54. 何故かお嬢様と仲良くなっちゃった

『この木の高さを求めなさい』


 体積の次は高さの問題だ。

 だが体積とは違い、こちらはいくつか解法が実在する。

 たとえば木と自分の影の長さを測り、その比率から計算して求める方法だ。


 ダイヤはその解法を知っていたが、ここでは敢えてその方法を取らなかった。


「それじゃあ僕が精霊さんの力を借りて解いてみるから、良く見ててね」


 精霊の力を借りる絶好の問題と判断し、そのお手本を見せることにしたのだ。


「精霊さん精霊さん、力を貸してくださいな」


 別にお願いを口にしなくても良いのだが、分かりやすいように敢えて言葉にしただけである。


 ダイヤはそこら中に漂う精霊に視線を向けて、心の中で丁寧にお願いをする。

 するとその精霊達が集まって来たでは無いか。


「そこから、そこまで並んでくださいな」


 色も形も様々な小さい精霊達が、木の根元からてっぺんに向けて縦に一列に並んだ。


「ありがとう。次は地面に横になってくれる?」


 縦になった精霊達がゆっくりと倒れ、音もなくそっと地面に横たわった。

 そして手持ちの物差しを使ってささっとその長さを計測する。


「おーわり。みんなありがとう」


 お願いを終えると精霊達はゆっくりと散らばりはじめ、各々適当な場所へと去って行った。


「わぁ、すごーい」

「鮮やかなもんだな」


 ダイヤは見事に精霊を使い問題を解いてみせ、その様子に桃子と蒔奈は素直に感動した。


「真摯にお願いするのがポイントかな」

「次は私がやってみる!」

「じゃあ精霊さんにお願いできそうな問題があったらやってみようか」


 本来であれば同じことをやってみるのが良い練習になるのだが、オリエンテーリングの途中であまり無駄な時間を取れない。ゆえに練習は次のチャンスに実施することにして、三人はその場を離れてチェックポイントに向けて進み始めた。


「あんなところに洞窟がある」


 その途中、崖沿いに大きな洞窟の入り口がぽっかりと開いていることに気が付いた。


「その前に誰かいるぞ」


 そしてその洞窟の前で、一人の新入生女子が洞窟の中を見つめながらソワソワしていた。


「(縦ドリルにドレス!? お嬢様きたああああああああ!)」


 バネのように揺れる縦ドリルを生で見られたことで大感激するダイヤは、ウキウキしながら彼女に挨拶をした。


「こんにちは」

「ぴゃああああああああああああああああ!」

「うわ!何!?」


 背後から声をかけたら物凄い悲鳴をあげてしまい、ダイヤもまた大きく驚いてしまう。


「な、なな、なんですの!?なんですの!?」

「ご、ごめん。驚かせちゃったね」

「…………ひ、人ですの」


 振り返りダイヤ達が視界に入ると、お嬢様風女子はどうにか落ち着いた。

 そしてまた後ろを向いてすばやく身だしなみを整えてから、ダイヤ達に向き直った。


「お~っほっほっほ!突然声をかけるだなんて、わたくしを誰だと思っているのかしら?」

「高飛車きたああああああああ!」

「ぴゃ!?」

「ああ、ごめんごめん。また驚かせちゃったね」


 縦ドリル、ドレス、高飛車、そして金髪と来ればパーフェクトお嬢様であり、ダイヤのテンションが更に高まってしまう。


「お~っほっほっ!何を勘違いしているのかしら。驚いてなどいませんわ」

「あ~そういうタイプなんだ」

「妙に気になる言い方ですわね」

「何でも無いよ。気にしないで」


 チラっと桃花の方を見ると、彼女もとてもワクワクしていて話しかけたがっていたからダイヤはターンを譲ってあげた。


「うわぁ!そのドレス素敵!」

「あら、あなたは見る目があるじゃない」

「オリエンテーリングをするような恰好じゃないけどな」

「あなたは見る目が無いわね」


 桃花への評価が高く、蒔奈への評価が低くなった瞬間である。


「淑女たるもの、どのような場面であれ最高の美しさを保つものなのですわ」

「うんうん。最高に綺麗だよ!」

「あなた、本当に見る目があるわね。お名前は……いえ、自分から名乗るのが淑女として当然の振る舞いでしたわね」


 どうやら褒めて認めてくれる桃花のことが気に入ってしまい、彼女のことしか目に入っていないかの様子だ。


「わたくしは金持かねもち 芙利瑠ふりるですわ。お見知りおきを」

「私は李茂すももも 桃花ももかだよ。よろしくね!」


 ひょんなところで友達が増えた桃花であった。


「そろそろ僕もまた話に入って良いかな」

「わたくし達の話に入ってこようとはなんと無粋な……あら、良く見ると貴方はあの配信の殿方ですわね」

「見てくれてたんだ」

「もちろんですわ。危機に陥った同級生を応援するのは淑女として当然のことですもの」

「めっちゃ良い人だ」


 高飛車な感じでたっぷりとけなしてくるのかと思えば普通に応援してくれていた。

 それだけでダイヤの好感度も爆上げだった。


「無事で何よりでしたわ」

「応援してくれてありがとう」

「おやおや、この雰囲気は貴石君が狙いを定めた感じですかな?」

「ぴゃ!?」


 笑顔で会話しているだけなのに、つい揶揄ってしまう桃子だった。


「殿方が異性に興味を抱くのは自然の摂理だとじいやから聞いていますが、まだ出会ったばかりで心の準備が出来ていないと言いますか、いえ、淑女であれば顔も知らない優秀な殿方の元へと嫁ぐのは自然なことではありますがですが……」

「ごめんごめん。私が悪かったよ。そんなに真面目に考えないで」

「そ、そうですわね。わたくしったらとんだ早とちりをしてしまって……」

「僕のハーレムに入る?」

「ぴゃ!」

「もう、貴石君」

「ごめんごめん」


 弄るには絶好の場面が来たので、つい我慢できなくて言ってしまった。芙利瑠ふりるはダイヤのことを意識し、真っ赤になってテレテレしてしまっている。


 そんな芙利瑠ふりるの様子をニマニマと堪能しながら桃花は声を潜めてダイヤに質問した。


「(脈がありそうだけど、本気でハーレムに誘わないの?)」


 ハーレムに対する嫌悪感が見られず、ダイヤについてもネガティブな印象を受けていない様子だ。少し押せばハーレム入りしてくれそうな気がするのに、ダイヤが積極的でないことが気になったのだ。


「(実は割と寂しがり屋で、他の女の子とイチャイチャしてたらシクシク泣いちゃうタイプな気がするから)」

「(これだけの会話でそんなことまで分かっちゃうの!?)」

「(勘だけどね)」


 ゆえにダイヤは芙利瑠ふりるをハーレムにしっかりと誘っていない。今後、彼女のことをもっと知り、共に幸せになれる相手だと思えれば、改めて攻めることになるだろう。


「何をこそこそ話しているのかしら」

「金持さんの髪型が綺麗だなって話をしてたの。ね、貴石君」

「うん。すごいお嬢様っぽい」

「おーっほっほっ!当然ですわ!」


 少し褒めたら照れていたことを忘れ満面の笑みで喜んでしまった。


「(いんに匹敵するくらいチョロいな、この人)」


 実に扱いやすい、もとい、楽しそうな人と知り合いになれたと喜ぶダイヤであった。

 そして桃花も似たような好印象を彼女に対して感じていたのだが、一人だけ彼女のことを訝しむ人物が居た。


「あんた本当にお嬢様なのか?」


 芙利瑠ふりるに良い印象を抱かれていない蒔奈だった。


「ど、どど、どういう意味かしら?」


 単純な質問なのに、何故か芙利瑠ふりるは目に見えて動揺している。


「だってそのドレス、くすんで」

「取巻さん、それ以上はダメだよ!」


 ダイヤも桃花も気付いていて敢えて触れなかったことを蒔奈が思いっきり指摘しようとしたので、慌てて止める桃花であった。


 確かに芙利瑠ふりるの見た目はお嬢様だ。


 金髪に縦ドリルに口調にドレス。


 お約束をしっかりと抑えている。


 しかしドレスはくすみ、金髪にはムラがあり、そして何よりも全体的にどことなく無理をしている感じがある。見た目も、口調も、何もかもが作り物感で満載なのだ。


 例えるなら出来の悪いお嬢様コスプレを見ているかのような感じだ。


「金持さんはお嬢様に決まってるじゃない」

「……ありがとうすももっもさん」

「言いにくいから桃花で良いよ」

「ありがとう、桃花さん。ですがバレてしまったからには仕方ありませんわ」

「え、認めちゃうの?」


 そこは強引にでも言い張ると思っていたので予想外の流れに困惑する桃花。

 ダイヤもどういうことなのかなと不思議そうに彼女達の会話を様子見している。


「確かにわたくしは現時点では『小金持ち』に過ぎないですわ。ですがいずれクラスチェンジして『大金持ち』、あるいは『大富豪』になるでしょう」

「(なるほど、職業の話だってことにして誤魔化すんだ)」


 バレてしまったのは彼女が本当はお嬢様ではないということではなく、お嬢様に相応しくない職業に就いているという話だと指摘内容を勘違いしているように装っているのだ。


「(でも職業が『小金持ち』だなんて大丈夫かな。実は見た目に反して貧乏っていう王道展開な予感がするんだけど、『富豪』系の職業はお金を消費するスキルが多いし)」


 中でも有名なスキルが『銭投げ』だ。

 非常に強力な威力を誇るのだが、そもそも本当の『富豪』はカードばかりで現金を持たないため使えないという笑い話がある。


「(生まれた時に付与される職業はその人の可能性を示すものだって言われているし、頑張れば本当の『お嬢様』になる可能性があるはず。今は大変かもしれないけれど頑張ってね)」


 必死で誤魔化そうとする芙利瑠ふりるの話を半分程度聞きながら、ダイヤは心の中で彼女にエールを送った。配信を応援してくれたお返しである。


「それより聞きたいことがあるんだけど!」


 芙利瑠ふりるの言い訳がこれ以上苦しくなる前にと、ダイヤは強引に話を遮って話題転換を試みた。


「どうして金持さんは一人でここにいるの?」

「え?」

「だって単独行動禁止だよね」


 単独行動を許可してしまえば、全員でバラバラに行動して問題を集め、合流して力を合わせて解きまくるだなんて戦法が可能になってしまう。ゆえに班行動が必須となっているのだが、芙利瑠ふりるは一人しかいない。


「班員ならばこの中にいますわ」

「洞窟の中に?」


 洞窟の入り口にはロープが張られていて『この中には何も無いため探索不要』と書かれた紙が貼られていた。


「念のため調べに行っちゃったんだ」

「そうですわ。ですがこのように進入禁止かのようなロープが張られている以上、中は危険な可能性がありますわ。ゆえに誰か一人はここに残り何かあった時に教職員の方々に連絡すべきだと思いわたくしが残りました」


 何も無いと書かれると、かえって何かがあると思ってしまうのはあるあるだろう。

 そうやって疑い出すと、明確に進入禁止ではなく探索不要と書かれているのも意味深に思えてしまう。


「(本当に何も無いと思うけどね。このオリエンテーリングはダンジョン探索を模したものじゃなくて、あくまでも学校行事だからそんな嫌がらせはしないだろうし)」


 ダンジョンであれば怪しいところは注意して全部調べることが当然とされているため、これがダンジョン探索の練習であるならば調べる一択だ。だがこれはあくまでも高校生として交流を深めるための普通のオリエンテーリングであるため、貼り紙の内容を素直に信じるべきだ。


 洞窟の中を調べることが時間の無駄なのは明らかだが、競い合う相手にそのことをわざわざ伝えるようなことはする必要は無い。


「じゃあ金持さんはもうしばらくここにいるんだね。もっとお話ししたかったけど、僕達は先に進みたいからここまでかな」

「そうだね。近くに問題も無さそうだし行こっか」

「さっさと行こうぜ」

「え?」


 ダイヤ達がこの場を離れる宣言をすると、金持の顔にサッと影が落ちた。


「どうしたの?」

「べ、別に何でもありませんわ。名残惜しいですが、そちらにも都合があるのは理解しておりますわ」

「寂しいの?」

「そ、そそ、そんなことございませんわ!」

「(図星か)」


 一人でポツンと班員を待っているのが寂しい芙利瑠ふりるであった。

 だが彼女の顔が曇ったのはそれだけが原因ではなく、桃花はその事実に気付いていた。


「じゃあ洞窟が怖いのかな?」

「そ、そそ、しょんなことごじゃいませんわ!」

「(図星だね)」


 真っ暗な洞窟。

 その中に彼女が入らずに班員を待っていたのは、何かあった時のため、ではなく単に怖いからだったのだ。ダイヤ達がここに来た時、そわそわと洞窟の中を覗いていたのは、班員が早く帰ってきて欲しいと願っていたからである。


「もう少しだけこの近くに問題が無いか探してみようか」

「そうだね」

「しゃーねーなー」

「お情けは無用ですわ!」


 露骨な方針転換を芙利瑠ふりるはお気に召さなかったらしい。

 本当は怖くて寂しいのについ虚勢を張ってしまうところ、面倒くさいけれど可愛いと思ってしまったダイヤ達は猶更置いていけなくなる。


「でも……」


 ダイヤがどうにかして彼女を説得してこの場に残ろうと思ったその時。


「おーい!」

「何かあったのー?」


 洞窟の中から男女の声が聞こえて来た。

 ダイヤ達と会った時に驚いた叫び声が届いたのか、班員が慌てて戻ってきたのだ。芙利瑠ふりるは見るからにほっとしている。


「もうわたくしは平気ですわ。お気遣いいただき……いえ、その、気にしてくれてありがとう。また今度話をしてね」

「うん!」

「もちろんだよ!」

「しゃーねーなー」


 諸々がバレていたことを察していたのだろう。

 芙利瑠ふりるは最後にお嬢様演技を止めて、素直な気持ちでダイヤ達にお礼を告げた。


「めっちゃ良い子だったね」

「うんうん。貴石君、本気で狙わないの?」

「ちょっと考え中」

「お前らよく平気でそんな話が出来るな」

「取巻さんもハーレムに入る?」

「うっせ、寄るな変態」


 思わぬ友人をゲットしたことで気を良くしたダイヤ達は、足取り軽く先へと進むのであった。

















「チッ、何も起きてねーのかよ」

「全く人騒がせなんだから」

「留守番もまともにできねーとはな」

「あ~あ、こんなお荷物と一緒の班だなんてついてないわ」

「ご、ごめんなさい……」

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