91. キングコブラ戦 後編
一刻も早く奈子の元へと向かい回復させなければならない。
だが回復役の桃花はまだ芙利瑠の元へと向かっている最中だ。他に動けるのはダイヤだが、ポイズンスネークに囲まれている上にキングコブラにロックオンされている。しかも倒れた奈子に向かってポイズンスネークが殺到しようとしているではないか。
「奈子!奈子!奈子おおおお!」
慌てたダイヤはポイズンスネークをかき分けキングコブラからの攻撃を受けるのを覚悟で奈子の元へと走り出す。しかし彼女との間にキングコブラが割って入り行かせてくれない。
「どけええええ!」
爪で斬り裂きどかそうとしても、むしろ体当たりで後ろに飛ばされてしまう。
「ぐっ……このままじゃ奈子が!」
死んでしまう。
絶望的な結末がすぐ目の前まで迫っている。
どうにか彼女を助けようと、ダイヤは必死にキングコブラの壁を突破しようと突撃するものの、体当たりに振り払いと暴れ回る巨体をすり抜けられない。
もうダメなのか。
一か八か無理矢理走り抜けようとダイヤが覚悟したその時。
「奇跡を……行使する……」
奈子の詠唱が聞こえて来た。
体は動かない。
毒のダメージでフラフラする。
しかもポイズンスネークが噛みついて来る。
そんな状況下でも彼女は諦めなかった。
体は動かないが、必死で口を動かして詠唱する。
詠唱さえ出来れば体が動かなくとも奇跡は発現するのだ。
「顕現せよ……あらゆる災厄を防ぐ……至高の盾……」
致命傷を受けたにも関わらず気絶することなく、しかも追加攻撃を喰らいながらもその言葉を発せられるということがすでに奇跡に近い。それだけのことを成し遂げて奇跡が発現しないなどありえない。
不可視の大盾が彼女の身体を覆い、殺到していたポイズンスネークは弾かれるように距離を取らされた。
「凄い……凄いや!」
絶望的な状況でも生きることを諦めずに必死に出来ることを考えて行動する。死の間際にそれが出来る人はそうはいない。ましてや奈子はまだ若く痛みを知らない探索の初心者なのだ。
諦めが悪いからこそミラクルメイカーに就いている。
まさにその言葉の通りに、彼女は諦めずに起死回生の一手を放ってみせたのだ。
「落ち着け……落ち着くんだ……」
ダイヤは奈子のピンチでパニックに陥りそうだった己の心を急ぎ律する。キングコブラの猛攻相手に冷静さを失ったら即壊滅だ。桃花はようやく芙利瑠の元へとたどり着き、彼女を回復させた。その後は奈子の元へと向かうだろうから、回復は彼女に任せて今はキングコブラの対処を優先すべきだ。
「ここは攻める!」
キングコブラはこちらの様子を伺うことなくターゲットに向けてひたすら暴れて攻撃をしてくる。それを避けながら攻撃するのは至難の技であり、かといって攻撃しなければ倒せない。ゆえにダイヤはある程度の被弾覚悟で特攻すると決めた。
「うりゃああああ!」
キングコブラが尻尾攻撃を終えた直後を狙い、ポイズンスネークだらけの床を強引に走り抜ける。そして両手の爪で何度もキングコブラの胴体を削るが、キングコブラが黙ってやられているわけがない。
『キシャアアアア!』
素早い体当たりでダイヤを弾き飛ばそうとするが、ダイヤはそれを軽くバックステップしながら受けた。
「ぐっ……かはっ!」
勢い良く壁に衝突して一瞬息が出来なくなるが、焦らずポーチからポーションを取り出して回復する。そしてまたキングコブラへ向かって特攻だ。
「うりゃああああ!」
『キシャアアアア!』
今度はたったの二度の攻撃しか出来ず、回転尻尾攻撃を喰らってまたしても吹き飛ばされる。体全体がミシミシと悲鳴をあげる程の大ダメージを負うが、ポーションで強引に治療して特攻する。
まるでピンボールのように吹き飛ばされては立ち向かう流れを繰り返す。
「(無茶しすぎで後で怒られるかもだけど、ここは無茶しなきゃダメなとこだよね!)」
こうでもしなければ倒せずに全滅の可能性があるのだ。タンク役がいない以上、死と隣り合わせのダメージ覚悟の特攻は仕方のない作戦だろう。
「僕は、僕達は絶対に負けない! まだまだ行くよ!キングコブラ!」
あまりの痛みに折れそうな心を奮い立たせ、ダイヤは勇敢に戦う。
一方で焦っているのが奈子を回復させた桃花だ。
「どうしよう、回復アイテムが足りない。ダイヤ君から補充しないと」
戦闘前にポシェットに詰められるだけ詰めたが、湯水のごとく消費することで空になってしまう。ここまでの間でも戦闘途中で補充はしていたのだが、キングコブラが発狂状態になってしまった今ではダイヤの元へ移動するのも大変だ。
特に問題なのが地面を覆うポイズンスネーク。
それらをかき分けてダイヤの元へと向かう間に、何度噛まれて毒状態になってしまうだろうか。その度に残り少ないポーションを使っていたら補充前に空になってしまう。
「テンションアップ!
焦る中でもバフを切らさないことだけは忘れない。パーティーメンバーの守備向上を祈りながら、桃花は自分がどうすべきかを必死に考える。
「(私に出来ること……そんなの一つしかない、よね)」
それは桃花が心から忌避することの一つ。それが出来ないからこそ、テンションアップで気持ちを誤魔化しながらサポートのみに注力しているのだ。
だがこの状況を打破するにはそれだけでは足りない。
壁を乗り越えなければならない。
「皆がこんなにも苦しみながら戦っている」
それは回復役として、ダメージを受けて苦しむ彼らに何度も近づいたからこそ良く分かる。
「私だってもっと戦える。怖がってる場合じゃない!」
保険としてダイヤから渡され、腰に下げていたナイフを手に取った。
「それにこれからも皆と一緒にダンジョンを探索したい!ダイヤ君の夢を少しでも長くサポートしたい!」
だからその手を振るおうでは無いか。
魔物を、生物を攻撃することへの抵抗感など、仲間と夢と生への渇望に比べたら微々たるものだ。
「やあああああ!」
ダイヤへの道を塞ぐ多くのポイズンスネーク。桃花はそれらをかき分けるのではなく、ナイフで殺しながら道を作った。手に伝わるのは命を奪う感触。吐きそうになる気持ちを必死に堪え、次々とポイズンスネークを屠ってゆく。
「ダイヤ君!補充!」
「分かった!芙利瑠さん!」
「了解ですわ!」
アイテムを手渡すには多少時間がかかる。その間に芙利瑠にキングコブラの相手をしてもらう。
『キシャアアアア!』
「チャンスですわ!」
桃花がポイズンスネークを撃破したことで、キングコブラはポイズンスネークを補充するモーションへと移行した。発狂状態の場合、ポイズンスネークの数が減ると元の数まで増やそうとしてくるのだ。いくらでも補充が効くからか、キングコブラがポイズンスネークを巻き込みながら攻撃をしてくることが厄介だが、一方で補充時に隙が生まれるため良くも悪くもある。
「おりゃおりゃですわー!」
ダイヤと攻撃役をスイッチした芙利瑠は、キングコブラに接近してバールのようなものでひたすら殴りつけた。そして吐き出されたポイズンスネークが大量に上から降ってくるとキングコブラから距離を取り、周囲を薙ぎ払ってスペースを作った。
「さて、ここからどうしましょう」
芙利瑠はダイヤのように大量の回復アイテム使用を前提に特攻するなんて手段はとれない。相手の攻撃を真っ当に避けながら攻撃しなければならないのだが、それが出来たらとっくにやっている。
『キシャアアアア!』
「まずいですわ!」
キングコブラの次の攻撃は連続毒液攻撃。
芙利瑠は慌ててポケットから解毒ポーションを手に取り、毒液を避けようと横に走る。
「きゃ!」
すばやい毒液を避けきることが出来ず、三射目をまともに喰らってしまった。このままでは先ほどの奈子と同じく、身動きとれないところを追撃されてしまう。
「あ、危なかったですわ!」
だがそうならないために芙利瑠は毒液が直撃する瞬間にポーションを口に含んでいた。体が完全にマヒする前に飲み込んでしまえば回復できるのではと考えたのだ。
狙い通り、状態異常はすぐに回復した。
だがこんな綱渡りの守備が何度も成功する訳が無い。そもそも芙利瑠はダイヤや回復役の桃花とは違い、回復アイテムをそれほど多く所持していないのだ。毒液攻撃はしっかりと避けてアイテムを使わないように立ち回るべきだ。
「(ですが、わたくしのスピードでは避けきれません。それに、暴走したキングコブラの噛みつき攻撃も避けきれるかどうか……)」
戦闘前にダイヤから噛みつき攻撃だけは絶対に避けるように言われていた。他の攻撃も致命傷になる可能性はあるが、鋭い牙で噛みつかれたら一瞬で死んでしまうかもしれず、そうでなくとも腕が食いちぎられるなどの部位欠損をしてしまう可能性がある。そうなっては中級ポーションどころか上級ポーションでも治せない。
ゆえに毒液攻撃すら避けられない今の芙利瑠は、不用意にキングコブラに接近出来ないのだ。
「(避けられないのならば、避けられるようにすれば良いだけのことですわね)」
このままではここから先はお荷物にしかなり得ない。そう考えた芙利瑠は一つの決心をした。
ビリビリビリビリ!
「ふりちゃん!?」
なんと芙利瑠はドレスの裾から腰付近までを思いっきり破いたでは無いか。
「これで楽に走れますわ!」
母からもらった大事なドレスは、古くなっても日常的に着続ける程に思い入れのあるものだ。
だが彼女はそれを破ることに全く躊躇しなかった。
「淑女たるもの、大事なことを見失ってはいけませんわ!」
ここでドレスに拘り何も出来なかったのならば、それは彼女の理想とする淑女の姿とは程遠い。彼女にとっての淑女とは単なる見た目だけを指すのではなく、心の輝きの方に重きを置いているのだ。
「(それにここでへたってたらお母さんに怒られちゃうし)」
娘のためを思って作ったドレスで娘が危機に晒されるだなどあってはならないことだ。母親はドレスを破ったことを悲しむどころか勇気を出して強敵に立ち向かったことを褒めてくれるに違いない。
「あなたの相手はわたくしですわ!」
距離を取りすぎたのだろう。
キングコブラが再びダイヤ達の方を向こうとしていた。
「それだけ大きければ当たりますわ!」
ノーコンの芙利瑠であっても、背丈が大きく横幅も広いキングコブラであれば銭投げを当てるのは楽勝だ。銭投げは物理攻撃に見えるが魔法的なスキルであり見た目以上にダメージが大きい。硬貨が直撃したキングコブラはダイヤ達の方を向くのを止め、再度芙利瑠にターゲットを定めた。
『キシャアアアア!』
「遅いですわ!」
遠距離からの毒液攻撃は、走りやすくなったことで軽やかに避けられた。それどころか避けながらバールのようなものを振り回し、ポイズンスネークの排除まで同時に出来ている。
「もう一度ですわ!」
キングコブラと距離がある間は銭投げでチマチマとダメージを与える。悲しいことに銭が少ないからすぐに尽きてしまうが、一枚ずつ投擲して少しでも節約して時間を稼ぐ。
『キシャアアアア!』
「危ない!ですわ!」
苛立ったキングコブラが一気に近づき噛みつこうとして来たが、それを軽やかに右に避ける。しかもその流れでバールのようなものをキングコブラの眼に当てた。
『キシャアアアア!』
「やりましたわ!」
しっかりと狙って叩きつけた訳では無く軽く当たった程度だが、それでも弱点への攻撃なので大ダメージを与えられただろう。キングコブラは痛みにのた打ち回っている。
「きゃ!きゃ!危ない!ですわ!」
狙いなく痛みで体を動かしまくるキングコブラに当たりそうで、芙利瑠は必死に逃げる。
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾」
「奈子さん!」
「なんか調子良い!」
奈子の奇跡がまたしても成功し、芙利瑠は強力な盾で守られた。
「ダイヤ君!」
「うん!」
ここに来て全員が万全の状態になり、キングコブラの残り体力もわずかだ。ここはトドメを刺すべく一気に攻めるしかない。
「うおおおおお!」
暴れ狂うキングコブラに臆せず特攻し、再度爪を振るう。常に同じ場所を攻撃しているから、かなり深く抉れてきている。
『キシャアアアア!』
「くっ!」
尻尾で弾き飛ばされるが、中途半端な動きだったため威力は小さかった。
「ダイヤ君!」
「ありがとう!」
それにダメージは桃花が直ぐに回復してくれる。ポイズンスネークを自力で撃破出来るようになった桃花は移動スピードが向上し、最初の頃のようにダメージを負った人のところへすぐに移動できるようになったのだ。
「わたくしも行きますわ!」
盾に守られていた芙利瑠も、ここは全員が同時に畳みかけるべきだと判断して飛び出した。
「私だって!」
そしてそれは奈子も同様だ。
それぞれ鈍器と杖でキングコブラをしこたま殴る。
「うわ!」
「きゃあ!」
「きゃああああ!」
流石にそれは無茶だったのか、キングコブラはその場で思いっきり三回転して尻尾を当てて来た。
「任せて!」
だが桃花が素早く移動し、三人を順番に回復する。
暴走し、痛みに狂うキングコブラは、雑な攻撃しか出来ない。一人だけを執拗に狙えばまた違った展開になったのだろうが、芙利瑠の眼への攻撃の効果があまりにも大きく、混乱状態に近い。
「チャンス!」
ダイヤの目の前ではキングコブラが背後を晒している。背中はダイヤの爪攻撃が届いて居ない場所なので体表は綺麗なままだが、傷を重ねることに拘らなくても大ダメージを与える方法はある。
「悪戯スキル!膝かっくん!」
ヘビの膝が何処かは分からないが、床付近のくの字に凹んだ場所を膝と見立て、ダイヤは全力でドロップキックを喰らわせた。
『キシャ!?』
するとキングコブラは大きく背を反らすかのように体を曲げたではないか。
「今だ!」
「トドメですわ!」
「よくもやってくれたね!」
「わ、私も!」
床に着きそうなくらいに曲げられた顔に向かって女子三人が飛び掛かる。狙いは弱点の眼だ。
『キシャアアアア!』
残念ながら暴れるキングコブラの眼に正確に攻撃を当てることは出来なかったが、顔そのものも弱点部位でありダメージが大きそうだ。
「させませんわ!」
たまらず体を起こそうとするキングコブラの口に、なんと芙利瑠がバールのようなものを縦に突っ込んだ。
『キシャ!?』
口を閉じられなくなったキングコブラの顔に必死に体重をかけ、体を起こさせないようにする。芙利瑠の行動を見て奈子と桃花も攻撃を止めて体重をかける。ポイズンスネークが集まってくるが、噛まれて毒になるのを厭わずにキングコブラの動きを封じるのを優先する。
何故ならそうすればダイヤがトドメを刺してくれるから。
ドロップキックから立ち上がったダイヤは、彼女達が動きを封じるキングコブラの頭上に移動した。
「これで終わりだあああああああ!」
両手の爪で両方の眼を思いっきり突き刺した。
『キシャアアアアアアアア!』
瀕死状態のキングコブラを相手に、弱点への爪攻撃。
キングコブラは最後に一際大きく叫ぶと、その身を緑の靄へと変えたのであった。
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