69. 超人気素材をどうやって手に入れようかな

「まだ採取してないやつで修復に沢山必要なのは『蓄電肝』と『万能金属』と『オ草』だね。それ以外は各部屋ごとに必要なこまごまとした素材で必要量も少ないしすぐに集まりそう」


 ダンジョンから廃屋へと帰り、陽が暮れた頃合いのこと。

 ダイヤは廃屋の寝室で胡坐を組んで座りながら、廃屋クエストで求められている素材について考えを巡らせる。


「『蓄電肝』が手に入れば電気が使えるようになりそうだから楽しみだね。手に入れるには電気ナマズか電気ウナギを倒さなきゃなんだけど、Eランクダンジョン縛りだと……電気ナマズだけか」


 電気ウナギはDランクの魔物だ。巨大で強いがナマズより遥かに美味しく、蓄電肝よりも身がドロップする方が喜ばれる。一方で電気ナマズも身を落とすが味はウナギよりもぐっと落ちるため、蓄電肝が欲しい場合はこちらを狩るのが一般的だ。


 電気を蓄えられるという性質上、様々な用途に利用できるということで蓄電肝はかなり人気の素材である。


「『万能金属』は蛇口とか金属が必要なところで使うのかな。色々なところで採れるけど、まとまった量を採るなら『業の山』一択だね」


 『業の山』とは廃棄された金属製品が山のように積まれているダンジョンだ。人間がゴミを大量に捨てることを『業』と表現している。金属系の素材が沢山採取できて人気のダンジョンであり、『業』を断ち切るためにリサイクルをしているのだ、などと表現している人もいる。


「『オ草』は畳を直してくれるのかな。でも何で『イ草』じゃないんだろう?」


 和風建築なので基本的に床は畳だ。それが直れば各部屋を自由に歩き回れるようになる。修復のためには必須の素材と言えよう。こちらもEランクダンジョンの様々なところで採取可能だ。


 その他のこまごました素材も採取場所を把握しており、特別厄介なものはほとんど・・・・無い。時間はまだまだかかるがゴールデンウィーク中に収集はほとんど・・・・終わりそうである。もちろん改築、増築などやれることは山ほどあるエンドコンテンツであるが、人が住める状態になるというのは大事な一区切りだ。


「これ終わったら皆を呼んでびっくりさせようっと」


 流石にまだハーレムを作って爛れた生活が出来るほどに立派な家にはならないだろうが、ボロボロの廃屋が普通の状態に戻っただけでもかなり驚かれるだろう。そこまでは一人でやりたかったのだ。


「そしてそこからは皆と一緒に相談して改築していこう」 


 自分だけが住む家ではない(予定な)のだ。メンバーの意見を聞きながらクエストを進めたい。それにそもそも協力してワイワイ意見を言い合い、完成した時に一緒に喜ぶ方が楽しそうだ。


「問題はアレだよね」


 楽しい未来を実現するには、一つだけ大きな問題がある。

 ダイヤは立ち上がり、館の中心部である居間へと向かい、その問題を改めて確認した。


「どうしようコレ」


 家のど真ん中をぶち抜いている大木。

 それを排除しなければならないのだ。


「キッチンとかじゃないのに修復に『万能金属』や『蓄電肝』が求められてるし、多分、精霊さんがどうにかしてくれるとは思うけど……」


 斧やチェンソーなどを使って大木を処理するために金属が必要なのだろう。

 必要素材を見る感じ、大木を処理してくれそうには思える。


 それにも関わらずダイヤが何を問題と思っているのか。


「『グラの木材』はDランクダンジョンでしか入手できないんだよね」


 居間の修復にだけ必要と言われているのが『グラの木材』。

 大木を排除せず柱として補強するためなのか、あるいは大木の代わりとするためなのかは分からないが、その素材だけは特別貴重な物だった。


 それをどうやって入手すれば良いかと頭を悩ませているのだ。


「居間だけ未修復なんてダサいし、皆に見せるならここも直さないと」


 だがそのためには『グラの木材』が必須だ。


 俯角に依頼すれば入手してくれるかもしれないが、ここの素材集めはなるべく自分の力でやりたかったので、その選択肢は無い。なお、廃屋クエストのことも俯角には伝えてあり、過度な手伝い厳禁とお願いしてある。可能なのは採取道具の貸し出しや採取場所の情報提供くらいだ。


「せめて買えれば良いんだけど……」


 Dランクダンジョンに入れないのであれば、入れる人から購入すれば良い。

 だが『グラの木材』は超人気素材。


 火に強く、程よく硬く、柔軟性もあり、湿気に強く、虫にも喰われない。

 細工品から家作りまで、多種多様な使い道があり需要が絶えない。一方で供給量が圧倒的に足りず、店売りしていることなど殆ど無く、仮にしていたとしても一瞬で売れる上にとんでもない価格になっているだろう。

 それだけ人気だと金稼ぎの為に採取しに行きたいと思ってしまう人は多い。ゆえに採取場所はトラブルが起きないように厳格に管理されていて、学校に黙って勝手に採取しようものなら重大なペナルティを課されてしまう。


 Dランク素材の中でも屈指の人気素材が『グラの木材』なのだ。


「あれ、誰だろう?」


 どうしようかと悩んでいたらスマDが震えた。ポーチを通じて独り言を聞いていた俯角かなと思ったけれど、予想は外れた。


「桃花さんだ」


 オリエンテーション合宿以降、彼女からダイヤに話しかけてきたりメッセージを送ってくる機会が激増した。話の内容は相談事から世間話まで様々。とはいえ気になる男子にちょっかいをかけている感も無く、純粋に気が合う相手と話がしたいという感じだ。


 今日もスマD搭載のSNSで連絡をしてきた。


『オリエンテーリングの時に洞窟の傍を通ったの覚えてる?』

「洞窟?お嬢様と会ったところだよね」


 洞窟を怖がっていて仲間と一緒に中に入れなかったエセっぽいお嬢様に絡まれた場所だ。

 その中には入っても意味が無いと警告がなされていたため、ダイヤ達は入らなかった。


『覚えてるよ』

『寮の先輩から教えて貰った噂なんだけど、その洞窟の中にグラの木が生えているらしいよ』

「え?」


 『グラの木』とはもちろん『グラの木材』を入手できる木のことだ。 

 桃花も盗聴しているのではないかと思えるタイミングだったが流石に偶然だろう。


『それはあり得ないよ。あそこには何もないって先生が言ってたもん』


 だがもちろんそんな美味しい話があるわけがない。

 オリエンテーリングの後、おばあちゃん先生に聞いてあの洞窟には何も無いことを確認済だ。少し長いがただの洞窟で、奥へ進んでも行き止まりになっている。


『だよねー』

『誰かが意図的に噂を流して悪いこと考えている可能性もあるから行っちゃダメだよ』

『分かってまーす』


 軽い返事だが、桃花はこの手の危険に関してしっかりと考えられるタイプだから大丈夫だろうとダイヤは特には心配していなかった。


「そもそもそんな噂にひっかかるようじゃダンジョン探索なんて向いてないよ」


 怪しいことがあれば徹底的に注意するという心構えが絶対に必要なのだ。

 どう考えても怪しすぎる噂にほいほいついていき、危険に陥るだなんてあってはならない。

 目に見えているトラップを自ら踏みに行くようなものだ。


『貴石君は明日も素材集め?』


 噂の話はきっかけにすぎないのか、もう次の話題へと遷移した。


『うん。桃花さんは?』

『私もダンジョンかな。外にいると先輩達がしつこくって』

『クランのお誘いか。早く決めれば多少は楽になるんじゃない?』

『分かってるんだけどね~』

『まだ決められないの?』

『決まってるけどまだ入れないっていうか』

『どういうこと?』


 可愛いスタンプで『ひみつ』という答えが返ってきてしまった。クランの話題になると毎回この流れになってしまう。


「なんか僕に隠しているような気がするんだよね」


 だからといって敢えて聞き出すような無粋な真似はしない。彼女が何かを企んでいるのであれば、それに乗った方が楽しそうだからだ。


『じゃあ決まるまではダンジョンに逃げるしかないね』

『そうなんだけど、ダンジョンまで追ってくるんだよ』

『戦い方を教えてあげるとか、良い狩場があるんだけど、とかってやつ?』

『そうそう!ナンパみたいでキモイ!』

『モテモテじゃん』

『普通にモテたい!』

「贅沢だなぁ」


 なんて呟きながらもダイヤは同情した。自分だって能力目当てだけで声をかけられたら良い気はしないからだ。能力を褒められたいクラスメイトの場合は大喜びしてしまうかもしれないが。


「でも桃花さんの場合、普通に可愛いからそういう意味で声かけてくる男子もいるのかも」


 男子にとっては『精霊使いの力を借りたい』というのは、気になる女子に声をかける絶好の理由となり得る。


『悪い男にひっかからないように気を付けなよ』


 桃花ならば大丈夫だとは思うが、つい心配して言ってしまった。


『平気平気。男子って単純だし、そういうのバレバレだから』

「…………なんか胸が痛い」


 お前の邪な考えは全てバレてるんだよと注意されているかの気分だった。だがそんな気分など次の言葉で軽く吹っ飛んだ。


『それより女子の方が怖い。ホント怖い……』

『何があったのさ!?』

『聞かない方が良いよ』

『何があったのさ!?!?!?!?』

「超怖いんだけど!」


 いつも元気はつらつ笑顔な桃花が怖がっているメッセージを送ってくるなどただ事ではない。女子の世界の恐ろしさが垣間見え、背筋がぞくっとしてしまう。


『冗談はさておき』

「本当に冗談なのかな……」


 気にはなるけれど怖くて聞けなかった。


『私は友達と一緒にダンジョンに潜ってるから少しは平気だよ』

『そうなんだ。友達って夏野さんとか?』

『ううん、他のクラスの人』

「他のクラスに友達が出来たんだね。合宿で知り合ったのかな」


 もしそれがバトルロイヤルで戦った相手と気が合って仲良くなったなんて話だったら超王道の青春だ。ダイヤや桃花のようなエンジョイ勢として最高の体験だろう。


『貴石君も知ってる人だよ』

『え?』


 その友達について深くは聞くつもりは無かったのだが、どうやら桃花は聞いて欲しそうだ。


『僕も知ってるってことはオリエンテーリングで会った人かな?』

『うん』

「あの中で桃花さんが友達になりそうな人って……」


 風変わりな同級生の顔が思い浮かび、一つずつバツをつけて消して行く。


「最後に会ったえっちな人達は論外として、スネちゃまのお仲間さんも見る分には楽しそうだけど面倒そうだから友達にはならないかな。となると残りは……」


 女性で絞ると候補は三名。

 いずれも可能性はあるのだが、その中で特に桃花が仲良くなりそうな人は誰かを考える。


『もしかしてお嬢様?』


 洞窟の前で会ったお嬢様。

 彼女のことを桃花は殊更気に入っていた様子だった。連絡を取り友達になっていてもおかしくない。


 桃花はダイヤの回答に正解のスタンプで返事をした。


「いいなぁ。あの子、変わってるけどめっちゃ良い子だったし、僕もいつかまたお話ししたいや」


 そのためにはハーレム狙いだと気付かれないように接する必要がある。

 気付かれたら逃げられるとかではなく、あまりにもチョロいため勘違いで速攻惚れられる可能性があるからだ。まだハーレムメンバーとしての相性が良いかが分からないため、そこは慎重を期さなければならない。


『貴石君のことも気になってたみたいだから、今度一緒にお話ししようよ』


 なんと桃花が彼女とのコミュニケーションの場をセッティングしてくれるらしい。


「気になってたっていうのがどういう意味か分からないけど、素材集めのペースが良い感じだし、区切りの良いところでお願いしようか」


 せっかくのゴールデンウィーク。

 ダンジョンに沢山入るチャンスではあるものの、そればかりにかまけて同級生との交流の時間を失くすのは勿体ない。ダンジョンと青春を両立させたいダイヤにとって、そのお誘いは渡りに船だった。


『じゃあ近いうちに』

『はーい。決まったら連絡してね』

『うん。僕はそろそろ夜の運動に出てくるよ』

『卑猥なやつだ!』

『ぐへへ、桃花さんも参加する?』

『いやーん、食べられちゃう』


 陽が完全に暮れているので辺りは真っ暗だ。電気が通ってない廃屋ももちろん暗闇の中。

 桃花との会話を最後におふざけで楽しんだダイヤは、闇の中に足を踏み出し走りトレーニングを出す開始するのであった。

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