55. やっぱり王道が一番だね。なお……

「あそこがチェックポイントだね!」


 崖沿いの道を真っすぐ進んでいたら、小さな机が置かれていてその後ろに先生が立っていた。他の生徒は問題を解くのに四苦八苦しているのか、まだあまりいない。


「あれ、狩須磨先生だ」


 合宿の最初に挨拶をした、英雄クラスの担任教師の狩須磨がここのチェックポイントの担当だった。


「相変わらず格好良いなぁ」

「すもも、もさんもやっぱり狩須磨先生が好きなんだ」

「言いにくいから桃花で良いよ。それと狩須磨先生が嫌いな女子は居ないんじゃない?ねぇ、取巻さん」

「べ、別に私はそんなんじゃねーし」

「ツンデレだ」

「ツンデレだね」

「ちげーし馬鹿!」


 素直になれない取巻もまた狩須磨のことを少なからず想っている様子だ。


「(いくら格好良いからって、女子が全員好きになるって変じゃないかな。男子からの印象も悪くないみたいだし、何か変だね)」


 そういうダイヤも狩須磨の印象はとても良い。

 だが、多くの女子が彼のことを気にしているとなると嫉妬する男子が出てきそうなのに、それすらないことにダイヤは違和感を抱いていた。


「(聞いてみれば良いか)」


 チェックポイントに辿り着いたダイヤは地図を狩須磨に差し出した。


「おねがいしまーす」

「はい、お疲れ様です」


 狩須磨は大きなハンコを地図に押し、これでここのチェックポイントを通過した証になる。


「先生って魅了スキルとか使ってます?」

「貴石君!?」

「いきなり何言ってるんだ!?」


 突然の無礼なセリフに桃花達が驚くが、狩須磨はさわやかな笑顔を全く崩さない。


「使ってますよ」

「やっぱり」

「先生!?」

「そうなのか!?」


 しかも堂々と使ってます宣言をするものだから、これまた桃花達は驚かされる。


「隠さないんですね」

「隠す必要が無いことですから。私はここで教師をするのが初めてなので、印象を良くして気に入って貰えるようにと弱い魅了スキルを発動しているんです」

「そんなことしなくても受け入れてもらえそうですが」

「いやぁ、それがそういう訳にも行かないんですよ。これまでパーティー組んだ時に何度もトラブルになったことがありまして……」

「イケメンは大変ですねぇ」

「ははは……」


 イケメンだからこそ、多くの女子が群がり恋愛トラブルに発展しやすい。

 男達がやっかみ、女たちが争い、そんな姿を狩須磨は何度も見て来た。


 教師をするにあたり、そのようなトラブルが無いように魅了スキルを使っているのだというのが狩須磨の弁明だった。


「でも魅了スキルって危険ですね。先生みたいな理由で使うなら良いですけど、悪い人が自分を信じてもらうために使ったら酷いことになりそう。詐欺師大喜びですよ」

「そういう人にはそもそも魅了スキルが付与されないから今のところは問題になってないのです」

「なるほど、そういうものなのですね」


 つまり魅了スキルを使えるのはそもそもスキル無しでも相手を魅了出来るような魅力的な人物ということになる。ゆえに現実世界では魅了スキルの使いどころはそれほど無く、あくまでもダンジョンで魔物相手に使うスキルという位置付けなのだろう。


 と、ここまで話をしていたら桃花達がようやく衝撃から復帰した。


「私魅了されちゃってたんだ……」

「どうりで……い、いや私は別に魅了なんかされてなかったし」


 自分の気持ちが作られたものであると言われたようなもので、複雑な気持ちになっている。


「じゃあ貴石君も魅了スキル覚えられるかもね!」

「何で!?」

「あ~確かに、お前ならやりかねん」

「取巻さんまで!?」


 いんを篭絡した時のように相手を堕とそうとする姿はまさに魅了をかけているかのように彼女達には見えたのだろう。


「ははは、確かに貴石君ならありえるかもしれないですね」

「先生まで!」

「いや~、私も堕とされちゃ~う」

「今のうちに抵抗手段を探しておかねーとマジでやべぇ」

「ぐすん。僕なんかが覚えられるわけないし、覚えたとしても使わないのに……」


 人の心を操るなど、ダイヤがするはずがない。

 だからこそ魅了スキルを悪用しないダイヤが覚えてしまう可能性はあるのかもしれない。


「でも桃花さんと取巻さんだけには最強威力の魅了スキルを使っちゃうからね!」

「いや~私どうなっちゃうの!」

「絶対やめろよな!」

「あははは」


 スキルを覚えたらどうなるか。

 その話題はダンジョン・ハイスクールの鉄板ネタであり、青春を堪能しているなと実感して心から楽しいダイヤであった。


「おっと、ふざけてないでそろそろ行かないと」

「貴石君」

「はい?」


 チェックポイントから先に進もうとしたら狩須磨が何かを言おうとして来た。


「気を付けるのですよ」

「何の事ですか?」

「色々と、ね」

「はぁ……」


 さわやかな笑顔を崩さずに意味深なことを告げた狩須磨は、ダイヤ達から目を逸らして他の生徒達のチェックポイント業務に戻ってしまった。


「そういえば先生が『精霊使い』についてどう思っているのか聞くの忘れちゃった」


 しかし後ろからは次々と生徒達がやってきて、狩須磨はそちらの対応にかかりっきりだ。

 また後で聞けば良いかとダイヤ達はチェックポイントを後にした。


ーーーーーーーー


 チェックポイント通過後のルートは主に二種類ある。


 一つは崖から離れて林の中を通って戻るルート。

 こちらはルートが入り組んでいるため全部探索をしようとすると時間がかかるだろう。


 もう一つはこのまま真っすぐ崖沿いに進むルート。

 こちらはある程度進んだら行き止まりになっていて、チェックポイントの場所まで引き返さなければならない。帰りの行程が無駄になるが、ここにしかない問題をゲットするチャンスがある。


 ダイヤ達が選んだのは後者だった。

 林の中はクラスの五人組が広範囲に渡って調べてくれていると信じているからだ。

 ダイヤ達は林の端の方だけを調べるということで事前に合意済だった。


「代り映えしない景色だね」

「つまんなーい」

「足元も悪ぃし、面倒すぎんだろ」


 文句を言っているが、これもまた不平不満を言うのを楽しんでいるだけで大きな問題とはなっていない。どうせもうすぐ行き止まりに辿り着き、急いで戻って林の中に入ることは確定しているのだ。すぐそこに変化があると分かっていれば、ワクワクこそすれ本気で辛いと思うことなど無かった。


「行き止まりが見えて来たね」


 崖がぐるっと正面に曲がっているような形になっていて、確かにそこから先には進めない。

 曲がった崖は反対側まで伸びていて、そこは袋小路になっている。


「誰かいるよ?」


 桃花の言う通り、そこには四人組の男女がいた。


「また変なやつらじゃねーだろうな」


 学者気取りに、エセお嬢様と来たら、次もまた変な相手では無いかと身構えてしまう取巻。

 しかしそれは杞憂であった。


「やぁ、貴石君じゃないか。こんにちは」

「こんにちは。どちらさまですか?」

「俺達は通常クラスの生徒だよ。君のことは配信で見させてもらったよ」


 通常クラス。

 レア度の低い職業に就いている生徒が集まるクラスである。通常、普通、一般などと呼ばれる、いわゆるありふれた人達だ。


 ただし、職業が一般的でありながらも彼らの見た目はある点について非常に特徴的だった。そのことに気付いたダイヤのテンションはこれまた鰻登りになる。


「まさか君達って!」

「ふふふ。流石貴石君、もう気付いたんだね」

「うん!だってその格好って言ったらアレしかないじゃん!」


 剣を腰に差す軽鎧の男性。

 分厚い重鎧を身に纏う巨漢の男性。

 神官服が似合う女性。

 先端がはてなマークのように曲がっている杖を持つ魔女っ子。


 戦士、剣士、僧侶、魔法使い。


「王道パーティーだ!」


 RPGにおけるクラシックパーティーのド定番。

 服装で分かるようにしているということは狙って組んでいるのだろう。


「(リーダーは剣士さんかな。彼には悪いけど、そこが勇者だったら完璧だったのに)」


 戦士、勇者、僧侶、魔法使い。

 本当はこのパーティーにしたかったのだろうが、残念ながら勇者は英雄クラスだ。

 勇者が居ないだけで格落ち感が甚だしいのは言うまでもない。


「君の考えていることは分かるよ。俺が相応しくないってことだろ?」

「え、あ、その……」

「散々言われていることだから気にしないでくれ。それに、俺は絶対に相応しいと言われる程に強くなってみせる」

「わぁお、格好良い。中身はちゃんと勇者じゃん!」

「なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。ありがとう!」


 そう言って握手をするダイヤ達のことを桃花と坂巻は不思議そうに見ていた。

 『王道パーティー』の意味をどうやら分かっていないらしい。


 そんな彼女達の元に僧侶と魔法使いの女子がやってきて、女性同士で会話を始めた。


「こんにちは、貴方達が彼のパーティーなのね」

「はい。その僧侶服とても似合ってますね!」

「ふふふ、ありがとう」


「なぁ、その服って恥ずかしくないのか?」

「そっかな。魔女っ子可愛いっしょ。君も着てみる?」

「やだよ。はずい」


 彼女達はすぐに打ち解けたようで盛り上がり始める。

 そんな彼女達の様子を横目に見ながら、ダイヤ達も話を続けた。


「おっと自己紹介を忘れてたね、俺は雄渋おぶ 不断ふだんだ。よろしくな」

「よろしく。それで何故か僕を物凄く睨んでいるそっちの人は?」


 オリエンテーリングには全く相応しくない重い鎧を纏っている男子は、どうしてかずっとダイヤをジッと睨んでいた。


「こいつは鹿目しかめ 壱豆いちず。睨んでるのは……まぁ、その気にしないでくれ。こいつも悪気があってこうしてるわけじゃないんだ」

「悪気無しで睨まれるってのも怖いんだけど。もしかして元からこういう目つきとか?」

「いや、普段は無口だが温厚な奴だ。気分を悪くさせてしまい、本当にすまない」

雄渋おぶ君が謝る必要無いよ。それに僕はこういうの慣れてるし」

「そ、そうなのか?」

「うん」


 人畜無害そうな見た目だからのほほんとした生活を送ってきているとでも思っているのだろう。

 その見た目とは裏腹に、ダイヤは敵意を向けられることが多い生活を送って来ていた。少し睨まれる程度など、どうってことはない。


「貴石君のクラスはやはり優勝を狙っているのかな?」

「もちろん」

「はは、やっぱり期待を裏切らないね。一体今度は何を見せてくれるのかな?」

「何かを見せようと思っているわけじゃないんだけどね」


 自分がやりたいことをやっていたら、いつの間にか有名になってしまっただけなのだ。

 承認欲求などこれっぽっちも無い。


「なら今度は俺達が見せてあげるよ。俺達だって普通だなんて言われて黙ってなんかいられないからね」

「ということは優勝を狙ってるの?」

「ああ。だから貴石君達にも勝ってみせる」

「いいね。そうこなくっちゃ」


 学校行事だからといって手を抜く人ばかりでは張り合いが無い。

 共に優勝を狙うライバルがいるのであれば、そっちの方が面白いに決まっている。


「というわけで、お互い話し込む時間はそんなにないはずだ」

「そうだね。僕達も問題を見たらすぐに戻るよ」

「ではまた」

「うん、お互い頑張ろうね」


 これまでとは違い、自然にエールを交換し合う。

 理想の青春の一ページが埋まったぞと喜ぶダイヤであった。


「桃花さん、そっちもお話終わったんだね」

「うん」


 それぞれ話を切り上げ、雄渋おぶ達王道パーティーは足早に来た道を引き返して行った。


雄渋おぶ君達、強くなりそう」

「どうして?」

「職業のバランスが良いからだよ」


 王道というのは古臭いとも捉えられがちだが、完成された安定感があるという意味でもある。

 物理と魔法のバランスが良い雄渋おぶ達のパーティーは隙が少ない真っ当な成長をするだろうというのがダイヤの考えだった。


「ダメダメ。あのパーティーは崩壊するぞ」

「え?」

「私もそう思う」

「え?え?」


 しかし桃花達は全く違う意見だった。

 その理由は僧侶と魔法使いの女子達と話をした彼女達だからこそ分かったものだった。


「あの二人、雄渋おぶ君のことが好きみたいだもん」

「そうなの!?」


 話をする中で恋の香りを嗅ぎ取ったことで、雄渋おぶパーティーの将来を予想出来てしまったのだ。


「二人ともかなり嫉妬深いタイプと見た」

「ドロドロのぐっちゃぐちゃになるのが目に見えてるよ。傍から見たら面白いけど」

「わぁお、そうだったんだ」


 嫉妬深いということは、ハーレムにはなり得ないということだ。

 恋愛事情でパーティーが壊れてしまうとは、これまたある意味王道展開だ。


「じゃあいずれ雄渋おぶ君がどっちかを選んでパーティーメンバー入れ替えになるのかな?」

「それも無いと思うよ」

「どうして?」


 二人の女性から想われていてギスギスするのであれば、どちらかを選んでもう一人には涙を呑んでもらうしか解決案は無いだろう。そうなるとそのまま一緒にパーティーを組み続けるわけにも当然いかず、新しいメンバーと入れ替わるのが自然な流れだとダイヤは考えたのだが、違うと断言されてしまった。


雄渋おぶ君って、優柔不断なんだってさ」

「わぁお、最悪じゃん」


 二人から迫られてどっちも選ぶことが出来ずに、永遠とギスギスしっぱなしのパーティーになる未来しか見えない。確かにそんな様子じゃ強くなるどころではなく、崩壊一直線だ。しかも崩壊しているのに意味も無く延命し続ける最悪のパターン。


 残念ながらダイヤ達のライバルにはなり得ない相手であった。


「もう一人男子がいるんだから、どっちかはあの人を好きになればバランス良かったのにね」


 もちろんそれはただの結果論であり、人の心はそう上手くは行かないものだ。

 それにダイヤのその妄想は致命的な欠陥を抱えていた。


「ダメダメ。あの人は別に好きな人がいるんだって」

「本当にどうしようもないパーティーじゃないか」


 救いようのない未来しか見えず、心の中で雄渋おぶに同情するダイヤであった。


「(もしかして僕が睨まれてるのって、その好きな人に関係しているのかな。例えばいんが好きだったとか)」


 だとすると仕方ないなと割り切るしかない。

 好きな女性をダイヤが諦めるなんてことは絶対にありえないのだから。


「気を取り直して問題を確認しようか」


 雄渋おぶのことは忘れ去ることにして、突き当たりにある問題を読んでみる。


『昨年度の学食人気ランキング十一位を答えよ』


 参考までに人気ランキングの一位から十位までが掲示されていた。

 誰もはっきりと答えが分からない上に、学食という身近な学校ネタで盛り上がれる良問だ。


「貴石君は学食で食べたことある?」

「あるけど、塩おにぎりしか食べたこと無いよ」

「え?」

「お金無いから……」


 ゆえに安い学食であっても気軽に利用出来なかった。


「そんな超高価な物を持ってるのに変なの」


 俯角からスキルポーションと引き換えに貰ったポーチは売れば一生豪遊出来るほどの価値があるものだ。もちろん持ち主登録をしてしまっている以上売れないが、それだけ高価なものを身に着けていて食べる物にも困るほどに貧乏という点に違和感を覚えても不思議ではない。


「つーかもう毎日ダンジョン潜ってるんだろ。素材売れば食費にくらいなるだろ」

「えへへ」


 低ランクダンジョンの素材は安いものばかりであるが、沢山入手して売れば食生活くらいはまともになるはずだ。だがそうなっていないということは、何か余計なことに素材を使っているに違いない。廃屋クエストのことを秘密にしているダイヤは笑って誤魔化すことしか出来なかった。


「何に使ってるの?怒らないからお姉さんに教えなさい」

「どうせエロいことだろ」

「えへへ」


 廃屋を直してハーレムメンバーを呼んでえっちぃことをするつもりなので、あながち間違ってはいない。


「貴石君!正座!」

「逃げろ!」

「こらー!」

「おい、マジか。走るのかよ」


 おふざけで始まった追いかけっこ。

 それは来た道を単に急いで戻るのはつまらないからと狙った流れだった。


 桃花と同じくようやく青春時代を楽しめている感じがして、逃げるダイヤは最高の笑顔を浮かべている。その姿は、彼のことが大好きないんが見たら思わず抱き締めてしまうくらいに美しいものだった。

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