第二章メインクエスト『悪意との邂逅』
68. ゴールデンウイークは素材集めに決まり!
「へいへいへーい」
深い森の中、奇妙な掛け声と共に一定のリズムで何かを強く叩く音がする。
その音は次第に鈍くなり、やがてメキメキという音と共に何かが激しく倒れる音がした。
「よし、レックスベールの木材完了!」
体の大きさに不釣り合いな斧を持ったダイヤがダンジョン内素材を集めている音だった。
「これで廃屋の完全修復にまた一歩近づいたね。この調子でゴールデンウイーク中に集め終わらせるよ!」
オリエンテーション合宿を終えてゴールデンウィークに入り、ダイヤは再びダンジョンに入り素材収集に精を出していた。
「このポーチ貰えて本当に良かったよ。いくらでも入るのって便利便利、超便利」
大量の素材を集めなければならないのに、レンタルテント用の小さなアイテム袋ではすぐに満杯になってしまい廃屋とダンジョンを何度も往復しなければならない。しかもレンタルテントは最長でも一か月までしか借りられないため、そろそろ返却しなければならないのだ。
大量に格納できるポーチの入手はまさに渡りに船といった感じだった。
「次はどれを集めようかな」
茶封粘土とレックスベールの木材は集め終わったが、他にもまだまだ集めなければならない素材は沢山ある。
「川清水と良質スライムゼリーは同じダンジョンで獲れたはず。お風呂が直せるから優先的に集めたいよね。待てよ、川辺系のダンジョンなら佳軽石も一緒に取れる場所があるかも」
脳内ダンジョン辞典をパラパラとめくり、複数の素材をまとめて確保可能なダンジョンが無いかを探す。
「『人里離れた渓流』なら揃うね。ここと同じEランクダンジョンだから問題なく入れるだろうし。いずれDランクダンジョンの素材が必要になりそうだから、そのころにはランクアップできるように頑張らないとなぁ」
合宿を終え、ダイヤはEランクに認定された。
『どうして貴石君がDランクじゃないの!?』
などと桃花などが憤慨していたが、本人は当然だと思っている。
仮に今レッサーデーモンとタイマンで戦うとして、勝てる未来が思い浮かばないからだ。Dランクで死なずに戦うには、もっとスキルを覚えたり鍛えなければならない。ゆえに妥当な判定だと考えていた。
ちなみに
「それじゃあ早速……じゃなくて大量のバケツ借りて来なきゃ」
液体をアイテムポーチに入れると中に入っているものが濡れてしまうのだ。時間停止や自動整理などという機能はついていない。ゆえに川清水を入手するにはその入れ物が必要だ。廃屋ダンジョンの看板にはバケツ換算の必要量が掲示されているため、それならばとバケツを持ち込むことを考えた。
そう思って今いるダンジョンから外に出ようとしたら、腕のスマDがブルっと震えた。
「あれ、誰だろう?」
知り合い以外の通知は切っているため、震えたということは知り合いから連絡が来たということだ。合宿以降ダイヤの元には大量の連絡が来ていて、選別しないと自分の時間が取れなくなってしまう程。大半の連絡内容は『話がしたい』『クランに入らないか』『協力して欲しい』系のものであり、面倒なのでほぼ無視することに決めたのだ。俯角からもそうした方が良いとアドバイスされたというのもある。
「俯角先輩だ」
その俯角こそがメッセージを送って来た相手だった。
「何々……大量の水を運ぶならええもんありまっせ。『人里離れた渓流』の渓流付近とそれ以外での精霊の分布情報でどやどや、か。あはは、そのくらいなら良いよ」
ポーチにつけられた盗聴器でダイヤの次の目的地を知った俯角が、便利な採取道具貸し出しと引き換えに情報収集を依頼して来た。ダイヤの行動を大きく阻害させることのない絶妙な依頼内容に思わず苦笑いしてしまった。
「そんなに気を遣わなくても、普通にお願いしてくれれば手伝うのに」
スキルポーションと引き換えだったとはいえ、とてつもなく便利で重宝するポーチを貰ったことにダイヤは心から感謝していた。しかもその後も裏があるとはいえダイヤをサポートしてくれている。ゆえに自分の目的を後回しにして俯角の頼みを聞くことくらい問題無い。
なんてことを考えていたらまたメッセージが来た。
「あんさんに好き勝手やってもらうことが大事なんや。ってどういうこと?」
ダイヤを自由にやらせた方が多くの発見をしてくれるだろうと俯角が考えていることをダイヤは知らないため、メッセージの意味が分からない。とはいえ聞き返しても答えてくれ無さそうな気がしたので、気にしないことにした。
「じゃあご厚意に甘えるとしますか」
ダイヤはダンジョンを出て、外で待ち受けていた『明石っくレールガン』のクラン員から道具を借り、『人里離れた渓流』へと向かった。
そこは名前通りに深い山の中だったのだが、人里離れただなんて言っている癖に落ち葉の小道が整備された森林浴にうってつけのダンジョンだった。
「精霊さんはそんなに居ないね」
真面目に精霊分布をマッピングしながら、渓流の方へとゆっくりと進む。魔物を見つけても必要な素材を落とさない相手であれば戦闘することなく迂回する。
やがてチョロチョロと水が流れる音が聞こえ、視界が開けると同時に穏やかで清らかな清流が目に飛び込んできた。
「うわぁ、綺麗」
自然の中の渓流に趣的なものを感じたような気がしたダイヤは、しばらく近くをゆっくりと歩きながら景色を堪能した。
「そろそろ採取開始かな」
ダイヤは水辺に近づき、俯角から借りたボトルを取り出した。それもアイテム袋の一種であり、大量の水を中に入れることが出来るのだ。しかも目盛りがついていて十リットル、二十リットル、というように入れた量を確認できるようになっている。水しか入れられず、ダンジョン内では取り出せず、更には中に入れた物が腐りやすくなるなどの多くの制限と引き換えに大容量を実現しているニッチな道具だ。
そのボトルを渓流の中に突っ込み、溜まるのをひたすら待つ。
川清水はトイレ、風呂、キッチン、洗面所で必要であり、かなりの量を求められる。ダイヤはボトルを石でしっかりと固定し、溜まるまでの間に佳軽石を採取する。佳軽石は渓流の近くに落ちているやや灰色がかった白い石。体を屈めて軽快なテンポで拾いポーチに格納して行く。
「ほっ、ほっ、ほっ、あ、この石の形、星みたい」
なんでも楽しみながら出来るのはダイヤの良いところだろう。傍から見ていると幼い少年が石を集めているほのぼのとした場面にしか見えない。
「(廃屋が一通り直ったら、今度は改築のために誰かと一緒に素材集めに来たいな。でも二人っきりだとえっちなこと始めちゃうかも。水遊びしようよ。でも濡れちゃうよ。誰も見て無いから全部脱いじゃえ、なんてさ。ぐへへ)」
純朴そうに見えて頻繁に脳内がピンク色になっているのが大きな罠なのであった。
「おっと、ようやくおでましだね」
石を集めていたら近くの茂みからガサっという音が聞こえた。そちらに視線をやると全身がスライムで構成されている鹿がいた。
スライムディア。
角があるのでオスだ。
「さぁおいで!」
大小様々な石がゴロゴロしていて、しかもその多くが濡れていて滑りやすい不安定な足場。
足を挫きやすくとても戦いにくいため、綺麗な景色にも関わらず不人気なダンジョンでありダイヤ以外に人がいない。
一方でスライムが足を挫くなんてことは無く、ゆっくりとしたスピードだが角で攻撃しようとダイヤに向かって来た。
「これならバトルロイヤルの時の皆の方が早かったよ」
Eランクダンジョンのため、足場の悪さを考えて魔物の能力が控えめになっているのだろう。ダイヤはスライムディアの突進を問題なく横に避け、そのまま流れで角の根元に手刀をして斬り落とした。
「スライムだから簡単に斬れちゃうね」
そしてそのままスライムディアの身体の横に回り、一気に体を抉りとってやろうと手を伸ばす。
「おっとと」
しかし体から突然角が生えてきて、ダイヤは伸ばした手を引っ込めてそれを躱す。
「う~ん、なんという初見殺し。知ってなければ危なかったかも」
普通の鹿では無く体がスライムということもあり、体の形をある程度変えられるのだろう。頭上では無く体から角を突然生やして攻撃してくるというのは、知らない人にとってはあまりにも予想外で致命傷を負いかねない。
「でも知っていればよわよわだね」
再び生えて来た角をまた手刀で斬り落とし、体からまた生えてくるかと注意しながらスライムディアの身体を殴り、抉る。
その結果、大した時間もかからず無傷でスライムディアを撃破した。
「良質スライムゼリーこおおおおい!」
ダイヤの願いがドロップアイテム操作に繋がったのか、いつも通り経験値は得られずに大量の良質スライムゼリーが出現した。しかも元々スライムディアは大量に素材を落とすので、ドロップアイテム操作のおかげで地面がとんでもないことになっている。
「一匹で千個も落とすんだから美味しいよね」
良質スライムゼリーは廃屋の修復の為になんと
トイレ、フロ、キッチン、洗面所など、いわゆる下水に関わるところ全てで求められている。
ゆえに一度倒せばドロップ操作込みで千個も落としてくれるスライムディアはお得意様だった。
問題はその大量のドロップをどうやって拾うかだ。
ドロップアイテムを放置していたらやがて消えてしまうため、普通に拾っていたら千個どころか百個すら拾えない可能性が高い。
「良質スライムゼリー、コレクトイン」
なんと地面に落ちた素材が浮かび上がり、自動的にダイヤのポーチに収納されて行くでは無いか。
「わぁお、凄い便利。俯角先輩様々だよ」
実はこれも先ほどのボトルと一緒に俯角から借りた採取道具の効果だった。
小さなリングの形をしており、ポーチの入り口の上にそれを置き、欲しいドロップアイテム名と『コレクトイン』というキーワードを口にすることで、自分が魔物を倒して出現させたドロップアイテムを自動収集してくれる機能があるのだ。
そのリングの大きさに収まる物でなければダメなどの条件があるが、これまた採取にはとても便利な道具だった。
「よぉ~し、この調子でどんどん集めるよ!」
スライムディアが出現する場所は事前調査で頭に叩き込んである。川清水の採取を一旦止め、別の出現ポイントへと移動し、同じように川清水、佳軽石、良質スライムゼリーを収集する。全部の採取ポイントを回り終える頃には最初のポイントにスライムディアが復活しているため、これを続ければ延々と採取していられる。
二十万個の良質スライムゼリーの採取は本来であれば膨大な時間がかかるものであったのだが、便利道具を借りられたことで超ハイスペースで作業が進んだ。
その結果、この日のうちに三つの素材を集め終わったのであった。
「で、全部使っちゃったの?」
「…………はい」
「何に使ってるのか分からないけど、少しは売って食費にしなきゃダメでしょ!」
「…………ごもっともです」
換金してお金を稼ぐことを忘れたダイヤは、食堂で塩おにぎりを食べているところを桃花に見つかり叱られるのであった。
「しょうがないなぁ。生姜焼き食べる?」
「食べる!人気十一位のやつだ!」
そしてたっぷりと餌付けされるのである。
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