86. 事前にちゃんと向き合わなかった僕の失敗だね
「中は洞窟と壁画が半々って感じなのか。やっぱり洞窟の中に突然遺跡が出現した感が強いや」
扉の先は洞窟が続いていた。二人並んで武器を振り回すにはやや狭く、壁には大広間にあったものと居ている壁画が埋め込まれていた。
「壁画の内容は広間のと同じなのかな。色々な種族の生き物が奥に向かって歩いているね」
ということは、広間と同じように洞窟の奥の壁には一部が欠けた丸い謎の物体が描かれているのかもしれない。
「さて、木夜羽さん」
「!?」
洞窟の観察はここまでにして、ここからの攻略について話をしようとダイヤは振り返り奈子を見る。すると奈子はびくりと大きく体を震わせた。
「…………木夜羽さんは僕について来てね。その間は自由に奇跡を使ってくれて構わないから」
「…………うん」
「…………」
「…………」
妙な沈黙の空気に耐えられなくなったのか、ダイヤは彼女から目を逸らして前を向いてしまった。そのダイヤの背を見ながら奈子は思う。
「(あ……謝らないと……)」
ダイヤが奈子に気を使い、必要以上に近づかないようにしてくれていることを彼女は気付いていた。先程までのようにダイヤが揶揄ってこなかったのは、奈子が本気で怯えた様子を見せたからだ。
だがその怯えは失礼なことであると奈子は理解していた。
「(貴石君が紳士だって本当は分かってる。二人っきりになったから襲ってくるなんてあるわけがない。でもこの状況があの漫画にあまりにも似ていたからつい……)」
それはとある少女漫画のこと。
ヒロインが物腰柔らかで紳士的な男性と仲良くなるが、二人っきりになった瞬間に男性が野獣と化し襲われるという話がある。そのシーンがあまりにも濃密に描かれており、奈子の脳内に焼き付いてしまっていた。
そして今、その時と似たような状況に陥ったことでその記憶が自動的に再生されてしまい、自分が同じような目に遭ってしまうのではと体が勝手に恐怖してしまったのだ。
しかしそれはあくまでも漫画の話。
ダイヤはふざけて揶揄ってくることはあるが基本的には紳士だ。しかも彼女達を守り抜こうと頑張っている。それなのに性的に襲われるかもしれないなどと本気で恐れてしまうのは、奈子視点では失礼になるのだろう。
ダイヤ的にはこんな怪しげなところでハーレムハーレム言ってる男と二人っきりになってしまったら怖いのは当然だなと思い気にしていないのだが。
「(謝らないと……)」
『別に期待して無かったから謝らなくて良いよ』
「(っ!で、でも気にしていないかもしれないし、警戒の邪魔になるかもしれないから後で良いよね……)」
謝罪をしようとする奈子だが、何かを思い出して日和ってしまった。
そうこうしている間にダイヤはゆっくりと前に進み始め、奈子は離れすぎないようにと慌てて後をついてゆく。
洞窟はしばらく進むと左に九十度曲がっていた。ダイヤは曲がり角からそっと先を覗いた。
「いる」
顔をひっこめたダイヤは奈子に視線を向けて説明する。
「この先にDランクの魔物のポイズンスネークがいるよ」
「毒?」
「うん。でも安心して。こんなこともあろうかと、サウンドウェイブケイブバットから解毒ポーションをドロップさせておいたから」
そう言ってダイヤがポーチに手を伸ばすと、奈子はまたびくっと大きく反応してしまった。
「(またやっちゃった。貴石君はポーションを出そうとしていただけなのに)」
例の少女漫画では豹変した男がポケットから手錠を出してヒロインを拘束したのだ。そのことが頭を過り体が勝手に反応してしまった。
そんな彼女の反応を見て、ダイヤは手を止めて話を続けた。
「…………それとポイズンスネークはかなり弱いから僕が爪でどんどん倒していくね。奈子さんは奇跡が発動するか色々試してみて」
「…………うん」
「…………」
「…………」
またしても気まずい沈黙になってしまった。
だがここで雰囲気を良くするためだけに時間をかけ続ける訳にもいかない。ダイヤは装備を確認すると、再度曲がり角から顔だけを出した。
「僕が合図したら行くからついてきて」
「うん」
ダイヤはしばらく通路先の様子を確認すると、魔物が背を向けた瞬間に駆け出した。
「行くよ!」
魔物がダイヤに気付くより先に接近する。
「シッ!」
ポイズンスネークの見た目はダイヤの膝丈程度の高さの普通のヘビ。地面を這うことなく、常に体を起こしているのが特徴だ。
ダイヤが上半身を屈めて爪を振るうとポイズンスネークの身体はあっさりと分断されて消え去った。
「毒持ちなだけで、それ以外が弱いのはDランクだからかな」
これがCランク以上になると、身体能力が高く狡猾な攻撃をしてくる魔物になるだろう。毒を持っているというだけでDランク扱いになっているだけで、戦闘能力はDランクの中でもかなり低い方だ。
「でも結構数が多いなぁ。気を付けないと」
通路の先にはポイズンスネークが何体も待ち構えている。すでに気付かれているため奇襲は出来ず、真っ向から戦うしかない。
「シッ!シッ!」
相手が寄ってくるのを待つなんてことはせず、ダイヤはポイズンスネークの元へと走り爪を振るい次々と撃破して行く。その頼もしい後姿を眺める奈子は、見惚れることなく溜息を吐いていた。
「(どうして私ったらいつもこうなんだろう。変わろうって頑張りたいのに、これじゃあいつものままだよ。早く謝らないとダメだったのに)」
彼女はダイヤを再び怖がり困らせてしまったことを悔いていた。
「(あそこですぐに謝れていれば、貴石君は私のことを気にせずのびのびと戦えたはずなのに。やっぱり私は使えない邪魔な女……)」
普段は口数少ない奈子だが、心の中では結構なおしゃべりだったりする。
「(ううん、こんなところで挫けちゃダメ。せめて奇跡を発動させてフォローしないと)」
何もせずにダイヤの後ろについていくだけでは、本当にただのお荷物だ。
「奇跡を行使する」
奇跡の効果はあまりにも強く、一度でも成功させてしまえば大きな役に立つだろう。
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」
「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」
「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」
「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」
しかし何度チャレンジしてもまったく成功する気配がない。
元から成功率が低かった炎の奇跡はともかく、これまでそこそこ成功していた盾の奇跡ですら成功しない。
「ドンマイ木夜羽さん!」
失敗が続いて凹んでいると思ったのだろう。ダイヤがフォローすべく声をかけてきた。
「諦めずにチャレンジあるのみだよ!」
「…………」
「奇跡って起きないから、奇」
「それ以上はダメ!」
「え?」
「ちゃんと……分かってるから……!」
「そ、そう?」
良く分からないが、大声を出せる程に元気があるのならと、周囲の警戒に戻るダイヤ。
「(どうして皆、危険なセリフを言いたがるのかな。そりゃあ言ってみたいセリフの一つだけど。それにあんな古いゲームのネタ、どこで仕入れたんだろう?)」
それがネタだと分かっているのは奈子だけで、ダイヤや他に彼女に同じことを言おうとした人々は偶然似たようなセリフを口にしようとしていただけである。
「木夜羽さん!」
「きゃ!」
妙なことを考えていたらダイヤが突然奈子の方へと走って来た。
「シッ!」
そして彼女の真横にいたポイズンスネークを一撃で屠った。
「危なかったね」
「あ……ありが……とう……」
「どう致しまして。もし自分の近くに魔物が居たら教えてね。絶対に助けに行くから!」
「う……うん」
格好良く助けに来てくれて惚れてしまいそうだ。とはならなかった。
「(やっぱり私、お荷物になってる……)」
奇跡を行使することも出来ず、自分のピンチに気付くことも出来ず、まさにダイヤにおんぶに抱っこだった。
『何も出来ないんだからじっとしててよ』
『邪魔』
『奇跡と遊んでな』
ここしばらく聞こえていなかった呪いの言葉が脳裏に蘇る。
「っ!」
思わず耳を塞ぎ、その場に蹲ってしまいたくなるがどうにか堪えた。
「私は……お荷物じゃ……」
「新手!?」
「え?」
悩む奈子の思考を遮ったのはダイヤの叫びだった。
ダイヤの傍には、ダイヤの顔程の大きさもある蜂が飛んでいた。
「今度は、パラライズビー!」
防御力はサウンドウェイブケイブバットやポイズンスネークと同等なのか、爪の一振りであっさりと撃破する。
「木夜羽さん、パラライズビーのお尻についている針に刺さると麻痺するから気を付けてね!」
「う、うん」
毒に麻痺。
どうやらここは状態異常魔物ゾーンのようだ。
「そろそろ半分くらいかな。これ以上、魔物の種類が増えないと良いけど」
先ほどから何度も左に直角に曲がっていて、この洞窟が四角い渦巻き状になっていることにダイヤは気付いていた。渦の中心部がこの洞窟のゴールと考えると、そろそろ半分くらいに到達していそうというのがダイヤの感覚だった。
「奇跡を行使する」
魔物は種類だけでなく数も増え、ダイヤはせわしくな戦い続けている。その負担を少しでも軽減するために奈子は奇跡を唱え続けるのだが。
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」
やはり奇跡は顕現してくれない。
「(そりゃあそうだよね。だって私が、奇跡なんて起きないって思い込んじゃってるから……)」
自分なんかが奇跡を起こせる訳が無い。
ダイヤに謝れなかったこと、先ほどから何度も失敗していること、そして過去の言葉を思い出してしまったことにより、奈子は奇跡を起こす自信を完全に喪失していた。それが奇跡が起きない理由の一因なのか、それとも偶然なのかは分からないが、お荷物でしかない現状に奈子は胸を痛めていた。
「ふぅ、ふぅ。よし、撃破!」
これまでと比較してやや多い魔物の集団を倒したダイヤは珍しく息を切らしていた。体力おばけとはいえ、軽い睡眠ではとり切れていない前日の疲労に加え、神経をすり減らすほどに警戒して奈子を守りながら魔物と戦い続けていたのだから仕方のないことだろう。
だからだろうか。
魔物の集団を撃破した直後、珍しくダイヤは安心して少しだけ気を抜いてしまった。
「(貴石君のそばにポイズンスネークが!)」
慌ててそのことを伝えようとする奈子。
『余計なことしないでよ』
『あんたのせいで失敗しちゃったじゃない』
『何もしないで見てれば良いのよ』
だが彼女は思い出してしまった。
よかれと思って口を出したことが裏目になってしまったことを。
短剣使いの彼女達の協力により克服しかけていた己の弱さを。
「(あの貴石君が気付いていない訳ないよね。多分何か理由があってわざと気付かないフリをしてるんだ。ここで私が叫んだら彼の作戦が失敗する。お荷物はお荷物らしく静かにしてよう……)」
それゆえダイヤの危機に静観という判断をしてしまった。
これまで静観しなかったがゆえに失敗してしまったために。
「うわ!まだ居たの!?このぉ!」
ダイヤはポイズンスネークの接近に本当に気付いておらず背後から襲われてしまった。慌てて振り向いて撃破したが、毒牙で足を噛まれてしまい毒を受けてしまった。
「うう……やっちゃったぁ……」
慌ててポーチから解毒ポーションを取り出そうとする。
「(パラライズビーもいる!)」
突然ダイヤの背後に出現したパラライズビーが、ダイヤの首元を狙っていた。
毒を受けている状態で麻痺まで喰らってしまったら万事休す。
今度ばかりは声をかけるべきだ。
「(で、でもこれも貴石君の作戦だったら……)」
そんなはずがない。
毒をわざと受けるだなんて作戦を、順調に探索できている今の状況でやる必要などない。
それは分かっているのだが、自信が持てなかった。
自分の行動がより最悪な結果を導くのではと考えてしまう。
その気持ちを振り払えなかった。
「うわああああ!こ、このぉ……」
その結果、ダイヤはパラライズビーの麻痺攻撃を受けてしまい、麻痺が体に回る前に反撃でどうにか倒したもののその場に倒れてしまった。
「あ……あああああああああ!」
余計なことをしたからではなく、何もしなかったから訪れてしまった最悪の結果。
奈子は半狂乱になりながら倒れたダイヤの元へと駆け寄った。
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