105. 誰かが責任を取らなきゃいけないさ

「ハーモニー」


 スキルの発動と共にオーロラのような色をした温かい空気が広がり、スキルを受けたパーティーメンバーは魔物を相手に仲間達とどのように連携して攻撃をすれば良いか直感的に分かるようになる。その直感に従い素直に行動すれば、非攻撃職が多い『音楽』クラスであってもEランクの魔物など恐れるに足らない。


 だがしかし。


「ちょっと邪魔!私が攻撃するつもりだったのに!」

「あんたはさっきも攻撃してたじゃない!今度は私の番よ!」

「うるさいわね。どっちもやらないなら私がやるわ」

「勝手なことしないでよ!」

「そうよあんたは黙ってなさい!」

「ああもう煩い。もう私一人でやる!」

「それはこっちの台詞よ!」

「そうよ、これ以上あんた達なんかとやってられないわ!」


 ハーモニースキルの恩恵を得ようとも、本人達がそのリズムに乗る気が無いのであれば無意味だ。魔物は倒せているが、これではパーティーでダンジョンに入っている意味が無い。


「はぁ……」


 クラスメイト達の醜い争いを後方で眺めながら『音楽』クラスの『指揮者コンダクター』、真枝栖まえす 杜露とろは深い溜息を吐いた。


「(どうしてこんなことになってしまったさ)」


 棒付き飴を力無く舐めながら、ヘッドフォン少女は周囲の警戒を続けながら嘆息する。彼女が耳に着けている巨大なヘッドフォンは周囲の音が聞こえ辛くなる代わりに集中力が増す装備だ。クラスメイト達の醜い争い声が小さくなるという副次効果は狙ったわけでは無い。


「ちゅく、ちゅぱ、くちゅ」


 音を立てて飴から糖分を補給し、活性化する脳内で考えるのはクラスがこうなってしまった・・・・・・・・・原因となる出来事。


「(あの日から私達のクラスは狂ってしまったさ)」


 それは新入生のオリエンテーション合宿の合唱イベントの時のこと。『音楽』クラスは絶対に負けられないという想いからズルをしてしまった。


 歌が苦手な生徒に口パクさせたのだ。


 それが原因で『音楽』クラスは敗北してしまった。過去の合宿を含め『音楽』クラス史上最低順位を叩き出してしまった。


 もちろん順位発表当初はきつく抗議した。


『納得できません!』

『そうです!私達の方が圧倒的に上手かったです!』

『歌が上手いかどうかで評価するのが普通でしょう!』


 口パクしようがなんだろうが上手ければそれで良いでは無いか。合唱の評価とはそういうものだろう。ズルだと評価されるなど心外だ。


『評価の再考をお願いするさ』


 杜露とろもまた教師達に食って掛かった。自分達の考えは間違っていないと心から信じていた。


『それならこの二つを聞いてどちらを評価したいか・・・・・・考えてみなさい』


 教師は抗議を受け止め、彼女達に二つの録画映像を見せ、どちらが上手いかではなくどちらを評価したいかと問いを投げた。片方は自分達の合唱映像、もう片方は『精霊使い』クラスの合唱映像。


『…………』

『…………』

『…………』

『…………』


 それらを聞いた『音楽』クラスの面々は何も言えなかった。


 確かに歌の上手さであれば『音楽』クラスが圧勝だ。だがどちらが良かったかと問われれば、悔しいことに『精霊使い』クラスと言わざるを得なかった。


 尤も大きな違いは、歌に気持ちが込められているかどうか。


 勝つために音程や合唱の綺麗さなどのテクニックのみを重視した『音楽』クラスとは違い、『精霊使い』クラスは技術は乏しいが胸を打つくらいに気持ちが伝わってくる。


 自分達を見て欲しい。

 正しく評価して欲しい。

 蔑まないで欲しい。


 彼らがこれまで味わって来た屈辱的な想い。

 自分達の強さを見せつけたいと願う希望。


 それらを歌に乗せてこれでもかと訴えかけてくる。


 相手の胸に想いを届かせてこその歌だ。その点『精霊使い』クラスは圧倒的なまでにはっきりと歌えている。

 一方で『音楽』クラスは形だけに拘りただ歌っているだけ。具体的な想いどころか、楽しさも苦しさも嬉しさも悲しさも、漠然とした感情すらも伝わってこない。それどころか自分達の勝利を確信しており、努力や必死さも感じられず、聞いていてとてもつまらない。しかも口パクのせいで声量が減ってしまっているのだから合唱ならではの迫力も乏しい。


 完敗だった。


 しかも単に負けるならまだしも、『音楽』クラスが格下だと思っている相手に口パクだなんてズルをしてまで勝とうとしていたことがあまりにも恥ずかしい。


 この敗北が『音楽』クラスに不協和音を生んでしまった。


『あんたが口パクなんかするからいけないんでしょ!』

『下手だから口パクしろって言ったのはあんたでしょ!』


 敗北を自分のせいだと素直に受け入れるには、彼女達はまだ若い。クラスメイトを責め、自分は悪くないのだと主張し、ギスギスしてしまった。


「(全ては私が悪いのさ)」


 口パクを申し出たのは外でもない杜露とろだった。注目されている『精霊使い』クラスにはどうしても負けたくなくて考えたことだ。


 愚かな敗北の後、杜露とろはクラスメイトに心からの謝罪をした。クラスメイトは彼女を許した。誠心誠意謝ったからこそ許さざるを得なかった。だが、ズルをして負けたという罪悪感や、『音楽』クラス至上最低の負け方をしてしまった恥ずかしさから、心のもやもやは残ってしまった。そのもやもやのせいで、少しでも気に入らないことがあれば攻撃するような関係性になってしまったのだ。


「(でも私が原因だから私から止めろとは言えないさ)」


 指揮者としてクラスを導きたい。不毛なケンカを止めて前向きに進みたい。だが杜露とろがそう口にしたところで『あんたが原因の癖に』と思われて事態が悪化するだけだろう。杜露とろには現状を改善する方法が思いつかなかった。


「(こんなんで指揮者だなんて情けないさ。でもいっそのこと指揮とか無視して嫌な奴・・・になって敵愾心を煽るのも手かもしれないさ)」


 心が弱っているが故、指揮者であることを止めて自らを不協和音の発生源となってやろうか。そう思ってしまうくらいには杜露とろは苦しんでいた。


「(いや、待つさ。それって案外悪くないかもしれないさ)」


 自暴自棄になっていただけなのだが、杜露とろはそこに活路を見出した。


「(彼女達は悶々とした気持ちをぶつける明確な相手が居ないから、お互いに攻撃せざるを得ない状況になっているさ。でも私が共通の敵になれば彼女達は一致団結してシンフォニーを奏でられるさ)」


 ズルの原因となった杜露とろが悪役となって皆からの責めを引き受ければ、彼女達の気持ちは晴れて『音楽』クラスの団結が復活するのではないか。


「ちゅっぱ、ちゅっぱ、ちゅっぱ、ちゅっぱ」


 飴を舐めるスピードを速め、杜露とろは更に思考の海に沈む。


「(そもそもすぐに謝るべきでは無かったさ。皆の気持ちを引き受けた上での謝罪が必要だったさ。指揮者としてのミスだったさ)」


 だからその責任を取らなければらない。元々の和気藹々としたクラスに戻すために。『音楽』クラスのシンフォニーを復活させるために。


 だがそこには杜露とろはいない。

 彼女は敵として排除されてしまうだろう。果たしてそこまでして、クラスメイトのために行動する必要はあるのだろうか。


「がりっ!」


 小さくなった飴を思いっきり嚙み砕き、彼女はヘッドフォンを外した。

 そして未だ諍いを続けるクラスメイトの元へと歩み寄る。


 彼女が選んだのは己を犠牲にする修羅の道。

 果たして結末がどうなるのかは、彼女自身にも分からない。

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