78. 金、金、金!お嬢様として恥ずかしくないのか!

「それに明るくて可愛くて一緒にいると楽しくて頭の回転も速くて可愛いよ」

「追撃しないの!しかも同じのが入ってるし!」

「大事なことだから二回……どころじゃなくてもっと言わないと。可愛いよ」

「もう!もう!」


 顔を真っ赤にしてポカポカとダイヤの胸を叩く様子は確かに可愛らしい。

 しかしそれが素の行動で無いことにダイヤは気付いていた。


「(桃花さんやっぱり強いなぁ。本当はまだ怖いだろうに)」


 死の恐怖に耐え、ダイヤのボケにどうにか乗ってわざとらしいアクションを返しているにすぎないのだ。もちろん顔を赤くするような気持ちも多分に含まれているが、恐怖を克服できる程ではない。


「よし、ウジウジするのはもう終わり!」


 それなのに持ち前の元気さを取り戻したかのように振舞えるのは、心が強い証だろう。


「って言いたいところなんだけど……」


 レッツゴー、とでも言い出しそうだったのにまたシュンとしてしまった。先程までのような情緒不安定さは無いが、まだ何か気になることがあるようだ。


「私スキル何も覚えて無いし、香りの精霊さんは戦闘じゃ役に立たないし、今は逃げるしか出来ないよね……」


 桃花は『精霊使い』であり、スキルは基本セットしか覚えていない。精霊による香りの発生は仲間にリラックス効果を与えることくらいしか出来ず、しかもそのタイプの精霊は周囲には居ない。せめて居てくれれば桃花自身をリラックスさせてもっと早くに落ち着けただろう。


「慌てちゃダメって分かってるんだけど、やっぱり私も何かをしたいよ。だってここってDランクの魔物が出て来るってことは相当危険でしょ。皆で無事に帰るには私も何かを出来るようにならないとダメな気がするの」


 一歩ずつ。

 まずは逃げられるようになるところからやろうとダイヤは言った。それは確かに正しいのだが、ここでそのような悠長なことはしていられないのではないかと桃花は感じたのだ。少しでも多く打てる手を増やすことが大事なのだと。


 だが桃花にはその手を増やす方法が無い。ダイヤから下級ポーションを貰って、必要なタイミングで仲間に使ってあげるくらいのことが限度だろう。それはそれで役に立つが、そもそもそのポーションをなるべく使わないようにしたいのだ。


 ダイヤは満面の笑みを浮かべてある物を取り出し、無力感によりしょんぼりする桃花に見せつけた。


「てってれ~」

「え!?」

「これな~んだ」

「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 桃花の驚きは尋常ではなく、思わず立ち上がり戦慄わなないている。

 そしてその反応に小銭拾い組が反応した。


「何かあったのかしら」

「ついに……襲われた……?」


 桃花が元気を取り戻したのかなと判断した二人は、小銭拾いを止めてダイヤ達の元へとやってきた。そして驚愕する桃花の視線の先を確認すると、ピシっと石化したかの様に動きが止まった。


「!?」

「!?」


 三人が何故それほどまでに驚いているのか。

 その理由はもちろんダイヤが手にしている物。


 透き通るように薄く青い液体が入った小瓶。 


 世界中がそれを望み、精霊使いを探して入手しようと躍起になっているもの。


「「「スキルポーション!?!?!?!?!?!?」」」


 それがダイヤの手に握られていたのだ。


ーーーーーーーー


「Dランクの魔物だからもしかしてと思ってやってみたら、落としちゃったんだ」


 サウンドウェイブケイブバットを撃破した直後、ダイヤは抜かりなくドロップアイテム操作をして拾っていたのだった。


「こ、こ、これが、スキルポーション……」

「一億一億一億一億」

「お嬢様……目が金になってる……じゅるり……」


 現在の市場価格は変動しまくっているため何とも言えず、一億というのは芙利瑠の勝手な想像によるものだ。とはいえ相当高価であることは間違いなく、奈子も涎を垂らしてガン見している。


「はい、桃花さん」

「へ?」


 ダイヤが超貴重なブツを桃花に普通に渡そうとするものだから、彼女は間抜けな声を出してしまった。先程まで抱いていた恐怖が完全に消え去っている。恐るべきレアアイテムの力。


「いやいやいやいや!こんな貴重なの貰えないよ!」

「でもこれ使えばサポート系のスキル覚えられるかもよ?」

「かもよ、じゃありません!これを売ればちゃんとしたお昼ご飯を食べられるようになるんだよ!」

「スケールが庶民的でちょっと可愛い」

「んがー!隙あらば褒めようとすなー!」

「暴走しちゃった」


 普通に生活していたらまずお目にかかれない超高額アイテム。それを渡されそうになり、庶民の桃花はパニックになりかけていた。


「超レアアイテムなんだから私なんかに使おうとしないで大事にしてよ!」

「こんな物より桃花さんの方が大事だよ」

「そういう嬉しい言葉は身の丈にあった物と比較して言って!」

「身の丈にあってるよ」

「私そんなレアな女じゃないよ!?」


 ハーレム狙いのダイヤと仲良くやっている時点でレアである。


「ごめん間違えた。桃花さんの方がこれより遥かにレアだから身の丈に合ってなかったよ」

「レアな女じゃないって言ってるのにどうしてアイテムの方の価値を低くするのよ!」

「だってこんなの量産アイテムだよ」

「え?」


 そう言ってダイヤはポーチから追加で二本の小瓶を取り出した。


「な、な、な、なんでえええええええ!?」

「一億が一本、一億が二本、一億が……あれ、二の次はなんでしたっけ?」

「お嬢様が壊れた……数えられない分は……私が貰うから安心して……じゅるり」


 ただでさえ貴重なスキルポーションが複数あると言われたら、混乱するのも当然だ。だがそれはスキルポーションが超レアだと思い込んでいるからであり、冷静に考えれば何も不思議なことではない。


「Dランクの魔物さえ倒せば手に入るんだから、ここで戦えばいくらでも手に入るよ」

「…………」

「…………」

「…………」


 いくらでも手に入る。

 その言葉を三人の脳が受け付けずに絶句してしまった。


 確かにその通りなのだが、一億円の宝くじが好きなだけ手に入ると言われているかのようで、どうしても理解出来ない。


「ということで、すでに五本もあるので遠慮なく使っちゃおー」


 硬直する三人を無視して、ダイヤは瓶の蓋を開けて勝手に桃花に使おうとする。


「ダメーーーーーーーーーーーーーーー!」


 桃花は慌ててダイヤの手からスキルポーションを分捕り固く蓋をした。


「どうしてさ。沢山手に入るんだから使っちゃおうよ」

「ダメったらダメなの!こんな……こんな高いのを私なんかに……うわあああああああん!」

「あらら、泣いちゃった」


 先ほどまでとは全く別の恐怖で思わず涙が零れてしまった。いくらでも手に入るから、などと言われて一本一億もする栄養ドリンクを飲ませようとして来たと考えたら、そりゃあ庶民的には怖いだろう。


「じゃあ今のうちにこっちを……」

「鬼畜か!」

「あっ」


 泣いているうちに別のスキルポーションを使おうと思ったらそれも奪われてしまった。


「そんなに欲しいなら全部あげるよ」

「ちーがーうーのー!どうしてそんなに押し付けようとしてくるの!」

「面白……スキルを覚えてもらいたくて」

「面白いって言おうとしたでしょ!分かるけど!なんか楽しいけどダメ!」

「え~」


 どうしても桃花はスキルポーションを受け取ってくれないらしい。それならばとダイヤは攻める相手を変えることにした。


「じゃあ金持さん、どうぞ」

「ぴゃあ!」


 突然目の前にスキルポーションを差し出され、奇妙な叫び声をあげてしまった。


「ほらほら、遠慮せずに使って使って」

「む、むむ、無理ですわ!」

「どうして?」

「だ、だだ、だってこれ売れば……売ればああああ!」

「お嬢様だからお金なんていらないよね」

「ぴゃあ!分かってるくせに意地悪ですわ!」


 古ぼけたドレスをいつも着て小銭を必死で拾う様子から、彼女の金銭事情が分からない人はいないだろう。彼女もそれがバレていることはもちろん分かっている。


「じゃあ使わなくても良いからあげるよ」

「ぴゃ!?」

「好きにして良いんだよ。もちろん売ってもね」

「…………」


 高価な物など貰えないという気持ちと、大金が手に入る誘惑とで物凄い葛藤をしているのだろう。スキルポーションをガン見しながら必死に何かを耐えている。


「う~ん、粘るなぁ」

「ふりちゃんダメだよ!頑張って耐えて!」


 芙利瑠の答えを待っていたら桃花が応援にまわってしまった。


「お、おーっほっほ!か、勘違いしないでくださいまし。わたくしはこのような施しを受ける気など全く……」

「お金が欲しいならダイヤ君のハーレムに入る方が良いよ!」

「ぴゃあああああああああ!」

「何言ってるの!?」


 まさかの応援の方向性に、ダイヤまでも激しく動揺してしまう。


「も、もも、桃花さん!それはどういう!」

「だってダイヤ君って絶対超大金持ちになるもん。お嫁さんになれば正真正銘お嬢様になるよ!」

「それお嬢様っていうより社長夫人とかに近いよね」

「ダイヤ君は黙ってて!」

「あ、はい」


 黙らせられてしまったが、芙利瑠がこんな話に乗ってくるはずは無いだろうと思い、ダイヤは大人しく様子見するつもりだった。


「ごくり……社長夫人……」

「金持さん!?」


 だが芙利瑠が何故か乗り気であり、怪しい瞳でダイヤを見ているため傍観など出来なかった。


「僕はお金で金持さんを買うだなんて嫌だよ!?」

「大丈夫だよ。ダイヤ君はお金で買っても何だかんだ言ってちゃんと愛してくれるから」

「どうしましょう……どうしましょう……」

「そりゃあ愛するけどそういう問題じゃないの!悩まないで!」


 このままでは良くない流れになると焦ったダイヤは、矛先を更に変えることにした。


「木夜羽さん、どうぞ!」

「引き換えに……私の身体を……滅茶苦茶にする気ね……」

「言うと思った」


 予想通りの反応にほっとするダイヤであった。そうなると今度はまた悪戯心がムクムクと湧いて来る。


「じゃあそれで」

「え?」

「木夜羽さんを好き放題させてくれたら、これあげるよ」

「…………」


 まさか本当にそんなことを言われるとは思ってなかったのだろう。目に見えて焦って狼狽えている。


「もちろん使っても良いし、売って大金持ちになっても良いよ」

「そ……そんなこと言って……散々弄んだあげく……えっちなことしか考えられないようにして……飽きたら捨てて……他の男に回すつもりでしょ……」

「木夜羽さんは僕のことを何だと思ってるのかな?」

「変態」

「間違ってはいないけど間違ってるなぁ」


 スキルポーションをタダで渡すなどあまりにも信じられないからなのか、いつもよりも描写が多かった。


「(そもそも木夜羽さんは、何処でそういう妄想ネタを仕入れてくるんだろう)」


 健全な男子高校生であるダイヤは知る由もない。最近の少女漫画があまりにも過激であり、その手の性のネタが豊富に溢れかえっていることを。そして内気な木夜羽は家に籠ってその手の漫画を読み漁っていたことを。


「と・に・か・く! 私達はそんな貴重な物をタダでなんか貰えないからね!」

「貴重じゃないって言ってるのになぁ」


 彼女達は徹底して……ではなく一部葛藤しながらもスキルポーションを受け取ろうとしない。

 となるとダイヤとしては取るべき選択肢は一つだ。


「冗談はさておき、全員これを使うこと」


 彼女達が何を言おうとも問答無用で使わせるだけだ。


「この先のことを考えたら、これを全員分揃えてパワーアップしないと危険だからね。それなのに本気で拒否するなんてことは無いよね?」

「…………」

「…………」

「…………」


 どれだけ貴重だろうが命には代えられない。そのことを彼女達も分かっていたのだろう。ダイヤに本気の笑み・・を向けられ、反論することなど出来なかった。


「もちろん、余計にドロップさせてお金に換えても良いけどね」

「…………」

「…………」

「…………」


 そしてどうしても弄りたくなるダイヤのせいで、再び頭を悩ませることになるのであった。

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