87. 諦めの悪さなら僕だって負けて無いんだけどね

 奈子にとって不運だったのは、これまでの人生で成功体験が少なく失敗体験を多く積んでしまったことだろう。


 特に悲惨なのが、彼女が誰かのために何かをやろうとすると必ずと言っても良い程失敗したこと。


 彼女が覚えている中で最も古く印象に残っている失敗体験は小学二年生の頃の出来事。


 警察役と泥棒役に別れて遊ぶ特殊鬼ごっこに彼女は誘われた。引っ込み思案な彼女は自分から友達を作ったり遊びに誘うことなど出来ず、誘ってもらえたことがとても嬉しかった。嬉しかったが故に、役に立たなければ誘われなくなってしまうと恐れ頑張ろうとした。


『(あ、桜井さんが捕まっちゃう!)』


 自分と同じ泥棒役の少女が木陰に隠れていたのだが、警察役の少女がそのことに気付きこっそりと近づいているところを奈子は目撃した。それゆえ仲間を助けるために勇気を出して声をあげた。


『桜井さん!逃げて!』


 だが実はそれは桜井と呼ばれた少女の作戦だったのだ。


『せっかく私が囮になってたのに!』


 警察役をおびき出し、その隙に他の少女が捕らわれた泥棒の解放を狙うという作戦だったらしい。しかし奈子が声をかけてしまったことで警察役の少女は追うのを諦めて戻ってしまったのだ。


 他人に声をかけることすら苦手な奈子が、良かれと思って勇気を出して声をかけたのに、逆に怒られてしまった。


 彼女にとってこの失敗体験は非常に重く、他人と関わることへの恐れがより深まる結果となった。


 それでも彼女は殻に閉じこもって逃げ続けることはしなかった。精神的なダメージを受けても時間をかけて癒し、再び恐れに立ち向かい誰かの役に立とうと声を挙げる。


 何故頑張れたのか。

 それは彼女にも分かっていない。


 役立たずと思われることが嫌だったのか。

 仲の良い友達を求めていたのか。

 一人になることが怖かったのか。


 あるいはその全てか。


 いずれにせよ、彼女は行動した。

 他人と関わることの恐怖を必死に抑え、声を挙げた。


 しかし。


『余計なことしないでよ』

『あんたのせいで失敗しちゃったじゃない』

『もう良いから。何もしないで見てて』


 その悉くが失敗に終わってしまったのだ。


 彼女が声を挙げてしまったことで、相手の狙いがダメになってしまい怒られたり落胆させてしまったりする。


 そしてその失敗体験が負の連鎖を引き起こす。

 良かれと思った行動だけではなく、単なる自分の仕事もミスが目立つようになってしまったのだ。


 グループでの発表会、学年イベントの劇、調理実習。


 元々苦手で無かったことすらも、失敗を過度に恐れるようになってしまったことから失敗するようになってしまった。


 やがて彼女は厄介者として認知されるようになる。


 同じ班になったのならば、何もするなと必ず最初に言われてしまう。

 割り当てられる作業は簡単なものばかり。 

 クラスイベントは彼女の失敗を前提に予定が立てられるようになる。


『別に期待して無かったから謝らなくて良いよ』

『何も出来ないんだからじっとしててよ』

『邪魔』


 おそらくこれには、彼女がミラクルメイカーというレア職業に就いていることに対する嫉妬も含まれていたのだろう。


『それだけ失敗するなんて奇跡よね。流石ミラクルメイカー』

『ここは俺らがやっておくから、木夜羽は奇跡と遊んでな』

『奇跡が起こって木夜羽が成功しねぇかなぁ』


 このように彼女が奇跡をネタに弄られていたのも、嫉妬が関係していたはず。


 不幸中の幸いと言えるのは、より激しい『いじめ』に発展しなかったことだろうか。


 だが周囲に諦められ、拒絶され、お荷物として蔑まれることが日常となってしまっては、彼女の心は保たなかった。不登校にはならなかったが、他人との関わりを極力断ち、学校以外では部屋に籠る日々を繰り返していた。


 人と接するのが怖い。

 失敗してこれ以上迷惑をかけるのが耐えられない。

 誰かと話をするだけでも怖い。


 そんな彼女を救ったのは漫画だった。


 漫画で描かれる晴れやかな世界に憧れた。

 苦悩して悩んでそれでも努力して成功を掴む主人公になりたいと思った。

 仲間と共に恋に友情に青春を謳歌する学生生活を羨んだ。


 己の至らなさに絶望していた奈子だったが、漫画の世界に憧れて立ち上がろうとした。

 だがすでに自分の周囲での彼女の評価は悪い方向に固まってしまっており、挽回するのは難しい。


 それならばいっそのこと新しい環境へと飛び込み、自分のことを知らない人達を相手にやり直せば良い。そしてネガティブでお荷物で他人を恐れる自分を少しでも変えたい。


 そう思い、奈子はダンジョン・ハイスクールへとやってきた。


 その思惑は短剣使いの少女達との出会いにより成功するかと思われた。

 彼女達は奈子の悩みを理解し、克服できるようにと協力を申し出てくれたのだ。


 そのおかげで、彼女は戦闘中に仲間達をフォローすべく声を出せるようになった。彼女達の友達として、自然に接することが出来るようになった。彼女が憧れた青春に手が届きそうになった。


 理想の自分まで後一歩。

 そこで彼女は焦ってしまい、より自分を追い込むために危険な所へと敢えて飛び込んで勇気を育てようとしてしまった。


 その結果が今の有様である。


 愚かな行動で多くの人に心配をかけ、自分が手を出しても悪い結果にしかならないと思い込んでしまったがゆえにダイヤに危機を知らせられず、ダイヤは目の前で地面に横たわってしまった。


「あああああああああ!」


 自分が何も言わなかったからダイヤが毒と麻痺にかかってしまった。

 あまりの自己嫌悪に吐きそうになる。


 だがそんなことをしている場合でも、狂い続けている場合でもない。


「どうしようどうしようどうしようどうしよう」


 周囲にはまだ魔物がいないが、すぐに再出現して襲われてしまうだろう。 

 そうでなくても、麻痺で動けないダイヤは毒によりダメージを負い続けている。


 このまま放置してしまえば、向かう先は死だ。


「せめてポーションを事前に渡してくれれば良かったのに……!」


 そうすれば、ダイヤが毒や麻痺にかかってしまったとしても奈子が回復させられた。二人しかいないのだからそうするべきだったのに何故ダイヤはそのことに気付かなかったのか。


「……違う。私のせいだ。私が怖がったから貴石君は気を使ってくれたんだ。私の……せい……」


 ポイズンスネークを見つけた時、ダイヤはポーチに手を伸ばそうとしていた。アレは解毒ポーションを奈子に渡そうとしていたのではないか。だが奈子がその動きを見て恐怖してしまったため、ダイヤは奈子を怖がらせないためにそれを止めたのだ。


「すぐに違うって言えばこんなことには……」


 ダイヤに声をかけて、自分は本当はダイヤを怖がってなど居ないのだと説明し、彼への協力姿勢をはっきりと見せれば、ダイヤはポーションを彼女に渡し、より具体的な協力をお願いしてくれただろう。

 お荷物だからなにもしてはならない。しゃしゃり出たところでマイナス効果にしかならない。そんな想いに捕らわれていなければ、こんな状況には陥らなかったはずだ。


「ごめん……なさい……ごめん……なさい……」


 あまりの己の愚かさに涙が止まらない。

 だが厳しいようではあるが、今は泣いている場合ではない。


「きゃ!」


 動けないはずのダイヤの右手が動き、奈子の顔の横を勢いよく通過した。


「な、何!? 魔物!?」


 ダイヤの右爪がパラライズビーを貫き撃破した。奈子をこっそり襲おうとしてきた魔物を、麻痺しているはずのダイヤが気合で倒したのだ。


「ど、どうして……動くならポーションを取り出してよ!」


 奈子の叫びが耳に届いたのか、ダイヤは顔を痙攣させながらも彼女の方に視線をやり優しく微笑んだ。


「っ!?」


 毒の影響で物凄く苦しいはずなのに、ダイヤは奈子のことを心配していた。麻痺している体を一時的に強引に動かしてまで彼女のことを守ろうとした。その上で、奈子にどうにか心配をかけさせないようにと微笑んだ。


「そう……か……そう……だった……」


 そのダイヤの行動により、奈子は大切なことに気が付いた。


「こんなところで……蹲ってる場合じゃない……!」


 奈子は勢い良く立ち上がると周囲を確認した。するとポイズンスネークがかなり近くまで寄って来ていたでは無いか。


「やあああああ!」


 彼女は怯むことなく、手にした杖でポイズンスネークを思いっきり叩く。するとそれは上手く命中し、ポイズンスネークを見事に撃破した。


「や……やった……じゃない!」


 今やるべきは魔物を倒すことではない。魔物を倒し、周囲の安全を確保した上で、ダイヤを助けることだ。


「すぐに奇跡を起こして見せるから待ってて!」


 奈子は手にした杖を力強く掲げて宣言する。


「奇跡を行使する!」


 その言葉は今までで一番気合が入っていて、恥ずかしがる雰囲気など一切なく堂に入る姿だった。


「(本当に誰かの助けになりたいのなら、結果なんて考えずに相手のことを想って素直に行動する。それで失敗したならその失敗を次に生かせば良いだけなんだ。お荷物だろうが、失敗が多かろうが、それが何もしない理由になんかなりはしない!)」


 誰かを助けることを尊いと思っているからではなく、助ける行為に名誉を感じているわけでもなく、助けることが人として当然の行いだと義務感を抱いているからでもない。


 ダイヤが必死に奈子を守ったように、奈子もまた心から誰かの助けになりたいだけだった。


 その結果、失敗することはもちろんある。


 ダイヤは奈子の恐怖に向き合い最初に少しでも和らげさせるべきだった。

 ダイヤは奈子の恐怖に気付いていてもポーションを渡しておくべきだった。

 ダイヤは麻痺した体を強引に動かして奈子を助ける前に、その動きでポーションを取り出すべきだった。


 ダイヤだって失敗はするのだ。

 しかしだからと言って諦めてもう何もしないなどとは絶対に考えない。

 失敗を恐れて助けないだなんて選択肢を取るはずが無い。


 そんな当たり前のことに、奈子は今更ながら気づいたのだ。


「万の失敗を乗り越え、一の奇跡を実現する。それがミラクルメイカー」


 その職業に奈子が就いているということには意味がある。


「どれだけ失敗を重ねても、絶対に皆を助けてみせる。諦めの悪さこそが私の本当の力!」


 失敗し、拒絶され、無力感に打ちひしがれ、それでも彼女は諦めずに立ち上がりダンジョン・ハイスクールにやってきた。それは彼女の強さの証であり、何度もチャレンジを繰り返す先にこそ真の奇跡が待っている。


「貴石君を絶対に助ける!」


 それが奇跡と呼ばれるのなら起こしてみせよう。

 たとえどれだけ失敗しようとも、決して諦めてなるものか。


「彼の者に混在せし不浄なる澱物よ、今すぐ分離しそこから消え失せろ!」


 それは癒の奇跡の内の一つ。

 対象の状態異常を回復させる効果があるのだが、あらゆる・・・・状態異常に効果がある破格の効果であるが故、成功率は高くない。


「…………」


 ゆえに、気合を入れたからと言って、一度で成功するなどと都合の良い展開にはならない。

 だが今の奈子はそれで心が折れるようなことはない。


 失敗したならば次に成功すれば良い。

 大事なのはダイヤを助けたいと思う気持ち。

 その気持ちが折れることなど決してあり得ない。


「邪魔!」


 集中力が極限まで高まっている今の奈子ならば、魔物がやってきても気付かないなんてことはない。


「絶対に助ける!」


 魔物を杖でボコボコにしながら、奈子はひたすら奇跡の行使を継続する。


「彼の者に混在せし不浄なる澱物よ、今すぐ分離しそこから消え失せろ!」

「彼の者に混在せし不浄なる澱物よ、今すぐ分離しそこから消え失せろ!」

「彼の者に混在せし不浄なる澱物よ、今すぐ分離しそこから消え失せろ!」


 奇跡が起きる気配は全くない。

 ダイヤは毒のダメージが蓄積し、顔色が明らかに悪くなっている。


 だがそれでも奈子は焦らない。

 諦めない。


 奇跡を起こすと信じ、愚直に杖を振るうだけ。


 ただ、詠唱を繰り返すのが少しだけ面倒になって来た。


「良い加減に治りなさい!貴石君!」


 その結果、雑な詠唱で奇跡が発動した。

 ダイヤの全身が淡い光に包まれる。


「う……」

「貴石君!」


 悪かった顔色がみるみるうちに良くなった。

 その様子に気付いた奈子は、自分の行動が成功したことに喜ぶことは全くなく、ダイヤが回復したことを純粋に心から喜んだ。




 後に奈子は思った。


「厨二詠唱じゃなくても奇跡発動するの!?」


 しかしその後、どれだけ普通の詠唱を繰り返しても奇跡は発動せず、やはり厨二詠唱でなければダメだと分かり涙することになるのであった。

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