70. まだまだ素材を集めるよ!
ダンジョン入り口施設にて、ゲート前の端末でEランクダンジョン『業の山』を選択して画面にスマDをかざすと、ピッと音がしてゲートが開く。まだランクが決まっていなかった四月は人力でランクをチェックしていたが、ランクが確定したのでスマDと連携して生徒とダンジョンのランクを自動照合しているのだ。
「よ~し、今日も沢山集めるぞ!」
『万能金属』の採取のためにダイヤは『業の山』へと向かおうとしている。
「ちょっと待ってください」
しかしいざ入ろうと思ったその時、背後から職員による制止の声がかけられた。施設のゲートを管理している男性スタッフの一人で、ダイヤとは特に面識が無い。
「僕ですか?」
「はい、そうです。貴石さんはソロでダンジョンに入るつもりでしょうか?」
「うん」
名前が知られているのは有名人だからなので気にはならなかったが、わざわざソロかどうかを確認することなど今まで無かったのでそっちの方はかなり気になった。
「実は昨日、ダンジョンに入ったソロの新入生が何名か死亡する事故がありまして」
「え?」
もちろん死亡と言っても本当に死んだわけでは無く、入り口に強制送還されているので生きてはいる。
「もしかしてソロは禁止とか?」
「いえいえ、そのような制限はございません」
「良かったぁ。ただの注意喚起なんだね」
二人以上で入らなければならないとなると、それはそれで楽しそうではあるが、なるべく一人で素材を集めたいという縛りをしている身としては困る話だった。ゆえに制限が無くてほっとする。
「ちゃんと気を付けます」
「はい、是非そうしてください。ですが……」
「ですが?」
てっきり新入生がポカをやらかして死んでしまったので、気を緩まず集中して臨みなさい的な話かと思っていたのだが、スタッフの顔が優れないことから何か単純ではない問題が発生していることを予想させた。
「死んでしまった新入生ですが、何故自分達が死んでしまったのかを誰も理解していなかったのです」
「何それ怖い」
「周囲をしっかりと警戒して進んでいたにも関わらず、気付いたら胸に激しい痛みを覚えて死んでいたと」
「何それ怖い!」
完全にトラウマモノだろう。ただでさえ死ぬ経験をした人は心に傷を負いダンジョンに入れなくなる可能性が高いと言われているのに、不意の即死など体験してしまったらそれこそ恐ろしすぎて二度とダンジョンに入れなくなってしまうだろう。
「(お気の毒に)」
同級生が
実はそこそこの人数の同級生が既にこの島を去っていたのだ。
「(ダンジョンが合わなかった人は仕方ないけど、頑張ろうって残った人だったのになぁ。いつか一緒にダンジョンで共闘とかしたり、学校行事で競い合ったり出来たかもしれないのに。本当に残念だ)」
ダンジョンが合わなかった人。
つまり最初のダンジョン講習で魔物に怯え、あるいは
とはいえそれは良く言えば彼らの将来を考えると適切なドロップアウトだ。しかし今回の話は予期せぬ死というあまりにも可哀想な展開によるもの。ゆえにダイヤは切なくなるのであった。
「何に殺されたのかって本当に分かってないのですか?そのダンジョンに出現する魔物を考えると予想出来そうな気がするんですけど」
「それが、そのダンジョンには不意を打つような魔物は存在しないのです」
「本当に怖い話じゃん」
「仮に偶然不意をつかれる形になったとしても、一度に数名の生徒が同じ状況になるとは考えにくく……」
ゆえに正体不明の魔物に襲われて死亡した、という話になっていて、同じくソロで入ろうとしている生徒に警告していたのだ。
「そろそろ全体に注意喚起の通知が来ると思いますが、その前に伝えておこうかと思いまして」
「分かりました。ありがとうございます。ちなみにそのダンジョンは?」
「封鎖して調査中です」
そのダンジョンの名前を聞いたら、ダイヤが入る予定のところでは無かったので少しだけ安心した。
「今日は人が多いダンジョンに入るから多分大丈夫だと思いますけど、気を付けますね」
「はい、十分に気を付けてください」
「教えてくれてありがとうございました」
原因が分かるまでソロではダンジョンに入らないのが安全ではあるが、ダンジョンで予期せぬことが起きるなど日常茶飯事であるため、それを恐れて入らないのはナンセンス。何しろダイヤは最難関ダンジョンの攻略を目標としているのだ。そのくらいの危険で退くことなど出来ない。
「よし、それじゃあ今度こそ行くよ!」
怖い話を聞かされてしまったダイヤだが、恐怖することなく今度こそダンジョンへと入った。
ーーーーーーーー
「うわぁ、本当にゴミの山だ!」
見渡す限りに山、山、山。
自動車や洗濯機などの見覚えのあるものから、形から何なのかが全く想像つかないものまで、様々な金属製のゴミがそこら中に打ち捨てられている。
「結構人がいるんだね」
そしてその山々に生徒達が群がり、素材を採取している様子が伺える。
ダイヤは少し歩くと、近くに座っていた女子生徒に声をかけた。スマDの色からすると二年生で、地面に座り玩具のロボットらしきものを笑顔で弄っている。
「こんにちは」
「ちわーって貴石クンじゃん」
「はじめまして、話題の貴石ダイヤです」
「っはー!自分で言っちゃう?」
手を額に当てて大げさにリアクションを取るあたり関西系のノリなのだが、イントネーションは普通に標準語だ。
「んでアタシに何か用?ナンパ?ハーレムは興味無いよ?」
「それは残念」
初対面でいきなりハーレムを拒絶されるところから会話が始まってしまい、ダイヤがどう思われているのかお察しである。
「本当に残念ならそういう顔をしちゃダメ。アタシがハーレムに相応しいか値踏みするのは止めなさい」
「そ、そんなことしてないよ!?」
「女ってのはそういうの分かるんだから」
「こわぁ」
値踏み程では無いが確かに考えてはいた。
だがそれも思考の片隅に僅かに存在する程度で表に決して出ていなかった。それなのに察してしまうところ、この女生徒が鋭すぎるのか、女性は全般的にそこまで鋭いのか、あるいはカマをかけられていたのか。
どちらにしろ異性のことを考える時はこれまで以上に注意せねばと決意するダイヤであった。
「んで、ホントに何の用?」
「ソレ弄ってる先輩が楽しそうだったから気になって声かけただけです」
「くくっ、これね。アタシこういうロボットとか好きでさ。ここで集めてんの」
「え、でもここのって持ち帰れませんよね?」
ダンジョン内の物は決まった素材以外持ち帰れないのが基本的なルールだ。彼女が手にしているのが採集アイテムやドロップアイテムではなく単にゴミ山から拾った物の場合、持ち帰ろうとしても扉を通過する際に消えてしまう。
「そそ、だから『素材化』かけてんの」
ダンジョンの中には『素材化スキル』を使うことで素材に変化して持ち帰れる物が一部ある。高性能の武器の中には、それで持ち帰った素材を使わなければ作れないものもある。
「採取系の職の方でしたか」
「いんや、ベースはクラフト系さ」
「え!?じゃあ
漢字だけならどんなものでも創れる強職業のように感じるが、響きの通りバランス型職業だ。
クラフトや製薬などの物作りをする職業は採取系のスキルを覚えられず、逆に採取系の職業は物作りのスキルを覚えることが出来ない。ゆえに物作り系の職業は採取系の職業の生徒に採取を依頼するというのが普通なのだが、万能工匠だけは例外的にどちらのスキルも覚えられるため、自分で素材を採取して自分で作るという芸当が可能だ。
それだけならば非常に便利なのだが、上位の装備やアイテムを作れないという制限がある。物作り系の職業に就きたい人はより良いものを作りたいと技術を突き詰める傾向にあるため、万能工匠を選ばない。
「アタシは最強装備とか目もくらむような装飾品とか、そんなの興味ないからさ。こういうありふれたものを作るのが性に合ってるんだ」
「へぇ、良いですね!」
彼女の言葉に心からの笑顔で答えるダイヤだが、何故か彼女は渋い顔をしていた。
「マジで言ってる?」
「はい!やりたいことに夢中になるって素敵なことですから!」
「…………」
ダイヤの言葉を脳内でしばらくの間吟味していた彼女は、しばらくすると小さくふぅと息を吐いて苦笑する。
「そうやって素の反応で堕としてるわけか。
「え?」
「いや、なんでもない」
クラフトをするならば少しでも良いものを作るべく努力すべきだ。
彼女は周囲から散々そう言われ続け、万能工匠から転職しろと圧力をかけられてきた。自分のやりたいことや考えを認めてはもらえてこなかった。
だがダイヤはあっさりと彼女の想いを認め、しかも素敵なことだとすら言い切ったでは無いか。
これが彼女にアピールするためのでまかせならまだしも、本気でそう思っている様子だから好感度を上げざるを得ない。出会って数分で一気に攻めかかって来たダイヤに彼女は内心戦慄するのであった。
ゆえにこれ以上話していると危険だと判断し、話を打ち切ることにした。
「んなことより、いつまでもアタシに構ってて良いの?」
「そうですね。そろそろ行きます。万能金属が欲しいんですけど、オススメの採取場所ってありますか?」
「万能金属か。それならここから斜め右の三番目のゴミ山で良く取れるね。ただ魔物もそこそこの頻度で出現するから気をつけな」
「わぁ、詳しい情報ありがとうございます」
「なぁに、良いってことさ」
なんとなく話しかけただけなのだが、思わぬ収穫があり大喜び。採取ポイントの情報は調べてあるが、万能金属はゴミ山のどこでも取れるという情報しか無かったため、採取量が分かったのは大助かりだ。
「それじゃあ僕は行きますけど。お名前を聞いても?」
「断る」
「え?」
「アンタに認知されたら堕とされかねんからな」
「あはは」
「否定しろよ!」
声をかけた時はそこまで考えていなかったが、いざ話をしてみると話しやすい相手だったので気になる女性リストに入れようかと思ったのだが拒否されてしまった。
「ったく、アタシはもう行く。なんかソロだと妙なことになるらしいから気をつけろよ」
「ありがとうございます。先輩もお気をつけて」
「ああ」
素材化が成功したのか、彼女はロボットの玩具を手にダイヤから離れて行った。
ダイヤもまた教えて貰ったゴミ山へと移動する。
「近くで見るとかなり高いなぁ」
思わず見上げてしまう程の高さのあるゴミ山だ。これが生ゴミとかでなくて本当に良かったと安堵する。
「それじゃあ早速……っとその前に」
採取を始めようと思ったら、目の前に一匹の魔物が出現した。
ダイヤの腰くらいの高さの車で、フロントガラスに顔が書かれている。
「硬そうだから素手だと厳しいけど、ここなら問題ないね」
車を殴って壊すなど、某格闘ゲームのボーナスゲームのようなことは普通は出来ない。だが武器があれば話は別だ。
ダイヤはゴミ山からバールのようなものを拾って構えた。
「さぁおいで!」
フェイスカーと呼ばれる車の魔物は四つの車輪を回してダイヤに向かって突撃してくる。徐行程度のスピードだが、まともに当たってしまえば大怪我は免れない。
「かもんかもーん」
ダイヤは体を横向きにして側面をフェイスカーに向ける。そしてバールのようなものの下部を両手で持ち、首を曲げて顔をフェイスカーに向けた。
「よっと」
そしてフェイスカーの進路を確認し、当たらないようにバックステップ、フェイスカー視点ではサイドステップをする。
その直後にバールのようなものを振り抜いた。
「かっきーん!ってね」
野球のバッターのような体勢でフェイスカーのフロントガラスを思いっきり振り抜いたのだ。その威力はかなりのもので、フロントガラスが完全に粉砕されてフェイスカーは動きを止めた。
「やっぱり武器があると違うね」
相手が固い魔物であれば攻める方も固い武器が必要だ。その点、このゴミ山には武器の代わりとなるものが沢山ある。
「でもそろそろ僕も他の戦い方考えないとなぁ。このまま格闘だけじゃいつまで経ってもレッサーデーモンには勝てないし」
ダイヤの脳裏にレッサーデーモンにボコボコにされた時のことが浮かび上がる。
あの鋭い爪に対処するには格闘だけではキツすぎる。この先も近づけない魔物と戦う機会は何度も出てくる。その時のことを考えると戦闘手段は沢山用意しておきたい。
「精霊さんの力を借りるのが一番だけど、それだと僕自身が狙われたらアウトだし。やっぱり僕も戦えないとね」
それに守られるばかりというのは
ダイヤはゴミ山の中から『万能金属』を探しながら考える。
「僕に合う武器って何かな。剣?槍?斧?弓?杖?それともフライパンみたいなネタ武器?」
様々な武器を思い描くが、どれもピンとこない。
どれも練習すれば使いこなせそうな気がするが、メイン武器にするとなるとしっくりこないのだ。
「スピはどう思う?」
だがその問いかけに答えは無い。
「う~ん、スピどうしちゃったんだろう。あれ以来、回復させようにも何故か弾かれちゃうし」
魔物を倒して経験値をスピに捧げて回復を試みようとしても、体に吸い込まれた経験値の元である緑の靄が外に出て来てしまうのだ。効果が無いというよりも、スピが意図的に弾いているような感覚があった。
先ほどのフェイスカーの経験値も同じ結果になってしまったので、仕方なく魔石へと変換させた。
「せめて会話が出来れば……スピ!?」
体の中から何かが出てくる感覚があり、スピが姿を見せてくれるのかと期待した。しかし残念ながら体から出て来たのはスピの身体を構成していると思われる靄だけだった。
その靄は矢印のような形になり、ゴミ山の中の一点を指した。
「これは……僕に相応しい装備ってことだね!ありがとうスピ!」
これまで無反応だったスピが、妙な形でダイヤにアドバイスをしたのであった。
なお、これを機にスピとコミュニケーションが取れるかと思ったのだが、何度話しかけても答えてくれず、彼女はダイヤの身体の中で静かに眠るのであった。
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