104. もっと強引に攻めるべきだったかな

 夜職。


 そのフレーズを耳にした時、どのような職業を想像するだろうか。

 性的な何かを想像する人が多いのではないだろうか。


 この世界においてもそれは誤りではない。誤りでは無いが、『下賤な職業』であるという印象はかなり薄まっている。


 人口の大幅な減少に伴う、人口増加政策の影響だ。


 人を増やすには子供を沢山作ってもらわなければならない。

 子供を沢山作るには性に興味を持ってもらわなければならない。


 そこで注目されたのが夜職の人々。


 異性との会話の練習、性行為の指導、性行為の実施訓練。

 それらを通じて異性との関係や性に対して自信を持たせ、積極的に恋愛に挑んでもらえるようにする。


 大金が揺れ動くビジネスモデルは完全に駆逐され、徹底的な法整備の元で夜職は新たに生まれ変わった。脂ぎった年配の男女が若者を大金で購入するようなことはもう無い。


 もちろん依然として夜職に対する差別的な感情は少なからず残っているが、世界的に急務とされている人口増加のために身を粉にして働く重要職として学校で教えられるようになったこともあり、彼らを尊敬して将来なりたい職業の中に入るようにもなっている。


 ダンジョン・ハイスクール一年生、木城きじょう 衣透いずきは中学の頃に夜職に憧れ、夜職としてダンジョンと夜のお仕事両方で活躍するために島にやってきた。


「はぁ……貴石クンとお近づきになりたい……」


 自室のベッドの上に全裸になって横たわりながら、衣透はダイヤを恋慕して溜息を吐く。


 彼女がダイヤに懸想したきっかけは、例のイベントダンジョンの配信だった。


「あんなにも男らしくてえっちな貴石クンとなら、楽しい学性精活を送れそうなのになぁ」


 夜職になりたいと願う人物の多くは性に寛容である。そして性的な行為が大好きである。

 配信で魅せたダイヤの勇ましさと女性への優しい扱い方、そしてえっちの上手さを直感的に感じ取ったことによりお腹のあたりがキュンキュンしてしまった。


 性の指導員になるためには、練習をしなければならない。相手のいる練習は中学までは禁止されていたが、高校生になった今ならば然るべき手続きを踏むことで男子相手に練習が可能だ。その相手として衣透はダイヤを指名したかった。


「ハーレム志望だから楽勝かと思ったら、案外お堅くて計算外だよ。でもそういうところも好き」


 えっちなことが大好きなら、えっちな姿で篭絡すれば簡単に堕ちると思っていたのだが、暴走して襲い掛かるどころか紳士的な態度を崩さない。それはそれで好感を抱けるが、手を出してくれなければ好みの男子と練習をしたいという願いは果たせない。


「もっと早く、もっと強引に攻めるべきだったかな。廃屋まで押しかければ良かった」


 初めての場所が廃屋というのは何となく嫌だったのでそこまで無茶はしなかったが、ダイヤが廃屋を出ている時はせわしく行動しているため中々捕まらない。そうこうしているうちに、ダイヤは多くの女子を堕としてしまい、廃屋を修繕し、ハーレムハウスで同棲するまでに至ってしまった。これでは夜這いをかけることも出来やしない。


「はぁ……貴石くぅん……」


 切ない気持ちを慰めるかのように手が大事な所へと伸びて一人練習を始めてしまう。


 ダイヤは決して夜職の女性を差別するような人間ではない。だが衣透はダイヤの事を性の相手としてしか見ていない。ダイヤがそのような相手を受け入れることはまず無いだろう。今のままでは彼女が本当に慰められる日はまず来ない。


 しばらくして心の発散を終えた衣透は、シャワーを浴びるべくベッドから起き上がった。そして商売道具己の体を丁寧に清めながらダイヤとは別のことを考え出した。


「(最近、あたしたちへの風当たりが強くなってる気がする。何でだろう?)」


 性を利用した職業であるため、ネガティブに受け取る人がいるのは分かる。だがこれまではそういう人も彼女達の存在を認めてはくれていた。自分は何となく嫌だけれど、そういう職業が必要だということは分かっている、というスタンスだった。


 それなのに最近では夜職を露骨に批判する人がネット上に増えて来たのだ。


「(お爺ちゃんとかお祖母ちゃんの時代じゃあるまいし、なんで今更そんなに敏感に反応するんだろう)」


 貧乏で生活に窮する女性の受け入れ先であったり、ホストやキャバ嬢として相手から金を巻き上げたり、安く女の子と話せると言ってたのに法外な値段を請求されたり、真っ当に働かず性を売り物にして金を稼ぎまくったり、それらが正しいかどうかはさておき、普通に暮らしている人が眉をひそめたり犯罪に近いことが横行していたかつての時代と今は違う。


 国が支援し、立派な職業として成り立っている。ネガティブな印象を受けるからこそ手厚く環境が整備され、愛や性に溺れたり病気が蔓延することも無い。そして何よりも犯罪に繋がらないように徹底的に管理されているが故に、最も安全な職業の一つとすら言われている。


「(嫉妬されてる? 好きなことを仕事に出来てるから? 気持ち良いことを仕事にしてるから? でも夜職のハードさは有名だし、そんなこと思うかなぁ)」


 嫉妬する相手として有名なのは、ダンジョンで稼ぎまくって早期ドロップアウトした金持ちくらいだろうか。基本的に今の世の中は人手不足で誰もがあくせく働いているため、嫉妬するどころか協力し合う風潮の方が遥かに強い。それは夜職が相手でも同じだ。

 誰かを叩こうとするならば、叩いた方が即座に炎上する。それなのに炎上を気にせず文句を言う人が目につくようになってきた。


「(う~ん。わかんない。でも何か嫌な感じ。ネットでも乱暴な言葉遣いの人が増えて来たし、犯罪も増えて来たなんてニュースで言ってたし、ここでもあんな事件があったし……平和にえっちだけしてたいよ~)」


 ここ十数年はそれが出来ていた。忙しくはあるけれど、世の中は平和で誰もがより良い社会を作るために努力していた。ダンジョンという不安要素はあるけれど、笑顔で暮らせていた。


 今はまだ大きな変化は無いように見える。

 しかし身近で起きた重大犯罪や、ネット上に増えて来た夜職に対する攻撃を受けて、衣透は漠然とした不安を覚えるのであった。


「はぁ……貴石くぅん……はぁ……はぁ……」


 そしてその不安を紛らわせるかのように、シャワーを浴びながらまた一人練習を始めてしまうのであった。


 なお、彼女が目指す夜職はスナックのママさんのようにお話をして疲れた社会人を癒してあげる職業であり、えっちなこととは関係無かったりする。えっちなことは将来の選択肢の幅を広げるという名目で彼女の趣味を満たそうとしているだけだった。

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