74. もう一つのパーティーが滅茶苦茶心配なんだけど
「っ!」
体中の痛みに顔を顰めながら、ダイヤはゆっくりと立ち上がった。
痛くはあるが骨折や激しい裂傷などの致命的な怪我をしていなかったのは、垂直落下では無く斜めに滑るように落ちたからだ。
「皆大丈夫!?」
周囲には一緒に落ちたと思われる生徒達の姿が見え、ダイヤは一番近くに居た桃花の元へと駆け寄った。
「う……ったーい……」
桃花もまた苦い顔をしながらゆっくりと立ち上がる。そしてダイヤが近くにいることを認識すると、痛みでぼんやりとしていた頭が一気にスッキリする。
「貴石君!」
桃花はまったく躊躇うことなく思いっきりダイヤに抱き着いた。力強くダイヤを引き寄せ、体と体をしっかりと密着させるハグだ。背の高さに差があまりないため、顔はダイヤの右肩付近に置かれている。
「助けに来てくれてありがとう!」
「どう致しまして」
女の子に抱き着かれてダイヤは動揺、などしない。
桃花の手は自分の背に回されているが自分の手はどうすれば良いのかと悩む、ということもない。
ダイヤはそうするのが当然とでもいうかのように、両腕を桃花の背中へと回し優しく抱き締めた。
「絶対に来てくれるって信じてた」
「うん」
「助けてくれるって信じてた」
「うん」
「守ってくれるって信じてた」
「うん」
密着しているからこそ桃花の柔らかさ、ではなく震えがはっきりとダイヤに伝わってくる。暗闇の中で謎の女に動きを封じられ、洗脳されそうになり、自らの純潔を知りもしない誰かに無理矢理捧げられようとしていた。気丈に立ち向かっていたが、怖くない訳が無いのだ。
ダイヤは桃花の背中を優しくぽんぽんして安心させてあげようとする。
「…………」
「…………」
しばらくすると桃花の震えが治まった。すると桃花は何故か抱き締める力をさらに強めた。
ダイヤもそれに合わせて少し強めに抱き締め返してあげる。
「…………」
「…………」
お互いの体温をしばらく伝え合った後、桃花が少しだけ腕の力を緩める。
そして顔をあげてダイヤと正面から向き合った。
「桃花さん?」
「…………」
桃花の顔は真っ赤であり、瞳がトロンと潤んでいた。
蕩けるような甘い表情で、何も言わずにじっとダイヤを見つめている。
「…………」
「…………」
ダイヤはそんな桃花の顔を愛おしそうに見つめ返す。
最早二人の間に言葉は不要。
やがて二人の顔が徐々に近づき……
「おっほん!」
今にも唇が触れ合いそうに……
「おっほん!おっほん!」
何か聞こえてくるが完全に無視して唇をロックオンし……
「ここは驚いて離れる流れではなくて!?」
良いところで邪魔が入るという定番ネタをガン無視していちゃつこうとする桃花達を芙利瑠は強引に止めようとする。
「ん~」
「ん~」
甘い雰囲気を止めて唇をとんがらせ、キスのフリに変えた二人だが、果たしてどこまでが本気でどこまでがネタだったのか。ダイヤ達の性格上、芙利瑠の存在に気付いていて最初から弄っていた可能性もある。
「しょうがない。キスはふりちゃんに譲ってあげるかな」
「どうしてそうなるのですの!?」
「羨ましかったから止めたんでしょ?」
「違いますわ!そんな場合じゃないからに決まってるですわ!」
芙利瑠を揶揄いながら桃花はダイヤから体をそっと離した。ダイヤもこれ以上は止めておこうと、いつも通りののほほんとした笑顔になりながら真面目な話に戻ることにした。
「はい、二人ともこれどうぞ」
まずはポーチから下級ポーションを取り出し、落下ダメージを回復させるために自分が飲んだ上で二人に渡した。
「わーい、ありがとう!」
「良いのでしょうか?」
「もちろんだよ。沢山あるから気にしないで」
「……ではお言葉に甘えて」
これからのことを考えると遠慮している場合では無いと分かっているのだろう。芙利瑠は何かを言いたげだったけれどポーションを受け取った。
「それと……」
あの場には他にも朋をはじめとして多くの生徒がいたが、ここにはダイヤを含めて四人しかいない。桃花に駆け寄った時に他の二人が無事そうな様子だったのを確認済みだったので、ネガティブにならないようにと考え桃花といちゃついていたのだった。多分。
ダイヤはすでに立ち上がっていたもう一人の女生徒にポーションを渡すべく近づいた。
「ひっ!」
「何故かめっちゃ怖がられてるんですけど」
「こ、こないで……」
「めっちゃ泣かれそうなんですけど」
とはいえポーションを渡さない訳にはいかない。接近を拒絶されているが、それでもゆっくりと近づいた。
「いやああああ!犯されるうううう!」
「わぁお」
ゴールデンウィークなのに何故か制服姿の彼女は自分の身体を抱きかかえてダイヤから距離を取ろうとする。
「僕はあいつらの仲間じゃないから安心して」
「いやああああ!孕まされるうううう!」
「
彼女は
「(ということは、彼女は本当に怖い時は無口になるタイプで今はそうじゃない? そういえばバトルロイヤルの時も彼女は怖がりながらそれを楽しんでたような……)」
改めてダイヤは彼女の表情をじっと確認する。
「ああ……見られてる……脳内で脱がされてる……ううん、突っ込まれてる……」
「やっぱり木夜羽さんって嬉しそうに見える」
「脳内でよがらせてるぅ!」
「ダメだこりゃ」
このままではまともな会話は見込めず、面白いけれど残念ながら今はそんな状況では無いためヘルプを求めた。
「桃花さんお願いできる?」
「はーい」
ダイヤは桃花経由でポーションを奈子に渡そうとした。
「ひっ……媚薬入り睡眠薬……眠っている間に……」
しかしそれでも奈子はポーションを疑って使おうとしない。
「(この期に及んで使わないってことは気になる怪我が無いってことなのかも。それなら良いか)」
ダイヤは問題無いと判断したが、桃花はダイヤよりも厳しかった。
「使わないの?」
「…………」
笑顔で問いかけているだけなのに、何故かとても怖い。奈子は桃花周辺の空間が揺れているような錯覚をし、本気でブルっていた。
「…………使います」
そしてあっさりとポーションを使ったのだった。
「(桃花さんは怒らせると怖いタイプだったんだ)」
とはいえ特別気を付けるつもりはない。どんなタイプだろうが異性を不当に怒らせないのは当然だからだ。
「桃花さんありがとう」
「いえいえ、どう致しまして」
いつも通りの笑顔を向けてくれたので、ダイヤはほっとした。
そしてこれからのことを考えなければと頭を切り替えようとする。そんなダイヤに向けて桃花が先に質問して来た。
「貴石君。私が言うのもなんだけど、どうしてそんなに落ち着いていられるの?」
突然の落下で地下に落とされたのに全く慌てる様子を見せない。それどころか、いつものほわほわした雰囲気で桃花達を心配させないように明るく振舞っている。
「それは現状をある程度理解できてるからかな」
「そうなの?」
「うん、今から説明するよ」
ダイヤは落下しながらも様々なことに意識を向けて情報収集をしていたのだ。
「まず一番重要なのは、あのローブの人達がここには居ないってことかな」
「そうなの!?」
「うん、落ちる時に確認したけど、あの人達は落ちないように穴から避けてた」
「あの状況で確認してたんだ……」
芙利瑠と奈子も、そんな馬鹿なと口を半開きの間抜け面になって驚いている。
「そして落ちて来たところの上を見てよ」
「え?塞がってる!?」
「だから後から追ってくることも出来ないんだ」
上から落下して来たのであれば、上は吹き抜けになっているはず。だがそこを見ると、何故か穴は無く、土の天井になっていた。
「ですがこの落下が彼らの仕業だと考えると、別のルートから襲ってくるのではないかしら」
芙利瑠が疑問に思ったように、ダイヤ達が救援に来たことで焦ったローブ達が事前に仕掛けてあった罠を発動した可能性は、タイミング的には大いにありそうだ。
「う~ん、少なくともこの落とし穴はあの人達の罠じゃないと思うよ」
だがダイヤはその可能性は無いと言う。
「どうしてかしら?」
「だってほら、この場所を良く見てよ。こんなに広い空間を彼らが事前に用意できると思う?」
その場所は上の洞窟の倍以上の広さがあり、罠として作られた空間には決して見えない。しかも奥への道が見えることから、ここから見えていない範囲にもこの空間が広がっている。
「で、でも…………ここは元からあって…………あの人達もそのことを知ってて…………落としたとか…………」
「意見言ってくれてありがとう、木夜羽さん」
「ひっ!」
「これもダメなんだ」
少しでも仲良くなれるようにとお礼を伝えたのだが逆効果だった。とはいえ向こうから話に入って来てくれるということは、今のところそうは悪い関係では無いだろう。
「ここは元々こんな空間なんて無かったはずなんだよ」
「え?」
「え?」
「え?」
ダイヤの答えに三人がきょとんとする。
そんな三人の姿を可愛いなと思いながら、ダイヤはその答えの理由を伝える。
「大手考察クランがこの洞窟を徹底的に調査して、壁の向こうにも地下にも何も無いって結論になったんだって」
その大手考察クランとはもちろん『明石っくレールガン』のこと。ダイヤはオリエンテーリングの時に通過したこの洞窟のことが気になっていて、事件が起きる前に俯角からこの洞窟についての情報を仕入れていたのだ。
「いくら地下深くとはいえ、あの人達がこんなに広い空間を見逃すだなんて絶対にありえない」
「でも実際にあるよ?」
「うん、だから出来たばかりなんだと思う」
「え?」
「落ちて来た穴が不自然に塞がってたことを考えれば十分ありえるよ」
まるで何者かの意思が働いているかのようだ。この島そのものが突如出現したという歴史を考えると、内部で突然の変化が起きても不思議ではない。
「ということで、ローブの人達が直ぐに襲ってくることは無いって思ってる」
それがダイヤが慌てていない理由の一つ。
落下の危険の中でもしっかりと周囲を観察したからこそ状況判断が出来た。
そしてその観察により他にも焦らなくて良い理由を見つけていた。
「焦ってない理由の二つ目は、はぐれた皆も含めて多分無事だからかな」
それは落下中の全員の様子を見ていたから分かることだった。
「全員が綺麗に滑り落ちてたから、大怪我をしている人はいなさそうなんだ。それとここに居ない人達は落ちている途中でルート分岐してたから、別の場所に着地していると思う。朋に下級ポーションを持たせてあるし、今のところはあまり心配して無いよ」
とはいえ出来れば本当に無事か連絡を取り合いたいところ。しかしスマDを確認すると通信妨害がまだ生きているのか、はぐれた人どころか外部とも連絡が取れない状況だった。
「そして最後の理由が、ここが単なる洞窟じゃないってこと」
「どういう意味かしら」
「だって不思議に思わない? どうして僕達はこうしてはっきりとお互いを見れてるんだろう」
その理由は単純だ。
洞窟内がほんのりと明るいからだ。
「光の生成源が分からないんだけど、隙間から光が射し込んでいるような感じじゃなくて、何かの道具で照らしているかのように周囲全体が満遍なく明るいんだ」
まるで太陽の下にいるかのように明るさにムラが無い。洞窟の中だからこそそれが異常に感じられる。
「後、洞窟の先の方を良く見ると、自然のものとは思えない不自然な壁があるように見える」
自然に出来た洞窟の壁のような凹凸が激しいものではなく、平らでツルツルしてそうな人工的に作られたのではと思えるような壁が確かに先の方に見える。
「あるはずがない洞窟がいつのまにか生まれていたのと僕達が落とされたことも併せて考えると、この洞窟は単なる空間じゃない。何かの意思で僕達は導かれた。それなら出口もあるって考えるのが自然でしょ」
ローブの敵に襲われる心配が無く、仲間達は恐らく全員無事で、出口があるかもしれない。
だからダイヤは落ち着いていたのだ。
「なるほど。そういうことだったんだね」
「なんという洞察力でしょうか。素晴らしすぎますわ」
「そうやって油断させて……私達を食べちゃうつもりなんだ……」
一人だけ相変わらずな反応ではあるが、三人ともダイヤの話を聞いて明らかに肩の力が抜けていた。今のうちにしっかりと心と体を少しでも休めて欲しいと思うダイヤであった。
「あ、でも一つだけ大きな問題があるよ」
「え?」
桃花の言葉にダイヤが少し身構える。
一体どんな見落としがあったのかと思考を巡らせるが何も見つからない。
それもそのはず、その『問題』を思いつくにはダイヤには情報が足りていないから。
桃花は知っていてダイヤが知らないこと。
それはあの場に誰がいたのか、そしてはぐれたのは具体的に誰だったのか、だ。
「あそこに夏野さんも居たの」
「わぁお」
朋と絶賛ケンカ中の向日葵が、あろうことか朋と一緒の場所に落下してしまったでは無いか。
しかも問題はそれだけではない。
「それに、オリエンテーリングの時に会ったえっちな人達の中の一人も居たの」
「わぁお」
男を誘惑する夜職の女性が朋と向日葵の間に挟まっている。その人物が朋にアプローチし、向日葵が朋を激しく軽蔑する流れがダイヤの脳裏にありありと思い浮かんだ。
「朋……ラブコメがんばれ!」
最早なるようにしかならないだろうと、ダイヤは雑な応援を最後に考えるのを止めた。
「さいってー!」
微かに女性のそんな叫び声が聞こえて来たような気がしなくもないが、きっと幻聴だろう。
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