95. 決戦:ねぇ今どんな気持ち?

 ダイヤが怒りのままに爪を構えた瞬間、敵の女が男性陣に目配せした。すると男性陣は魔力を高めて何かを発動しようとする。


「あ、あれ?」

「なんでだ!?」


 しかし何も起こらず狼狽えるだけ。


「ちっ、使えないわね!」


 一方で女は舌打ちしながらも、すぐに気持ちを切り替えた。Cランクたるもの、この程度の予想外で狼狽えるような無様な真似はしない。その一瞬がダンジョンでは命取りになるのだから。


「例のやるよ!」

「は、はい!」

「くそ、仕方ねぇ!」


 三人は腰元の小さなマジックバッグから武器を取り出した。


「(女性は鞭、男性陣は短剣か)」


 怒り心頭だったダイヤだが、冷静さを忘れてはいない。相手の武器を観察しながら、突入前に桃花達とした会話を思い出す。


『相手の職業なんだけど、女性は洗脳スキルを使っているから闇魔法使い、詐欺師、メンタリスト、ダークテイマー辺りだと思う』

『詐欺師なんて職業あるんだ』

『かなりの強職業だよ。ただ、現実世界で問題になるスキルを沢山持ってるから日常的にマークされちゃうけど』


 職業の中には犯罪者のような名前の物もあるのだが、生まれた時からその手の職業になっているわけではなく、自分からその職業に転職や進化しなければならない。この点は夜職と同じである。

 強いスキルを沢山覚えられる一方、リアルでの犯罪にも使えてしまうため、職業は必ず国に届け出さなければならないことになっており、犯罪を起こす可能性が高い職業に就いている人は国からマークされてしまう。

 だがその大きなデメリットを受け入れた上で転職し、活躍する人がそれなりに多かったりする。


『では彼女は悪いことをしようとしているのですから詐欺師なのでしょうか』

『あの洞窟……異常に暗かったから……闇魔法使いの……可能性も……ある……』


 その時は結論が出なかったが、彼女が鞭を手にしたことで職業に察しがついた。


「(ダークテイマーだったのか)」

 

 ダイヤが候補に挙げた職業の中で、鞭のスキルを覚えられるのはダークテイマーだけ。


「(詐欺師で僕達を騙そうとしている可能性もあるけど、それだけ強い職業に就けるなら、こんな裏方作業はしていないはず)」


 クランDOGGOは何処かの大手クランに従っている。もしもCランクの詐欺師強い職業であるならば、下請けクランではなく大手クランの幹部になっていても不思議では無く、こうして現場で指揮をとっている以上は詐欺師の可能性が低く、素直にダークテイマーと考えて良さそうだ。


「(ここはダンジョンじゃないから従えた魔物は出せない。鞭だけを考えれば良いなら僕らにもチャンスがある)」


 ダークテイマーは魔物をテイムするテイマー系の職業の一種。普通のテイマーが魔物と仲良くなりテイムするのに対し、ダークテイマーは強制的に従わせるという違いがある。洗脳スキルも本来は魔物を使役するための手段の一つである。

 テイムした魔物はダンジョン内でしか出現させることが出来ず、メイン戦力である魔物を出せないのであれば戦力は半減以下だ。鞭スキルがどれほど高いか次第だが、相手がCランクだからと言って悲観する必要は無い。


「(男性陣はピンと来ないな)」


 二人の男性の職業についても事前に桃花達と話をしてある。


『男の方は複合結界魔法を使ってたから、陰陽師、結界師、セット職かなぁ』

『セット職って何?』

『複数人で発動する複合スキルを沢山覚えられる職業の事で、同じ名前の職業同士でセットで行動するのが一般的なんだ。格好良いのでは双竜とか、面白いのは三人必要なケルベロスとか』


 陰陽師や結界師も複合スキルを覚えられるが少しだけであり、双竜やケルベロスなどは覚えるスキルのほとんどが複合スキルだ。ゆえにセット職業は同じ職業同士で行動しないとスキルを発動することが出来ない。


「(ただ、陰陽師にしろ結界師にしろセット職にしろ、基本的に強い職業だから、こんなところで下働きしてるのは変なんだよね。ということはあまり強くないセット職……かまをかけてみるかな)」


 これまで男達とは話をしていなかったが、予期せぬことが起きて簡単に焦っているところを見るに、ちょっとした揺さぶりでボロを出してくれそうだ。


「貴方はともかく、結界くらいしか使えない人が相手なら僕達は負けないよ」

「なにぃ!?」

「てめぇ!」


 大した煽りでも無いのに怒ってしまうところ、冷静かつ慎重さが求められるダンジョン探索には向いて無さそうだ。あるいはこの性格難こそが、こうして下働きをせざるを得ない原因の一つなのかもしれない。


「どうせ微妙なセット職なんでしょ。しかも言いなりになって結界スキルばかり育ててるから戦闘系のスキルも育って無さそうだ」

「ぐっ……」

「チッ……」


 桃花達を封じた複合結界スキルは効果範囲と性能がかなりのものだった。あれだけの人数を長時間動けなくするということはスキルレベルがそこそこ高い。だが他のスキルも複合結界スキルと同等にレベルが高いとなると下っ端なんてやっていないはず。ゆえに結界スキル以外がとんとダメというのは図星だった。


「まさか兄弟だったりしないよね。せめて親友くらいじゃないと相手にならないんだけど」

「くそ!」

「絶対殺す!」


 兄妹と親友はいずれもセット職の名前である。だがセット職の中でもかなり弱く、初級職とも言われている。新入生ならまだしも、上級生ならばさっさと上位職に転職するのが普通である。


「うわぁ図星?先輩なのにまだ初級職なの?恥ずかしくないの?」

「こいつ!」

「もう我慢できない!」

「馬鹿!簡単に乗せられるんじゃないよ!勝手な事したら許さないわよ!」


 女の叱咤でどうにか暴走は治まったが、今にもダイヤに斬りかかってきそうな雰囲気だ。


「あんた達、ここで言うことを聞かなかったら褒美は無しだよ!」

「!?」

「!?」


 褒美という言葉を聞いた男達は、芙利瑠と奈子をねっとりとした視線で見つめ始めた。それだけで褒美が何なのかが分かってしまう。洗脳が完了した女性達の一部を好きにして良いとでも言われているのだろう。


「(冷静になったところで、彼らがそれほど強くないことは変わらない。人を斬る練習をしたせいで攻撃する覚悟はあるかもしれないけれど、それだけならアレでどうにかなる。問題はあの女の人だ)」


 鞭使いを相手にしたことなどもちろんない。果たして自分の爪技だけで対処できるか不安だがやるしかない。


「話はもう終わりよ。あんた達!」

「おう!」

「あいよ!」


 これ以上ダイヤに煽られたらたまらないと思ったのか、女は会話を終わらせて男性陣に命令を出す。すると女を含めた三人が突撃して来た。


「僕はあの女の人を相手にする!」

「わたくしもフォローしますわ!」


 一番厄介そうな女をダイヤと芙利瑠の前衛二人が抑えようと立ち塞がる。


「へへっ、馬鹿め!」

「もらったぜ!」


 相手の構成次第で戦い方を決めていたのだろう。前衛二人と後衛二人のダイヤ達に対し、彼らは前衛を抑えて余った一人が後衛を狙う作戦を取った。だが前衛二人が女をマークしたため、男性陣は二人とも後衛に突撃することが可能となった。


 奈子も桃花も接近戦に弱い。ヘビやハチは軽く殴るだけで倒せたから良かったものの、男が相手となると一瞬で制圧されてしまうに違いない。そして彼女達を人質にとってしまえば勝敗が決したようなものだ。


 その先に待っているのは可愛い女の子への蹂躙劇。先程までは激昂していたのをもう忘れたのか、男達は下心満載で桃花達に突撃する。


「…………」

「…………」


 桃花と奈子は襲われそうなことを怯えるそぶりすら見せず、ポケットから深緑色の液体の入った小瓶と黄色い液体が入った小瓶を取り出した。そしてそれを地面に叩きつけようと振りかぶる。


「(馬鹿め、毒も麻痺も俺達には効かない!)」

「(そんな浅はかな手にひっかかるものか!)」


 軽い毒や麻痺なら無効化する装備を彼らは支給されていたのだ。桃花達が手にした液体がそれらの状態異常を引き起こすものだと気付いた男達は、その程度なら何ら問題無いと歓喜し彼女達に手を伸ばす。


 そんなことを知らない桃花達は思いっきり小瓶を床に叩きつけた。


「ぐあ!」

「なぜだ!」


 小瓶が割れると同時に周囲に毒と麻痺をもたらす煙が舞い上がる。それを吸い込んだ男共は、無効化装備をつけているにも関わらず毒と麻痺にかかり苦しみだした。


 また、桃花と奈子もその煙を吸ってしまったため状態異常にかかってしまったのだが、口の中に予め含んでいた解毒ポーションを飲むことですぐに回復出来た。


「ふぅ、スッキリした」

「作戦……大成功……!」


 これまで彼女達が何も言葉を発しなかったのは、会話をダイヤに任せたからだけではなく口の中にポーションを仕込んでいたからだったのだ。


「…………結界が発動しないばかりか、装備を突破するほどの毒や麻痺を使うですって? ありえない、一体何をしたの!」


 ここに来てようやく女は自分達がなんらかの作戦に嵌められたことを悟った。だがそれが一体何なのか分からない。


 もちろんダイヤは理由を説明するつもりなど毛頭ない。


「絶対的に優位だと思ったのにあっさりと逆転されるとか、今どんな気持ち?」

「くっ……」

「ランク差は歴然、戦闘経験にも差があって、沢山罠を仕掛けてあった。どう考えても勝ち確の状況でひっくり返されるとか恥ずかしく無いんですか?」

「…………」


 流石の女もここまで言われたら顔を真っ赤にして怒っている。今にも怒りのままに鞭を振るいたいところだが、ダイヤ達が何をしているか分からない以上は迂闊に行動できない。ギリギリのところで煽りに屈しないところ、やはり彼女はCランクなのだろう。


 歯を食いしばって悔しがる女を見ながら、奈子は心底感心していた。


「(こんなにも上手く行くなんて、ダイヤすごい)」


 強敵を手のひらの上で転がすダイヤはまるで物語の主人公のようだ。優しくて勇敢で知恵があり、好きな気持ちがどんどんと膨らんでゆく。また、その気持ちの増大は彼女の使い辛いスキルを有効活用してくれたことも理由にある。


「(まさか恥の奇跡がこんなにも役に立つなんて)」


 奈子は自分の左ポケットに入っている紫色の球体を意識した。それこそが恥の奇跡により生み出された秘密兵器。敵の思惑を全て潰した最強の道具。


『もしかしたら恥の奇跡が役に立つかも』

『え?』


 事前の打ち合わせの時に全員のスキルを改めてチェックしていたら、ダイヤが恥の奇跡の使い方を思いついたのだ。


『奇跡と呼べるほどの恥って何かなって思ったらさ、絶対に上手く行くって確信があるのに失敗した時だと思うんだ』

『あ~それ確かに滅茶苦茶恥ずかしいよね。ドヤ顔してたのに失敗するやつでしょ』

『自信満々に答えて間違えた時の恥ずかしさはトラウマレベルですわ』

『でも……それが……何……?』


 確かにそれは恥ずかしいことであるが、奇跡として発動するとなると奈子にはイメージが湧かなかった。


『相手が絶対に上手く行くと確信して攻撃したら、それが失敗するって効果は起こせないかな』

『何それ凄い!』

『もし出来るのであればとてつもない効果ですわ!』

『相手が確信してなきゃダメだから、使いどころが限られていると思うけどね』


 失敗を前提にして慎重に行動するのがダンジョン探索の基本だ。それは魔物だって同じことで『確実に成功する』と確信出来ることというのは案外少ないものだ。


『あのローブの女性は上から目線っぽかったし、簡単に勝利を確信しちゃいそうなんだよね』


 ゆえに恥の奇跡の効果が発揮するのではないか。


『それとこんな作戦はどうかな』


 それは恥の奇跡を組み込んだ罠を仕掛けることだった。


『僕が向こうの立場だったら、後衛の二人を狙って人質にすると思うんだ。だから敢えて襲わせて、近づいてきたところで魔物からドロップさせた毒瓶と麻痺瓶をぶちまける。もしも相手が毒や麻痺を無効化する手段を持っていたとしても、それで安心して勝ち確だと思ったら恥の奇跡が発動して無効化が無効化されるって流れ。桃花さんと奈子には怖い役目をお願いしちゃうことになるけど……』

『なにそれ面白そう!』

『良いじゃん……是非やらせて……』


 人に襲われるなど怖いはずなのに、そんなそぶりを全く見せずに嬉々として迎撃作戦をやりたがる二人。口に解毒ポーションを含んでおこうというアイデアも桃花達がハイテンションで考えた物だ。本当は怖いよね……?


『でも……奇跡は……任意に発動できない……』


 ダイヤの作戦は、ベストなタイミングで奇跡が発動することを前提に組まれている。発動確率が低い奇跡を頼りにするのは賭ける価値が低いギャンブルにしかならない。


『だったらさ、周囲に常に恥の奇跡の効果が持続する球みたいなのを出現させられないかな』

『え?』

『それなら事前に奇跡を起こして、その奇跡の球を持ったまま中に入れば良いんだ』

『なるほど……その手があった……!』


 癒や炎などの発動した瞬間に効果が求められるものと違い、効果の持続が求められる奇跡だからこそ可能な方法だ。


 こうしてダイヤ達は事前に恥の奇跡を発動させ、相手の勝ち確を潰せる状況で三人の前に姿を現したのだ。


 ダイヤは戸惑う女を改めて観察しながら考えた。


「(結界の発動とかって言ってたし、僕達の足元あたりに結界罠でも仕掛けられているのかな。でもそれで勝利を確信しちゃってたから発動しなかったと。恥の奇跡すごいなぁ)」


 使いどころは限られているが、今回に限っては大活躍だ。


「さて、後はあなただけだ」

「いくらCランクと言えども、わたくし達は負けませんわ!」

「ぐっ……」


 仲間の男二人は毒と麻痺に倒れ一人だけ。相手が格下の新入生とはいえ、テイムした魔物を放てない以上、明らかに旗色が悪い。


「こんなところで終われないわ!」


 女が鞭を手に、ダイヤ達を攻撃してきそうな雰囲気を醸し出す。ダイヤ達は優勢だからと気を抜かず、四人が集中して彼女の動きを観察する。


「ふふ、お馬鹿さん」

「え?」


 ダイヤ達は間違っていなかった。

 彼女の様子を全員が注視し、何が起きても対処出来るようにと考えるのは自然なことだ。


 だが不幸にも、まだ彼女にはとっておきの作戦が残されていたのだ。


「きゃ!」


 突然、桃花の首筋に冷たい金属のナイフが押し当てられた。


「桃花さん!」

「動くな」


 男達は倒れている。

 女はダイヤ達の前で不敵に笑っている。


 となると桃花を襲った人物はまだ見ぬ別の誰かということになる。


 慌てて振り返ったダイヤは、桃花の背後に驚くべき人物を目撃した。


常闇とこやみくん……」


 それは精霊使いクラスのクラスメイト、常闇とこやみ 暗黒あんこくだった。

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