73. 暗闇の中で待ち受けているものは
「遅いぞダイヤ!」
「朋!」
洞窟に辿り着くと、入り口で親友の朋が待っていた。
「早いね」
「この近くに居たって言ったろ? 湖の周りで走り込みしてたんだよ」
ダイヤから連絡を受けた時点で洞窟にかなり近いところに居たため、ダイヤよりも早く到着することが出来たのだ。他の人はダンジョンに入っていたり学校付近にいたりで到着に時間がかかるため、まだ誰も来ていない。
「準備しておいたぜ」
「わぁお、やるぅ!」
朋が先に洞窟に入らなかったのは、ダイヤが来るのを待っていたから。そしてその間にあるものを集めておいた。
「これだけ大量の精霊さんがいれば安心だね」
「おうよ!」
洞窟近くの森から出来る限りの精霊を呼んできたのだ。
この先何が起きるか分からないため、精霊の力を借りられるのはとても大きい。ナイスプレイである。
「どうする?他に来るの待つのか?」
「ううん、僕達だけで行こう。嫌な予感がするんだ」
戦力は足りていないが、時間が経てば経つほど最悪の結果に近づく予感がした。ゆえにダイヤは朋と二人で突入することに決めた。
「中に入ってからは足音をなるべく立てずに離れずゆっくり歩こう。話をする時は耳元でそっとすること」
「了解」
「それと悪い人がいても無理に倒そうとはせずに、桃花さん達を助けることを優先すること」
「了解」
「後は……桃花さん達がどれだけ危険でも慌てないこと」
「……が、頑張る」
その動揺こそが失敗の原因となり得るのだ。だが実際にその場面に出くわした時に果たして本当に冷静でいられるかどうか。事前に覚悟しておくことで少しでも冷静に行動出来ればというおまじないのようなものだった。
「これも渡しておくね」
「これは?」
「下級ポーション。数本渡しておくから、朋の判断で自由に使って」
「サンキュ。助かるわ」
使わないことに越したことは無いが、渡しておいて損は無いはずだ。
「それと先に入ったって皆に連絡しておこう」
スマDを起動してメッセージを送ろうとする。
「あれ?」
「どうした?」
「ネットが繋がってない」
通信系の機能が軒並み使えなくなっていた。
「おかしいな。桃花さんはここから電話して来たのに」
「確かに俺のも使えなくなってる」
「まさか意図的に通信を遮断されてる?」
「そんなこと出来るのか?」
「うん、そういう機械があるって聞いたことがある」
電波遮断装置。ジャマーとも言われるその装置は本来であれば認可された事業者しか使用できない。だが悪事を働こうとする者がそんなルールを守るとは思えない。そしてここで問題なのはそれが使われているかもしれないということ。
「だとするとやベえじゃん!」
「早く行かないと!」
洞窟の中には電波を遮断していると思わしき人物がいる。そしてそんなことをする目的など外部に助けを求められないようにするくらいしか思いつかない。つまりは桃花達が助けを必要とするような状況に陥っている可能性が高いということだ。
「地面に書いておこう」
先に入る、という言葉を大きく地面に残してダイヤ達は洞窟の中に入って行く。
「…………」
「…………」
ダンジョンを探索している時以上の緊張感で周囲を最大限に警戒しながら進んで行く。
「(奥に噂をばら撒いた犯人がいるかもしれない。もしも桃花さん達がそいつに捕まってたら、僕達の存在に気付いた犯人が人質にする可能性がある。急ぎたいけど、じっくり慎重に進まないと)」
洞窟の長さは直線距離で五十メート程。しかし蛇行しているので実際の距離はもう少し長く、奥の方は見えない。
「(だんだん暗くなってきた。転ばないように気を付けないと)」
入口以外から灯りが入って来ないのか、中はかなり薄暗く、奥に進むにつれてより暗くなって行く。徐々に暗闇に目を慣らさないと歩くことすらままならない。
「(でもおかしいな。どうして奥から音が何もしないんだろう。それに暗くなるにしても、暗すぎる気がする)」
洞窟の高さや幅は十二畳くらいの部屋相当で、普通に話をしていても声が反響して遠くまで聞こえそうなものだ。
電波が遮断されていることもあり、やはり奥で何か異常事態が起きているのだと確信した。
「見えてる?」
「大丈夫だ」
「転ばないようにね」
「じゃあこうするか」
超小声で朋の様子を確認すると、なんと朋はダイヤの手を握って来た。腐ったお姉さま方が見たら大興奮するシーンも、二人はそんなことは気にもせずに集中力を途切れさせずに歩みを続ける。整備された道では無いため足元には大小様々な石が転がっており、躓いてしまったり蹴って音を立ててしまう可能性があるから全く気を抜けないのだ。
「(そろそろだね)」
「(だな)」
アイコンタクトで最奥が近いことを確認し合うと、二人は最後の曲がり角から顔だけをそっと出して先を除いた。
その瞬間。
「きゃああああああああ!」
「(桃花さん!)」
ダイヤ達が声をあげなかったのは覚悟をしていたからだろうか。これまで静かだったにも関わらず突然桃花の悲鳴が聞こえて来たがぐっと堪えられた。例えるならお化け屋敷で脅かされたけれど叫ばず耐えきったという感覚だろうか。
「なんだあれは!?」
朋がダイヤの耳元で器用に囁きながら驚いた。
「魔法陣ってやつか?」
「うん。複合魔法だね」
彼らが目にしたのは、暗闇の中で地面に紅く輝く円形の陣。複雑な幾何学模様が散りばめられているその魔法陣を生み出しているのは両脇にいる全身ローブを着た二人の人物。お互いが向かい合うように立って手を伸ばし、その間に魔法陣が生まれている。
「多分、魔法陣の上にいる人を動けなくする効果があるんだ。ほら、皆が同じポーズで固まってるでしょ」
「そういうのもあんのか。にしても、多いな」
「だね」
魔法陣の影響で多少は先が見えるが、やはり基本的には真っ暗ではっきりとは見えない。魔法陣の上で複数人の生徒が動きを止められていることだけはすぐに分かるが、こちらに背中を見せているということもあり個々の人物が誰なのかまではかなりじっくりと目を凝らさないと分からない。
だがそれでも事前に聞いていた状況とは大きく違っていることだけはすぐに分かった。
「(桃花さんと金持さんだけじゃない)」
明らかに三人以上いる。事件の規模は想定よりも遥かに大きい。
「(精霊さん、お願いします)」
彼女達を助けるために、早速ダイヤは仕込みを始めた。今すぐにでも飛び出して助けたいところだけれど、失敗は許されない。歯を食いしばり、準備が整うのを待つ。
「(そういえばさっきの悲鳴は?)」
肝心の桃花は何処にいるのだろうかと目を凝らす。
「うう……うううう……」
悲鳴はすでに消えていて、呻き声のようなものだけが聞こえてくる。
「(あれだ!)」
桃花は魔法陣の淵の所に立ち、三人目のローブの人物が彼女の頭に手を乗せていた。
「頑張るわねぇ。早く諦めて楽になりなさい」
「(女の人?)」
声からローブの人物が女性であることが判明した。
「貴方達はここに来た時点で、あのお方に身も心も捧げることが確定したの。どうあがいても逃げられない運命よ」
その声は脳を痺れさせるかのような艶めかしさがある。
「貴方も、お友達も、みーんな、自分の意思であのお方に尽くすようになるわ」
自分の意思でとはどういう意味なのか、あのお方とは誰なのか。
「救いは無いの。恨むならお金につられてこんなところまで来てしまった己の不注意さを恨みなさい」
女は桃花の頭に手を乗せたままゆっくりとしゃべり続ける。その様子を見てダイヤは彼女が何をしたいのか理解した。
「(洗脳スキルだ)」
彼女は動けない桃花をスキルで洗脳しようとしていたのだ。
「(洗脳スキルはレベルをかなりあげると知性がある相手にもかけることが出来るようになる。でも人間のように知性が高い場合はかかりにくいから、相手を弱らせる必要がある。あの人は桃花さんの心を攻撃して弱らせて強引に洗脳しようとしてるんだ)」
暗闇の中という状況で不安を煽り、動きを封じて絶体絶命という状況を作る。この舞台ギミックも捕らえた相手の心を弱らせる効果を狙っているのだろう。その上で、これから絶望的な未来が待っているのだと脅すことで更に心に不安を与え、動揺により知性を弱らせ、洗脳をかけやすくする。
「(でも洗脳してどうするつもりなんだろう。短時間しかかからないのに)」
洗脳スキルの効果時間は長くても十分続けば良い方だ。永遠に洗脳出来るのであればここまでのことをする価値があるかもしれないが、たった数分のために洗脳をかけようとする意味が分からない。
「(洗脳が解けたらかけ直す?この人数に毎回?そんな面倒な……いや待てよ。かけなおす必要って無いのかも)」
スキルの効果を知っているがゆえにスキル基準で思わず考えてしまいがちだが、スキルはあくまでも目的を達成させるための手段の一つにすぎない。洗脳スキルは
「(スキルなんて無くても洗脳は存在する。桃花さん達の心を早く折って心を縛り付けるためにこんなことをしているのかも)」
ローブの女が言う身も心も捧げるという言葉が性的なことを意味するのであれば、心を折って洗脳して犯し、精神的に甚大なダメージを負わせ、追加で洗脳スキルを使い、もう逃げられない、全てを捧げて生きるしかない、それこそが貴方の幸せ、などと囁いて洗脳する。洗脳されて自ら不本意な行動をさせられてしまった後に、実は洗脳スキルなんて使ってなかったなどと嘘を伝えて堕ちていると錯覚させれば盤石だ。こうすることで単に彼女達を無理矢理襲うよりも短時間でスキル無しの本当の洗脳が完了し、従順な肉人形の完成となる。
「(でもなんで……いや、今はそれは良いや)」
女の目的がダイヤの想像通りだったとしても釈然としないことがある。だが今はそれを考えるよりも先に彼女達を助けることの方が先決だ。
「諦めて従順になればあのお方はたっぷりと優しく愛してくれるわ。言うことを聞かずに激しいお仕置きをされるのもまた気持ち良いのだけれどね、うふふふ」
ローブの女は桃花達の未来を敢えて漠然と告げることでネガティブな想像を掻き立たせようとしてくる。これもまた心を折るための一手なのだろう。
「諦めなさい。全てを委ねなさい。そうすればあなた達は女として生まれたことを最高に後悔させてもらえるわよ」
諦めろと何度も繰り返す。
心を強く持つなと甘く囁く。
破滅を受け入れろと絶望を脳に染み込ませる。
全ては桃花の、捕らえた人達の心を徹底的に折るため。
しかし彼女は分かっていなかった。
「諦め……ない……!」
桃花はその程度で折れるような人間では無いと言うことを。
「強情ねぇ。自分の人生がもう終わっていることが分からない程にお馬鹿さんなのかしら」
「終わって……ない……終わらせ……ない……」
「いいえ、終わってるのよ。貴方達はこれから自分の意思でぐっちょぐちょにされちゃうの。あのお方以外のことを考えられないようになるの」
「なら……ない!」
何を言われようとも決して桃花の心は折れない。それはダイヤが助けに来てくれると信じているから。
「ここまで粘るだなんて。好きな人でもいるのかしら」
心の支えとなる人物がいるから桃花がここまで粘っているのだとローブの女は考えたようだ。
それならば、その支えを逆に利用して心を折ってやろうとする。
「でもざ~んねん。貴方はこれから他の人に抱かれちゃいま~す。汚れた貴方を果たしてその人はなんて思うかしら」
想いは絶対に届かない。
むしろ嫌われるに違いない。
暗にそう言って、想い人からネガティブな視線を向けられる未来を想像させて絶望を加速させようとする。
だが。
「ふふ」
「…………」
桃花は笑った。
洗脳スキルに抵抗しながら、はっきりと笑った。
その様子に、ローブの女の動きが止まる。
桃花の抵抗に女の余裕が消えつつある。
「たとえ私が汚れても……私が
その瞬間、頭に乗せられていた手がバチっと弾かれた。
強い意思で洗脳スキルを完全に跳ねのけたのだ。
「チッ、小娘が!」
思い通りに行かないことがあまりにも腹立たしかったのだろう。女の雰囲気が一変し苛立ちを隠そうともしない。
こうなったら精神攻撃を止め、物理的に攻撃をして痛みで絶望を与えようとしてくるかもしれない。
しかしそうなる前にどうにかダイヤの準備が間に合った。
「(精霊さんの準備は……出来た!)」
助けに飛び出そうと、ダイヤは朋へと視線を向ける。
「あの馬鹿……」
「え?」
すると朋は桃花ではない別の方向を見ていた。
それが何なのか気になるところだが、時間が無いので確認せずに話しかけた。
「朋、準備は良い?」
「え?あ、ああ」
素早く作戦内容を伝える。
「僕が左側のローブを、朋が右側のローブを殴って止めよう。魔法陣を生成させる複合魔法は片方の体勢を崩せば止められるから、どっちかだけでも成功すればオッケー」
「分かった」
「道は精霊さんが教えてくれるからそれを見て」
「おう」
精霊にお願いしていたのは、地面の様子を明らかにすること。男達に駆け寄る途中で大きな石にぶつかるなどして動きが止まらないように、地面の上に一杯に並んでもらい足元の様子を可視化したのだ。
更には暗闇の中に他に敵がいないかも探して貰っていた。その結果、暗闇の中に他に隠れている敵はいなかった。
「こうなったら無理矢理にでも言うことを聞かせて……」
女ローブが不穏なことを言い出し始め、もう時間が無い。
「行くよ」
ダイヤの合図で二人は飛び出し、精霊の道を通り複合魔法を使っているローブの人物達の元へと全力で走った。
「誰!?」
走る音を隠そうともしていないため、女ローブがダイヤ達に気付いて声を上げる。だが今から対処しようにももう遅い。
「皆を離せ!」
相手は複合魔法を放ち続けているため抵抗が出来ない。女ローブも動いていない。ゆえにダイヤはローブの人物を殴ることだけに注力する。
「うわ!」
だがいざ殴ろうとした直前、足元の見えないナニカにぶつかって倒れてしまいそうになる。
「まだだ!」
ダイヤは倒れながら地面に両手をつき、体を反転させて両足でカカト落としをするかのように攻撃をした。
「ぐっ!」
「があぁっ!」
朋も成功したのだろう。ローブの人物、声からすると男達は体勢を崩され、魔法陣は消え去った。
「桃花さん!」
「貴石君!」
そのままダイヤは桃花の元へと駆け寄り、女ローブから距離を取った。
「お前……」
「すぐに沢山助けが来るよ!」
女ローブが何かを言おうとしたがそれを遮ってダイヤは叫んだ。捕らえられていた人達を少しでも安心させるためと、敵を牽制するためだ。
「(さぁ、どうする!?)」
ここからの対応は相手の出方次第。
ローブで顔が隠れ正体がバレていないから諦めて直ぐに逃げるのか。
せめて一人でも攫ってやろうかと襲ってくるか。
逆上して冷静な判断が出来ずダイヤ達を攻撃してくるか。
「(お願い、逃げて!)」
ダイヤは心の中でそう強く思っていた。悪人を逃がすのは悔しいが、この足場の悪い暗闇の中で捕らえられていた人達を守りながら戦えるような実力をダイヤも朋も持っていない。
いや、そもそもそんな悪条件が無かったとしても敵わない。
ぱら、ぱら。
近くで小石が落ちているかのような音がする中でダイヤは考える。
「(洗脳スキルや複合魔法を使えるとなると明らかにランクは僕らより上。下手したらCランクの可能性もある。まともに戦っても勝ち目は無い)」
ゆえに敵が何もせずに逃走することを期待するしかダイヤには選択肢が無いのだ。
「チッ!通信を遮断する前に連絡してたのね!」
女ローブは自分達が不利であることを悟った。
果たして彼女達の判断は。
ぱらぱら、ぱらぱらぱら。
「(何の音?まさかこの人達が何かしているの?)」
小石が落ちる音が徐々に大きくなってきた。
「(入り口から脱出したら救援部隊にぶつかるかもしれないと思って、上から逃げようとしているなんてことはないよね)」
天井に何かしらのアタックをしているから石が落ちて来ているのではないか。
そうダイヤは考えていたのだが、それは大きな間違いだった。
「退くよ」
女ローブがそう言い、ダイヤ達がほっとしたその直後。
「え?」
「きゃあ!」
「うお、なんだ!?」
突然地面が大きく揺れ、ダイヤ達はその場に倒れてしまう。
あまりの揺れにそのまま立てないでいると、なんと足元が崩落してしまったでは無いか。
「うわああああああ!」
「マジかよおおおお!」
「きゃああああああ!」
「ぴゃああああああ!」
「助けてえええええ!」
「うわあああああん!」
「うっひゃああああ!」
助かるかと思ったのも束の間、ダイヤ達は大穴に吸い込まれるように落下してしまった。
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