー」


 そう、鹿目しかめが好きだったのはいんではなく桃花だった。入学してからしばらくして、偶然彼女を見かけた鹿目しかめは一目惚れ。オリエンテーリングの時にダイヤが彼に睨まれていたのは牽制していたからである。尤もその効果は全く無く桃花はダイヤのハーレム入りしてしまったが。

 彼にとって唯一幸運だったのは、洞窟内の探索が配信されていなかったこと。もし配信されていたら、ダイヤが桃花とちゅっちゅするシーンを見せられて完膚なきまでに脳が破壊されていただろう。失恋で凹むのは変わりないが、ダメージ量は遥かに異なり復帰にかかる時間もより長くなっていたに違いない。


「女子が男子と楽しそうにしてたら好きなのか?友達かもしれないだろ?」

「ありえませんね」

「ないない」

「でもこのクラスだって男子と女子が楽しく会話してるじゃん。まさかあれ全部……」

「楽しく会話しているのと、楽しそうに会話しているのとでは意味が違います」

「そうそう。まぁ何組かは狙ってる感じがするけどねー」

「??」


 二人の説明の意味が全く分からず混乱する不断。一方で彼らの会話が漏れ聞こえて内心焦る女子数名と、もしかして自分は好かれているのかもと思いそわそわしてしまう男子達。これからしばらくの間、彼らのクラスはぎくしゃくすることになってしまうのだが、その後何組かのカップルが本当に成立することになるのだから面白いものだ。




「ちなみに雄渋おぶ君。私はあなたとお話していると楽しいですよ」

「私もとっても楽しいー!」

「え?」




 彼女達はついに体を不断の腕に押しつけてきた。女子特有の柔らかい感触が腕一杯に伝わり、しかも吐息が頬に当たるほどに彼女達の顔が近づいてきたのだから心臓の高鳴りが猛烈に激しくなる。


「ま、またまた。揶揄わないでよ」

「本気ですよ」

「冗談でこんなことすると思うー?」

「ひっ!」


 体を押し付けられ、甘い声で囁かれ、ふとももをやらしく触られる。これが男女逆であればセクハラで一発逮捕である。


「時に雄渋おぶ君は、一緒にいるなら癒しを与えてくれる女の子が好きですか?」

「元気を与えてくれる女の子の方が好きだよねー?」

「…………」


 この質問は簡単に答えてはならない。

 不断は直感的にそう感じた。

 彼女達が甘い声なのは変わらないが、その声色の中に何故か牛刀のような迫力のある鋭さを感じてしまったから。


「パーティーに回復役は必須ですよね」

「高威力の攻撃があれば魔物をどんどん倒せるよー」

「男の子ですから胸が大きい女性が好きですよね」

雄渋おぶ君は小さくて形が良いお尻が好きだよねー」

「好きな男性に尽くせるのって素敵だと思うのですよ」

「好きな男子とは一緒に楽しいことを沢山したいなー」

「…………」


 不断に伝えているようで、その実お互いを牽制し合っている。視線は不断の顔から決して逸らさないが、どちらが不断に相応しいかをアピールし合いバチバチやり合っている。


 二人とも見た目はそれなりに良い。


 神官の重深しげみはむっちり系の美人さん。

 魔女っ子の秋茶玖あきさくはスレンダー系の可愛いタイプ。


 そんな二人からアピールされるなど、他の男子から見たらうらやま爆発しろでしかない。


「お、俺は回復も攻撃もどっちも重要だと思ってるし、女の子は見た目で判断しないから……」

「…………」

「…………」

「(ひいっ!)」


 しかも不断が持ち前の優柔不断っぷりを見せつけるものだから、クラスメイトの男子達のイライラが加速する。彼女達も笑顔のままで不満オーラを全開でぶつけてくる。


 見事な三角関係。


 鹿目が不在なため攻めるチャンスだと言わんばかりに積極的になっている女性陣。それでもどちらも選べない不断。彼らはこのままラブコメを延々と続けるのだろう。


 と、思っている人が多かった。


「私、好きな人が他の女性と付き合うことになったら生きてく自信が無いわ」

「私だったらそいつらと一緒に心中しちゃうかもー」

「な……!?」


 不断が選ばないことでフラストレーションが溜まった彼女達は狂いつつあった。


 早い段階で選んでいれば普通に悲しむだけだったかもしれない。だが選ばないことで想いが募り、ライバルの女性に対する敵愾心が育ってしまったが故に、彼女達は狂い出した。どんな手を使ってでも想い人を奪ってやる。ここまで想っているのに自分を選ばないのであれば、全てを壊してやる。


「二人とも目が怖いよ!なんか赤黒く光ってるし!」

「何を言ってるのですか?いつも通りですよ?」

「変な雄渋おぶ君ー」

「(あ、あれ?気のせいだったのかな?)」


 二人から危険な雰囲気を感じ取ってしまったが故に見間違えてしまったのか。彼女達は変わらず鋭い笑顔のままであり、瞳の色に変化は無かった。


「誤魔化さないで教えてください。雄渋おぶ君は私達のどちらが好きなんですか?」

「答えなんて分かってるけど一応私も知りたいなー」

「そうね、分かり切ってるわよね。うふふふ」

「さぁさぁ、白状しちゃいなよー」

「(ど、どうしよう!)」


 両腕はがっちりと掴まれていて逃げられない。かといってここで誤魔化したら、彼女達の症状がより悪化してしまう気もする。それならば答えるしかないのだが、そうしたところで殺傷沙汰になってしまうなんてことは無いだろうか。


 というかそもそも優柔不断すぎて本気で選べないのだが。


 どちらを選ぶのかも、両方とも選ぶのかも、両方とも選ばないのかも。


 彼にはどちらも選べない。


「答えてくれないと不安でどうにかなっちゃうかも」

「私もそろそろ我慢の限界かなー」

「ひいっ!」


 そして彼女達は選ばないという選択肢を認めてくれない。彼女達の隣に置かれている鞄の中にキラリと光る刃物らしきものがチラ見えするのは狙っての事なのだろうか、あるいは見間違いか。


「さぁ」

「…………」

「さぁ」

「…………」

「「さぁ」」

「(誰か助けて!)」


 その願いは不幸にも届いてしまった。


「ホームルーム始めるぞー」


 担任教師がやってきてしまったのだ。こうなっては流石の彼女達も諦めざるを得ない。


 そしてまたフラストレーションを溜めて彼女達の症状は加速するのであった。


 果たしてストッパーとなる鹿目が戻ってくるまで不断は耐えきれるのだろうか。 

 そして鹿目が戻って来たとしても、失恋した彼が女子に迫られる不断の様子を見て耐えられるのだろうか。


 彼らの関係が色々な意味で終わる時は近い。

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