90. キングコブラ戦 前編

 キングコブラは強い。


 口から吐き出される毒液に触れてしまったならば麻痺と毒に同時にかかってしまう。動きもそれなりに俊敏で、体当たり、回転尻尾攻撃、牙での噛みつき攻撃のいずれもまともに喰らったら致命傷は免れない。しかも体表が固くダメージが通り辛く長期戦を強いられる。それに残り体力に応じた戦法の変化もある。Dランクのボスとしては上位に入る魔物であり、Cランク昇格への壁の一つとも言われている強敵。


「(奈子の炎の奇跡が発動すれば一撃かもしれないけれど、発動しないと思った方が良い)」


 強すぎるがゆえに発動率はかなり低い。それを期待して逃げ回り奈子を守り続けるのも一つの戦法ではあるが、それはタンク役と回復役がしっかりと揃っている場合でなければ選び辛い。基本的にダイヤも芙利瑠も攻めるタイプの前衛であり、守ることが苦手だからだ。


「皆、行くよ!」

「うん!」

「はい!」

「うん!」


 事前の打ち合わせを終えたダイヤ達は、赤黒いオーラの禍々しさに負けずに勇んで部屋に突入した。全員が中に入ると扉が閉まり閉じ込められるのもボス部屋あるあるだ。


「芙利瑠さん!」

「はい!」


 キングコブラがダイヤ達を視認し、両眼を赤く光らせたタイミングでダイヤと芙利瑠が飛び出した。最初の前衛はこの二人である。


「テンションアップ!守りの祈り守りの加護を!」


 桃花はキングコブラから距離を取り、二つの補助魔法を切らさないようにかけ続ける。


「奇跡を行使する!」


 奈子はキングコブラの背後へと回りながら奇跡の発動をワンチャン狙う。


「(重要なのは全員がバラけること。キングコブラの麻痺毒を同時に喰らうことだけは避けないと)」


 ゆえに前衛の二人も並んで交互にスイッチしながら攻めるようなことはせず、左右から挟み撃ちするような形だ。二人以上が麻痺してしまえば立て直しに時間がかかってしまうどころか、回復が遅れた片方が集中攻撃を喰らって一気に死んでしまう可能性がありえる。ゆえにダイヤはこの戦いの最大のポイントを、いかに麻痺毒の被害を最小限に抑えるかとしたのである。


「まずは僕から!」


 右手の爪でキングコブラの脇を抉るようなイメージ。上手くいけばごっそりと肉を削いで大ダメージを与えられるのだが。


「ぐっ……固い!」


 多少傷はついたが、ごっそりとまではいかなかった。


『キシャア!』


 攻撃を受けて痛みを覚えたのか、キングコブラがダイヤに向かって体当たりを仕掛けて来た。


「速い!」


 巨体に似合わない俊敏な動きのため左右に避けることは出来ず、バックステップしながらそれを喰らう。


「ぐっ……重い……」


 自ら跳んで衝撃を減らしたはずなのに体の芯まで揺さぶられるかのようなダメージに思わず顔を顰めてしまう。


「チャンスですわ!」


 キングコブラがダイヤに気を取られている間に、今度は芙利瑠がバールのようなものをキングコブラに叩きつける。


「いったーい、ですわ!」


 手を損傷しないためにドロップアイテムのグローブを装備しているのだが、それでもあまりの硬さに衝撃が手に伝わってしまった。これまたダイヤと同じく顔を顰めるが、キングコブラは攻撃してきた相手をそのまま放置することなどしなかった。


 全身を勢い良く回転させ、彼女に尻尾をぶち当てる。


「きゃあああああ!」

「芙利瑠さん!」


 物凄い勢いで吹き飛ばされた芙利瑠は轟音を立てて壁に激突する。彼女はそのままピクリとも動かない。


 たった一撃。

 それだけで一人があっという間に戦闘不能になってしまった。


 これがDランクのボス。

 新入生が立ち向かうには高すぎる難易度。


 だが彼らはこの程度で諦めるようなタイプではない。


「ふりちゃん!」


 桃花の役割は後方からバフをかけるだけではない。戦場を縦横無尽に走り回り、傷ついた仲間を回復する。ポシェットに入れた中級ポーションを取り出し、倒れた芙利瑠にふりかけた。


 中級ポーションはこの洞窟内でドロップさせて仕入れたものだ。ダメージが大きければ中級ポーションで、小さければダイヤが用意した下級ポーションで回復する。


「ん……ありがとう……ですわ!」


 回復した芙利瑠は飛び起きて再度キングコブラに向かって突撃する。死を間近に感じる程のあまりにも痛いダメージを負ったはずなのにトラウマになっている様子が無いところ、かなり強い精神の持ち主だ。


「奈子さん、チェンジですわ!」

「うん!」


 芙利瑠がダウンしている間、彼女に変わって奈子が前衛となりダイヤと共にキングコブラを引きつけていた。前衛の片方が倒れた時に、サポート役として前衛に入るのが奈子の役目だった。


「(前衛は常に二人でキングコブラの攻撃を極力散らばせる。的を絞らさせずに一人が集中攻撃されないように注意する。急造チームだけど、ここまで上手く回っている!)」


 芙利瑠も奈子も勇気を出して踏み込めているからダメージを与えられ、キングコブラは彼女達を無視することが出来ないでいる。格上相手であろうとも、工夫して立ち向かえば勝負になるという証だ。


「来る!」


 キングコブラがダイヤに向けて毒液を吐いてきた。大きくバックステップで躱したが、予想していたよりも避けにくい。


「攻撃モーションが短すぎる。気付かず喰らってしまうことも覚悟しないと」


 キングコブラが大きく首を後ろに振ってくれれば分かりやすいのだが、その動きがかなり小さいためモーションから毒液攻撃を判断するのが難しい。今回は偶然気付いたが、他の攻撃を必死に避けている最中などの場合は見逃す可能性が高そうだ。


 ゆえに大事なのは回復役の動き。毒液攻撃を喰らってしまった場合にいかに素早く戦線復帰させられるかが非常に重要であり、桃花もそれは理解している。


「すぐ治しに行くから必要以上に怖がらないで!」


 さりげない声掛けにより、前衛の三人は毒液を恐れて踏み込みが甘くなりそうな気持ちを抑えられた。桃花の地味なナイスプレイである。


『キシャアアアア!』


 だがそもそも毒液攻撃が無くともキングコブラの攻撃は脅威だ。素早い動きからの体当たりと尻尾攻撃はもちろんのこと、大きな牙による噛みつき攻撃を喰らったら下手したら即死もありえる。


「うわあああ!あっぶな!」


 横から薙ぐような噛みつき攻撃をどうにか避けると、キングコブラの背後では復活した芙利瑠がバールのようなもので滅多打ちにする。


「おらおらですわ!」


 爪攻撃と違ってダメージが目に見えてはいないが、キングコブラが嫌がり攻撃対象を彼女に変更しているということは、ダメージは通っているはず。


「僕を無視しちゃって良いのかな!」

『キシャアアアア!』


 キングコブラが芙利瑠の方を向けばダイヤが爪による連撃を喰らわせ、ダイヤの方を向けば芙利瑠がバールのようなもので叩きまくる。キングコブラはどちらに攻撃を向ければ良いのか悩み、体の向きを行ったり来たりさせている。


「(爪があって良かった。素手だったらまた攻撃手段が無くて困るところだった)」


 それにスピが勧めてくれた爪という武器はダイヤにとても合っていた。殴るのと爪で裂くのでは動きが異なるため格闘の延長線上とはいかないが、素早い動きで小刻みに攻撃する方法がやりやすかったのだ。左右の拳で連打するのと同じように、連撃で次々と斬り裂く流れはとても爽快で心地良い。


 ここまではダイヤ達の作戦は成功している。

 前衛が被弾して崩されても即座に回復させ、回復中は奈子が前衛としてサポートに入ることでキングコブラの行動を常に迷わせる。


 だがDランクのボスがこの程度で終わるはずが無い。


「皆来るよ!」


 残り体力が六十パーセントを切った時、キングコブラは大きく背を逸らして息を吸うかのようなモーションを取った。そしてそのまま体をくるくると回転させながら、口から大量のポイズンスネークを吐き出した。その数、ニ十体。


「ポイズンスネークの撃破を優先!」


 毒攻撃を喰らってしまっては体の動きが鈍くなりキングコブラの攻撃を避けられない。それに桃花が回復のために走り回るのにも邪魔になる。即座に排除しなければ、一気にダイヤ達が追い込まれてしまう。


『キシャアアアア!』


 だがもちろんキングコブラはその間にも攻めてくる。


「おっと……来るのが分かってれば怖くないよ!」


 この時ばかりはキングコブラの攻撃は素直な噛みつきか毒液攻撃に絞られる。薙いだり回転したりしたら、せっかく召喚したポイズンスネークを巻き込んでしまうからだ。とはいえ、ポイズンスネークを狩りながらキングコブラの攻撃を避けるのはかなり難しく、まだ戦い慣れていない芙利瑠達には酷な作業。ゆえにダイヤがキングコブラの攻撃を全て請け負い、芙利瑠達は急いでポイズンスネークを殲滅せんとする。


「ほらほら、こっちだよ!」


 ダイヤはわざとポイズンスネークの近くに位置取り、キングコブラの攻撃種類を制限させる。


「うわっとと。回復回復」


 キングコブラの攻撃の方に注力しているため、ポイズンスネークの攻撃を受けてしまうこともあるのだが、片手に解毒ポーションを持ちながらすぐに回復できるようにしているから問題ない。


 そうこうしているうちにポイズンスネークは殲滅完了し、ダイヤと芙利瑠による挟撃を再開させる。


「(あのオーラの影響が無くて普通に行動してくれて助かった。今のところ順調だけど問題はこの先。キングコブラの体力が三十パーセントを切ってからの発狂状態。そこを突破できるかどうか……)」


 キングコブラの情報を知っていたがゆえに、半ば嵌め技のような感じで喰らいつけている。赤黒いオーラの影響で強くなっていたり戦闘方法が変わっていたら絶望的だったが、そんなことはなく普通のキングコブラだったのが非常に大きい。


 とはいえ、普通のキングコブラだったとしてもこの先には地獄が待っている。


「うわ!」


 考え事をしていたからだろうか、毒液攻撃をもろに喰らってしまった。


「うう……あの時より……しんどい……」


 ポイズンスネークとパラライズビーの攻撃を受けて状態異常にかかってしまった先ほどと比較すると、体の痺れの強さや毒の不快感は圧倒的にこちらの方が上だ。気を抜いたら一瞬で気絶してそのまま死んでしまいそうな気がする。


「ダイヤ君!」


 慌てて桃花がダイヤを回復させようと走って来た。


「ありがとう。助かっ」

「きゃああああ!」

「ふりちゃん!」

「くっ……」


 ダイヤが回復した直後に芙利瑠がキングコブラの体当たりを喰らって吹き飛ばされてしまった。急いでダイヤが戦線復帰したことでどうにか立て直すことが出来たが、もしもここで奈子までも速攻で撃破されたら壊滅待ったなしだ。


 順調に見えて危うい橋を渡り続けているということを今更ながら四人は実感したのであった。


 気を引き締め直して戦闘を継続していると、ついにその時が来た。


『キシャアアアア!』


 ダメージが蓄積されて残り体力が三十パーセントを切ったキングコブラは背を反らして大きく息を吸い込み、またしてもポイズンスネークを巻き散らす。


 今回は三十匹。


 そして変化はそれだけではない。


『キシャアアアア!』

「かはっ!」


 ダイヤが自分の近くのポイズンスネークを処理していたら、キングコブラの尻尾攻撃を喰らって吹き飛ばされてしまったのだ。


 キングコブラはポイズンスネークがいようがお構いなしに全ての攻撃を放つようになった。


「ダイヤ君!このぉ、どいて!」

「今回は……自分で……治す……!」

「分かった!」


 地面には多くのポイズンスネークがいて桃花がダイヤに近づけない。ゆえにダイヤはフラフラながらも体を動かせるので自前のポーションで治すことにした。


『キシャアアアア!』


 発狂状態に陥ったキングコブラは、目についた相手を見境なく攻撃するようになる。しかもスピードが上昇し、逃げる方はポイズンスネークのせいでまともに動けない。


「きゃああああ!」


 ゆえに芙利瑠も体当たりを避けることが出来ない。どうにか桃花が彼女の元へとたどり着こうと試みるが、その間にフォローに入った奈子にもピンチが訪れる。


『キシャアアアア!』

「きゃ!や!あ!」


 キングコブラが毒液を連射して来たのだ。最初の二射はどうにか躱したものの、三射目が掠ってしまい状態異常にかかってしまう。


「これが……あの時の……ダイヤの……苦しみ……」


 自分のせいでダイヤを苦しめてしまったことを思い出しながらその場に崩れ落ちる奈子。しかもキングコブラは彼女に追い打ちをかけるように体を回転させて尻尾攻撃をお見舞いした。


「かはっ!」

「奈子おおおおおおおおおお!」


 体に力が入らない無防備な状態で攻撃を喰らってしまっては、死んでしまってもおかしくない。壊れた人形のように力無く弾き飛ばされた奈子の姿にダイヤは咆哮する。


 ゲームオーバーがすぐそこまで迫っていた。

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