88. ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!

 毒と麻痺のコンボから回復したダイヤは、回廊を半分以上通過したにも関わらず奈子と一緒に入り口付近まで急ぎ戻った。安全なところで落ち着いて彼女と話をするためだ。


「ごめんなさい! 僕が木夜羽さんに大事なことを伝えなかったばかりに危険なことになっちゃった!」

「ううん……悪いのは……私……声をかけるのを……怖がったから……」

「それでも僕は木夜羽さんにもっと歩み寄るべきだったんだ。たとえ嫌われても、ここで生き抜くためには絶対に必要だった」

「それは……私だって……同じ……ううん……私の方が……酷い」

「怖いのは仕方ないよ。こういう時は僕がなんとかしなきゃダメなんだ」

「違う……本当は……怖くなかった……だから……悪いのは……私……」

「え?そ、そうなんだ。それなら猶更そのことに気付けなかった僕が悪いんだよ」

「違うよ……私が……私が……」

「僕だって」

「私……」

「僕」

「私」

「…………ぷっ」

「…………ふふ」


 お約束を知っている二人だ。最後の方は分かっていてネタとして謝罪合戦を続けていた。もちろん前半部分は本気だったが。


「でもさ。本当に怖くなかったの?僕は本気で怖がられてると思ってたんだけど」

「怖かったけど……怖くなかった……」

「え?」


 つい最近もこんな感じの矛盾している話をしたことをダイヤはチラっと思い出した。


「私は少女漫画が好きなんだけど……最近のは過激なのが多くて……ついそのことを思い出しちゃったの……あなたがそんな酷いことを……するはずないって……分かってたのに……」

「怖がるほど過激な表現ってどれだけ凄いの!?」

「試しに少年漫画や大人向け漫画を読んでみたけど……そっちが温いと思えるくらい……」

「ええ!?」


 なんなら成人向けえっちな漫画にすらも負けて無いとも思っているのだが、それを告げてしまうとその手の漫画に興味があることがバレてしまうため言えなかった。古いエロゲの台詞を知っているのも、彼女がそれだけその手の話題に興味津々だからだ。


「だから本当は怖くないから……私の反応は気にしないで……」

「でも僕を信用してくれていても、体が勝手に怖がっちゃうんでしょ。じゃあその手の話題は避けた方が良いよね」

「あ……」


 これまで楽しそうに『孕まされるううう』などと叫んでいたから、つい調子に乗って揶揄ってしまったが、性的なネタに反射的に恐怖を抱いてしまうのなら止めておくべきだとダイヤは考えた。だが、どうしてか奈子は残念そうな顔をしているではないか。


「もしかして木夜羽さん、怖いのを楽しんでる?」

「…………」


 奈子が恐怖と喜びが同居しているような雰囲気を醸していたから、彼女の真意を掴めていなかった。だがそれがそのままの意味で、恐怖すらも楽しめているのなら、むしろ徹底的に攻めてあげるべきでは無いか。


「むしろ興味津々だったりする?」

「…………」


 答えは無いが、真っ赤になって俯く彼女の様子からは正解としか思えなかった。


「ふ~ん、そっか~、木夜羽さんってそうだったんだ~」


 ダイヤは信頼されていて好感度は低くはない。しかもえっちなネタに興味津々ともなればダイヤにとって御馳走でしかない。


「それじゃあ早速……」

「え……ち、ちが……私は……そんなん……じゃ……」


 手をわきわきさせながら奈子に近づくダイヤ。奈子は今更否定しようとしているがもう遅い。怖がる様子も楽しんでいる状態だと分かっているのだから、二人きりのチャンスをダイヤが逃がすものか。


 ダイヤは奈子の肩に両手を優しく添え、彼女をじっと見つめる。


「~~~~!」


 これから何をされてしまうのかとドキドキが止まらない奈子。いつものように罵倒する言葉が出て来ないくらい急展開に焦っている。


 そんな奈子が落ち着くのを待たずに、ダイヤはそのままゆっくりと彼女に顔を近づけ……そっと優しく体を抱いた。


「木夜羽さん、改めて、助けてくれてありがとう」

「あ……」


 決して見返りが欲しかったわけでは無い。

 助けたいと思う気持ちに従って行動しただけだ。


 だがそれでもその行いを否定され続けていたことが悲しかった。

 感謝されなくても良いけれど、少しくらいは喜ばせたかった。


 彼女はついに成功した。

 短剣使いの彼女達との練習の場ではなく、本番で成功した。


 何度も失敗したけれど、『ありがとう』の感謝をはじめて貰えた。


「ああ……ああああ……うわああああああああん!」


 奈子はダイヤの身体を強く抱き締め、これまで溜まっていた心の澱みを吐き出すのであった。


ーーーーーーーー


「木夜羽さん、来るよ!」

「奈子で良い!」

「分かった、奈子さん!」

「奈子で良い!」

「……奈子。スネークは任せて良い?」

「うん。蜂はお願い、ダイヤ!」


 晴れて距離が縮まった二人は、洞窟探索を再開した。

 回復アイテムを奈子に渡したのはもちろんのこと、最初の様に距離を開けて進むのではなく、横並びで進むことにした。そのままだと狭くて武器を振るいにくいため、敵が来た場合はそれぞれが前後に移動して戦うことでスペースを確保している。


「蛇なら蛇らしく自分の尻尾を食べてなさい!」

「ウロボロス!?」


 どうやら奈子は戦闘になるとキョドらず勇敢に戦えるタイプのようだ。吹っ切れたからかもしれないが。


「奈子も脳筋系キャラだったか~」

「エセお嬢様と一緒にしないで! 私のは神聖な杖による魔物の浄化作業なのよ!」

「さっき蛇の身体がメキィって言ってたよね」

「喜びに打ち震える音ね」


 杖と鈍器。

 どちらも殴りかかるという意味では同じだろう。奈子が後衛ではなく前衛打撃女子として戦う決意をしたことで、芙利瑠とキャラが少し被ってしまった。


「まさか二人で戦うとこんなに楽になるだなんて、ね!」

「Dランクとは思えない程に相手が弱いから、じゃないかな!」


 戦いながら会話をしているからか、奈子がスムーズに話せている。これが戦いを終えるといつも通りにキョドキョドしてしまうのだから不思議なものである。


 状態異常攻撃への対処さえ出来ていればEランク相当の実力しかない蜂と蛇。大量に出て来ても二人であれば余裕で対処しきれる上に、仮にミスをしてもお互いが回復し合えば良い。この洞窟は二人で協力し合えば余裕の難易度に調整されていたのだった。


「次の角を曲がったらゴールかな」

「うん」


 二人が曲がり角から顔だけを出してチラっと先を覗くと、そこは普通に行き止まりだった。

 そしてそこに描かれていたのは予想通りの物ではあったのだが……


「これは!?」

「食べられてる?」


 一部が欠けた丸い謎の物体。

 それが人々を丸呑みにしているかのような絵が描かれていたのだ。


「やっぱりこの行列の人達はアレと戦ってたんだ」

「謎の存在は……これを見せたかった……のかな……?」

「だとすると、僕達もアレに襲われる可能性があるってことなのかな?」

「あるいは……No.1ダンジョンの……ボス……だったりして……」

「ありえる」


 だが、だとしてもその情報をダイヤ達に教える必要性が分からない。ダンジョンと関係なくこの先人類が襲われるかもしれないと警告されていると考えた方がまだ自然か。


「とりあえず撮影して、あのボタンを押して出よう」


 壁の一部に目立つ丸いボタンがある。

 他にギミックは無さそうであるため、流石に罠では無いだろう。


 ダイヤは撮影を終えると、奈子にアイコンタクトをしてボタンを押した。


「ポチっとうわあ!」

「きゃ!」


 ボタンを押した瞬間、前から物凄い強風が吹いてきて後ろに飛ばされてしまった。


 ガコッ!


「え?」

「え?」


 そして先ほどまで二人が立っていた最奥の床が、音を立てて消え去ったでは無いか。


 ガコッ!


 次に目の前の床が消え去った。順番的に次は今ダイヤ達が立っている床が消えてしまうだろう。


「奈子!」

「うん!」


 二人は猛ダッシュで来た道を引き返す。

 だがそこには魔物達が待ち受けている


「どけええええ!」

「邪魔ああああ!」


 全部倒そうとはせず、走り抜けるのに壁となっている相手だけを撃破する。そうなるとすり抜ける際に攻撃を受けてしまうこともあるのだが、それはポーションを使って強引に突破する。


「ダイヤ!ポーション!」

「ありがとう!奈子も!」

「助かる!」


 お互いに回復し合いながら全力で回廊を走り続ける。蜂によるマヒは足を止める要因になってしまうため、特に気を付けて撃破しながら入口へと戻る。


 ガコッ!ガコッ!


 背後から聞こえてくる床が消える音のペースが上昇した。


 ぐるぐるぐるぐると回廊を必死に疾走し、落とされないようにと逃げ続ける。


 最後の長い直線に入った時、突当りとなる入り口のドアが開いていることが遠目からでも分かった。


 ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!


 魔物の姿はもう見えないが、その代わりに音のペースが更に上がり迫ってくる。


「きゃっ!」


 最後の直線も残り半分となった時、奈子が何かに躓いてこけそうになってしまった。


「奈子!」


 ダイヤは咄嗟に彼女の腕を掴み、彼女の身体を支えて倒れないようにした。


 ふに。


「あ」


 しかし焦っていたからか、ダイヤは奈子の柔らかな部分を思いっきり掴んでしまう。


「~~~~!」

「ご、ごめん!」


 再度走り出しながら謝るダイヤと、顔を真っ赤にする奈子。


「孕まされるうううう!」


 奈子はダイヤから逃げるかのように物凄いペースで走り出した。


 ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!ガコッ!


 だがラストスパートだと言わんばかりに、床が消えるペースも更にアップする。

 ダイヤも必死に走り奈子に追いつき、二人は追いつかれるかどうかギリギリの勝負を繰り広げる。


「飛び込めええええ!」


 ゴールまで残り数歩。

 ここまで来たら勢いに任せて逃げ切るしかない。


 二人が強く床を蹴ると同時にその床が消滅し、跳んだ二人は追い抜かれた穴を越え、倒れ込み転がりながら回廊から脱出したのであった。

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