98. 第二章エピローグ:そんなダセェ真似出来っかよ!
「だ~か~ら~、俺はなんも知らねぇって言ってるだろ!」
武器防具が乱雑に散らばっている部屋の中で、豪華なソファーにだらしなく腰を掛けている男と、制服をキリっと着こなした眼鏡をかけた真面目そうな女性が向かい合って座っていた。
「今回ばかりは白を切れると思わないでください。事件を起こしたDOGGOは悪鬼夜行の下請けであり、貴方に女性を提供していると供述しています」
「そんなのあいつらが勝手に言ってるだけだって。分かってよ
「名前で呼ばないでください。虫唾が走ります」
「うっひょ~、そんな熱烈な視線で見られると照れちゃうぜ。ベッドのお誘いなら大歓迎だぜ」
「クズが。我々風紀委員会を舐めないで貰いたい」
男は悪鬼夜行の団長、悪楽。女は風紀委員長であり、DOGGOが起こした事件について事情聴取に来ているのだ。
「これ以上、不届きな答えをするようならば、強制連行も辞さない」
「ちぇっ、お堅いなぁ。さっきも言ったけど、俺はなんも知らねぇよ」
「そんなわけないだろう!DOGGOから提供された女性がお前と性行為をしたという調べはついてるんだ!」
「ああ、したぜ。それが何か?」
「何だと!?」
風紀委員長が厳しい口調で問い質そうとしても、悪楽は飄々とした態度を崩さない。何が問題なのかと本気で思っているかのような雰囲気だ。
「だってよ。俺はあいつらから女の子を紹介するって言われたから美味しく頂いただけなんだぜ。洗脳されてたとかそんなの知るかよ。お前だって格好良いイケメンを紹介しますって後輩から言われたら頂いちゃうだろ」
「いえ、私は恋愛には興味はございませんので」
「かー!お堅いねぇ。でもそういう奴に限って一度抱かれたらのめりこんじまうんだよな」
「っ!指一本でも触れたら即座に連行しますよ!」
「はいはい。わーったよ。でもよ、俺は紹介された女を抱いただけだからなんも問題ねーだろ」
本当にそれだけならば問題無いのだが、いくらなんでもそれを信じろというのは無理な話だ。
「紹介では無くて貴方が連れてくるように要請したのでは?」
「要請なんざしたことねぇな。可愛い妖精なら大歓迎だが」
「ですがあなたが手籠めにした女性の多くは、貴方が興味があると口にした女性ばかりですよね」
「手籠めだなんて人聞きが悪いことを言わないでくれよ。女の方からやってくるんだ。いやぁモテる男ってのは辛いねぇ。それに俺はあくまでも『あの子可愛いな』とかって呟いただけだぜ。DOGGOだかなんだか知らんが、そいつらに直接言ったことも無いはずだ」
「まさか、その独り言を聞いた誰かが気を利かせたとでも言いたいのですか?」
「さぁな。それか単なる偶然じゃね?」
あくまでもDOGGOによる女性の拉致はDOGGOが勝手にやったことであり、悪鬼夜行は関与していないという姿勢を崩さない。
「それともう一つ勘違いしているようだから言っておく。俺達のクランに下請けクランなんかねーよ」
「は? DOGGOはそうだと言ってますが」
「それもそいつらが勝手に言ってることだ。断言しても良い。俺らがそのDOGGOだかなんだかに指示したことなんか一度もねぇ」
「ですが女性を提供した見返りを与えているでしょう!」
「そりゃまぁプレゼントされたら
「な……!」
「どうしても信じられないなら何度でも調べてくれて構わねーぜ。俺達が悪事に関わったって証拠が見つかったら素直に捕まってやるよ。絶対出て来ないがな」
「…………」
悪鬼夜行は狡猾にことを進めていた。下請けクランとの関係を、あくまでも自主的にプレゼントしてくれるからそれ相応の見返りを与えるという範囲内にとどめることで、下請けクランがやらかした場合に無関係のクランのことだから自分達に責任は無いと言い張れるようにしたのだ。
「うちのクランだって勝手に親クランだなんて思われたあげく、問題のある女を押し付けられた被害者なんだけどなー」
「なんて……なんて卑劣な……」
「そうそう、卑劣だよね。DOGGOとかなんとかってところ。女の子を何だと思ってるんだ」
「どの口が……」
明らかに黒なのにどうしても証拠が見つからない。これまでも悪鬼夜行は疑惑が持ち上がるたびに調査され、その度に決定的な証拠が見つからなかった。今回こそはと意気込んで乗り込んできた風紀委員長だが、DOGGOが勝手に下請けだと思い込んでやっただけ、という主張を崩せない。
「(せめて悪鬼夜行とDOGGOのつながりが証明できれば……)」
だがそんな明確なアキレス腱を狡猾な犯罪者集団が残しておくわけがない。
特に悪楽は女の子を犯している時ですら気を抜かずに致命的な言葉を発さないように気を使っていた。あくまでも自発的に抱かれに来た女の子と一緒に性行為を楽しんでいる
「…………また後で来ます。絶対に尻尾を掴んで見せますから逃げ切れると思わないでくださいね」
「はーい。今度はベッドで待ってまーす」
「クズが」
攻めあぐねた風紀委員長は、作戦を練り直すために一旦退くことにした様子だ。だが悪楽がこれで逃げ切れたわけでは無い。あまりにも重大な事件であるが故、今回は風紀委員長どころか教師や警察など多くの人々から事情聴取を受けることになるからだ。プロによる厳しい捜査を潜り抜けられるかどうか。悪楽は飄々としているようで冷や汗が止まらなかった。
「クソ!」
風紀委員長が退出してしばらくし、悪楽は醜く顔を歪ませてソファーに座ったまま両足をテーブルの上に激しく置いた。
『(お気持ちお察しいたします、悪楽様)』
『(影か)』
いつの間にか部屋の隅に全身真っ黒なローブに身を包んだ男が立っていた。男は念話を使い悪楽に語り掛ける。先の風紀委員長を始め、誰かが盗聴器を仕込んでいるかもしれないため、大事な話は念話を使うようにしているのである。
「(学校側の動きはどうなってる?)」
「(強硬処分派と慎重派で半々に分かれている様子です)」
「(半々か、なら大丈夫そうだな)」
人間の心理として、誰かを裁く時には多くの同意が無ければ実施し辛い。慎重派が半分近くもいるということは、多少派閥の人数差が変動したところで大した差にはならないだろう。過半数には意味が無く、八割か九割近くの人間の賛同が必要であり、今のところ学校から悪鬼夜行が処罰される可能性は低いと見て良さそうだ。もちろんそうなるように、決定的な証拠だけは残さないようにして明らかに黒でも処分に踏み切りにくいようにしているのだが。
「(問題は外部の警察です。生徒や教師のように誘導の効果が薄く、予期せぬ証拠を掴まれてしまう可能性がございます)」
「(それも想定内だ。先輩方がなんとかしてくれるさ)」
悪鬼夜行は悪楽が作ったクランでは無く、悪楽は先輩から団長を引き継いだ。つまり悪楽よりも前にこのクランで悪事を働いていた卒業生がいるのだ。ここで悪鬼夜行の悪事が全て詳らかになってしまえば、事態が卒業生にも波及することは間違いない。そうならないために、卒業した先輩方が外部の組織について対処せざるを得ない。まさに一蓮托生だった。
悪鬼夜行は武闘派クランでランクが高い卒業生も多く、必然的に高い地位を得ている者も多い。彼らが警察にアプローチすることで、警察は詳細な捜査を許されず引き下がることになるだろう。
「(ゴミ共のせいで面倒なことになったが、なんとかなりそうだな)」
「(処分できず申し訳ございません)」
「(気にするな。あの状況ではむしろ無理矢理介入して処分した方が怪しまれる)」
「(かしこまりました)」
DOGGOが失敗したのならば、詳細を漏らす前に処分すれば良い。だが今回は暗黒の機転によりその前にDOGGOの罪と悪鬼夜行との関係が明らかにされてしまった。ゆえに証拠隠滅の手段が取れなかったのは影と呼ばれた男の落ち度では無いだろう。
「(それでこれからどう致しますか?)」
「(どうもこうも、しばらくは何も出来ん。この苛立ちはダンジョンの魔物にぶつけるとしよう)」
各方面から厳しく監視されている現状で悪事を働いてしまったならば、高確率でバレてしまうだろう。監視が緩むまでは本来のクランの目的通り、魔物と戦って憂さ晴らしをするしかない。
「(例の新入生はどうしますか?)」
「(どうとは?)」
「(我々に楯突くことの恐ろしさを身をもって知らしめる、とか)」
つまりそれは、悪鬼夜行に大ダメージを与えたダイヤ達に復讐はしないのか、という問いだ。この答え如何によってはダイヤ達は厳しい立場に立たされることになるだろう。
「(馬鹿野郎。そんなダセェ真似出来っかよ!)」
「(と、言いますと?)」
「(新入生にしてやられたから復讐しますだ? 大手クランの名が泣くぜ。そんな有象無象なんか無視してりゃ良いんだよ。相手にしたらそれこそ俺らの格が落ちるってもんだ。ケンカを売られたならまだしも、奴らは俺らとは無関係のゴミ共に襲われて撃退しただけ。そんだけの話だろ。そこにイチャモンつけて潰したところで、俺らが得るのは恥だけだ)」
メンツなんて気にしそうにない悪楽だが、意外と恥かどうかを気にする男だった。だがそのおかげでダイヤ達は大手クランに狙われることは無くなった。
「(しかし放置しては他のクランに舐められるのでは?)」
「(勝手に舐めさせておけ。手を出して来たらそれ相応の報いを与えれば良い。眼中に無いだけだとすぐに気付くだろ。それとクランメンバーに余計なことをするなと強く言い聞かせておけ)」
「(かしこまりました)」
DOGGOの失敗により悪鬼夜行は活動を縮小せざるを得なくなった。悪は滅びなかったが、しばらくは被害者が出なくなるだろう。
「(しかし貴石ダイヤか。あいつが俺の死神なのか?まさかな……)」
この時、悪楽はダイヤのことを危険な相手だと認めるべきだったのだが、そのことに気付く頃には後の祭りであった。
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