75. ダンジョンの外にも危険が一杯!

「そろそろ先に進もうか」


 ダイヤの現状理解を共有したところで、洞窟の奥へと向かうことを提案した。


「その前に良いかしら」


 だが芙利瑠がストップをかける。とても真剣な表情だ。


「貴石さん、桃花さん、助けに来てくれてありがとうございました」


 美しく腰を折り、芙利瑠はダイヤ達にお礼を告げる。

 そして一旦体を起こすと言葉を続け、再度腰を折った。


「それと、ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 真面目な表情と、丁寧な礼。

 お嬢様言葉の演技も止めている。


 ゆえに彼女の真摯な心はしっかりとダイヤ達に伝わった。


 一方で慌てたのが奈子だ。

 奈子もどこかのタイミングでお礼を言わなければと思っていたのだが、従来の引っ込み思案な性格と、ダイヤを必要以上に怖がっていた流れから、言い出すタイミングを掴めなかった。


 芙利瑠が先に行動してくれたことでお礼を告げる絶好のタイミングが生まれて奈子としては大チャンスなのだが、このままお礼を口にしても流れで言っただけで心が籠ってないと思われないだろうかと不安で二の足を踏んでいる。


 そんな彼女の内面に気付いているのか偶然なのか、三人は何も言わずに待ってくれていた。


「(ここで何も言えなかったら…………二度と変われない気がする…………)」


 奈子は勇気を出して、芙利瑠に続いた。


「わ…………私も…………助けてくれて…………ありがとう…………」


 どうにか絞り出したような言葉だった。

 目線をダイヤ達に合わせることも出来ず、頭を下げる様子も不格好。


 お礼を伝えるには不十分なのだが、ダイヤ達はそれを咎めようとはしなかった。


 彼女達に向かってダイヤは答える。


「そのお話は後にしよっか」

「え?」


 驚いたのは桃花だった。

 ダイヤのことだから、いつも通りのほんわか笑顔でお礼や謝罪を受け取ってそれで終わりなのかと思っていたのだ。


「だって僕、何が起きたのか詳しく知らないから。気持ちはもちろん受け取るけど、それ以上のお話は話を聞いてからじゃないと何も言えないもん」

「貴石君ってどの辺りからあそこに居たの?」

「僕達が着いたのは、桃花さんが洗脳スキルをかけられている時だったよ」

「その前の話を聞いてなかったんだね。なら何が起こってたのか分からないのもしょうがないか」


 ダイヤが知らないのはそれだけではない。


 芙利瑠達がどうしてあの危険な場所へと向かってしまったのか。


 それを知らずにお礼や謝罪をされたところで適切な反応など返せないのだ。

 注意すべきなのか、それは仕方ないと慰めるべきなのか、あるいは気持ちを受け取るだけで済ますべきなのか。


「(貴石君は優しいから、皆のことをちゃんと理解してフォローしてあげたいんだろうな)」


 しかしそのためには時間をかけてじっくりと話を聞く必要がある。


「難しい話は、この場所の安全確認をしてからだね」


 穴に落とされてその穴が即座に埋まったように、この洞窟はまるで生きているかのように動きがある。今はただの広い洞窟であるこの場所も、いつまでも安全とは限らない。


「(空気とかは大丈夫な気がするけど、それとは別に嫌な予感がするんだよね)」


 地下の狭い洞窟内では酸素が無くなり死亡するなんてことがあり得るけれど、灯りや空気の澄み具合などが妙に心地良いためそれは無さそうだ。

 しかしそういう現実的な危険とは別の、つまりは非現実的ファンタジーなナニカの気配をダイヤは察知していた。


「とりあえず僕が先頭で進むから、皆は足元に気を付けてついてきて」


 その言葉に反論する人などおらず、真剣な雰囲気に切り替わったダイヤの空気にあてられてか、桃花達は無言でしっかりとついて行く。


 パーティー、というよりも先生ダイヤ怯える生徒達桃花達を引率しているかの様子だ。


 彼らはゆっくりと進み、平らな壁がある場所にかなり近づいた。


「皆、こっちに」


 ダイヤは突然移動方向を変更し、通路脇に置かれていた体を隠せそうな巨大な岩の影へと身を潜ませる。


「どうしたの?」


 代表して桃花が確認すると、ダイヤは天井に視線を向けていた。


「あそこの天井」


 視線の先を追うと、そこには天井からぶら下がる小さな何かがいる。


「コウモリ?」


 本物のコウモリなど桃花は見たこと無いが、想像上のそれと雰囲気がとても良く似ていた。


「皆、絶対に驚かないで聞いてね」


 ダイヤは桃花の言葉が正しいとも間違っているとも言わず、先ほどまで以上に真剣な顔をしている。その表情を彼女達は一度だけ見たことがある。


 配信動画の中でダイヤがレッサーデーモンとソロで戦っていた時だ。


 三人の全身から大量の冷や汗が流れ始める。動いていないのに呼吸が荒くなりそうなところを必死に抑える。心臓はいつの間にか甲高く高鳴っていて、その音に気付いたことで不安が更に助長されてしまう。


「あれはサウンドウェイブケイブバット。Dランク・・・・の魔物だよ」

「!?」

「!?」

「!?」


 ダイヤが事前に雰囲気で脅した効果もあり、彼女達はどうにか普通に驚くだけで済んだ。特にダイヤが不安だったのは奈子が恐怖で叫び出して魔物に気付かれることだったが、彼女は口を両手で強く抑えて必死に声を漏らすのを抑えていた。


「(木夜羽さん。頑張ったね)」


 これでひとまず急戦になることは避けられた。作戦を立てる余裕がある。


「ど、どど、どうして魔物が。それも、でぃ、でぃでぃでぃらんくが」

「(桃花さんの震えが尋常じゃない。落ち着かせないと)」


 ダイヤは桃花に近寄り優しく肩を抱き、ゆっくりと落ち着いた声色で説明した。


「この島には魔物が住んでいるんだ。だからここに居てもおかしくないよ」

「それは噂ではなくて?」


 声を出すまいと必死な奈子と、魔物に対する恐怖でそれどころではない桃花の代わりに、怖がりだったはずの芙利瑠が質問をしてきた。


「(そういえば金持さんって、初めて会った時は暗い洞窟に入るのを怖がってたのに今日は中に入ったんだ。それだけ入らなきゃならない理由があったのかな。それに今も一番冷静だ。実は芯が強いタイプなのかも)」


 芙利瑠の印象をアップデートしながらダイヤは彼女の質問に答えた。


「噂じゃなくて本当にいるんだよ。例えば山の南側の砂漠に魔物が住んでいるのは間違いなくて、知り合いの先輩がその魔物と戦いながら砂漠の調査をしてるんだって」


 その先輩とは俯角のことで、『明石っくレールガン』はこの島の考察をするために怪しい砂漠の調査を長年続けている。ダイヤは俯角と雑談する中でその話を聞いていた。


「だからこの島にはダンジョンの外であっても魔物がいてもおかしくない」


 問題なのは、ことの真偽ではない。

 近くにいるその魔物をどう対処するかが問題なのだ。


「あいつは僕が倒す」


 この中でDランクの魔物との戦闘経験があるのはダイヤだけだ。それに恐怖でまともに体が動きそうにない桃花や奈子は戦うどころか逃げることすら出来ないだろう。芙利瑠も良く見ると恐怖で体が震えており、戦力のあてにするのは難しい。


「皆はここで待っていて」


 そう告げてダイヤは岩の陰から飛び出し魔物と戦いに行こうとする。


「ダメ!」


 だがそのダイヤの腕に抱き着くようにして、桃花が強く引き留めた。

 この叫びで魔物が襲ってくるのではと身構えたが運よく反応無し。


「でぃでぃ、でぃらんく相手なんて、また……また貴石君が……」


 彼女の脳裏に浮かぶのは、レッサーデーモンと戦いボロボロになったダイヤの姿。

 斬り裂かれ、炎を喰らい、半分死んでいるかのような状況でどうにか生き残った。


 目の前でダイヤがまた同じ目に遭おうとしている。今度は自分達を守るために。

 代替案など思いつくはずも無いが、それでも行かせられなかった。


「大丈夫だよ。安心して」


 ダイヤは桃花へと向き直り、空いている手で彼女の頭を優しく撫でた。


あの時レッサーデーモンはDランクの中でもかなり強い魔物だったから、あんな風になっちゃったんだ。でも今回のサウンドウェイブケイブバットはDランクの中でも弱い方の魔物だよ」

「でぃらんわぷ」

「静かにしましょうね~」


 また叫びそうだったので、桃花の顔を胸に押し付けて口を塞いだ。

 唇で塞いでしまいたいところだったが、腕を掴まれている体勢では難しかった。


「ランクに騙されないで。確かにサウンドウェイブケイブバットはDランクだけど、僕でも倒せる弱点があるんだ」


 レッサーデーモンの時は弱点など無かったため真っ向から戦う必要があった。鋭い爪に攻撃魔法まで使ってくるのに、体は筋肉で守られていて守備も固い強敵。

 しかしサウンドウェイブケイブバットはそれと比べると明確な弱点があり格段に弱い。


「普通のコウモリみたいに守備力が低いから、攻撃が当たれば倒せる。だからDランクダンジョンの魔物の中では倒しやすくて人気がある魔物なんだよ」


 問題はその攻撃を当てる手段なのだが、空を飛んでいる相手に攻撃するのが難しいだなどとネガティブなことを安心させたい相手に敢えて言う必要は無いだろう。


「ふご(でも)……ふご(でも)……」

「僕を信じて、桃花さん。お願い」

「…………」


 彼女の口から反論の言葉が止まった。

 ダイヤの胸に強く顔を押し付け、そのまましばらく震えている。


 そして少しして顔を離すと、涙でぐしょぐしょになった顔をダイヤに向ける。


「じんじる」

「ありがとう」


 ダイヤはハンカチで桃花の顔を拭いてあげると、芙利瑠と奈子の様子も確認する。


 芙利瑠は不安そうではあるが、ダイヤを止めようとする気配は無い。

 奈子は両手を降ろしてはいるが、小さく口を開けてダイヤ達の方をじっと見つめていた。


「木夜羽さん?」 

「…………!」


 どうしたのかとダイヤが声をかけると、彼女は正気に戻ったのか目に見えてあたふたする。


「い、いや…………私も堕とされる…………」


 取り繕うかのようにいつもの怯えの言葉を口にすると、顔を真っ赤にして顔を背けてしまう。

 そして誰にも聞かせるつもりが無い位の小さな声で呟いた。


「……………………負けないで」

「もちろんだよ」

「!?」


 聞かれていたことに驚きそうになるところ、再び両手で口を押えてどうにか我慢した。

 しかしその顔は羞恥でこれまで以上に真っ赤である。


「(もしかして、案外好感度が高かったりするのかな?)」


 良く分からない態度の奈子のことを不思議に思いながら、ダイヤは最後にもう一度桃花の頭を優しく撫でてから、岩の陰から飛び出した。




 ここはダンジョンの外。


 魔物に負けて死んでしまったら、それは本当の死を意味する。


 ダイヤはその事実に気付いていたが、これ以上引き留められないようにと彼女達には伝えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る