76. VSサウンドウェイブケイブバット

「来い!」


 大声で自らの存在をアピールしながらダイヤは前方へと突撃した。

 サウンドウェイブケイブバットを桃花達が隠れている場所まで移動させないために、迎え撃つのではなく攻めを選択したのだ。


 だが相手は手が届かない天井に止まっている。


『キィキィ!』


 ダイヤに気が付いて羽ばたき始めたが、降りて来なければ遠距離攻撃の手段が無いダイヤにはどうすることも出来ない。


 サウンドウェイブケイブバットは天井付近を飛びながらダイヤの様子を伺っていたが、突然大きな声で鳴き出した。


『キイイイイイイイイイイイ!』

「早速来た!」


 ダイヤは全力で左へと走り、地面に飛び込むようにうつ伏せに倒れた。


 ガガガガガガガガガガガガ!


 地面が激しく削られる音がダイヤの背後で鳴り響く。


「(これがサウンドウェイブケイブバットの音波攻撃。トラックに衝突されるくらいの威力らしいけど、それ以上なんじゃない?)」


 サウンドウェイブ。

 すなわち音波を使って攻撃してきて、洞窟に住むコウモリだからサウンドウェイブケイブバット。


 音波攻撃の威力はトラックに真正面からぶつかった時と同じくらいと言われているが、どのくらいスピードを出しているトラックなのかは明言されていない。ぶつかったことがある人が居ないので比較で出来ず、イメージだけでそう言われている。しかし地面を抉るほどの威力ということは、少なくとも徐行レベルでは無さそうだ。


 全方位攻撃では無くサウンドウェイブケイブバットの正面に向けた攻撃であるため左右に避ければ回避できるのであるが、目視出来ないため攻撃範囲が正確に分からず非常に避けにくい。


「いったーい」


 倒れる際に何処かを打ったのか、あるいは音波攻撃が当たっていたのか、ダイヤは顔を顰めながらよろよろと立ち上がろうとする。


『キィ!』


 弱っているダイヤを見てチャンスと判断したのか、コウモリが一直線にダイヤの元へと急降下してきた。全体のバランスを考えると不自然に思えるほどの大きな口からは二本の鋭い牙が生えている。その鋭さはレッサーデーモンの爪に匹敵するレベルであり、噛まれたらいとも簡単に抉り取られてしまうだろう。


 ダイヤはまだ辛そうに立ち上がろうとしている途中で、このままではトドメを刺されてしまう。


「(よし!チャンスだ!)」


 フラフラした姿はサウンドウェイブケイブバットを誘き寄せるための演技だった。

 敵が体の近くまで近寄ったタイミングで勢い良く立ち上がり、牙に触れないように右側面から全力のフックをお見舞いした。


「フッ!」

『キィ!』


 防御力は普通のコウモリと大して変わらないという弱点があるサウンドウェイブケイブバット。ダイヤの拳をまともに喰らって力なく地面に落ちた。


「トドメだよ!」


 落ちた相手を全力で踏むと、サウンドウェイブケイブバットは消滅した。


 ダイヤの勝利である。


 怪我をすることなくDランクの魔物に対して完勝した。

 それは隠れて戦いを見ていた桃花達に勇気を与える光景だった。




『キィキィ!』

『キィキィ!』

『キィキィ!』




 追加で三体のサウンドウェイブケイブバットが出現するまでは。


「わぁお」


 流石にダイヤも焦った表情になっているが、ここで下がるわけには行かない。桃花達を守るためには、魔物達に囲まれたまま戦い続けなければならないのだ。


『キイイイイイイイイイイイ!』

「わわ!」


 増援魔物が音波攻撃を使ってきて、慌ててダイヤは横に避ける。

 しかし今度はその勢いで倒れて演技をして誘き寄せるなんて余裕は無い。


『キイイイイイイイイイイイ!』

「くっ!」


 ワンテンポ遅れて別のサウンドウェイブケイブバットが音波攻撃を仕掛けてくるからだ。


「(このままじゃダメだ!)」


 必死に避け続けるだけでは状況は改善されない。レッサーデーモンの時と同じで、こちらから攻めなければ戦いは終わらないのだ。


「(仕方ない、アレをやるしかない)」


 桃花達を心配させる作戦ではあるが、このまま無傷でDランクの魔物三体を倒そうだなんてムシが良すぎる話だ。


『キイイイイイイイイイイイ』

『キイイイイイイイイイイイ』

『キイイイイイイイイイイイ』

「少しは休ませてよ!」


 サウンドウェイブケイブバットは絶妙にタイミングをずらして音波攻撃をしてくるため、避けた直後に次の音波が迫ってくる。音波は目に見えないため範囲が分からず、ひたすら大きく避け続けなければならないので常に全力疾走しているようなものだ。しかも足元が音波攻撃で不規則に削れていて非常に走りにくい。

 たまに同時に攻撃してきて音波同士がぶつかり合って相殺されていることがあるため連携しているという訳では無いのだろうが、だからどうしたという話である。


 ダイヤは必死に避けながらサウンドウェイブケイブバットをどうにか誘導して目的の位置取りを目指した。


「(ここだ!)」


 逃げながら拾っていた手ごろな石を、右側に位置するサウンドウェイブケイブバットに向かって投げる。すると相手は回避行動を取り、攻撃を遅らせることが出来た。


『キイイイイイイイイイイイ!』


 石を投げた直後、正面のサウンドウェイブケイブバットが音波攻撃をしてきた。

 ダイヤはタイミングを合わせて大きく後ろに・・・跳んだ。


「ぐっ!」


 物凄い衝撃がダイヤの正面から襲い掛かる。固い平らな板がぶつかって来たような感覚で、ダイヤはかなりの勢いで背後に吹き飛ばされる。


「かっ、はっ!」


 背後に跳ぶことで衝撃を和らげようとするテンプレ防御方法だったのだが、予想していた以上にダメージが大きく、着地することが出来ずにあお向けに倒れてしまう。


「ぽ……ぽーしょん……」


 体内が揺さぶられて全身が痺れたかのような感じだが、このままここで寝転がっていたら魔物のエサとなってしまう。震える手をどうにか動かしてポーチからポーションを取り出し、体にかけるようにして使用した。


 ダイヤは動くようになった体を一気に跳ね上げ、襲い掛かろうと近寄っていた一体のサウンドウェイブケイブバットの羽をむんずと掴み、地面に叩き落とした。そして力強く足で踏みつけ撃破する。


「よし!」


 何故ダイヤが敢えて音波攻撃を喰らったのか。

 それは飛ばされた先に三体目のサウンドウェイブケイブバットがいるからだ。


 一体を投石で牽制し、もう一体の音波攻撃を敢えて喰らい、三体目の敵の真下に倒れる。

 弱ったダイヤが三体目のかなり近くで弱って倒れる状況にすることで、三体目が音波攻撃ではなく牙でトドメを刺しに来るよう誘ったのだ。

 もし三体目がそれでも音波攻撃をしてきたら致命傷は確実であり、賭けと言っても差し支えない作戦だった。


 だが賭けに勝ったことで敵は一体減った。


「(後は二体。これならいける!)」


 ダイヤの判断は正しかった。

 賭けになってしまったが、まずは一体どうにか倒すことで余裕を生み出す。二体ならば避ける負担は格段に減り、作戦も立てやすくなる。


 ただし、正しかったのだが運が悪かった。


『キィキィ!』

『キィキィ!』


 残った二体が偶然並ぶような位置取りになってしまったのだ。

 これでは同時に音波攻撃を放たれたら、範囲が広すぎて左右に回避しきれない。


 それだけならば先ほどと同じようにダメージ覚悟で背後に避ければ良い。


 しかしなんとダイヤが気付いていない間に背後にもう一体・・・・のサウンドウェイブケイブバットが出現していたのだ。


 もしも三体が同時に音波攻撃を放ってきたら、ダイヤは前後から音波攻撃に挟まれ押しつぶされてしまう。トラック同士の正面衝突に巻き込まれるかのような形で。


 絶対絶命のピンチ。


 このままではダイヤは何が起きたのか分からないまま、突然の背後からの攻撃により死んでしまうだろう。


 もちろんそれは三体が同時に音波攻撃を仕掛けてきた場合の話だ。必ずしもそうなるとは限らない。


 だが得てして強く望まないことに限って現実化してしまうものだ。


 サウンドウェイブケイブバットがダイヤに向けた死の宣告を叫ぼうとする。




「わたくしはここですわ!」

「え!?」




 ダイヤが自身のピンチに気付いていなくとも、背後で戦場全体を見ていた桃花達には見えていた。

 ゆえに彼を助けるために芙利瑠が岩陰から飛び出してきたのだ。


 それは単に囮となるだけの行動でも、この後にダイヤに背後の敵について教えるだけの行動でもない。


「えい!」


 芙利瑠は手にした何かをダイヤの背後のサウンドウェイブケイブバットに思いっきり投げた。キラリと光るそれは見事に敵に直撃した。


「あ、当たった!?」


 投げた本人が驚いているところから、必中攻撃ではなくまぐれだったことが分かる。


「ありがとう!」


 ダイヤは直ぐに自分が助けられたことを理解し、何かが当たってフラフラと落ちて来たサウンドウェイブケイブバットにトドメを刺した。


 だがその間に二体のサウンドウェイブケイブバットが芙利瑠に狙いを定めてしまう。


「逃げぴぎゃ!」


 慌てて逃げようとした芙利瑠だが、古ぼけたドレスの裾に足を引っかけて転んでしまった。


「金持さん!」


 どうにかしてサウンドウェイブケイブバットのヘイトを自分に戻さなければとダイヤは石を拾って投げつける。それでどうにか一体はダイヤの方を向き直したが、もう一体は気にせず芙利瑠をロックオンしている。


「(こうなったら僕が盾に……っ!?)」

『キイイイイイイイイイイイ!』


 芙利瑠を救いに向かおうと思ったが、目の前のサウンドウェイブケイブバットが音波攻撃を放って来て前に進ませてくれない。


 かといってこのまま見殺しになんか出来ない。

 ダイヤはダメージ覚悟で芙利瑠の元へと移動しようと考えたが、直前で思い直して素直に横に避けた。


 それは杖を構えるある人物の姿が目に入ったからだった。


「奇跡を行使する」


 魔法の杖を掲げた奈子は、いつものオドオドした口調からは一変し、力強く詠唱する。


「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」


 オリエンテーリングでは不発だった盾が芙利瑠の前に出現した。レンズのような形のその盾はうっすらと白く輝いていた。


『キイイイイイイイイイイイ!』


 芙利瑠を狙って音波攻撃が放たれる。彼女はダメージを覚悟して強く目を閉じるが、どれだけ経っても痛みはやってこなかった。


 彼女を守る盾が音波を受け止め切ったのだ。


「(流石ミラクルメイカー。『英雄』クラスは伊達じゃないね)」


 ダイヤは感心しながら今度こそ芙利瑠の方へと向かった。そして彼女の前の盾を登り、サウンドウェイブケイブバットに向かって跳躍した。


「これでも喰らえ!」


 その手には、ポーチから取り出したバールのようなもの。

 金属のゴミ山で拾ったそれは武器扱いとなっていて持ち帰れたのだ。


 盾を蹴って跳んだことで、素手は無理でもリーチのあるバールのようなものなら十分に届く。


『キィ!』


 サウンドウェイブケイブバットは不規則な動きでその一撃を躱そうとするが、相手の位置を誘導するため散々動きを見ていたダイヤにとっては、動きの予測など余裕だった。


「よし!」


 バールのようなものの直撃を喰らったサウンドウェイブケイブバットは、地面に落ちることなくそのまま消滅した。


 残り一体。


 どうやって倒そうかと着地しながら考えていたら、背後から声が聞こえて来た。


「奇跡を行使する」


 どうやら奈子が何かをしてくれるらしい。


「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」


 炎魔法の遠距離攻撃はサウンドウェイブケイブバットとは非常に相性が良い。上手く当たれば一撃で撃破出来るだろう。


 そもそも当たる以前の問題だったが。


「…………」

「…………」

「…………」

『…………』


 心なしかサウンドウェイブケイブバットが憐れんでいるような気がするがきっと気のせいだろう。


「(あ~あ、いじけちゃった)」


 これで終わりだ!

 と言わんばかりに自信満々で詠唱したのに何も発動しなかったのだから仕方ないこと。


 奈子は地面にのの字を書き始めてしまった。

 戦っている最中に凹むのは止めて欲しいところだが、あまりにも可哀想だったので何も言わないことにした。


「わ、わたくしが代わりにやりますわ!」


 シリアスブレイクな状況から真っ先に復活したのは芙利瑠だった。手に持ったナニカをサウンドウェイブケイブバットに投げつけた。

 ダイヤは先ほどよりも彼女の近くにいるため、それが何なのか分かった。


「(あれって硬貨だったんだ。ということは銭投げか)」


 スキル『銭投げ』。


 硬貨を投げて敵にダメージを与える投擲技だが、レベルが上がると紙幣を投げて敵を斬り裂くことも可能になる。物理技のように思えるが、魔法技なので見た目以上に威力は高い。そうでなければまだひ弱な芙利瑠による離れた所からの硬貨投擲程度でサウンドウェイブケイブバットにダメージを与えられる訳が無い。


「くっ!えいっ!ぴゃあ!お金が!お金が無くなっちゃう!」

「(さっき当たったのは偶然だったのかな)」


 サウンドウェイブケイブバットが避ける必要も無く、硬貨は明後日の方向へと飛んで行く。実は銭投げは魔法技なのだが、狙いは物理でつけなければならないという特殊技だった。


 あまりのノーコンっぷりにサウンドウェイブケイブバットも警戒を止めたのだろう。ダイヤと芙利瑠に向けて音波攻撃の狙いを定めた気配がする。


「なけなしのお金なんだから当たってよ!ですわ!」


 だがこれまた得てして警戒を止めた時こそ悲劇が起こるものだ。


「やけくそですわーーーー!」

『キィ!?』


 狙いを定めずに雑に投げた最後の一枚が見事にサウンドウェイブケイブバットに命中し、敵はフラフラと落下する。


「や、やりましたわ!」


 手持ちのお金を全て使い切ってしまった悲しみと、魔物に攻撃が当たった喜びが混ざり合い複雑な表情を浮かべる芙利瑠をダイヤは何とも言えない表情で見つめるしかなかった。


「トドメ刺しに行こ」


 シリアスだったはずの命を懸けた戦いは、何とも言えない緩い感じで終わるのであった。

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