79. 怖いくらいに順調だよ

「くらえ!不快な音!」

『キイ!?』


 壁が平らになった洞窟の奥のこと。

 鼓膜の奥まで貫くかのようなキーンとする鋭い音が辺りに響く。桃花達は少し耳が変だな、程度にしか感じなかったが、サウンドウェイブケイブバット的にはかなり不快に感じるようでまともに飛べずにフラフラと下降してくる。


「チャンスですわ!」


 それに向かってダイヤから借りたバールのようなものを手にした芙利瑠が全力で殴りつけると、サウンドウェイブケイブバットはあっさりと消滅する。


「おーっほっほっほっ!楽勝ですわ!」

「ヤンキーお嬢様かな?」

「淑女ですわ!」


 どこをどう見たら薄汚れたドレスを着てバールのようなものを手に高笑いする人物を淑女と思えるのだろうか。悪役にしか見えないのだが悪役令嬢という表現もまた似合わず、やはりヤンキーお嬢様だった。


「ふりちゃん可愛い」

「アレを見てその感想が出るの凄いね」

「ダイヤ君はそう思わない?」

「可愛い」

「でしょー」

「な、なな、にゃにを言ってるのですか!」


 芙利瑠がダイヤと桃花によって弄られるのがお約束の流れになっていた。


「変態!クズ!女の敵!来るよ!」

「最初の三つ要らないよね?」

「うるさい!真面目にやれ!」


 奈子は索敵係であり、普段の様子とは異なり大声で敵の接近をダイヤ達に知らせた。戦闘時にはっきりと声を出せるのはいん達との練習の成果である。


「次は岩ゾンビか」


 その名の通り体が岩のゾンビで、スキルや魔法を使って来ないけれど数が多く戦闘中もどんどん増える。攻撃力も高いため囲まれたら高火力の物理攻撃で袋叩きだ。


 今回は最初から五体同時に出現し、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 数が多いのであれば、まとめて処理する攻撃手段が有効である。


「奇跡を行使する」


 そう、たとえば魔法や奇跡などだ。


「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」


 詠唱終了と共に奈子の目の前に巨大な火球が出現する。


「で……出来た!」


 実は炎の奇跡に成功するのはこれが初めてだったりする。他の奇跡と違い成功率がかなり低く設定されているらしい。


「うう……成功して良かったよぅ……」

「木夜羽さん!攻撃!攻撃!」

「あ!」


 火球が出現しただけで安堵してしまい、このままでは単に出現しただけで消えてしまうという何とも粗末な結果になってしまう。そうなったら奈子は凹みに凹み、立ち直らせるには相当時間がかかってしまうだろう。


 慌てて奈子は火球に命令を下す。


「行け!」


 しかし火球は微動だにせずその場に留まるのみ。


「あ、あれ?」


 なんと奈子は火球をどうやって動かせば良いか知らなかった。


「飛び掛かれ!動け!向こうだよ!なんで移動してくれないの!?」


 焦る奈子にダイヤが助け舟を出す。動かし方は知らないけれど、もしかしたらという考えがあったのだ。


「詠唱と同じでそれっぽく言わなきゃダメなんじゃない?」

「…………」


 その言葉に奈子は苦い顔になる。

 恥ずかしさを堪えて詠唱をしているというのに、放つ時もまた羞恥プレイをしなければらないのかと。


 しかしだからと言ってここで躊躇して無駄行動にするなどあまりにも勿体ない。自分がダンジョンの中で戦力になるには、耐えるしかないのだ。奈子は決心してそれっぽい攻撃命令を下した。


「我に楯突く愚かなる者共を灰塵と化せ!」


 すると火球は物凄い勢いで岩ゾンビの方へと向かい、豪快な爆発音を伴い魔物を灰塵と化したのであった。


「もうやだ……詠唱破棄まだぁ……?」


 倒せたことは嬉しいが、徹底して詠唱が必要だと気付かされて凹む奈子。

 そんな奈子に向かってダイヤが大喜びで近寄ってくる。


「凄い凄い!木夜羽さん超格好良かったよ!」

「ぐすん……」

「どうして泣くの!? 本当に凄かったんだよ!」

「あんなの恥ずかしいだけ……変態にはお似合いだけど……」

「そっかな。木夜羽さんってその恥ずかしさを喜ん」

「喜んでない!絶対ない!あり得ない!私は変態みたいに変態じゃないもん!」

「(だからほんのり笑顔になりながら否定されても説得力無いんだよなぁ。やっぱり木夜羽さんってドМなのでは)」


 まともに話をするようになってから大した時間が経っていないが、奈子の性癖はダイヤに筒抜けだった。


「(あれ、だとすると僕のことを変態って罵るのも実は興味が……)」

「ダイヤ君、次が来るよ!」


 ダイヤがとある可能性ハーレム入りについて気付きかけたその時、今度は桃花から敵の接近を知らされて思考が中断した。


「今度は岩ゾンビとサウンドウェイブケイブバットの組み合わせか。魔物多いなぁ」


 洞窟は今のところ一本道であるため、地道に倒して進むしかない。もちろん倒せば倒すだけ経験値やアイテムが入手できるので美味しいのだが、それだけ死ぬかもしれない機会が多いとも言える。


「今度は僕が行くよ。金持さん、フォローお願いできる?」

「かしこまりましたわ!」


 二人は魔物に向かって駆け出そうとするが、その前に桃花がある魔法をかけた。


「テンションアップ!」

「ありがとう!」

「力が湧いてきますわ!」


 テンションアップの魔法。

 気分を高揚させる効果があり、レベルが上がると精神攻撃への高い耐性を付与できる。


 桃花が怯えずに立っていられるのは、新たに覚えたこの魔法のおかげだった。

 レベルが低くても己の恐怖を抑える効果が発揮されているのだ。


「守りの祈りがかかってるからって無茶しちゃダメだよ!」

「は~い!」

「当然ですわ!」


 守りの祈り。

 これもまた新たに覚えた桃花の魔法であり、対象の防御力を向上させる効果がある。


「僕がバットを処理している間、岩ゾンビの対応をお願い!」

「お任せですわ!」


 サウンドウェイブケイブバットはダイヤの新スキルにより、すでに美味しい魔物と化していた。相手が強力な音波攻撃を仕掛けてくる前に、特殊な音を放つことにより相手は力なく落ちてくるからだ。


「不快な音!」


 ダイヤは相手にとって不快と感じる音を放つことが可能になっていて、サウンドウェイブケイブバットは聴覚がとても発達していることで抜群の効果を発揮したのだ。なお、音の種類は相手にとって変わるため、人間相手の場合は『黒板を爪でひっかく音』や『発泡スチロールをこすらせる音』などの音になる。


「もーらい」


 ダイヤは落ちて来たサウンドウェイブケイブバットに殴りかかり斬り裂いた・・・・・

 ダイヤの手には短い爪甲がつけられているのだ。


「爪甲使ったの初めてなのに、こんなにしっくりくるなんてびっくりだよ。流石スピが勧めてくれた武器だね」


 金属のゴミ山でスピが緑の靄となって教えてくれた武器。それが『爪』だった。

 そしてそれが正解かとでも言うかのように、爪技のスキルを覚えたのだ。


「おっと、急いで爪を変えないと」


 今装着している爪はサウンドウェイブケイブバットを斬り裂くための鋭い物。ここからは岩ゾンビを相手にするため、強度が高く殴れるタイプの爪に換装した。


「おまたせ!」

「おらおらですわー!」

「わぁお」


 一人で五体の岩ゾンビを抑えている芙利瑠のフォローに向かうと、彼女はバールのようなものを嬉々として振り回して良い感じで岩ゾンビを牽制していた。やはりどう見てもお嬢様ではない。


「もう倒して良いのかしら?」

「うん、僕がフォローするよ」


 芙利瑠単体でも岩ゾンビを撃破出来るが、撃破した直後に他の岩ゾンビから狙われる可能性があるため近づけなかった。ドレスではなくもっと動きやすい服装であれば激しく動いて一対一になるように岩ゾンビを誘導できたかもしれないが、男性ダイヤの前で脱ぐなんてことはもちろん出来る訳が無い。


 そこでダイヤが彼女の周囲をフォローすることで、彼女が岩ゾンビとタイマンで戦える状況を作ることにした。


「金持さんには手出しさせないよ!」


 ダイヤは芙利瑠の動きに合わせて、彼女を側面から狙おうとしているゾンビに爪を振るった。


「流石に固いなぁ」


 体表がボロリと崩れたが、岩ゾンビは全く気にせずダイヤに向かって殴りかかろうとしてくる。


「おっとそれはダメだよ」


 岩ゾンビの動きは遅いため、本来であれば避けたいところだ。だがそうすると岩ゾンビは流れで芙利瑠に攻撃してしまうかもしれないため、安易に避けるのはNG。

 そこでダイヤは爪甲を使って岩ゾンビのパンチを逸らそうとした。


「ここだ!」


 タイミングは完璧だ。岩ゾンビのパンチは流され体勢を崩すことになるだろう。


「いったーーーーい!」


 狙いは成功した。だがそれでもダイヤの手に激痛が走った。完璧なタイミングで逸らしたにも関わらず、とてつもない衝撃が襲って来たのだ。


「なんてパワーなんだ。こわぁい」


 抱き着かれでもしたら一瞬で全身の骨を折り砕かれてしまうだろう。それほどの力を岩ゾンビが持っているのだと知ってはいたが、実感するのはこれが初めてだった。


「おらおらですわ!」


 その痛みをまだ味わっていないから恐怖が薄いのだろう。お嬢様はノロノロと動く岩ゾンビをバールのようなものでしこたま殴り続けて粉砕する。


「これで終わりですわ!」


 五体の岩ゾンビは彼女の手によって完全に破壊し尽くされたのであった。


「やりましたわ!」

「いえーい!」


 魔物が他にいないことを確認したダイヤ達は、ハイタッチをして勝利を喜び合った。


「あたしもー!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」


 そこに桃花が駆け寄って来てハイタッチを要求する。


「木夜羽さんもいえーい!」

「だ、誰が変態の手に……」

「いえーい!」

「触れたら……汚れる……」

「いえーい!」

「い、いえーい……」

「何この可愛い生き物」

「汚されちゃったよぅ……」


 勢いに押されて木夜羽もハイタッチをする羽目になってしまったが、どことなく嬉しそうだった。


「ダイヤ君。今回は何をドロップさせるの?」

「全部スキルポーションにして皆に配……」

「ダ・イ・ヤ・君?」

「無難に回復アイテムかなぁ」


 スキルポーションや装備など、必要なものは大体揃っている。

 それならば普通に経験値にしてダイヤ自身のレベルを上げれば良いのだが、覚えたスキルの内容からすると特別急いでレベルを上げる必要が無いと考えている。それならばいざという時の為に下級ポーション以外の回復アイテムを用意しておこうというのがダイヤの狙いだった。


「本当はスピに経験値を与えたいんだけどね」

「拒否されてるんだっけか」

「うん」


 危険な魔物がうろついているということで、彼女達は真っ先ににスピに力を借りられないかと考えた。配信で彼女の圧倒的な実力を目にしているから当然だ。

 だが彼女はダイヤの中に引きこもったままで、回復させようとしても拒否されてしまう。そのことを彼女達にはすでに伝えてあった。


「ダイヤ君がえっちなことばかり言うからじゃない?」

「えっちなのは向こうなんだよなぁ」


 幼女の姿の頃から抱かれようと必死だったスピ。むしろ手を出さなかったから怒ってしまったと思う方が自然だった。


「ということで今回は回復アイテムにして、と。それじゃ先に進もうか」

「また魔物出てきちゃうもんね」


 現在歩いている長い直線は魔物の出現頻度が高くて中々前に進めない。どうにか魔物達を撃破し続けた結果、その直線も終わりに近づき、少し先に曲がり角がある。そこまで辿り着けば何かが変わるかもしれないと期待し、四人は急ぎ先に進む。


「でもスキルって凄いね。Dランクの魔物をこんなに安定して倒せるようになるなんてびっくりだよ」

「覚えたスキルが良かっただけだよ」

「本当にそう思うよ。テンションアップ覚えて良かったぁ」

「他にも覚えて良かったスキルあったんじゃない?」

「守りの祈りも便利だもんね」

「そっちじゃない方」

「……ダイヤ君の意地悪」

「そりゃあ桃花さんと同じ悪戯スキルを覚えているからね」

「もう、どうして私があんなスキル覚えちゃったの!」

「あははは」


 緊張感のない会話をしながらダイヤはスキルを覚えた時のことを思い出した。

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