77. 一歩ずつ

「どこ……どこなの……わたくしの宝物……」

「これ……見つかるの?」


 芙利瑠と奈子の二人が地面を睨みつけるように必死に何かを探している。


「お嬢様なのに……小銭……」


 サウンドウェイブケイブバットに芙利瑠が投げつけた硬貨。

 それを見つけるべく二人は地面をガン見しながら彷徨っていた。


「一円を笑う者は一円に泣くのですわ!」

「やっぱり……お嬢様っぽく……ない……」

「うっ……お、お嬢様だからこそ、どんなお金であっても大事にするものなのですわ!」

「そうかなぁ……」


 ドレス姿で小銭拾いをする芙利瑠の姿はシュールであり、奈子は遠慮なく違和感を突っ込んでいた。共闘したからなのか、そもそもの相性が良いのか、自分から会話をすることの少ない奈子が自然に話を出来ているのは実はかなりレアだったりする。


「あったですわ!」


 抉れた地面の中から、燦然と輝く、ように芙利瑠には感じた一枚の硬貨を発見する。


「わたくしの五円玉。ご縁は切れて無かったですわ!」

「ご縁とかベタすぎ……三十点……」

「木夜羽さん厳しいですわ!」


 奈子のダメ出しに大げさに嘆きながら、芙利瑠は拾った硬貨を手持ちの小さな小銭入れに入れた。


「残りは……三十七円ですわ!」

「全部見つけるつもり?」

「もちろんですわ!」

「うげ」


 五円玉が含まれているのか不明だが、最低でもまだ七枚以上は残っている。


 いつまたサウンドウェイブケイブバットが襲ってくるか分からないため、小銭拾いなどせずに諦めて先に進みたいところだが、奈子は文句を言いつつも探す手を止めようとはしない。それは芙利瑠の気持ちを思っての事ではなく、芙利瑠もまた全ての硬貨を見つけるまで進まないと頑固になっているわけでもない。


 彼女達は決して慌てることなく、ゆっくりと着実に話をしながら小銭探しを続ける。たとえ全てを見つけたとしても、きっと見つかっていないフリをして時間を潰すだろう。


 彼女が立ち直るその時まで。


ーーーーーーーー


「ごめん……なさい……ごめん……なさい……」


 座り心地が良さそうな手ごろな石の上にダイヤは桃花と並んで座っていた。桃花はダイヤの右肩に顔を押し付けて泣き続け、ダイヤはそんな彼女の背を優しく支えて受け止める。


 サウンドウェイブケイブバットに襲われ、何も出来ずに恐怖に震えているだけだった桃花。彼女は未だその恐怖が抜けず、そして無力で足手纏いになってしまったことに心を痛めていた。


「(桃花さんがここまで取り乱すだなんて。女ローブの人が相手の時はあんなに凛々しかったのに)」


 ダイヤにとっての桃花の印象は、いつも楽しそうで気が合って、それでいて度胸もあるといった感じだ。バトルロイヤルでピンチに陥りながらもダイヤの言葉にすぐに反応して言葉を返してくれたことから、頭の回転も速いのではとも思っている。


 そんな彼女がこれまで見たことが無い程に弱々しく怯えて項垂れている。


「(桃花さんには悪いけど、桃花さんのことをもっと知れそうだ)」


 気になる女性のことならば、良いところも悪いところも知りたいものだ。ダイヤとしては彼女についてより深く知るチャンスが来たとも言えるだろう。


「貴石……君……」

「なぁに?」


 ひとしきり泣いて落ちついたのか、これまでうわごとの様に謝罪を繰り返すだけだった桃花がダイヤを呼んだ。ダイヤはいつも通りの穏やかな声色で答えてあげる。


「どうしても……ダメなの……」


 それは懺悔のようなものだった。


「魔物が……どうしても……怖いの……」


 だとすると、Dランクの魔物が出現した先ほどは、尋常ではない程の恐怖を味わったであろう。


「魔物が私を殺そうとしてくるのが怖い……魔物を傷つけるのも怖い……」

「(桃花さんは感受性が高いのかも)」


 人と違い魔物は本能に従い全力の殺気をぶつけてくる。その殺気を漏れなくまともに感受してしまい恐怖せざるを得ないのではないか。


「(それに生き物を傷つけるのに抵抗がありすぎるタイプだ)」


 ダンジョンに入りたての生徒の誰もが直面する課題であり、慣れない人は植物の魔物などの生物感が薄い魔物を相手に戦う練習をする。ダイヤだって必要だから殺せているだけであり、全く抵抗感が無いかと言うとそんなことはない。相手が魔物であろうとも『命を奪う』ことに真摯に向き合うことは人として大切なことだ。


「(ダンジョンには向いてない性格だったんだね)」


 ダンジョンは命のやり取りをする場所だ。恐れるのは当然だが、恐れすぎて何も出来ないようであれば、探索など出来る筈が無い。


「それでもFランクダンジョンで練習して……少しは慣れたと思ったの……でも……………………」

「(Dランクの魔物が相手となるとそうはいかない、か。あの配信を見ちゃった影響もあるかも)」


 ダイヤの死にかけの姿。今度は自分がそうなってしまうかもしれない。

 そう思うと恐怖が更に増してしまったのだろう。


「…………」

「…………」


 黙ってしまった桃花に向けて、ダイヤは何を伝えようかと考える。


 彼女が欲しい言葉は何だろうか。

 彼女を立ち直らせるには何を伝えるべきだろうか。


 桃花のことを考え、桃花を支えるための言葉。

 だが思いつく言葉はいずれも陳腐なものでしかなく、響かないのではと思ってしまった。


 ゆえにダイヤは考え方を変えた。

 自分の素直な気持ちを伝えることにしようと。

 そうでなければ桃花の心に入り込むことは出来ないだろうと考えたのだ。


 そうしてダイヤは桃花に告げる。


「ありがとう、桃花さん」

「え?」


 話の流れからするとダイヤがお礼を言うなど意味不明だ。これではまるで桃花が怯えていたことを喜んでいるかのようだ。


 桃花がか弱いから僕が格好良く守れるんだよ、なんて喜ぶ人なら居なくも無いだろうが、そう思っていたとしてもこの状況で敢えてそんなことを口にしないだろうし、ダイヤがそのような人物で無いことくらいは桃花にも分かっている。


 混乱する桃花に向けて、ダイヤは言葉の意味を分かりやすく伝えてあげる。


「桃花さんが諦めずに残ってくれたから、僕は桃花さんと楽しい学生生活を送れているんだ」


 その言葉を聞いて、桃花の脳裏に早々に島を去ってしまったクラスメイトの姿が思い浮かんだ。


 魔物に怯え、しかもその魔物を倒すことすら躊躇してしまうのであれば、ダンジョンに入ることを嫌がり彼らと同じように島を去ってもおかしくない。だが桃花はこの島に残る決断をした。


「でも……そのせいでこんなことに……」


 残らなければ、このような事態に巻き込まれることは無かった。ダイヤは桃花を気にせず芙利瑠と奈子と協力してのびのびと戦えていただろう。自分の存在が重荷になってしまっている。


「貴石君が……また痛い目に……ごめんなさい……!」


 サウンドウェイブケイブバットの音波攻撃を喰らってしまったのも、足手纏い桃花がいるせいだと彼女は自責の念に襲われている。


 だがそれは彼女が己の至らなさしか目に入らなくなっているからだ。


「僕としては、むしろ桃花さんはお礼を言われる方だと思うよ」

「え?」

「だって桃花さんがいなければ、金持さんや木夜羽さんは今頃酷い目に遭ってただろうし」

「…………」


 桃花が島に残り、ダイヤに連絡したからこそ彼女達は助かったのだ。

 確かに今は彼女の存在が重荷になっているかもしれないが、そもそも彼女がいなければとっくにゲームオーバーだった。


「でも……私が中に入らないで貴石君を待っていれば……」

「そうしたら彼女達は洗脳されて僕が着く頃には洞窟から居なくなってただろうね。桃花さん、大分粘ったんじゃない?」

「…………」


 詳細をまだ聞かされていないが、救援が来るまでの時間を桃花が必死に稼いだのではないかとダイヤは予想していた。桃花の必死の抵抗が、ダイヤを間に合わせたのだ。


「だから桃花さんがここに居ることは、どうか責めないで欲しい」


 それこそが桃花の素晴らしい成果なのだから。


「…………」


 だがそう言われても、足手纏いになってしまっている現状は耐えられないのだろう。そしてまだ魔物に対する忌避感が強く、どう気持ちをコントロールして良いか分かっていないのかもしれない。桃花は今の自分を否定することは止めたが、まだ顔を上げることが出来ないでいた。


「桃花さんはどうなりたい?」


 恐怖や自己嫌悪なんてものは簡単には克服できない。このままダイヤが傍にいても、立ち直るまでには相当の時間がかかるだろう。ゆえにダイヤはマイナス思考から抜け出せない彼女に、プラスの姿をイメージさせて恐怖を和らげられないかと考えた。


「怖がらないようになりたい……ちゃんと戦えるようになって貴石君達の迷惑にならないようになりたい……」


 それはこの場面に限った話では無かった。


「じゃないと、学校に残った意味が無い……守られてばかりじゃ申し訳なくて楽しめない……」


 エンジョイ勢だからこそ、心置きなくエンジョイしたい。

 桃花が特殊な高校であるダンジョン・ハイスクールを選んだのは楽しそうだから。他の高校には無い様々な体験を楽しみたかった。


 だがダンジョンで魔物を倒せない自分がこのまま学校に残ったとしても、他の人の邪魔になるだけ。ダンジョンに関係ない行事すらも、他の人に迷惑をかけてしまっている負い目から楽しめない。


 桃花が望むのは、ダンジョン・ハイスクールの生徒として胸を張って高校生活を満喫すること。


 そのためには戦えるようにならなければならない。


「じゃあ練習しよっか」


 何でもないことかのようにダイヤはサラッとそう言った。

 だがそれが出来るのであれば桃花は恐怖で縮こまってはいない。


「無理なの……体がどうしても動かないの……頑張ろうって思っても……怖くて怖くてたまらないの……負けたら本当に死んじゃうと思うと……」

「(桃花さんは気付いてたんだ)」


 怖がらせないようにここで魔物に敗北したら死ぬことを敢えて口にしなかったのだが、残念ながら桃花は理解していた。これほどまでに恐怖している理由の一つなのだろう。


「戦うなんて……攻撃するなんて……無理だよぅ……」


 魔物を殺すことに抵抗があり、殺意を向けられることも怖く、そして実際に死んでしまうかと思うと更に怖い。魔物を怖がらないように練習するにしても、この場所はあまりにもハードだった。桃花が努力していたように本来であればFランクダンジョンで徐々に慣らすべきなのだろう。


「桃花さん、いっぺんに全部克服しようなんて考えなくても良いんだよ」

「え?」


 だが段階を踏むのは必ずしもFランクダンジョンでなければならないというわけではない。

 彼女の目的がダイヤ達の足手纏いになりたくないということであるならば、それだけに特化した練習をすれば良いのだ。


「とりあえず、戦う必要は無いよ。身を守ることだけを考えよう。まずは逃げられるようになろう」


 少なくとも縮こまらずに走って逃げられるだけでも大分違う。戦場から適度に離れて距離を保つことで、ダイヤは後方を心配することなく思う存分に戦えるだろう。


「で、でも……見てるだけなんて!」


 逃げていれば足手纏いにはならないかもしれない。だが仲間達が命を懸けて戦っているのに、自分だけが安全なところで待っていることも桃花には出来なかった。


「桃花さんは優しいね」

「自分が可愛いだけだよ……何もしてないって後ろ指を指されるのが怖いだけ……」

「そっかな。桃花さんは純粋に僕達のことを心配してくれてるって僕は思うよ」

「…………」


 ダイヤの言葉に桃花が微かに身じろいだ。よく見ると耳がほんのり赤くなっているのだが、ダイヤは気付かないフリをする。


「友達のために危険を犯してこんなところまで来るような人が、そんな自分本位な人の訳がないじゃない」


 芙利瑠の危険に気付いた時、誰かに助けを求めただけでも周囲は非難しないだろう。むしろ弱い桃花が洞窟の中に入ることの方が危険だと怒られるに違いない。だがそれでも桃花は助けに入った。後ろ指を指されることを気にするような人の行動ではない。本気で芙利瑠のことを心配しているからこそ、我慢できず行動に起こしてしまったのだ。


「…………」


 桃花の耳が更に赤くなる。ダイヤのドストレートな誉め言葉が、彼女の胸に恐怖以外の感情を呼び起こす。


「魔物に遭遇しても動けるようになったら、次はサポートが出来るようになろう」

「サポート?」

「うん。魔物と戦うって言っても、全員が攻撃しなきゃダメって訳じゃないでしょ」


 その言葉に桃花は目からウロコの気分だった。ソロで戦えないのならばパーティーで戦えば良い。そしてパーティーは役割分担があり、戦わない役割もある。そんな当たり前のことにどうして気付かなかったのか。自力で魔物を倒せなければここの生徒として相応しくないだなんて思い込んでいた。


 だとすると果たして自分には何が出来るのかを想像してみる。


「回復役……」

「それも一つだね。僕のイメージでは桃花さんはバッファーが向いてる気がするけど」

「バッファー……」


 魔物に対して直接アクションすることは無理でも、味方を補助することならば出来る筈だ。魔物に襲われる恐怖は変わらないが、その点についてはダイヤは大丈夫だろうと思っていた。


「桃花さんはとても優しくて仲間想いだから、きっとすぐに怖さよりも仲間のためになりたいって気持ちの方が上回るよ」


 ダイヤの言葉を桃花は頭の中で反芻して考える。考えられるようになっていた。未来の自分の姿をイメージしている間に感情の暴走がいつの間にか治まっていたのだ。


 桃花はしばらく考えてから、ダイヤの肩から少しだけ顔を離した。そしてポケットからハンカチを取り出して涙まみれの顔をしっかりと拭く。


 俯いたままそのハンカチをポケットにしまった桃花は、ダイヤに気付かれない程度に息を吐くと、思いっきり顔を上げた。




「優しいとか仲間想いとか、恥ずかしいこと言い過ぎだよダイヤ・・・君!」




 そして熟れたリンゴのように真っ赤な顔で抗議するのであった。

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