67. とぅーびーこんてぃにゅー

「そろそろ終わりかな」


 知光の策を打ち破り大量にポイントをゲットしたダイヤは、勢いに乗って残った新入生達と真っ向から勝負した。


「速い!」

「俺が力負けするだと!?」

「来ないで変態!」


 魔法で動きを封じようとも、素早さで翻弄しようとも、力で抑え込もうにも、その全てを攻略し、残された強者達を貫禄の強さを見せて勝利した。そして近くに人が居なくなったタイミングで全体の様子を確認したら、もうほとんど人が残されていないというのが今の状況だ。


「やっぱり人が少ないと楽だね」


 それだけ強いのに何故最初から真っ向勝負を挑まなかったのかと言うと、やはり人数差というものは簡単にはひっくり返せないからだ。知光がやったように新入生達が手を組み、しかも数で押して来たらどれだけ強くても押し潰されてしまう。かといって逃げに徹してチマチマ稼いでいても、その間に他の誰かが大きな策を成功させて大量ポイントを稼いでしまうかもしれない。ゆえに暴走特急という斜め方向の手段を取ったのだった。


「クラスの皆は残ってるのかな」


 さっと眺めた感じ、居ないように見える。電光掲示板に示されたポイントにも動きは無い。


「残るは僕だけってことか。でも皆、凄い頑張ってくれたんだね」


 それは今のポイントを見れば明らかだった。開始時と比較すると、ダイヤが稼いだ分を除いてもかなりの数のポイントが増えている。クラスメイト達が望むように、精霊使いの可能性を十分にアピール出来たのではないだろうか。


「じゃあ〆はどうするかな」


 見た感じライバルの『英雄』クラスのメンバーもほとんど残っていない。

 注意すべきはやはりこの人。


「やぁ、ダイヤ君」

「やっぱり望君は避けては通れないかぁ」


 『英雄』クラスのリーダーにして、今年の新入生の中で最も注目されている勇者、ダイヤの親友の聖天冠望。

 ついにリーダー対決だ。


「困りましたね」

「え?」


 しかし望の方は戦意を見せず、心底困っているかのような雰囲気である。


「私ではダイヤ君にはどうあがいても勝てません」

「またまたご冗談を」

「冗談ではありません。力の差は明確です」

「リーダーがそんなこと言っちゃダメだよ」

「そうなんですよね。私一人だったら降参しているのですが……」


 クラスのリーダーとしての責任があるから、負けると分かっていても退けないのだ。


「じゃあやる?」

「はい、と言いたいところですが」


 残りの生徒達が彼らの元へと集まって来た。

 一騎打ちをするのは彼らをどうにかしてから。


「(残り五人か)」


 ダイヤ達を入れて残り七人。バトルロイヤルは最後の戦いへと突入する。


「(こんなに広いフィールドだったんだね)」


 人がぎっしり詰まっていて狭いとすら感じていたフィールドも、この人数だと逆に広すぎて無駄に思えてくる。


「お先に失礼します」

 

 睨み合う七人の中で、最初に動いたのは望だった。

 巨漢の大男に狙いを定め、目元にトーチの魔法を放った。


「うお!」


 勇者らしいスキルを使われるのかと思っていた大男は虚を突かれてもろに喰らってしまう。しかしここまで残っているのは伊達ではない。望の位置を気配で察知し、目が見えていないにも関わらずしっかりと距離を取る。


「勇者の癖にセコイ真似しやがって!」

「申し訳ありませんが、勇者のスキルは大味なものが多くてこのイベントには向いていないのですよ」


 ゆえに望は基本的に自分の身体能力と小技だけでここまで戦って来た。勇者という肩書上かなり狙われていたにも関わらず、それでも生き残れていたのはダイヤのように素の身体能力が高いからだ。


「ぬおおお!パワーアップ!」


 大男がスキルを使いパワーを向上させる。目が回復して来たので、ここで一気に決めるつもりだ。


「困りましたね。力では敵わなそうです」

「当然だ!パワーだけならそこの精霊使いにだって負けねーぜ!」


 余程の力自慢なのだろう。しかもダイヤに相当な力が備わっていることを見抜ける知恵もある。


「それならいっそのこと戦闘不能にして一緒に脱落しましょうか」

「へ?」

「ブレイブソード」

「待て待て待て待て!」


 魔法剣ブレイブソード。

 刀身から柄まですべてが魔力で構成されている魔法剣であり切れ味は抜群だ。まだ短時間しか顕現させられないが、大男を斬るだけならば十分だろう。


「ど、どうせハッタリだろ!」

「どうでしょうか」


 剣を構えジリジリと大男に詰め寄る望からは、本気で斬ってやろうという雰囲気がプンプンだ。絶対にありえないと確信しながらも、大怪我必須のブレイブソードにガチビビリしてしまう。


「はっ!」


 望は大男に踏み込み、ブレイブソードを左から右へと払った。その切っ先は男の額に向けられていて、当たるか当たらないかギリギリといったところ。


「ひいいいい!」


 殺されたかと感じた大男は情けなく尻餅をついて震えている。その膝元に、パサリと何かが落ちて来た。


「え?え!?」


 それを見た大男は慌てて額に触れてみるが、血が出ている様子は全くない。


「ふぅ」


 ブレイブソードを消し、切れたハチマキを拾いながら望は軽く息を吐いた。


「まさかハチマキだけを斬ったのか!?」


 頭に巻かれた一枚の布切れだけを斬るだなど、どれほどの剣技があれば為し得るのか。大男は夢でも見ているのではと思い茫然とするしか無かった。


「さっすが望君。でも勇者というか、剣豪じゃん」


 親友の神業をダイヤは逃げながら堪能していた。望達が戦っている間、残りの四人がダイヤに向けて殺到して来たのだ。本当は望を狙いたかった人も居たのだが、危険なブレイブソードを見て狙いを変えたのである。


「さて、それじゃあ僕は最後にアレやろうかな」


 ダイヤは襲ってくる四人を引き連れたまま、戦闘を終えた直後の望の元へと向かった。


「望君。あげる!」

「良いのかい?」

「うん!」


 そして襲ってくる四人を彼に押し付けた。だがそれは貴重な最後のポイントを望にプレゼントするという意味になる。


 そうまでしてダイヤがやりたいこととは。


 フリーになったダイヤは、これまで使って来なかった『精霊使い』クラスならではの作戦を最後に選んだ。


「精霊さん精霊さん、隠れている人の場所を教えてくださーい」


 実はこのフィールドには、大量の小型精霊が存在している。クラスメイトが力を借りてもらうためにオリエンテーリングの時に声をかけて連れて来ていたのだが、借りずに残ってしまった精霊がかなりいるのだ。


 ダイヤはその全ての精霊に向けて、この周辺に誰かが隠れていないかを探して貰った。


「みーつけた」


 すると精霊が一か所に集まったでは無いか。その場所をじっと目を凝らして見ると、潜んでいた八人目・・・の女子生徒を認識出来た。


 ありふれた顔立ちに体型。髪型までも特徴が無いのは敢えてそれを狙っているのか。可愛い訳でも美人な訳でも、逆に可愛くない訳でも美人でない訳でもない。極々自然な少女というのが彼女に対して誰もが思う感想だ。


「どうして分かったの!?」


 バレるとは思っていなかったのだろう。彼女は驚愕の表情を隠そうともしない。


「(なんて存在感の薄さなんだ。注意して見ていないとすぐに見失ってしまいそう)」


 透明になるわけでもなく、見ているのに意識できない認識阻害でもなく、存在感の薄さにより彼女の存在はこれまで隠されていた。普通な見た目なのも狙ってそうなるように演出しているのかもしれない。


「『英雄』クラスの長内ながうち ひそかさん。『隠密』の君を最初に対処するのが正解だったのかも」


 『英雄』クラスとはいえ、ハチマキ奪いという特殊なルールでは活躍出来ない人も多い。その中で特に危険だとダイヤが注意していたのが、リーダーの望、いん、知光、そして彼女だ。


「まさか他人をあそこまで長時間隠せる程に朧スキルを育てていただなんて思わなかったよ」


 何故彼女を危険視していたのか。それは隠密という職業に就いていて姿を消せる朧スキルを使えるからだ。しかもそれは他の隠蔽系スキルとは違い、低レベルでもかなりの効果を発揮する。

 乱戦の中で姿を隠して行動できるなど、有利にも程がある。


 それにダイヤにとっても予想外だったのが、彼女が朧スキルをかなり鍛えていたということ。自分自身しか隠せないかと思いきや、他人を、しかもかなり長時間消せるということはスキルレベルが相当高い。


「入学してからよっぽど頑張ってダンジョンに籠ってたんだね。凄い凄い」


 いくら『英雄』クラスとはいえ、ダンジョンに慣れて魔物を沢山狩れるようになるには時間がかかるもの。勇達が魔物相手に尻込みしていたが、それが普通なのだ。

 だが彼女は恐らく魔物を狩るという行為にすでに慣れ、短期間で物凄い勢いで経験を積みスキルを成長させた。


 その結果、このバトルロイヤルでこっそり大活躍したのだ。


「知光君に協力してたのも長内さんでしょ。見えないの本当に厄介だったよ」


 彼女の朧スキルが無ければ、知光も策を考えるのにかなり苦労したに違いない。


「やられっぱなしなのは癪に障るから、最後に倒しておくよ」


 ダイヤが他の全てを望に押し付けてでも彼女を狙いたかったのはそれが理由だった。


「ふふふ。甘いわ。朧!」


 しかしひそかはそんなダイヤの狙います宣言を聞いても怖がることは無かった。そして凝視されているにも関わらず朧スキルを自分に向かって発動した。


「うわ、これだけ意識しても見えないんだ」


 隠蔽系スキルの多くは見破られるとスキルが解除されるのだが、朧の場合は意識していようが強制的に見えにくくなる。


「(私の朧スキルは完璧よ。効果が切れてきたら重ねがけを続ければ、永遠に隠れていられるわ)」


 精霊使いの手持ちスキルではそれを打ち破ることは出来ない筈。

 ひそかは負けることは無いと確信していた。


 だが彼女は忘れていた。

 それならどうしてダイヤは先ほど彼女を見つけることが出来たのかを。


「そこだね」

「どうして!?」


 ダイヤには彼女の姿が見えていないはず。それなのに的確に彼女へと手を伸ばしてくるでは無いか。

 それもそのはず、ダイヤには彼女の姿が見えないが、代わりにダイヤにしか見えないものがあるのだから。


「(精霊さんが場所を教えてくれるから見えなくても問題無いんだよね)」


 ひそかは気付いていないが、彼女の身体にはたくさんの精霊がまとわりついている。ダイヤはそれを見て動けば良いだけのことだ。


「何で!?『精霊使い』なんか・・・には朧を破る方法なんて無いはずなのに!?」

「長内さんもそろそろ『精霊使い』を見下すのは止めた方が良いよ」

「!?」


 精霊使いには可能性がある。

 ダイヤが見えない彼女のハチマキを奪い取ったことが、その証明の一つとなったのかもしれない。




「終わったかい?」

「そっちも終わったんだ。早いねー」


 長内の相手にそれほど時間をかけていなかったのだが、望は残りの生徒達を倒してハチマキを奪っていた。


 残るは二人だけ。


 この一騎打ちが最後の戦いになる。


 場を荒らし、策を打ち破り、強さを見せつけ、最後まで生き残った貴石ダイヤ。

 勇者として『英雄』クラスを率い、圧倒的な強さで他者を寄せ付けなかった聖天冠望。


 一体どれほどに凄まじい戦いが繰り広げられるのか。

 敗れた新入生達は、そしてこの様子を観戦している教師や上級生達は固唾を飲んで見守っている。


 だが。


「それじゃあ終わろうか」

「やっぱりそうなりますよね」


 なんとダイヤは自らのハチマキを取ってしまったでは無いか。

 それは自ら脱落するという宣言だ。


「ポイント差は『精霊使い』クラスの方が一ポイントだけ上。ここで私がダイヤ君のハチマキを奪ったら同点で、その場合は最後まで残った私がいる『英雄』クラスが優勝になります。ここで退場して両チームのポイントを伸ばさないのは当然です」


 ダイヤが最後に長内だけを倒して他の生徒を譲ったのも、それだけのゆとりがあることを分かっていたからだった。


 しかし盛り上がりそうなラストバトルをこんな終わり方にされたらギャラリーは不満でしかないだろう。それに楽しいことが大好きなダイヤが、一番楽しそうなこの場面で戦わないのも違和感を覚えるものだった。


 ダイヤにはその声が聞こえていないが、間違いなくそう思われているだろうと確信していた。ゆえにそんな彼らに向けて最後に告げる。


「僕と望君がこんな中途半端な条件で戦うなんてもったいないもん」


 特に勇者のスキルは望が言っていたように大味なものが多く、この条件では使い辛い。制限下での戦いも悪くは無いが、せっかく親友と戦うのならば余計な条件など無いケースが良い。


「僕らの戦いはそんなに安いものじゃないよ。お互いが最高の条件の下で、全ての技と力を惜しみなくぶつけ合う。そうでなければ望君と戦う気は無いかな」


 少なくとも望がダイヤに負けると確信しているような差がある状況では戦いたくない。それだけダイヤにとって望と戦うということは特別だった。そしてそれは望にとっても同じだ。


「そうだね。私も同じ気持ちだよ」


 尤も、『精霊使い』クラスに勝つためならばダイヤと戦うことは厭わなかったが、すでに敗北が確定している今の状況では戦う気力は全く湧かなかった。


「ということで、僕らの戦いを期待していた人達は、その時をお楽しみに!」


 そのダイヤの宣言が合図だったという訳では無いが、タイミング良くバトルロイヤル終了の合図が鳴った。


『ブー!』


 それと同時にダイヤは宣言する。


「『精霊使い』クラスの優勝だ!」


 その言葉に導かれてクラスメイトがダイヤの元へと殺到し、歓喜の輪が出来るのであった。


『やったああああああああ!』




 これにてオリエンテーション合宿は終わり、『精霊使い』クラスは見事に優勝という結果を示した。


 しかも単なる運や素の実力だけではなく、精霊使いならではの戦い方を表現し、他の職業と比べても遜色ない職業なのだという証明をした。


 ダイヤだけが凄いのではない。

 ドロップアイテムを操作出来ることだけが凄いのではない。


 戦いにおいても、それ以外においても、精霊を使えるということは様々な場面において便利であり、ダンジョン探索における必須の職業となり得るのだと万人に意識させた。


 彼らの人生は大きく変わろうとしている。


 そしてそれが良いことであり、同時に試練にもなり得るということを、彼らはすぐに知ることになるのであった。

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