94. 決戦:DOGGO
ギギギギィ。
軋むような音と共に扉が開かれ、薄暗いボス部屋にダイヤ達が突入する。彼らの前にはボスではなく、三人の人物が待ち構えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その三人と対峙した四人は、何も言葉を発さずに厳しい表情で彼らを睨んだ。一方で三人、特に中央に立つ女性は不敵な笑みを浮かべていた。
「おお怖い怖い。その様子だと私達がここで待ってることに気付いてたのかしら。頭が回る人がいるようね」
その言葉を受けて、すっとダイヤが前に出た。
「そう。あなたがメス共を導いたのね、貴石ダイヤ」
入学してから一か月。すでに色々とやらかしているダイヤは有名人で、やはり目の前の女性もダイヤのことを知っている様子だ。
「導くだなんて烏滸がましい。僕の方こそ彼女達に導いてもらったようなものだよ」
「ふぅん、そうやって好感度を稼いでハーレムを築こうって腹なのかしら」
本気でそういう意図は無かったのだが、こういう言葉の積み重ねで女性陣からの信頼が厚くなっているのは本当のことだったりする。
「ねぇ、貴方私達の仲間にならない?」
「は?」
あまりにも唐突な勧誘に、流石のダイヤも驚きで一瞬虚を突かれてしまう。このタイミングで攻撃されたら少し危険だったかもと心の中で反省した。
「だって貴方ハーレムを目指しているのでしょう?私達の仲間になれば好きなメス共を抱き放題よ」
「…………」
「もちろんタダでという訳には行かないけれど、貴方ならクランにいくらでも貢献出来るでしょ。アイテム収集でも、裏方でも、何でも。精霊使いの能力もすばらしいけれど、何より機転が利くのと行動力が素晴らしいわ。そのせいで私達の企みも潰されそうになっちゃったわけだし」
「…………」
「うちは完全な実力主義だから、一年でも成果を出せばハーレムなんてすぐに出来るわ」
「…………」
「あなたの後ろのメス共も、すぐにあなた無しでは生きられない体になるわよ」
「…………」
「ああそうそう。そこのメスだけはあのお方がご所望だから諦めて頂戴ね。中古品でも良ければあのお方が飽きるのを待つことね」
そこのメス、として指名されたのは桃花だった。だが桃花は、そして芙利瑠や奈子も厳しい表情を向けるだけで沈黙を貫いている。
「好感度を稼いでハーレムを作るなんて面倒じゃない。手っ取り早く気持ちよくなりましょうよ。なんなら私が相手してあげても良いわよ」
組んだ手で胸を持ち上げるようにしてアピールして来た。ノースリーブで上乳が見えているため、男なら思わず視線が吸い寄せられてしまいそうだが、ダイヤはチラりともそちらに視線をやらなかった。
「ちっ」
そんなダイヤの反応が、自分に女としての魅力が無いとでも言われているかのようで気に食わなかったのか、女性は苛立ち小さく舌打ちした。だがここではまだ我慢して勧誘を続けることにしたようだ。
「ということで改めて私達の仲間にならない?貴方にとってメリットしか無いと思うわ」
桃花達を裏切り、洗脳に力を貸せば、男として最高に幸せな毎日が待っている。好感度を稼がなくても女が手に入るのであれば、ハーレムを志望するような男ならば軽く食いつくはずだ。
ダイヤのことを深く知らない相手ならばそう感じる人もいるだろう。だが桃花達はダイヤがそのような誘いに応えるような人物ではないことを知っている。それどころか内心ではかなり怒ってくれていることにも気付いていた。
「断る」
女性を物としか見ていない物言いに怒り心頭だが、それを表に出さずにダイヤはきっぱりと端的に誘いを断った。怒らせるのが相手の狙いかもしれないため、冷静さを失ってはならないと強く自分に言い聞かせているのだ。
「……ふぅん。賢い子だと思ってたけれど、馬鹿だったようね。断ったらどうなるか分かってるのかしら」
「僕を殺すつもりでしょ。貴方達の企みを知ってしまった目撃者だもんね」
「分かってて断ったのね。まさか私達に勝てるとでも思ってるのかしら。なら良いことを教えてあげる。私のランクはCよ。こいつらはD。いくらあなたがイレギュラーとはいえこのランク差を覆すことなんて出来るわけがないわ。それでも命を捨てる選択をするのかしら」
やはりダイヤが想定していたように、彼女達は高ランクだった。まともに戦ったらダイヤ達に勝ち目はないだろう。
と、普通なら考える。ランクの差は絶対であり、しかもDランクの壁を突破したCランクということは、戦闘能力が非常に高く戦闘慣れしていると考えがちだ。
「(相手の職業次第ではランク差があってもどうにかなる可能性はある。こんな戯言に耳を貸しちゃダメだ)」
例えば回復特化の職業であれば戦闘能力はそれほど高くない。Cランクだからといって高い戦闘能力を有しているとは限らないのだ。パーティーを組んで強敵相手に回復役として立ち回れるというのもCランクになる条件としてありえるのだから。
「なんと言われようとも僕は貴方達の仲間になんてならない」
「ふぅん」
そこまできっぱりと断られると何か狙いがあるのではと女性が訝しむ。
「(ここだ)」
先程まで女性はダイヤに何を返されても的確に答えるように心の準備が出来ていた。だが今はダイヤの胸の内を想像し、会話の準備が出来ていない。ここで予期せぬ言葉をぶつければ、誤魔化せずに何かしらの反応を引き出せるかもしれない。
ゆえにここでダイヤは探りの言葉をぶつけてみることにした。
「僕は飼い犬になんかなるつもりはないからね」
「…………ふぅん」
一瞬、女性の眼が驚きで見開かれたのをダイヤは見逃さなかった。それどころか、これまで黙っていた男性二人も少し不思議そうな顔をしている。
「(『飼い犬』という表現に不快感を覚える訳でもなく素直に驚いていた。『あのお方』だなんて散々言っているから、飼い主がいることがバレているのは承知の上のはず。それなのに驚いたということは『飼い犬』という言葉そのものに反応したに違いない。どうやら僕の予想は当たってたみたいだ)」
そしてその予想の答え合わせをするために、ダイヤはキーワードを口にする。
「DOGGO」
今度こそ三人は明確に驚き、その気持ちを隠そうともしない。その様子から、答えが正解だったことがはっきりと分かった。
「貴方達はクランDOGGOのメンバーだ」
「…………理由を聞いても良いかしら」
「僕はこの学校の全てのクランを知っている」
「は?」
「そして全てのクランがどのような活動をしてるのかも調査したんだ。その中でここは危険だから近づかない方が良いと思ったクランもあって、その中で洗脳誘拐なんかをしそうなクランをピックアップして会話の中で探ろうとしたんだ。いきなりヒットするとは思わなかったけど」
「この学校にどれだけクランがあると思ってるのよ!」
「384個。全部覚えてるよ」
「はぁ!?」
その全てのクランの情報を覚え、目の前の怪しい人物がどのクランに所属しているのかを予想する。あまりにも突拍子もないことだと女性は驚いたが、実はそれほど不思議なことではない。
例えば某モンスターを収集するゲームに大量のモンスターが出てくるが、そのゲームが好きで好きでたまらない人は全部のモンスターを特徴込みで覚えられるだろう。
ダイヤもダンジョンやこの高校が大好きであるため、苦労することなく覚えられたのだ。
「DOGGOはどこかの大手クランの下請けで、後ろ暗い仕事を請け負っているっていう噂がある。後ろ暗いどころか真っ黒だったってわけだ」
「ちっ……通信を遮断しておいて正解だったわ」
何かの拍子でDOGGOが犯人だと見抜かれ、外部に通信されたら捕まってしまう。彼女達は正体を隠したまま洗脳誘拐し、目撃されてはならなかった。だがどれだけ入念に準備をしても物事には絶対はない。ゆえに目撃された場合のことを考え、周辺の通信を遮断し、外に連絡されるまでの間に目撃者を対処しようと考えていたのだ。
そして今、その対処の対象となっているのがダイヤである。
「でも惜しいわね。その洞察力はやっぱり欲しいわ。うちに入らない?飼い犬生活も楽しいわよ?」
「何度言われても変わらない。どうしても入れたいなら僕も洗脳してみたら?」
「そうしたいところだけど、あなた精神強そうだし洗脳するの難しそうなのよね。残念だけど処分するしかないわ」
その言葉が合図になったのか、三人の雰囲気がガラっと変わった。いつ攻撃して来てもおかしくない戦闘モードだ。
「僕からも聞いて良いかな?」
「情報収集かしら」
「というより、純粋に疑問に思ったことかな」
これは言葉通りのことだった。
『中に入ったら多分あの女の人が話しかけてくるから、僕に任せて欲しいんだ。相手の正体を探ってみる』
『いきなり襲い掛かって来ないのかな?』
『多分来ないと思うよ。あの人って相手の心を折るのが好きなタイプっぽいから、喜んで会話してくれると思う。僕に裏切れって誘ってきたりするんじゃないかな』
ダイヤが事前に桃花達に説明したように事が進み、女性はダイヤを勧誘し、そしてクラン名という大事な情報を入手した。
もっと入手したい情報はあるが、相手が戦闘モードに入っている以上、ここで探りを入れたら相手が何をしでかすか分からない。ゆえにこのまま戦闘用の作戦に移っても良いのだが、せっかくなので気になったことを聞こうとした。
「どうして洗脳なんて回りくどいことをしてるの? 拉致って弱み握っちゃった方が早いでしょ」
洗脳スキルを使うのであれば拉致った後に弱らせて使った方が、拉致る時に洗脳させるよりも遥かに楽なはずだ。今回の場合、捕らえた桃花達をスキルなどで眠らせてすぐに別の場所に移動させておけば、ダイヤ達が救援に向かう前に攫えたはずだ。
どうしてこんな手間をかけているのだろうか、ということをダイヤはずっと気になっていた。
そしてその答えは、あまりにも酷い物だった。
「あはは!そんなのそっちの方が面白いからに決まってるじゃない!」
「え?」
「拉致ったりなんかしたら、自分は被害者で悪いのは百パーセント相手だって思っちゃうでしょ。でも洗脳ならそうはいかない。自分の足で、自分の手で見ず知らずの男に喜んで抱かれに行く。そして涙するメス共にこう言うよの。実は洗脳なんてかけてなかったのよとか、貴方の本当の気持ちを解放してあげただけなのよ、とかね。どこまでが洗脳で、どこまでが洗脳じゃ無いかなんて曖昧ではっきりと分からない。だから本当のあなたはただの淫乱なメスなのよって思わせられるのよ。『そんなんじゃない!』とか『違うの〇〇君!』だなんて泣きながら自分から喜んで腰を振るメス共の姿が滑稽で最高にそそるのよ!」
己が性に強い興味があり男なら誰でも良い淫乱な女なのだと洗脳で思い込ませ、本当の気持ちと偽の気持ちと仕込まれた体の快楽との間で苦しむ様を眺めるのがこの女性の趣味だった。そのために、手間をかけて最初から洗脳をかけようとしていたのだ。
だがこの手間こそが、彼女達の行いが表に出て来ない要因ともなっていた。拉致られたのではなく、自分から体を捧げに行ったのだと思い込まされるようになったことで、被害者という意識を薄らげ状況を受け入れてしまい、誰にも助けを求めることなく学生生活を続けてしまう。
「反吐が出るっていうのはこういうことを言うんだね」
「うふふ。そういう貴方の目の前でそこのメス共を徹底的に躾けたらどうなるのかしら。興味はあるけれど、処分しなければならないのが勿体ないわね」
「そうだ。それも気になってたんだった」
女性の考えがあまりにも不快で本当に吐いてしまいそうだったため、この話はここまでにして他の話題に切り替えた。だが切り替えたことにより、ダイヤは激怒することになる。
「僕を殺すようなことを言ってるけれど、出来るの? 貴方達も悪いことをしているとはいえ、学生だよね?」
いくら悪人でも、人を殺めるということはハードルがとても高い。カッとなって殺したとかならまだしも、単なる目的のために恨みを抱いているわけでもない相手を殺すだなど、子供どころか大人ですら難しい。
その覚悟が彼女達にあるのかが、気になったのだ。
「安心して頂戴。ちゃんと殺してあげるわ。今回ばかりは作戦の規模が大きすぎて失敗の可能性も高かったから、
「練習?でもこの島では最近事件が起きて無いよね。まさか島の外で?」
「うふふ。何言ってるのよ。事件なら起きてるじゃない。ダンジョンの中で」
「ダンジョンの中……!?」
その時、ダイヤの脳裏にある場面が思い浮かんだ。
『すいません。ちょっと通してください!』
『急患です!通してください!』
『道を開けてください!』
ある女性がダンジョンで死亡し、担架に乗せられて救護室へと運ばれた。
『アタシは最強装備とか目もくらむような装飾品とか、そんなの興味ないからさ。こういうありふれたものを作るのが性に合ってるんだ』
その女性は鉄クズの山で、ロボットを手に幼い子供のように目をキラキラさせていた。
最近、ダンジョンの中で新入生が何かに襲われて死亡している事件が相次いでいる。
それはイレギュラーな魔物が出現したからだと言われていた。
その女性もその魔物に襲われたのだとダイヤも思っていた。
だが違った。
原因は魔物では無かった。
人殺しの練習として、目の前の三人が新入生を襲っていたのだ。
「お前らが先輩を!!!!」
人畜無害でのほほんとしているダイヤでも、これまで何度か怒ったことはある。だがここまで心底ブチ切れたのはこれが初めてかもしれない。
それほどまでに彼女達がしでかしたことは許されざることだった。
女性を物として扱うだけではなく、練習と称してダンジョンで人を殺した。実際に死なないから許されるなんてことはもちろん無く、しかもこれから本当に殺そうとしている。
胸糞が悪いなんてレベルではない。
「絶対に許さない!」
「うふふ。良いわ。最高よ。そうやって義憤に駆られた正義の味方をこれでもかと痛めつけるの、だーい好きなの!」
醜悪な趣味を持つ女性は、絶対的に優位だと思い余裕の笑みを崩さない。だが彼女は分かっていなかった。ダイヤを甘く見てはいけないのだと。
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