108. 間に合わなかった者達 メインヒロインver

「ダイヤ!ダイヤはどこ!?」


 猪突猛進。

 ダイヤから連絡を受けたいんは、その言葉が似合う程の勢いで洞窟までやってきた。


 なんとしてもダイヤを助けるため、ではない。


『このままじゃ本当にハーレムを作っちゃう!』


 ダイヤが誰かを助けに行く。それは女子を堕としに行くのと同義だという認識が彼女にはあったからだ。そうならないように駆け付け、自分が問題を解決することでダイヤの好感度上昇をどうにか抑える。


 だがその狙いは後一歩のところで間に合わなかった。


 彼女が到着したのは、洞窟の床が崩れてローブの三人が脱出した直後だったのだ。完全に間に合わなかったのではなく、惜しかったところがまた彼女の不憫さを強調している。


 焦った彼女は洞窟の中を徹底的に探したが、地下への道は完全に塞がっており何が起きたのか全く分からない。そうこうしている間に他の救援部隊も到着してしまった。


「やあ猪呂さん、荒れてるね」

「聖天冠君、ダイヤが何処にも居ないの……」

「また何かに巻き込まれちゃったのかな。猪呂さんの仲間が増えるね」

「うわああああん!」


 仲間が増えるのは望も同じ話なのだが、彼の方は特に気にしていない様子である。嘆いているいんについても『すぐに慣れる』と思っているため必要以上に慰めようともしていなかった。段々といんの扱いが雑になってきているのはある意味愛されている証拠なのだろうか。


「ところで猪呂さんは、ダイヤ君の課題はクリア出来たのかな?」


 それは合宿の時に突きつけられたこと。この先ダイヤと共にダンジョン探索をするのであれば、仲間の怪我に動揺せずに行動できるようにならなければならない。厳しい指摘であるが、ダイヤは高難易度ダンジョンの探索を目指しており、そこでは一瞬の戸惑いが命取りになる。いんもついていきたいと思っているのをダイヤは察しているため、敢えてこの指摘をしたのだ。


「…………分からない。一人で頑張っても意味無いもん」

「あはは。そりゃそうだよね」

「気付いてたの!?なら教えてよ!」


 『英雄』クラスのクラスメイト達は、いんがダイヤから離れて一人で特訓していることを知っていたが、仲間の怪我に反応しないという課題なのにソロで訓練しても意味が無いことに気付いていた。それなのに何故教えてあげなかったのか。


「ショックを受けているようだったからね。しばらく一人にしてあげた方が良かったかなって思ってさ」

「う……」


 合宿で沢山凹まされてしまったがゆえ、一人になって落ち着く時間が必要だろうと考えていたからだった。


「…………ああもう、私ったら私ったら私ったら!」


 自分がどれだけ大切に想われているのかを改めて知り、顔を真っ赤にして頭を掻きむしりながら取り乱す。家族や友達からの愛情を疑っていた彼女にとって、ドストレートな思いやりは劇薬とも言えるほどに効果があったのだ。


「ヨシ!」

「もう平気?」

「うん、ありがとう」

「どう致しまして。その調子で新しい仲間とも上手くやれると良いね」

「思い出させないでよ!」


 ウジウジしていた気持ちは切り替わったが、まだダイヤのハーレムについては受け入れられないらしい。ぷりぷりと可愛らしく怒るいんを見ながら望は思う。


「(ダイヤ君の夢についていくのは大変だよ。ハーレムに入るなら特にね)」


 性転換を考えているからこそ、自分が女性になった場合のメリットデメリットを望は良く考える。

 そしてそのデメリットの一つに、ダイヤと並んで戦い続けることの難しさがあることに気付いていた。


 その難しさとは、ハーレムに入ると子供を産み育てなければならないこと。


 妊娠後期から出産後まで、激しい運動を禁止されてはダイヤと共にダンジョンに入ることなど難しい。特に望もいんも前衛だから早い段階で探索不可になってしまうだろう。仮に乳母を雇って育児を任せたとしても、二人目、三人目を産むことを考えると、ダイヤと共に探索が出来る時間は限られてしまう。そんな中でダイヤの成長に追いつきながら最前線を駆け抜けるなど、無謀とも言えるだろう。


 だがそれでも諦めたくないのが夢というものだ。


 ダイヤに愛されることも、ダイヤと共に歩むことも同時に叶えたい。


 少なくとも望はそう考えており、いんもまた、いや、ダイヤのハーレムに入る者達は揃って同じことを希望するだろう。


「(今はまだそのことは言わなくても良いかな)」


 自然と気付くことであるし、そもそもいんはまだハーレムを受け入れることに抵抗がある様子だから、その先のことは伝えるべきではないと望は判断した。


「ちょっと聞いてるの!」

「ああ、うん。ごめんごめん、これからどうしようかなって考えてて」

「……そうね」


 今はダイヤのハーレム問題よりも、ダイヤが巻き込まれていることについて考えることが先決だ、という形で誤魔化した。


 上級生や教師も到着して調査を始めているが、まだ何も見つかっていない。このまま調査の手伝いをするか、それとも別の視点から何かをすべきか。


「うふふ。それなら良い情報があるわよ」

「誰!?」

「あなたは!?」


 背後から突然話しかけられて驚きながら振り向くと、そこにはこの場に明らかに不釣り合いな巫女服の格好をした少女が立っていた。


視絵留みえるさん、ですよね」

「あらまぁ、私の事をご存じでしたのね」

「ダイヤ君のハーレムを確約されている女性となればもちろんです」


 ダイヤのハーレム入りを希望している望が、ダイヤ周りの女性の事を知らないはずが無い。謎の巫女少女、視絵留みえる 未来みらいのことも当然動向を調査していた。


「ガルルル!」

「彼女はどうしたの?」

「あなたがダイヤ君とセックスする姿が思い浮かんでしまい牽制しているのだと思います」

「聖天冠君!?」


 未来の色香漂う雰囲気はどうしても性を連想させる。そこにダイヤのハーレム相手という情報が組み合わさることで、いんの脳内には彼女とダイヤがくんずほぐれつする姿が浮かび上がってしまったのだ。


「うふふ。猪呂さんも主様にたっぷり愛されるのですから、牽制する必要は無いのよ」

「な、な、な、なんてことを言うのよ!」

「彼女はまだ色々と初心なのでそのくらいでご勘弁を」

「聖天冠君!?」

「配信ではあんなに熱烈に攻めたのに?」

「その話はしないで!?」

「初心だから暴走してあんな風になっちゃったんですよ」

「聖天冠くうううううん!?」

「なら仕方ないわね。私と一緒に性の勉強でもする?」

「あんたら弄るのも良い加減にしなさい!」


 がっつり動揺させられながらも、タッグを組んで弄られていたことには気付いていたらしい。


「ふー!ふー!」


 顔を真っ赤にして抗議する様子からはもっと弄りたくなってしまうけれど、これ以上は本気で拗ねられかねないと思い話を変えることにした。


「それで僕達に何か御用でしょうか?」

「先ほども言ったけれど、良い情報があるのよ」

「良い情報?」

「ええ、今回の事件の黒幕的な話よ」

「…………」

「…………」


 突然事件の核心に迫る話を切り出され、望もいんも真剣な表情へと切り替わる。


「それは私達では無く、先輩や先生方に伝えるべきでは?」

「証拠が無いから信じて貰えないわ。それにあまり大事に出来ないのよ」

「どういうこと?」




「露骨に未来を変えようとすると、この世界が滅んじゃうかもしれないから」




「…………」

「…………」

「な~んちゃって。びっくりした?」


 彼女は冗談だと誤魔化したが、望達はどうしてか彼女が嘘をついているように見えなかった。世界の滅びという突拍子もない話を否定出来ないでいる。


「あなたは一体」

「うふふ。ただ少しばかり未来が見えるだけの普通の女の子よ。そう、見えるだけで何も出来ない、悲しむ人がいると知っているのに救いの手を差し伸べることも出来ない、そんな無力な女」


 ほんの僅かだが、彼女の顔に影が射したかのように望には見えた。


「ということで、無駄なあがきを受け取ってくれないかしら。どうやらこの程度なら大丈夫みたいだから大盤振る舞いするわよ」

「……ではありがたく頂きます。そして無駄で無いと証明して見せましょう」

「うふふ。良い男ね」

「……ありがとうございます」


 性転換を希望しているため喜ばしい誉め言葉では無いが素直に感謝した。それと同時に思う。


「(まさか彼女も私の希望を知っているのか?)」


 全てを分かっていて敢えて良い男だと冗談めかして褒めたのではないだろうかと。


 彼女がもし望が性転換した未来を見たのであれば、この先の人生には期待しかない。だが周囲に人がいる中でトップシークレットであるそのことを問うことは出来ない。


「うふふふ。どうしたの?」

「いえ、なんでも。情報をお願いします」


 未来を聞いてしまったら未来が変わるなんて話は良くあることだ。ゆえに望は確認したい気持ちを必死に抑え、話の先を促した。


 彼女から伝えられたのは『グラの木』をエサに女性陣を誘き寄せたのは『DOGGO』というクランであること。そして『DOGGO』の上には『悪鬼夜行』というクランがいるという話だった。更には何故おびき出したのかの理由も簡単にだが匂わせた。


「…………」

「…………」


 とんでもない爆弾情報にまたしても無言になってしまう望達。


「私は彼女の言葉を信じ、急いで『DOGGO』のクランハウスに行ってみようと思う」


 未来が匂わせた悲劇が本当に起きているならば、一分一秒でも早く被害者を開放すべきだ。その判断の元、望は学校に引き返す道を選んだ。


「私はここでダイヤを探してるわ。ダイヤが出てくれば全て明らかになるでしょうし」


 未来の話には何も証拠が無い。しかし『DOGGO』の策に巻き込まれたらしいダイヤが見つかればその証拠が見つかるかもしれない。ダイヤの発見こそが被害者の素早い救出に繋がるのではといんは考えた。


 今はまだ裏方として動きたい望。

 少しでも長くダイヤの傍に居たいいん


 それぞれのスタンスの違いにより選択が変わったとも言えるだろう。


視絵留みえるさん情報ありがとう。行ってきます」

「私も調査隊に混ざってくる」

「うふふ。気を付けて下さいね。そこから先は視てません・・・・・ので」


 予期せぬ情報を元に、二人は各々やるべきことを見つけ歩き出す。最後にその背にもう一度声がかけられた。


「そうそうお二方とも、赤黒いオーラ・・・・・・が視えたらすぐに引き返してください」

「え?」

「え?」


 一体何を言っているのかと不思議に思い振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る