72. 急展開は突然にってそりゃあ突然だから急展開って呼ぶんだった

 ロボット先輩の死に戻りを知り憂鬱になってしまった翌日。暗い気持ちを晴らすには何かに熱中するのが一番だ。


 ということでダイヤはダンジョンに入り、廃屋クエストに必要な残りの素材を探していた。


「えい!」


 陶器の花瓶のような魔物、『彷徨える花瓶』を殴って割ると『万能陶器の欠片』をドロップする。殴るのに躊躇すると割れずに手が痛んでしまうが、貫くくらいの気持ちで振り抜くと綺麗に割れて手はそれほど痛くない。


 スカっとしたい気分のダイヤにとってうってつけの相手だった。


「ふぅ、このくらいで良いかな」


 五十匹程度倒し、素材ノルマは達成した。全力でそれだけ殴れば流石に気分も快方へと向かってくる。そもそも悩んだり落ち込んだところでどうにかなる問題では無いのだ。事故で知り合いが酷い目に遭ってしまうことなど今後も何度も起こり得ることで、その度に凹んでいたら探索なんてやってられない。そのことをダイヤは分かっているから、気持ちを切り替えられるようになろうと努力しているのだ。


「朝から頑張ったおかげで、今日中に集まりそうだ」


 いつもよりも早くからダンジョンに入り、無心で集めまくったこともあり一気に素材が集まった。


「結局ゴールデンウィークは素材集めばかりだったなぁ」


 桃花にお嬢様と話をしようと誘われていたのに、その時間をまだ取れていない。


「まだ休みは明後日まであるし、ここからはダンジョンに入らないで皆と遊ぼうっと」


 澱んだ気持ちを晴らすには体を動かすだけでなく、親しい人と楽しい時間を過ごすことも効果がある。


 廃屋クエストについてグラの木材をどうやって入手すれば良いかという問題はまだ残っているが、それは後回しにすることに決めた。


「でも今から誘っても皆予定が入ってるかな」


 現在の時間は午後三時くらい。各々がやりたいことを一番楽しんでいる時間の可能性がある。それを邪魔することになるかもとダイヤは少し悩んだが、気にしすぎも良く無いかと思い直し、メッセージを送ってみることにした。


「誰にしようかな。やっぱり桃花さんかな」


 スマDを起動し、SNSを開き桃花を選択する。


「うわ!」


 メッセージを入力しようと思ったら、桃花から電話がかかってきてびっくりした。連絡しようと思っていた相手から先に連絡が来るという、レアだけど割と良くある現象である。


「電話だなんて珍しい。何の用だろう」


 いつもはSNSを通じてメッセージのやりとりをしていて、電話がかかってくるのは初めてのことだ。不思議に思いながらも通話ボタンを押す。


「はい、ダイヤです」




「助けて!」




 その言葉を聞いた瞬間、ダイヤは通話を維持したままダンジョンの入り口に向かって全力で走り出した。


「どこにいるの!?」

「例の洞窟の前!」

「噂の場所?」

「そう!」


 大人気素材が採取可能なグラの木が存在していると噂されている洞窟。オリエンテーリングでダイヤ達が見つけたその場所から桃花は電話をかけてきた。


「(あれ、洞窟のってことはまだ中に入ってないのか。だとすると助ける相手は桃花さんじゃない?)」


 洞窟の中に入ってピンチに陥ったから電話して来たという訳ではなく、まだ入る前だと言う。もちろん洞窟の外が必ずしも安全だとは言えないが、中の方が危険度が高いと考えるのは自然なことだ。


「誰か中に入っちゃったってこと?」

芙利瑠ふりるちゃんが入っちゃった!」

「(芙利瑠ちゃん……金持かねもちさんのことか!)」


 金持かねもち芙利瑠ふりる

 オリエンテーリングの時に知り合ったお嬢様風の同級生。


 洞窟の中に入ってしまったのは桃花ではなく彼女だった。

 その話を聞いてダイヤは電話の意味を全て察した。


「分かった。急いで行くよ。桃花さんは彼女を助けに行くんだよね」

「うん!」


 友達が危険な場所に入ってしまったから助けに行きたい。でも自分だけだと不安だから誰かに助けてもらいたい。本当はその誰かが来るのを待って一緒に突入したいところだけれど、待っている間に手遅れになるかもと考えると自分一人だけでも助けに突入したい。


 ゆえに桃花はダイヤに助けを求めた上で、これから一人で中に入るつもりなのだ。


「分かってると思うけど気を付けて。僕も皆に声かけて行くから、無茶は……しても良いけど何があっても絶対に諦めないで」

「うん!ありがとう!それじゃあ行ってきます!」


 電話が終わると同時にダイヤはダンジョンの入り口まで辿り着いた。急いで外に出て、そのまま洞窟に向かって最短距離を走り出す。


「(バスに乗るよりも走った方が早い!)」


 そもそもバスの本数が少なく、すぐに発車するバスがある可能性は低い。ダイヤは素早く決断し、頭の中に叩き込まれている付近の地図を元に最短経路を全力で走り続ける。


 そして洞窟に辿り着くまでの間に、他の人にも声をかけなければと考える。もしも洞窟の中に本当に危険があったとしたら、助けは何人もいた方が良いに決まっている。


「(先生は……動いてくれないかな)」


 何もないと言われている洞窟に生徒が入り込んだ、というだけの話だ。

 崩落の危険があるから立ち入り禁止とかならまだしも、入ることそのものを禁止されてない場所に生徒が入っただけなら何も問題は無い。曖昧な噂が流れているからと言って、それだけで学校側が動く理由にはならないだろう。


「(じゃあ皆の力を借りるしか無いか)」


 走りながらスマDを操作し、『精霊使い』クラスのSNSグループを起動する。


『求:ヘルプ。桃花さんが友達を助けに噂の洞窟に突入』


 するとその直後に一気にメッセージが押し寄せて来た。


『すぐ行く』

『ダンジョンのかなり奥にいるから遅れちゃうわーん!』

『同じくにゃん。でも超急ぐ』

『行く前に先輩に聞いてみるわ』

『噂って何だ?』

『洞窟の場所知らなーい』

『つ洞窟『地図URL』』

『行きます!』

『ケッ!しゃーねーなぁ』

『近くにいるから行くぜ!』


 誰もが何かしらの予定があるだろうに、本当に危険があるのかどうか不確定にもかかわらず、全員が迷うことなく桃花を助けるために行動を起こした。


「(皆……)」


 『精霊使い』クラスの結束力は合宿を機に明らかに強まっていた。そのことをダイヤはとても嬉しく感じた。


「(感激している場合じゃない。他にも声をかけないと)」


 とはいえダイヤが相談できる相手というのは多くは無い。素材集めのためにダンジョンに籠り続け、先輩方からのアプローチを断り続けていたため上級生の知り合いが少ないのだ。


「(俯角先輩はもう状況を知っているから、連絡する必要は無い)」


 ポーチを通じて事情を把握していて、『気ぃつけぇや』というメッセージが届いていた。後は勝手に動いてくれるだろう。


 他に相談可能な相手は二名。


「(望君と音にも連絡しておこう)」


 勇者であり親友でもある望は他クラスの話であってもダイヤが協力を求めたら絶対に助けてくれるだろう。


 一方でいんもダイヤのためならば助けてくれるだろうが、こちらに関しては少しだけ懸念点があった。それはダイヤがいん以外の女子を助けようとしているから、ではない。合宿以降いんがダイヤと距離を置きたがっている気配があるのだ。ゴールデンウィークにも関わらず遊びの誘いが一切来なかった。


「(厳しくしすぎちゃって不貞腐れちゃってるんだよね)」


 バトルロイヤルでダイヤは自身を傷つける作戦でいんを撃破し、この程度の傷で凹んでたらダメだと指摘した。それがダイヤが思っていた以上に彼女の心にダメージを与えていたのだった。


「(ただ自分で乗り越えようとしている感じだから僕からは連絡しないようにしてたんだけど……)」


 単に凹んでいるだけではなく、ダイヤの指摘を克服しようと努力している旨を望から聞かされていた。ゆえにダイヤは見守る方針にしていたのだ。


「(でもそんなこと言ってられないよね)」


 頑張ってるから声をかけにくくて、なんて理由で除け者にしたら本気で激怒されるだろう。多少気まずくはあるが、ダイヤはいんにも助けを求めた。


『分かりました。行きます』

『行くわ』


 クラスSNSを確認すると、クラスメイト達は単に洞窟に来るだけではなく、個々のネットワークを使って様々な人に助けを求めてくれている。

 ダイヤはこれだけの騒ぎになれば助けは十分かと思い、スマDを閉じて目的地に向かうことを優先した。


「(桃花さん。それに金持さんもどうか無事で!)」


 どうにも嫌な予感がする。

 それは昨日ロボット先輩の不幸な結末を知ってしまったからだろうか。

 それとも例の噂に明確な悪意を感じ取っているからだろうか。


 心に蘇ってしまったネガティブな感情を追い払うかのように、ダイヤは全力で湖畔を走り洞窟へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る