89. トップトゥエンティ

「ダイヤ君大丈夫!?」

「どうしたのですか!?」


 物凄い勢いで飛び出してきたダイヤ達を、先にクリアしていた桃花達が驚きの表情で迎えてくれた。


「痛てて……」

「うにゅるぅ~」


 ゴロゴロと地面を沢山転がってしまったことでダイヤは痛みに顔を顰め、奈子は目を回してしまっていた。


「ポーション使うね」

「ではわたくしは木夜羽さんを」


 桃花達が下級ポーションを使ってくれたことで、ダイヤ達はどうにか通常状態に復帰することが出来た。


「助かったよ桃花さん、芙利瑠さん」

「ありが……とう……」


 よろよろと立ち上がりながら、ダイヤ達は二人にお礼を言う。


「何があったの?」

「最奥のボタンを押したら床が突然消え始めてさ。落ちないように奈子・・と一緒に慌てて走って逃げて来たんだよ」

「そっちはそんなトラップが……奈子?」


 桃花と芙利瑠の眼がすっと細くなった。


「桃花さんが予想した通りでしたわね」

「ダイヤ君のことだから絶対に堕とすと思ったもん」

「結局三人とも堕とされてしまいましたわ」

「ダイヤ君だから仕方ないよ」

「無自覚チート主人公みたいな言われようなのが納得できないんだけど」


 何かやっちゃいましたか、などと言えるような強さをダイヤは持っていない。それにダイヤは意図的に女の子を堕とそうとしているため無自覚でもない。


「わ、わわ、私は堕とされてなんか……!」

「木夜羽さん、メスの顔になってるよ」

「…………」

「それアヘ顔ピース!女の子がそんな顔しちゃいけません!」

「(奈子が本性出し始めたみたいだね)」


 どうやらキョドってなければ、おふざけが大好きな女の子のようだ。

 なお、奈子のアヘ顔は普通に汚かった。


 場が良い感じに砕けたからだろうか、奈子は改めて三人に向き合うことを決意した。


「皆に……お話があります……」


 勇気を育てるために無茶をしてしまったことを謝り、助けに来てくれたことを感謝する。

 そしてその最後に。


李茂すもももさん……金持さん……こんな私だけど……友達に……なって……くれる?」

「もちろんだよ!」

「よろしくお願いしますわ」


 中学まではどれほど努力しても作れなかった友達が、ダンジョン・ハイスクールに来てからはどんどんと増えてゆく。しかも今回は失敗したにも関わらず許してくれた上に友達にまでなってくれたのだ。これは夢では無いかと奈子は少しだけ呆けてしまった。


「それじゃあ私は桃花って呼んでね!」

「わたくしも芙利瑠で構いませんわ」

「私は……奈子……」


 三人の、いや、ダイヤを含めた四人の絆は十分に深まった。

 同級生として、友達として、恋人として、そして戦友としてこの先に進むことが出来るだろう。


 じっくりと話をして休んだこともあり、心も体も準備は万端。

 ペアに分かれた洞窟も攻略完了し、大扉の先へ向かう時が来た。


「大扉の上部に赤いランプが二つ。これって僕達がそれぞれ奥でボタンを押したからかな」


 それがこの大扉を通過する条件であるならば、今なら開くに違いない。


 ダイヤは大扉に手を添え、力を込めて押してみる。すると今までびくともしなかった大扉が、ギギギと大きな音を立てて開くでは無いか。しかも最初に少し押すだけで、後は自動的に開いてくれた。


 その先は大広間よりもやや狭く、一般的な学校の教室の二倍くらいの広さの空間だった。壁には相変わらず壁画が描かれているようだけれど、その内容を確認する余裕がダイヤ達には無かった。


「なによ……あれ……」


 何故ならばその部屋の中央に、彼らの二倍くらいの背丈の、赤黒いオーラを纏ったコブラが鎮座していたからだ。


 ボス。


 まだ部屋の中に足を踏み入れていないからか襲ってはこないが、ダイヤ達の方を見つめる巨大なコブラはチロチロと長い舌を出して威嚇している。


「いや……いやあ!怖い怖い怖い怖い!」

「この威圧感は……」

「うう……怖い……」


 女性陣はコブラに見られるだけで激しく怯え、戦闘意欲が消え去った。こういう時はダイヤが彼女達を叱咤して気持ちを奮い立たせるのがいつもの流れなのだが。


「うわあああああああああああああああああ!」


 なんとダイヤが一番激しくコブラに怯え、己の身体を強く抱いて頭を左右に振りながら後退ったでは無いか。


「ダイヤくん!?」

「どうなされました!?」

「ダイヤ……大丈夫……?」


 そのあまりの異様な怯えっぷりに、彼女達は冷静さを取り戻しダイヤを心配する。


「ちがう。ありえない。そんなはずはない。ちがう。ちがう。ちがう。ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう」


 壊れた玩具のように必死で何かを否定しようとするダイヤ。


「ダイヤさん!」


 慌てて芙利瑠がダイヤの身体を優しく抱くが、ダイヤの怯えは全く落ち着く気配がない。


「どうしよう……ダイヤ……元に戻って……えっちなこと……する?」


 焦った奈子がとんでもないことを言ってしまったが、ダイヤは全く聞こえていないようでツッコミを入れる気配もない。


「そうだ。これで落ち着いて!テンションアップ!」


 気分を高揚させるスキルを使い、猛烈な恐怖を振り払えないかと桃花が考えた。


「っくう……はぁっ、はぁっ、あ、ありが……と、とう……」

「もっと休まないとダメですわ」


 スキルのおかげで少しだけ落ち着いたダイヤは、芙利瑠から離れてもう大丈夫だよと彼女達を安心させようとするがまだ本調子とは言い難く、芙利瑠は決してダイヤを離そうとはしない。


「そうだよダイヤ君。でもそろそろ交代して欲しいな」

「分かりましたわ」

「え?」

「次は……私……」

「え?え?」


 彼女達は順番にダイヤを抱き締め、気分を落ち着かせてあげようと試みた。その様子がなんだかおかしくて、ダイヤの心は徐々に落ち着きを取り戻す。


「やわらか~い」

「きゃっ!もうえっちなことしてる場合じゃないでしょ」

「は~い」


 桃花の胸に顔を埋めて少しだけ堪能してから、ダイヤは今度こそ元気になり彼女達から距離を取った。


「びっくりさせて本当にごめん。そして落ち着かせてくれてありがとう」

「無理しないでね」

「うん、テンションアップは切らさないようにお願い」

「任されました」


 ダイヤはふぅと小さく息を吐き、再度コブラを視界に収めた。


「う゛っ……」

「ダイヤさん!」

「大丈夫?」


 途端に恐怖感が蘇ってくるが、今回は心の準備をしていたからかどうにか耐えられた。芙利瑠と奈子が両側で体を支えてくれたことも大きい。


「確かにアレは凄い怖いけど、ダイヤ君がそこまで怖がるってことはもしかしてAランクの魔物とかなの?」

「……ううん、違う。あれはDランクのボスのキングコブラ。ってあれ、なんでAランクじゃないんだろう」

「どういうことでしょうか?」


 ダイヤは目の前の魔物がAランクで無いことに疑問を抱いた。では何故ダイヤはそもそもキングコブラをAランクの魔物と勘違いしてしまったのだろうか。


「キングコブラの身体を覆っている赤黒いオーラ見える?」

「見える……アレが……禍々しい」

「だよね。アレが何か知らない?」


 それは本来であれば五月以降の必修科目で習うこと。しかしダンジョン界隈では有名な話なので、既に知っている人がいるかもしれない。すると三人の中で一人、奈子だけがその意味を知っていた。


「もしかして……トップ二十トゥエンティ?」

「それってまだ誰もクリアした人が居ない最高難易度のダンジョンのことだよね」

「世界にニ十個あるそうですわ」


 ダイヤはその全て、No.1ダンジョンまで攻略することが夢であり、それらのダンジョンの特徴を知らないはずが無い。


「トップ二十トゥエンティのダンジョンの入り口の扉。そしてそのダンジョンに出現する魔物は、赤黒いオーラで覆われているらしいんだ」

「それじゃああのキングコブラはトップ二十トゥエンティの魔物なの!?」

「そのような危険な魔物が出現するだなんて」

「ダイヤが……怖がるのも……無理はない」

「ええと、それが色々と違うんだ」


 赤黒いオーラで覆われている魔物はトップ二十トゥエンティに出現する魔物。

 だが目の前の魔物は例外だった。


「キングコブラはさっきも言ったけどDランクの魔物なんだ。トップ二十トゥエンティにはAランク以上の魔物しか出現しないはずだから、キングコブラがあのオーラを纏っているのはおかしい」


 弱い魔物がオーラを纏うだなんて話は聞いたことが無い。ゆえにダイヤはあの魔物の正体に気が付いた時に不思議に思っていた。


 そしてもう一つ彼女達が勘違いしていることがあった。


「それに本当にあの魔物がトップ二十トゥエンティの魔物だったとしても、僕はあそこまで怯えないと思う。僕が怯えたのは多分あのオーラのせい。見ていると何故かどうしようもなく不安になって殺されるんじゃないかって強い不安を感じたんだ」


 自分で抑えきれない程の恐怖が突然勝手に湧いて暴走してしまった。理由も分からず心と体が勝手に怯えてしまった。本能があのオーラを拒絶したがっている。


「その感覚、私も分かるかも。ダイヤ君が狂乱しなければ、私がそうなってた気がするもん」

「桃花さんも? 魔物が苦手だからじゃなくて?」

「うん。あのオーラを見てたら胸がぎゅっと締め付けられるような感じに襲われて、逃げなきゃ殺されるって凄い強く思ったの」


 ゆえに、女子三人の中では桃花の反応が最も大きかった。


「芙利瑠さんと奈子は?」

「わたくしは少し嫌な感じがする程度でしたわ。むしろ大きなヘビというところが怖かったですわ」

「私も……芙利瑠と……同じ感じ」

「つまり僕と桃花さんだけが異常に反応したってことか」


 その二人に共通していることと言えば一つしかない。


「精霊使い」


 つまりあのオーラは精霊に関係する何かなのでは無いか。


「はは、これもまた大発見かもしれないね」


 一体何を意味するのかは分からないが、最前線のダンジョンをクリアする鍵が精霊使いにあるとするならば、精霊使いの価値が更に跳ね上がることになるだろう。


「(もしかして、ここを作った何者かの狙いは僕?)」


 あるいは精霊使いである桃花や朋も含まれているのかもしれないが、一番のターゲットが自分ではないのかと予感した。だとすると巻き込んだのはむしろダイヤの方なのだが、確信が無いことで彼女達に謝罪したところで困らせるだけなのは分かっているため敢えて口にはしなかった。


「皆、ありがとう。話をしている間に落ち着いたよ」


 あるいはこうしてすぐに慣れたのも何者かの力によるものなのか。


 考えても答えは無いことであり、今は目の前の障害をどう乗り越えるかを考える。


「改めてキングコブラについて説明するね」


 相手がどのような存在であれ、ここを突破しなければ帰還は望めないのだ。怖かろうが強かろうがやるしかない。少しでも確実に勝利するためにと、ダイヤは彼女達と情報共有を始めた。

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