58. 結局何しに来たの?
「どうだった?」
「良く分かんねぇけど、良いんじゃねーか?」
ダイヤに聞かれて応えるのは、クラスメイト達が合唱フォーメーションになっている中で一人だけ前に出ている蒔奈だ。指揮者のような特別役というわけではなく、合唱の出来を確認するために練習中は誰か一人が前で聞くことにしているのだ。
「大きなズレとか、聞いてて違和感あるとことか無かった?」
「無かったと思うぞ。でも素人意見だぞ?」
「評価する先生だって素人だろうし、なんとなく綺麗に聞こえてればそれで良いんじゃない?」
あまりにも目立つズレがあるとか、あまりにも特定の人の声ばかりが目立つとか、素人が聞いてもはっきりと分かるような違和感を取り除くのがこの直前練習の目的だ。その違和感が無いというのならば、安心して本番に臨むことが出来るだろう。
「それじゃあ次は易素さん、お願いね」
蒔奈と交代で今度は易素が前に出てくる。
直前練習の時間は一時間程度しか無く、ギリギリまでこうして練習をするつもりだ。
「やってるやってるさ」
「誰!?」
もう一度最初から歌ってみようと思ったら、いつの間にか控室入り口に一人の女生徒が立っていた。
「どれだけ頑張ったところで、アタシらには勝てないさ。ちゅくっ」
「〇ュッパ〇ャップス女子だ」
「似てるけど別さ。これはのど飴さ。じゅろっ」
大きなヘッドフォンを首にかけ、棒付きのど飴を音を立てて舐めるその女性は、下品なのに不思議と様になっていた。
「歌に携わる者として喉は大事にしないとさ。それにコレはこんなことも出来るのさ。れーろれーろれーろ」
「わぁお、舌使い凄い。キスが上手そうだね」
「あんたはそう言うと思ってたさ。お恥ずかしながら未経験だからキスが上手いかどうかは分からないけど、歌のための舌使いなら大得意さ。ちゅるっ」
遊んでそうな雰囲気なのに未経験というのはある意味定番だが、それよりも気になるのは彼女が『歌』に関係してそうな人物であるということ。のど飴で喉の調子を整えているのもそうだが、最初に頑張っても勝てないと言って来たのも彼女達の方が歌が上手いと言いたいのだろう。
「それをわざわざ見せるために僕達の視察に来たの?」
その問いに、彼女はのど飴を口から離して答えた。
「『精霊使い』クラスが優勝を狙うだなんて意気込んでいたから興味が湧いたのさ」
「さっきのを見て気になったってことか」
オリエンテーリングが終わった後、優勝を目指すぞとクラスで気合を入れた。
その様子を見て『精霊使い』クラスのやる気を全てのクラスが知ることになった。
ほとんどのクラスは翌日のバトルロイヤルで『精霊使い』クラスをどう扱うか考えることとなるのだが、彼女のクラスは合唱が気になっている。
「つまり君は『音楽』クラスの人ってことだね」
合唱で上位に入るための最大のライバルが音楽に関する職業に就いている生徒が集まる『音楽』クラスだ。音楽の関係者が素人相手に音楽で負けるわけにはいかず、全力で合唱に臨んでくるだろう。
ここに勝てば、合唱で一位を取れるかもしれない。
『精霊使い』クラスの全員の眼が闘志に満ち溢れ、彼女を一斉に睨みつける。
「気迫だけは凄いさ。でも合唱はそれでどうにかなるものではないさ」
「それは君達も同じでしょ。いくら音楽クラスとはいえ、全員が歌が得意とは限らない。楽器は演奏できるけれど歌が苦手な人だっているはずだ」
「それは正しいさ。でもその程度は何も問題じゃないさ」
「対策があるってことか」
「それは秘密さ」
「でしょうね」
勝利を確信しているからといって、油断して何もかもを教えてくれるほど甘くは無かった。
「でも一つだけ言っておくさ」
「何かな?」
「今のままではアタシらに勝てないさ」
「さっきまでの聞いてたんだ」
「少しだけさ」
その少しだけで勝利を確信できるということは、現時点で余程の差があるに違いない。
「確かに
「…………何をする気なのさ」
「それは秘密さ」
「真似しないで欲しいさ」
ダイヤもまた合唱に挑むにあたり秘策がある。
知られたところで真似出来るようなことではないが、わざわざ教えて相手に対策を考えさせる必要は無い。
「まぁ良いさ。何が出来るのか、楽しみにさせてもらうさ。ちゅくっ」
これ以上は練習の邪魔をするつもりはないのか、彼女は飴を口にして控室から出ようとする。
その間際。
「そうそう、邪魔したお詫びに教えてあげるさ。アタシは『
「ご丁寧にどうも」
彼女が部屋から出ていくと、そこら中から『ふぅ~』という溜息が漏れた。
ライバルの視察に高まっていた緊張感が解放されたのだ。
「なんだよ。教えるなんて言ったからあいつらの作戦のヒントでも言うのかと思ったら自己紹介かよ」
ダイヤの隣で朋が悪態をつくが、その考えは大外れだった。
「いやいや、ヒントどころか答えを教えてくれてたじゃん」
「え?」
他のクラスメイトの様子を確認すると、何人かは分かっている人がいるようだ。
せっかくなので指名してみることにした。
「それじゃあ
「え?お、おお、俺!?」
コミュニケーションをとる練習だ。
咲紗相手には下僕として普通に?話せるようになったが、出来ればそれ以外の人とも交流を深めて全員がサポートし合えるクラスにしたい。
「え、ええと、ハーモニースキルを使うつもり……だ、だよな」
「正解!」
「ハーモニースキル?」
「朋、少しは勉強した方が良いよ」
チラっと向日葵の方を見ると、彼女も文句を言いたそうにしていた。
それを我慢したのは合唱前に空気が悪くならないようにするためか、あるいは自分も同じ疑問を抱いていたから責められなかったかのどちらかだろう。
「そんなこと言われても、職業もスキルも多すぎだから覚えきれないぜ」
「魔物だってスキル使ってくるんだから、覚えれば覚えるほど対処が楽になるんだよ」
「そりゃそうだけどさぁ」
知っているスキルを使われるのと、知らないスキルを使われるのでは対処のしやすさが段違い。ゆえにダンジョンを探索するならば一つでも多くのスキル情報を頭に叩き込んでおくのは常識だ。その一つを覚えていたから生き残れたなんてことも普通にありえるのだから。
「今後は苦手でも勉強すること。良いね」
「分かったよ。分かったからハーモニースキルについて教えてくれよ」
「名前の通りだよ。全体の調和を取るスキルで、バトルだと攻撃する人のスイッチのタイミングを掴みやすくなったり、魔法で味方を巻き込まないように規模を調整しやすくなったりするらしいよ」
戦い全体のリズムを整え、違和感なくバランス良く戦闘を継続することが出来るようになる。ハーモニースキルを使って戦闘をすると音楽を奏でているかのようだと言う人もいるくらいだ。
「それを合唱で使えばどうなるか」
「うわ、ずっる」
「だよねー」
スキルで合唱の調和を取れるようになるのだ。
あまりにも有利であるのだが、この合宿ではスキルの使用を禁止されてはいない。
ゆえに毎年のように合唱は音楽クラスが上位に入るのだが、他の競技で有効なスキルをそれほど持っていないためそのくらいは有利でも構わない、むしろポイントを稼げる場を用意してあげるべきだ、などの意見により問題にはなっていなかった。
「とはいえ僕らだって何もせずに彼女達に負けるわけにはいかないんだ。
「そういや結局ダイヤが何をするつもりなのか聞いてないな。俺達も何かやることあるのか?」
「ううん、皆これまで通り普通に歌ってくれれば良いよ。何かするのは僕だけ、というか僕が精霊さんにあるお願いをするだけだね」
そのお願いが成功するかどうかは分からない。
だが無策で臨むよりは、少しでもチャレンジした方が成功するにしろ失敗するにしろ達成感はあるはずだ。
「それじゃあ皆、練習時間は残り少ないけど、最後まで頑張るよ!」
『おー!』
全ての競技で上位に入り優勝し、精霊使いの実力を見せつけるために。
そして全力で学校行事を楽しむために。
『精霊使い』クラスの団結力は留まることなく強まるのであった。
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