59. 僕らの想いはきっと届くさ

「うわ、うわ、凄いよ!」

「マジかよ」

「やる気が出るじゃない」

「あわわわ(白目)」


 クラスメイトが何に反応しているのか。

 それはステージ脇からチラ見してしまった客席の様子である。


「あんなに沢山の人に見られるだなんて、緊張するね」

「嘘つけ。ダイヤは絶対緊張してないだろ!」

「そんなことないよ~えへへ」

「ぐっ……この笑顔、ぶん殴りてぇ」

「酷い!」


 もちろんダイヤは緊張など殆どしていないが、クラスメイトは緊張緊張ド緊張。


「ほぼ全部埋まってるにゃん」

「大ホールに選ばれた上に満員御礼だなんて信じられないわん」


 ダンジョン・ハイスクールは一学年のクラス数が非常に多く、全員が同じホールで順番に歌うと時間がかかりすぎてしまう。ゆえに複数のホールに別れて歌い撮影し、その動画を聞いてまとめて採点することになっている。


 そして『精霊使い』クラスは白樺館で最も広い大ホールで歌うようにとの指示が来たのだ。

 しかもその大ホールは教員や上級生達で埋め尽くされている。


「注目されているクラスが集められてるから仕方ないよ」


 話題の『精霊使い』クラスに『英雄』クラス。

 他にも将来を期待されているクラスや歌唱が得意な『音楽』クラスなどが大ホールに割り当てられているのだ。誰もがここを見たいと思うのは自然な流れだった。


「ダイヤは彼女に声かけて来なくて良いのか?」

「平気平気。今はライバルだから自分のクラスに集中しないと」

「向こうはそうは思っていないみたいだが……」


 舞台袖。

 『英雄』クラスの方に、ダイヤを明らかに気にして集中していない様子のいんがいる。


「気にしないで。そういうプレイが好きなの」

「違うわよ!」

「怒ってるぞ」

「気にしない気にしない」


 割と離れた所にいるのにダイヤの言葉が聞こえて怒っているということは、それだけ耳を澄ませてダイヤの様子を伺っていたということだろう。


「本気で戦うから絶対に気軽に話しかけないでねって言われてるからさ」

「それ、本当は話しかけて欲しいっていうフリなんじゃね?」

「はは、まっさかー」


 そう笑いながらいんの方をチラっと見ると、彼女は気まずそうに顔を逸らした。

 フリであることをダイヤは分かっていたのだが、面白いから敢えて彼女の言うとおりに話しかけないつもりなのだ。


「(望君は勇者だからやっぱり『英雄』クラスでもリーダーなんだ。頑張ってまとめてる)」


 かなり歪んだ性癖を持つ親友はダイヤのことを気にせず自分が為すべきことをしっかりとこなしている。


「(それにいんも馴染めているっぽくて良かった良かった)」


 ダイヤを気にしすぎるいんはクラスメイトに揶揄われてあたふたしている。その揶揄ってきた相手はパーティーメンバーではなく、ダイヤが知らない別の女子だ。遠目からではあるが、いんの中にわだかまりがあるようには見えない。


「(せっかくだから『英雄』クラスのメンバーを確認しておきたいところだけど……)」


 他にやらなければならないことがあるため、諦めて『英雄』クラスから目を離した。


「それよりも皆の緊張をどうにかしないと」


 このままではガチガチで歌うどころでは無くなってしまう。

 他のクラスも緊張してはいるが、『精霊使い』クラス程では無い。特に人前での演奏や歌い慣れている『音楽』クラスは冷静に準備を続けている。このままでは勝負にすらならないだろう。


「皆、ちょっと集まって」


 不安げな様子のクラスメイトがダイヤを中心に集合した。


「僕達の目標を思い出して」


 何故『精霊使い』クラスは優勝を目指しているのか。

 そこに緊張を解くキーがある。


「僕達の凄さをアピールする大チャンスなんだ。緊張している暇なんて無いよ」

「で、でも失敗したらと思うとさぁ」


 即座に不安を口にしたのは四里しり

 人前に出ることが一番苦手そうな彼にとっては、その程度の檄では効果が無い。そしてそれは四里しりだけではなく、他にも何人か不安を拭えない表情の人がいる。


「良いじゃん失敗したって」

「え?」


 そんなクラスメイトにダイヤは微笑みながら『失敗は問題ない』と言ってのけた。


「だってこれって素人の合唱だよ。失敗するのが普通だよ普通」

「だ、だがそれだと優勝は」

「大事なのは」


 四里しりの即座の反論をダイヤは途中でぶった切った。

 ネガティブなことを口にさせすぎると、その気持ちが凝り固まって取り除きにくくなってしまうかもしれず、しかもそれが伝染する可能性もあるからだ。


「気持ちを伝えること、だよ」

「気持ち?」

「そう。間違えないように歌うことも、丁寧に歌うことも大事だけど、一番大事なのは自分達の気持ちを相手に届かせること。それが歌うことだと僕は思うんだ」


 単に言葉を発するのではなく、想いを乗せることで歌には力が籠められる。

 言葉が歌へと昇華する。


「僕達はこんなに凄いんだぞ。チームワークを見せてやる。精霊使いはこんなもんじゃない。明日のバトルロイヤル見てろよ。よくも今まで馬鹿にしてくれたな。僕達を好きになってください」


 クラスメイトが届けたい想いは様々だ。

 バラバラの想いを歌に乗せても本来であれば合唱にはなり得ない。


 だがそれでも良いのだ。

 むしろそれで良いのだ。


「僕らの気持ちを伝えられる大チャンスなんだ。成功とか失敗とか緊張とか、そんなことを考えたり感じているのは勿体ないよ。たっぷりと伝えなきゃ」


 何故なら彼らの本当の目的は、それらの想いを相手にぶつけて反応を得ることだから。

 優勝して『精霊使い』としての力を見せつけ、『精霊使い』は優れた職業なんだと認めさせ、これまでの態度を反省させてやりたい。それもまた自分達がこれまで抱いてきた想いや不満をぶつけて相手の心を動かせたいと願っているに過ぎない。


 多くの観客に向けてその想いを直接ぶつけられる絶好の機会なのだ。

 ここで日和ってどうすると、ダイヤは叱咤する。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 不安組の顔に、少しだけやる気が戻って来た。

 だがまだやる気が不安を上回ってはいない。


「…………だが、好き勝手に行動したら優勝は出来ない。優勝を逃したら意味が無い」


 彼らの気持ちを代弁してくれたのは暗黒だった。

 合唱でどれだけ気持ちを伝えた所で、成果が伴わなければ相手の心は動かないのではないか。


 やはりこの合唱は成功させなければならないのだ。


「大丈夫だよ。だってさっきの練習どうだった?」


 練習ではただ単に歌って合わせただけではない。

 ダイヤの秘策を試しただけでもない。


 自分達の気持ちを相手に伝えるようにと意識して歌ったのだ。

 そしてその結果を、何人かの人は前に出て聞いていた。


「そうか……」

「そうだったね」


 不安組の眼に力が戻る。

 胸に抱いた不安よりも期待の方が上回る。


 何故ならば、彼らは練習していた時に綺麗に歌えていたことを知っているから。

 各々が好き勝手に想いを歌に乗せたはずなのに、合唱になっていたことを知っているから。


 失敗を恐れて丁寧に歌うのではなく、自分が抱えている気持ちをぶつけるだけで成果が出るのであれば、ダイヤの言うとおりに恐れているのはあまりにも勿体ない。


 彼らが抱えている想いが、彼らの戦う意思を取り戻させた。


「(なぁ、ダイヤ。こうなることが分かって、練習の時に緊張しそうな人を聞き役にしたのか?)」

「(まぁね)」

「(はぁ……やっぱお前すげぇわ)」

「(照れるなぁ)」

「(謙遜しろよ!)」


 ダイヤがどこまで未来のことを考えて布石を打っているのかと心底驚く朋であった。


「さぁ、それじゃあ行こうか!」

『おー!』


 『精霊使い』クラスはトップバッターだ。

 不安を乗り越え、気合十分といった様子で意気揚々とステージへと向かった。


「あれが『精霊使い』クラス……」

「あの子が貴石君ね」

「他の子も何か秘密があるのかしら」

「合唱じゃ何もわからねーだろ」

「じゃあなんでお前はここに来てんだよ」


 彼らを前に観客達がざわめき出した。

 そのざわめきこそが自分達が注目されているという証であり、それが緊張では無く想いが伝わるかもしれないという希望へと繋がった。ダイヤの直前の発破のおかげである。 


「(かなり大物が来てるね。俯角さんだけじゃなくて、他の五大トップクランの関係者もいるみたい)」


 これからは有名クランが関わってくるからと、俯角から要注意人物リストが勝手に送られて来ていたのだ。その中で見たことのある顔がチラホラと目に入った。


「(あの生真面目そうな人が『英枯盛衰』の団長さんで、あそこの態度が悪い人が『悪鬼夜行』の団長さん……ってうわ、アレは女子の品定めしてる目だ。嫌なの見ちゃったな)」


 これから心をこめて歌わなければならないのに、ゴキブリを見つけてしまって気分が萎えてしまったかのような感覚だ。お前が言うなとは言ってはならない。あくまでもダイヤは自分では誠実なつもり・・・なのだから。


「(気持ちを切り替えよう)」


 ダイヤは軽く頭を振って嫌な感覚を強引に追い出し、一歩だけ前に出た。

 するとざわめきが一瞬で収まり、ホール内に静けさが充満する。


「よろしくお願いします」

『よろしくお願いします』


 ダイヤに続き挨拶が終わると、いよいよ合唱の開始だ。


 まずは課題曲の校歌。

 いくら歌に想いを乗せるだなんて言っても、校歌はあまりにも独特であり個人の想いを乗せるのは難しい。校歌はあくまでも学校の代表として歌う時にこそ気持ちを籠められるものだろう。


 ゆえに本番は校歌が終わってからだ。

 校歌が終わると拍手を入れる間すらなく、すぐに次の曲へと移動する。


「僕達の合唱曲はインナーアイズです」


 するとすぐにイントロが流れ始め、ダイヤはそれに合わせて精霊にあるお願いをした。


「(精霊さん、僕達の歌をみんなに届けて!)」


 合唱で大事なことの一つに『声の出し方』がある。

 いわゆる腹式呼吸と呼ばれるものであるが、中学の授業で練習したとしてもこれが上手く出来ない人は結構多い。


 どれだけ気持ちを込めて歌おうとも、その声が相手に届かなければ伝わらない。

 しかも今回は広い大ホールなのだ。反響しやすい作りとは言え、生半可な声量では迫力が乏しくいまいちな合唱となってしまうだろう。


 ゆえにダイヤは自分達の声をホール内にしっかりと響き渡らせて欲しいと精霊にお願いした。


 下手すると歌声が全く別の物へと変質してしまう危険性もあったが、練習した時に想像以上に良い意味で歌声が遠くまで伸びていた。自分達の歌のまま自然に大きくなっていた。


 これこそがダイヤが考えていた秘策だった。


「(後は僕達がどれだけ頑張るかだよ!)」


 自分達の想いを届かせる準備は万端だ。

 後は全力で歌うのみ。


 合唱曲、インナーアイズは家族愛や夫婦愛を表現した曲だ。

 なんとなく良い歌だからということで選んだだけであり今の気持ちとは別物だが、全くマッチしていないというわけではない。


 何故なら彼らは『精霊使い』というだけで愛されてこなかったから。

 見下され、貶められ、中には迫害に近い扱いをされた人もいた。


 愛されなかった彼らの愛して欲しいという心の叫び。


 能力に乏しく使えない人間ではなく本当は有能だから愛して欲しい。

 見下すのではなく見直して愛して欲しい。

 職業に関係なく愛し愛されるのが自然なはずだ。


 ただ見返したいと思うだけではなく、彼ら自身ですら気付いていない『愛されたい』という想いを、歌詞に乗せて伝えてゆく。その共通意識があるからこそ、それぞれの細かな想いが違っていても、合唱として成り立っていた。


 彼らの歌唱技術は合唱と呼ぶにはあまりにも拙い。

 ただただ必死に真摯に一生懸命に歌っているだけ。


 だがこれは学校行事だ。

 合唱の上手さだけを評価するわけでは無い。

 どれだけ気持ちが表現できているのかもまた、評価ポイントになる。


 そしてその気持ちを、精霊の力を借りながら必死に伝え続ける。


 緊張も、不安も、そんなものは消え去った。

 ただひたすらに心を届ける。




 精霊に心が届くのだから、人間にだって届くはずだ。




 彼らの合唱の結果がどうなったのか。

 想いは果たして届いたのか。


 スタンディングオベーションによる万雷の拍手が答えだった。









ーーーーーーーー


 おまけ


是丈これだけ先生……評価終わりました?」

「終わりましたので次に行きましょう。でも市度いちど先生お疲れみたいですし、休憩を挟みましょうか?」

「いえ……休んだらそのまま帰って来れなさそうなので頑張ります」

「はは、頑張りますね」

「合唱の採点がハードだという噂は聞いていましたがここまでしんどいとは……」

「可愛い生徒達の歌が聞けるなら平気ですって立候補したのはどこのどなたでしたっけ?」

「うううう、それは言わないでくださいよー!」


 今年度の新入生のクラス数は四十八。

 一クラス二曲。

 一曲四分だとして、一クラス八分。


 つまり全体で三百八十四分、六時間半弱もの長さの歌を全て聞いて採点しなければならない。

 しかも期限は翌朝まで。


 合宿には毎年『合唱採点専用』の教師が参加し、ヘッドフォンで歌を聴き続け死屍累々といった様相で徹夜で採点をしているのであった。


 がんばれ!

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