106. 私がやらなきゃ誰がやるっていうの
『
その言葉が
「はぁっ!はっ!このお!」
心の
「別に、私は、精霊使いを、見下してなんか、いない!」
そう思っていたのだが、ダイヤに指摘されて胸が痛むということはそういうことなのだろう。そんなことは彼女にだって分かっている。しかし『精霊使いが弱いから見下している』と思われていることがスッキリしなかった。
「(確かに私は彼を見下していたかもしれないわ。でもそれは、彼だけじゃない。私は他の人よりも圧倒的に努力して来た。だから他の人が自分よりも能力的に下だと思っても良いじゃないの)」
彼女は高レベルのスキルを有しており、それはダイヤが想像した通りに入学以来ひたすら鍛え続けた結果だ。魔物を狩り続けた時間は誰にも負けないという自負がある。実際、Dランクと学校に評価され、早速Dランクダンジョンに入りソロで順調に狩り続けられているのだから、自信を抱いても良いはずだ。少しくらい他人と比べて優越感を感じてもバチは当たらないはずだ。
だが彼女はダイヤに負けた。
朧スキルを見破られ、素の戦闘能力でも負け、あっさりとハチマキを奪われた。
それが悔しいのか、あるいは他人を見下すようなメンタルがダメだったのか、そもそもまだ努力が足りないと言うのか。
様々な想いがもやもやとなり彼女の心を澱ませていた。
「朧!」
姿をくらましての短剣二刀流。一か月で稼いだお金で、素早さが少し上昇するくノ一風隠密装備も入手した。少し露出が多くて恥ずかしいが、職業にマッチした装備で着飾りたいと思うのは年頃の少女故か。
彼女の存在に気付いていない猪の魔物の側面へと素早く駆け寄り、二本の短剣を交差させるように下から上へと斬り上げる。
「月光」
魔法系物理スキル。体の動きを単に補助するだけでなく、魔法的な特殊効果をもたらすスキルであり、月光は防御力無視の効果がある。隠密に特化した煌めくことのない暗い刀身の短剣が、猪の身体を深くざっくりと斬り裂いた。
『ブオオオオ!』
突然の攻撃に驚き痛む猪は暴れ回りながら敵を探すが、すでに密はその場を離れている。このまま魔物が失血死するのを待つのもよし、トドメを刺すのも良し、料理の仕上げは彼女次第。
「(暴れ回る魔物は落ち着くまで待つのが正しい対処方法。でも上のランクだと待っている間に回復してしまうから急いでトドメを刺さなきゃダメな魔物も出現するわ。今のうちに練習しておかないと)」
強くなりたいと願うからこそ、危険で難しい方を選択する。もちろん安全マージンはとっていて回復手段を用意してあるし、
「
移動速度を向上させる疾風、そして木の葉がふわふわ舞うように不規則に動きながら放つ連撃。
「(ぐっ……月光無しだとこんなに固いの!)」
短剣が皮膚に弾かれ、かすり傷しかつかない。これでは何度攻撃しても殆ど意味をなさない。
「(でもだからこそ練習にはうってつけだわ!)」
ダメージが極小ということは、何度も攻撃の練習が出来るということ。密はあくまでもポジティブに魔物と向かい合う。
「(私が持っているスキルだと月光以外でほとんどダメージは与えられない。でもそれはスキルに頼った話)」
密もまたダイヤと同じように鍛えまくっている。スキル無しでも魔物と戦える。
「
彼女は再び移動速度を向上させ、今度は暴れ回る猪の上に飛び乗った。
「ぐっ……!」
振り落とされないように必死に毛を掴む様子は、暴れ牛に跨るロデオのようだ。だがそのまま耐えるだけでは状況は何も変わらない。
「この……くらい……!」
上下左右様々な方向への力に耐えながら、密はゆっくりと前に進む。そして猪の動きが少し大人しくなった隙をついて角の上へと飛び乗った。
「えい!」
小柄で軽い密だからこそ出来る芸当であり、密は角の上に乗ったまま後方へと短剣を突き刺した。
『ブオオオオ!』
その場所には猪の瞳があり、硬い体表とは裏腹にとても柔らかく、短剣は奥まで刺さった。
「よっと」
返り血を浴びた密は角からひょいと飛び降り猪と距離を取る。側面に深い傷、更には瞳を思いっきり抉られた猪の魔物は、彼女が見ている前でどうと倒れ靄となって消滅した。
「ま、こんなものかしら」
短剣についた血を振り払い、腰にぶら下げた鞘に仕舞う彼女の様子は何処となく満足げだ。最後は隠密らしからぬ力技だったが、敢えてそうしたのには理由がある。
「レベルは上がってるかな……きたああああああああ!」
自身のステータスを確認した密は待ち望んでいたスキルが発現していたことに、隠れることなど忘れ狂喜乱舞している。
「あなたをずっと待ってたわ!『急所攻撃』さん!」
『隠密』や『暗殺者』などの職業で覚えられるスキル『急所攻撃』。
姿を隠して接近してからの『急所攻撃』での即死コンボ。『急所攻撃』のスキルレベルが上昇すれば『即死攻撃』へと派生し、即死確率が上昇して行く。強さを求める彼女が喉から手が出る程欲しいスキルだった。
それを早く手に入れたくて魔物を狩り続けていたと言っても過言ではない。猪の瞳を狙ったのも、そこが急所だからだ。
「さっそく練習よ!」
彼女に限らず手に入れたスキルを使ってみたいとワクワクするのは当然のことだろう。哀れにも近くの魔物達は急所攻撃の実験台となり次々と屠られることとなるのであった。
「ふぅ、そろそろ休憩しないと」
気を晴らすために魔物を狩っているとはいえ、ここはDランクダンジョン。ソロで戦うには派手に暴れまわるのは危険だ。新スキルの練習ではっちゃけているように見えて、密は冷静さを失ってはいなかった。それどころか色々な意味で精神的に不安定であるからこそ、そういう状況でも判断ミスをしないようにと練習のために戦っている節もある。
何故彼女がそこまでストイックに鍛えているのか。強さを求めているのか。隠密という職業に就く程に存在感が薄いはずの彼女が、何故その存在をアピールするかのように魂を熱く燃やして戦いに身を投じているのか。
「もっと。もっとよ。もっと私は強くなるの。じゃなきゃいずれアレに殺されちゃう」
それは彼女が小学生の頃に遭遇したある生物が原因だった。
生まれた時から存在感が薄く、目を離していないのに見失うだなどと言われることが多かった密は、学校に通うようになってもクラスメイトから存在を認識されないことが多く友達が出来なかった。
それゆえいつも一人で遊んでいたのだが、ある日、草むらの中で
それを見た瞬間、密は恐怖で失神しそうになった。ただの蛙が自分という存在を喰い殺しに来るのではと直感的に感じたが故のこと。実際、その蛙は幼い彼女に体当たりをしてきた。その威力があまりにも小さかったため彼女は次第に冷静さを取り戻していったが、それでも体を動かすことが出来ず為すがままに威力の無い体当たりを喰らい続ける。やがて蛙が纏ったオーラは消え、気付いたら蛙は何処に去って行った。
そのオーラがトップトゥエンティと呼ばれる超高難易度ダンジョンにしか出現しない魔物が纏っているものだと知った時は驚きだった。
どうしてただの蛙がそのオーラを纏っていたのか。
どうしてあのオーラにただならぬ恐怖感を抱いてしまったのか。
どうしてあんな小さな蛙に喰われるだなんて思ってしまったのか。
どうして将来、アレと同種のものが出現するかもしれないだなんて感じてしまっているのか。
それはダンジョンの中の魔物が外に出てくるという意味なのかもしれない。
外の生き物があのオーラを纏って襲い掛かってくるようになるということなのかもしれない。
あるいはオーラを纏った新種の生物が突如出現して虐殺を始めるのかもしれない。
どういう形は分からないが、彼女は再びあのオーラと立ち向かう日が来るのだと確信していた。
だがそんなことを誰かに相談したところで『あんた誰?』と言われるのが関の山で、信じて貰えやしない。
「私がやらなきゃ。私が……私が……」
自分が生き延びるために、そして数少ない自分を見つけてくれる大切な人達を守るために。
彼女は今日も重荷を抱えて一人研鑽に励むのであった。
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